第103話 マリアと報告と戦いの始まり
やっほーみんな! みんなの会長マリアだよ!
えっとね、どうしてこんなにテンションが高いかと言うと……
「仕事量えっっっっぐぅぅっっ……!!」
「マリア会長、こちらの決裁書も確認、署名をお願いします」
「マリアさま、また追加ですわよ……!? あっ、カレンそれは決済済みですからこっちのカゴですわよ!」
「のぉぉぉぉぉッ!? カトレアの不在がここまで響くなんてぇぇぇぇぇッッ!!」
はい、書類関係の仕事が溜まりに溜まり、さらには新規案件で次から次へと追加書類が雨あられと押し寄せてきております……!!
未だ見習いのロクサーヌに補佐として療養中のカレンを付けて、書類整理と各部署への配達を頼んではいるものの……減らしては増え減らしては増えと、正直キリがございませんッッ!!
やっぱ研究機関発足なんて安請け合いしなきゃよかったかなぁ……!? だけど領の決定だしなぁ……! あたし一応領主に庇護されてる立場だもんなぁ……っ!!
「マリア会長、お昼の十二時までにせめて半分は処理をお願いいたします。午後には伯爵閣下との謁見の予定がございますので、午後の一時までにお昼食とお仕度を済ませてくださいね」
「伯爵はあたしを未婚の若いまま忙殺でもしたいわけなのッ!? いや、結婚もお付き合いもするつもりないけど!!」
「さて? 大貴族たる伯爵閣下のお考えなど、一介の使用人にはとても……」
「都合のいい時だけメイドにならないでよバネッサ先生ぇぇぇぇぇッ!!??」
「都合が良いも悪いも、私は徹頭徹尾メイドですが?」
バネッサと漫才をしながらも手だけは止めず、書類の山を掻き分け目を通しては署名と捺印を施していく。
総務部の部長であるカトレアの中間審査を経ないだけで、まさかこんなにも書類仕事が大変になるなんて……!
いや、分かってるんだけどね? 単純にカトレアが優秀過ぎるのと、それが居ないにも関わらず、新たに事業を起ち上げるとかいう無謀なことをしてるあたしの責任ですよね! 自業自得ですよね!!
まだ幸いなのは、報告書や稟議書などの様式が統一されて、読みやすくなっているという一点のみ。これがこの世界の従来の、手書きのツラツラ文句が並び立てられた報告書だったらと思うと……いかん、想像しただけで頭痛が痛いわ。
「バネッサ先生ぇぇッ、せめてデザートを少し豪華にしてくださいお願いしますぅぅっ」
「バネッサ先生! あたくしもお願いしますわっ!」
この怒涛の仕事量にずいぶんと連帯感の深まった、あたしと同い歳で親戚でもあるロクサーヌも、ここぞとばかりにあたしを援護してくれる。そのロクサーヌの背に隠れてはいるけど、療養中でリハビリ中のカレンも、どこか期待した眼差しをバネッサに向けていた。
「……仕方ありませんね。ムスタファには伝えておきますので、お昼までもう少しの間、頑張って下さいね」
「ぃよっし! ムスタファのデザートのために頑張るぞぉぉぉ!!」
「おぉーー!! ですわ! ほら、カレンも一緒に声を出しなさい!」
「…………ぉぉー」
目標のために一致団結したあたし達は、再び増え続ける書類の山に向き直ったのだった――――
◇
「つっ………………っかれたぁぁぁぁ!!」
「お、お疲れ様です、お嬢様……!」
「よく頑張りましたね、マリア会長」
「か、会長サマ、大丈夫ですか……?」
午前中は書類と戦い、午後は伯爵のお城へ行って共同研究の打ち合わせをしたり潜入調査の方針の擦り合わせをしたり。そして商会に帰ってきてからはまた増えていた書類と再びの戦いを繰り広げ……。
ようやく……ようやく仕事がひと段落を迎えたのは、夕飯も済んでからもう一度執務机に向き合って、夜の十時の手前となってからだった。
いやおかしくない? あたしまだ十四歳の成人前の女の子なんですけど?
いやまあね? 成人前から働くことを選んだのも、奴隷商会を十二歳で継いだのも、事業を拡大したのもぜぇーーんぶあたしなんだけどさぁ!?
