第11話 スティーブとジョアーナ
いつもお読み下さり、ありがとうございます!
今回はタイトルの通り、主人公の両親であるスティーブとジョアーナのお話になります。
短めですが、どうぞお楽しみください!
時刻は深夜。
一日の仕事を終えた家長である男――スティーブが、自らの書斎からダイニングへと戻って来た。
「ヨナ……? まだ起きていたのかい?」
声を上げたスティーブの視線の先には、彼の妻であるジョアーナが、ダイニングテーブルに着いて珍しく酒を嗜んでいた。
「アナタ……なんだか眠れなくてね。」
「マリアのことかい……?」
スティーブは食器棚から自分用にグラスを取り出し、ジョアーナの対面へと腰を下ろす。
そのままテーブルに置かれている酒瓶から、琥珀色をした蒸留酒を手酌で注ぎ、ひと口呷った。
「あの子ったら……まだ7歳なのよ……? どうしてあんなにも頑なに……!」
消沈した様子で、呟くように吐露される言葉を、スティーブはただ静かに聴いていた。
「ミリアーナの時もそうよ……! たかが奴隷1人のために、将来を棒に振りかねないことを言い出して。どうして――――」
「ヨナ。」
しかし、堰を切ったように紡がれる言葉のひとつに、スティーブは視線を鋭くして言葉を遮った。
「奴隷と言っても、彼女は犯罪奴隷という訳ではないよ。僕達と同じ人間だ。確かに商品として扱ってはいるけど、そこは忘れてはいけないよ。」
穏やかな口調ではあったが、そこには確固たる信念が感じられる。
「……っ! ご、ごめんなさい、アナタ。」
言葉に詰まったジョアーナは、眉を下げて謝罪の言葉を口にする。
スティーブはそんな妻の様子に苦笑を漏らしながら、彼女の空になっていたグラスに、酒を注いでやる。
懐いていたから。
美しく、強いから。
信頼しているから。
娘であるマリアが奴隷を救おうと思った動機など、数え上げればキリが無いほどに思い当たる。
実際に娘はミリアーナに良く懐いていたし、信頼している様子は普段から良く目にしていた。
もう少し幼い頃から、しょっちゅう奴隷達の部屋に行っては、彼女の冒険譚をせがんでいたことも知っている。
だから、スティーブは動機などは既に気になどしていなかった。
それよりも彼が注目していた点、それは。
「マリアには、商人の才能が確かに有る。ミリアーナをあらゆる手段を講じて手に入れようとしたことからも、その目利きと才覚に間違いは無い。」
教会で【鑑定の儀】を受けた際、彼女に落胆した姿を見せてしまった。
彼は、自らの後継者として、商人の職業適性を顕してくれるだろうと期待していたのだ。
しかし、実際に示された適性は【社長】という、聞いた事もなく意味の解らない謎のモノであった。
娘はその職業について力説して見せた。
其れは【会社】という組織の長である、と。
しかし悲しいかな、この世界には未だ【会社】という概念は無く、スティーブもジョアーナも、理解することが出来なかった。
規模の大きな商会などと言われても、イメージが追い付かなかったのである。
元々非常に聡い娘ではあった。
5歳の頃から自ら望んで勉学に励み、教師役の奴隷を唸らせる程の優秀さを示していた。
だからこそ、余計に期待が膨らんでしまっていたのだと、現在になってスティーブは、己の無思慮を恥じた。
「僕らも悪いんだよ。手の掛からないとても賢い子だったから、つい余計な期待を抱いてしまっていたんだ。そして期待が外れたと落胆した姿を、あの子に見せてしまった……」
己を省みた言葉を、スティーブが漏らす。
その顔は、苦渋に満ちていた。
対面のジョアーナも、同じく落ち込んだ表情を浮かべる。
「ミリアーナはとても優秀な戦士だ。それを借金という形であれ、マリアは自らの才覚で手に入れてみせた。贔屓目も勿論有っただろうけど、これは紛れもなく商人としての才能だよ。」
「だから、あの子がたった7歳でも働くことを許すと言うの……?」
そう。
昼間にマリアは、父親のスティーブの下で仕事を覚えたいと言い出し、まだ早いとする彼が出した試験の難問に、全て完璧に答えて見せたのだ。
計算、地理、歴史、法律。
その全ての問題を、制限時間の半分ほどの短時間で、解いて見せた。
これには、スティーブも頷かざるを得なかったのだ。
「元々異様なほど賢い子ではあった。そしてそんなマリアが、自らその才能を伸ばしたいと言っているんだよ。一度彼女を失望させてしまった僕には、断ることなんて出来なかったよ。」
彼が思い返すのは、娘が適性を知り、それは決して恥ずべきものでは無いと、自分と妻に語る必死な姿。
そんな彼女に、困惑しか返せなかった自らを恥じる。
それはジョアーナも同様であったようで。
「私も……あの子には辛い思いをさせてしまったわ。あの子を護るべき親である私が、あの子を哀れんだ目で見てしまった……! あの日から、更に我武者羅に勉強するようになって、心からの笑顔を浮かべなくなったように思うの……!
