第17話 奴隷の買い付けをする少女・マリア
いつもお読み下さり、ありがとうございます!
ふ、腹筋が割れちゃいそう……!
表情筋も攣っちゃいそうだよぉ!
「まだです、お嬢様。そのままご挨拶をなさって下さい。」
「ご、ごきげんよう、バネッサ様。」
「まだ表情が堅過ぎます。もっと自然な微笑みを意識なさいませ。」
「……ごきげんよう、バネッサ様。」
「はい、大変結構でございます。それでは、楽になさって下さい。」
ぶはぁーッ!! つ、疲れたぁ……!
腹筋がプルプルしてるよぅ……!
あたし、マリア。
奴隷商人の娘で、歳は11歳。
今あたしは、あたしが所有する奴隷のバネッサに、礼儀作法のお勉強と訓練をさせられているの。
バネッサ曰く、奴隷商は上流階級のお家ともお付き合いする事があるから、貴族流の作法や所作の習得は、しておいた方が良いんだって。
ま、そんなの建前だってことは知ってるんだけどね!
大元の原因は、あたしの本性のせい。
あたしって、11歳のカワイイ女の子なんだけど、中身は成人男性なのよね。
それもブラック企業に酷使された末に過労で命を落とした、天涯孤独の社畜戦士なの。
まあその事は多分、墓まで持っていく秘密だね。
あたしと故郷が同じ転生者に会えたら良いけど、そんな存在に会うことなんて、奇跡でも起きない限りは有り得ない。
だって此処、異世界だもん!
で、今生のあたしが所有している奴隷のこのバネッサと、もう1人のミリアーナって冒険者の奴隷の前でだけ、あたしは男の本性を晒した事があるの。
言っても、キレた口調が男のものになるだけなんだけどね。
ただそれがあまりにも酷いって、あたしの先生でもあるバネッサの怒りを買って、こうしてミッチリと礼儀作法を叩き込まれているってワケなのよ。
「おや、もう“盾の芽”の刻ですか。それではお嬢様、本日のレッスンはここまでにしましょう。お茶を淹れて参りますね。」
「ありがとう、バネッサ。」
一礼して、あたしの部屋から出て行くバネッサを見送ってから、あたしはソファの背もたれに、身体を預ける。
「終わったぁ〜っ!」
“盾の芽”の刻……つまり午後の3時になれば、礼儀作法の訓練はお終い。
そう、オヤツの時間だよ!
現在のあたしの生活リズムは、だいたいこんな感じになっている。
“剣の水”の刻(午前6時)……起床。
“剣の魚”の刻(午前7時)……朝ご飯。
“剣の鳥〜土”の刻(午前8時〜11時)……お仕事。
“剣の土〜盾の樹”の刻(午前11時〜午後0時)……お料理。
“盾の樹”の刻……お昼ご飯。
“盾の実〜芽”の刻(午後1時〜3時)……お勉強。
“盾の草〜水”の刻(午後4時〜6時)……お仕事。
“盾の魚”の刻(午後7時)……お夕飯。
“盾の獣”の刻(午後9時)……就寝。
お仕事はもちろん、家の家業の奴隷商の仕事だね。
お昼ご飯はお母さんと一緒に作って、ついでにお料理のお勉強をしてる。
お勉強の時間は基本的には自習だけど、バネッサを怒らせたせいでここ2週間はミッチリ礼儀作法の訓練だね。しくしく。
で、夕方のお仕事は主にお父さんの書類仕事をお手伝いして、家族3人で揃ってお夕飯。
寝るまでの間は、本を読んだり、奴隷にお話をせがんだりして、自由。
別に“獣”の刻(9時)に寝なきゃダメってワケじゃないけど、スクスク育つためにも早寝早起きを心掛けてるの。
目指すはママン並の胸部装甲だよッ!!!
あー、いやね?
あたしって今、11歳でしょ?
前世の日本だったら、既に小学校5年生。
発育の良い子だったら、第二次性徴を経て身体付きが発達し始めてる頃だ。
まあ個人差が有るのは識ってはいるけど、思春期の差し掛かりのこの頃の健康度合いが、発育に影響を及ぼすことは充分に考えられるワケで。
で、そんなあたしの現状は……
「ホ〇ットニ〜・ヒュ〜〜〜ストンっ!」
なーんもない!
ツルンとしてペタンっ!
見事な絶壁! 無乳! 貧じゃない、無!!
身長は、だいたい130cmくらいかな?
体重はねぇ……体重計なんて無いんだもん。分かんない。
恐らくは現代日本と比べると栄養状態が違ってるからだろうけどさ、多分これ小柄っていうか、発育遅いよね?
まあ良いんだけどね!?
たとえママンみたいなバインバインなボンキュッボンに成長したとしても、男に触れさせるつもりはないからさ!?