親である私に気を遣って、良い子で居ようと愛想良くして……普通の7歳の子供なら、もっと我儘を言ったりして、甘えたりして、親を困らせるものでしょう!?」
その瞳には涙すら浮かべて、唇を噛み締めて、ジョアーナは自らの心情を、吐き出すように言葉にする。
「あの日からよ? 気付いていた、アナタ? あの子が私たちを『パパ・ママ』ではなく、『お父さん・お母さん』って呼び出したのは……
私たちが、あの子が子供で居ることを、その自由を奪ってしまったようなものなのよ……!!」
遂にはその思いは涙と共に溢れ、ジョアーナは嗚咽を上げ始めた。
スティーブはそんなジョアーナの隣の席へと移り、その肩を抱いて宥める。
「君の言う通りだよ。なんて不出来な親なんだろうね、僕たちは。でもだからこそ、今度こそ僕は、マリアの望みを、あの子が宿す信念を支えて、育んでやりたい。
あの子はあの子で現在、自分の奴隷であるミリアーナを冒険者として働かせて、独自に資金を貯めている。きっと僕に負債を返す日も、そう遠くないことだろう。
そうして枷の外れた娘が、いったい何を見据えて、どんな道を歩もうとするのか。僕たちに今度はいったい何を見せて驚かせてくれるのか、正直楽しみでもあるんだ。だから……」
愛しい妻の髪を撫でながら、グラスに残った酒を一息に呷るスティーブ。
そして言葉を続けた。
「だから、見守って導いてあげよう。一日でも早く、あの子が羽ばたけられるように。しっかりとした強く大きな翼を育んで、大空を自由に飛び回れるように。」
「アナタ……」
ジョアーナに向けられたスティーブの笑顔は、ワクワクした少年のような、無邪気なものであった。
釣られて、ジョアーナの顔にも笑顔が戻ってくる。
「そうね……そうしてやることが、あの子には一番良いことよね。あの子が安心して自分を磨くことができるように、助けてあげなきゃね。それがせめてもの、私が出来るあの子への罪滅ぼしだわ。」
そう言って、ジョアーナは夫のグラスと、自分のグラスに酒を注ぎ直す。
スティーブは「違いないね。」と微笑んでからグラスを受け取り、妻の物と合わせる。
チンッと、グラス同士が合わさる音が、薄暗いダイニングに響いて、溶けていった。
「でも、やっぱり寂しいわ。せめて成人するまで……いいえ、10歳までは、以前のように『ママ』って呼んでもらえないものかしら……」
「ヨナはまだ良いだろ!? 僕なんかこれから、仕事の時は『会長』ってスッゴイ他人行儀に呼ばれるようになるんだよ!?」
「アナタ……そんなことを言ったの? そんなの自業自得じゃないの……」
「いやだってさ、一応仕事上では雇用主になる事だし、奴隷達にも示しがつかないからさぁ……!」
「知らないわよそんなの。可哀想なスティーブ……! 自ら『お父さん』と呼ばれる数を減らすなんて……!」
「ちょっ……ヨナ!? 君絶対楽しんでるよね!? ほら! クスクス笑ってるじゃないか!?」
「ええー? そんなことないわよ、『会長』さま?」
「ヨナさん!? やめてくださいお願いします!?」
深夜にしては少々賑やかに過ぎる夫婦の晩酌は、2人が抱いた決意を確かめ合うように、その後も遅くまで続けられた。
そしてその次の日には、マリアに対して10歳になるまでは、両親のことを『パパ・ママ』と呼ぶようにと、お達しが出たのであった。
「いや、別に呼び方は良いんだけどさ。娘の前で昼間っからイチャつくのは、正直勘弁願いたいんだけどなぁ……」
そんなお達しを受けたマリアは、2人には聴こえないよう小声で、そう呟いたのであった。
マリアちゃんの知らないところで、パパとママも悩んでいた……というお話でした。
如何でしたでしょうか?
「面白かった!」
「パパ、ママ……良い親だね!」
「夫婦イチャラブご馳走様でしたw」
そう思われましたら、ページ下部の☆から、高評価をお願いいたします!
励みになりますので、感想、ブクマ、レビューもお待ちしております!
これからも奴隷商の娘マリアを、よろしくお願いいたします!
m(*_ _)m