でもさぁ……
ポヨンポヨンでプルルンなおっぱい……憧れるじゃん……?
「いや、まだだ! 諦めたらそこで試合終了だって安〇先生も言ってたもん!」
とりあえず、もうちょっと運動しよう。そして牛乳を飲もう!
そう決意を新たにしていると、コンコンと部屋がノックされる。
「どうぞ〜。」
バネッサがお菓子とお茶を用意してくれたんだろう。
そう思って、入室の許可を出す――――
「マリアああああっ!! やったよ! 居たよ!! 見付けたよおおおおおおおっ!!」
ドバーンッと扉を壊しかねない勢いで入って来たのは、お父さんだった。
突然の強襲に固まってしまったあたしは、まるで拉致されるようにして、お父さんに連れ去られて行ったの。
ちょ、あたしのオヤツがああああぁぁ……ッ!!
◇
「で、ココドコ……?」
裏庭で自主訓練していたあたしの奴隷を、半ば無理矢理同行させたお父さんに連れられて、あたしたちは立派な建物の……裏に来ていた。
「お嬢様。ここは、冒険者ギルドの職員用の出入り口ですよ。」
今日も凛々しくて綺麗なミリアーナが、優しくあたしに教えてくれた。
おお、ここが冒険者ギルドかぁ! ……で、なんでそんな裏口なの?
お父さんてば、何の説明も無しに連れた来たから、わけ分かんないんですけど?
「ふっふっふっ。実はねマリア、見付けたんだよ! キミの魔法の先生になってくれそうな人をね!」
え、ホントに!? うそっ!?
お父さんは得意満面なドヤ顔で、ギルドの職員出入り口をノックする。
うん? でもここで見付かったなら、冒険者なんだよね? なんで裏口なの? 依頼って、普通は窓口で受け付けるんだよね?
「ああ、ワーグナー商会のスティーブさん。話は伺っていますので、どうぞこちらへ。」
ギルドの守衛さんなのかな? 簡単な軽鎧を身に付けたおじさんが出てきて、あたしたちを中に招いてくれる。
そうしてギルドに入ると、そのまま通路を通って、ひとつの部屋に通された。
「ギルマスを呼んできますんで、少しお待ちください。」
「お手数お掛けします。お願いしますね。」
お父さんにそう告げて、おじさんは部屋を出て行った。
ギルマスって、ギルドマスターのことだよね? え、このギルドのトップじゃん!? これから会うの!?
「お、お父さん……? 大丈夫なの?」
心配になって、思わずお父さんにそう訊ねたんだけど、お父さんは「大丈夫だよ」って言って頭を撫でるだけ。
ミリアーナも、ソファの後ろに控えて微笑んでいるだけだった。
10分くらい待ったかな?
部屋の扉がノックされて、ギルド職員の服を来たお姉さんと、筋骨隆々なスキンヘッドの大男が入室して来た。
お父さんがソファから立ち上がったので、あたしもそれに倣って立ち上がる。
「やあ、どうもギルドマスター。いつもお世話になっております。」
「こちらこそ、スティーブさん。ご足労いただいたのに、お待たせして申し訳ない。」
その大男とお父さんが、笑顔で挨拶を交わし、握手している。
よく観るとその大男、身体の至る所に古い傷がいくつも刻まれているね。元は冒険者だったのかな?
「紹介するよ。僕の娘のマリアだよ。今回の件で、折角だから連れて来たんだ。」
「は、初めまして。スティーブの娘の、マリアといいますっ。」
急に水を向けられたものだから、慌てて挨拶して頭を下げる。
「おお。これは何とも、天使のように可愛らしいお嬢さんだ。ワシはこのアズファラン支部のギルドマスターをしている、ハボックという。よろしくな。」
「よ、よろしくお願いします、ハボックさん。」
自己紹介をした大男――ハボックさんが、厳つい顔に似合わない、人懐っこい笑みを浮かべて握手を求めてきたので、あたしはおずおずと右手を差し出した。
うわっ、手ぇ大っきいなぁ……!
挨拶が終わったので、ハボックさんに促されるがままに、ソファに腰を下ろす。
職員のお姉さんが、手際よくお茶を淹れて配ってくれたよ。
「さて、今回の話だが。魔法の指南ができる女性を探している、ということで良かったですかな?」
「はい。間違いありません。」
お茶をひと口啜ってから、ギルマスのハボックさんが、お父さんに確認をする。
って、お父さんてば、ギルマスに直接問い合わせてたの!? そんな人脈持ってたんだ!? スゴいね!?
「つい先日、条件に合う女性を見付けたんだが、ちと事情アリでなぁ。それでも構わんというなら、まずは会ってみるかね?」
「ワケありですか。それは、借金? それとも犯罪絡みですか?」
「借金だな。実は、彼女が所属していたパーティーが全滅してしまってな、唯一の生き残りの彼女に、罰則で違約金を払う義務があったんだが……」
「なるほど……ちなみに、その失敗した依頼を聞いても?」
「魔物の討伐依頼だな。貴族からの指名依頼で、期限もギリギリだった上での失敗でなぁ。最初は彼女の身柄を要求されたんだが良い噂を聞かない相手だったので、ギルドが立て替えたのだ。」
「ちなみに、その女性のランクは?」
「Bランク上位だな。今回の依頼を達成すれば、Aランクの昇格試験を受けられるところだったのに、惜しいことだ。」
ハボックさんは、お父さんの聴き取りに丁寧に答えてくれる。
凄いなぁ。完全に信用を勝ち得てるって感じだ。流石あたしのお父さん、我がワーグナー商会の会長さまだね!
一旦考え込む仕草を見せたお父さんは、次いであたしに顔を向けて、訊ねてきた。
「さて。どうしようか、マリア? 今の話を聞いて、何か問題点はあったかな?」
おおう、抜き打ちテストですかお父さん……!
しかし、ふむ……?
あたしは考えを整理するために一度深呼吸をしてから、口を開く。
「まず最も懸念すべきは、その女性の精神的苦痛です。お仲間を失った心の傷は、そう簡単には癒されません。それには時間と、心のケアが必要だと思います。
次に問題なのは、件の依頼を出した貴族様の存在ですね。穿ち過ぎかもしれませんが、指名依頼が失敗することを前提に出されていた場合、彼女の身柄が心配です。
ギルドで違約金を立て替えて下さった以上、当面の手出しはされないかと思いますが、その借金への援助という名目で近付いて来ないとも限りません。一刻も早く、保護すべきかと思います。」
考え得る中で、最悪のパターンを伝える。
下手をしたら、その依頼自体も罠で、失敗するように細工もされていたかもしれない。
その貴族っていうのが、どんな悪い噂を囁かれているかは知らないけど、火のないところに煙は立たないって言うしね。
自分なりの考察を披露したあたしは、お父さん達に向き直るんだけど…………な、なんで2人とも、唖然とした顔をしてるの……!?
「な、なあスティーブさん……この子、いくつなんだい?」
「驚くだろう? これでまだ11歳なんだよ……!」
ちょ、やめてほしいんですけど……!
そんな珍獣を見付けたみたいな顔で見ないでよー!
「まあそれは置いといて。マリア。彼女を保護すると言ったけど、具体的に考えはあるのかい?」
お父さんが真剣な顔であたしを見てくる。
あたしは真っ直ぐに見返して、答えを返す。
「彼女を、奴隷にします。そして即座に所有権を確立するんです。法律と主人とで囲んでしまえば、如何に貴族様といえど、表向きは手出しできなくなる筈です。」
奴隷の所有に関しては、執政者に届け出る必要がある。
人頭税金の支払いを明確化するためだね。
そうすれば公の文書に所有者としての証拠が残るから、いざとなればそれを盾に護ることができる。
「うん。上出来だね、マリア。良く勉強してるね。という訳でギルマス。僕としては是非、彼女を買い取りたい。どうかな?」
「あ、ああ。正直彼女ほどの人材が不遇な目に遭うのは、ギルドとしても惜しいからな。ワーグナー商会なら安心して託せる。」
「お父さん。」
不躾だけど、2人の間に割って入る。
そりゃあね、そんな話を聞かされたら……ねえ?
「何かな、マリア?」
「その女性、あたしに買わせて下さい。」
お父さんも、今度はそこまで驚いてない感じだね。
きっと、あたしがこう言い出すって、予想していたんだろうね。
「ふふ。良い顔だ、マリア。立派な、奴隷商人の顔だよ。けどまずは、会ってからだよ。会って話して、為人に触れてから、改めて相談しよう。と、いう訳だから、案内頼めるかな、ギルマス?」
「あ、ああ。分かった……! なんとも、末恐ろしいお嬢さんだな。」
ちょっと、聞こえてますよハボックさん!
冒険者ギルドの2階の一室。
ハボックさんに連れられて訪れたそこは、昼間だというのに鎧戸が閉められ、小さくなったロウソクの灯りが揺らめくだけの、薄暗い部屋だった。
部屋の隅の簡素なベッドの上で、膝を抱えていたその女性は、ゆるゆると顔を上げて、光の無い目であたしたちを眺めてくる。
名前:ルーチェ 年齢:22 性別:女
職業:魔導士 適性:賢者 魔法:全属性
体調:心的外傷 能力:B+ 潜在力:S
「だれ……?」
力の無い、か細く掠れた声が、ロウソクの火と共に、影と揺れていた。
新しい奴隷登場です!
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