「くっ、私が指名依頼で留守にしていなければ、これほどお嬢様が苦労されることはなかったのに……!」
「いいえ、ミリアーナ。貴女ではせいぜい書類運びくらいしかできないでしょう?」
「うぐっ、そ、それはそうだが……!」
あはは。就寝前の報告会もこんな時間にずれ込んで、それでも嫌な顔一つせずにあたしを労ってくれる部長達。冒険者ギルドからの指名依頼を片付けてきたミリアーナなんかは特に、あたしに無理をさせまいと必死になって言葉を掛けてくれるし、ホントにありがたいよね。
しかし、マズイな……。
理念として〝ホワイトな経営〟を掲げている我が商会……我が社において、【社長】にして会長であるあたしが、率先してブラック労働に甘んじているこの状況。いやほんと、大変よろしくないよね……!
今のところ従業員や奴隷達にはそれほどの過重労働はさせていない自負も自信もあるけれど、トップであり誰よりもホワイトを望んでいるあたしがこれじゃ、本末転倒だよぉ!!
まあひとまずは今置かれている状況……せめてブリリアン伯爵領の問題だけでも片付けないと、どうにもできないんだけどさ。
「さて、愚痴ばっかこぼしててもしょうがないよね。バネッサ、遠征組からの報告は届いた?」
「はい、マリア会長。アンドレからの報告では、伯爵家を取り込もうとする貴族派の間者より情報を得たそうでございます。その者によれば、貴族派からのモンテイロ子爵家への圧力は日に日に高まっており、いつ行動に移してもおかしくない状況である、と」
「まあ、その辺は時間の問題だったからね。証拠の収集とムッツァート伯爵の間者達との連携は問題無さそう? それと、キョウヤとジンは無事にウィンリーネに到着した?」
「問題ございません。すでに大部分の証拠の隠し場所、並びに侵入経路や逃走ルートも掌握済みとのことです。キョウヤとジンもちょうど昨日の暮れに、街への潜入を果たしたそうでございます」
よしよし、順調だね。
最終的に、今回のブリリアン伯爵令嬢――【薔薇姫】テスタロッサ嬢の婚姻を阻止するのが、あたし達ワーグナー商会とムッツァート伯爵の共通目標だ。その際にキョウヤの冤罪を晴らすことや、ジンへの襲撃事件の真相を暴くことは、伯爵からも許可を得てるのでそれも問題ない。
「それから、マリア会長」
「うん? なぁに、バネッサ?」
「アンドレら遠征組から進言と、作戦の軌道修正の要望……そしてそう判断するに至った事由と過程の報告がございます」
「……見せてくれる?」
どうやら想定外の事態が起こりつつある雰囲気を感じたあたしは、伝書鳥によって届けられたアンドレ達からの報告書を受け取る。
事細かな報告書の内容を咀嚼したあたしは、頭が痛くなる錯覚を覚えつつも手紙を置き、一度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。そして――――
「ミリアーナ、悪いんだけど、伯爵の元に走ってちょうだい。この報告書を根拠として、この通りに行動予定を変更する旨を伝えて。あたしも遅れてお城に行くから、謁見の許可も取っておいてね」
「わかりました! では情報部から、連絡要員として一人連れていきますね!」
「うん、よろしく。伯爵と、できればサイファー様とザムド子爵様にも同席をお願いしておいて。あたしが何としても、この計画の許可をもらってみせるよ」
あたし、マリア・クオリア。
規模を大きくして〝商社〟を名乗り、つい今しがたも再びの過労死を心配するほど働いていたとこだけど……
貴族派の動き、皇家とその配下である【毒蛇】カルロースの暗躍。そして今回の件には直接は関係ないけど、キョウヤに似た雰囲気の青年の存在。
想定を大きく超えて、事態が動き始めている。そう予感したあたしは、カトレアやアンドレ達現場のみんなが安心して動けるようにまた、後手に回らないよう迅速に動けるように、眠りたい頭を無理矢理覚醒させて支度を整える。
みんなの安全のためにも、キョウヤやジン、そして【薔薇姫】さまのためにも。
急ぎ登城の準備を整えて、あたしは商会の馬車へと飛び乗ったのだ――――
お世話になっております、テケリ・リでございます。
読者の皆様には、いつも当作品をご愛読下さいまして、誠にありがとうございます。深く感謝申し上げます。
今話をもちまして、第六章は完結となります。
そして以降のお話の書き溜めや、他作品の連載再開の準備、並びに他サイトへの転載準備やコンテストへの参加準備など、諸々の準備期間を頂戴したいと考えました。
なろう版の読者様におかれましては、再びの休載となりますことを深くお詫びするとともに、何卒ご理解下さいますよう、お願いを申し上げます。
コンスタンスに更新ができるほどにストックが溜まり次第、また連載を再開いたしますので、それまではお待ち下さいますようお願いいたします。
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不肖このわたくしも、執筆活動により一層励んでいく心積もりでございますので、どうぞ温かく見守っていて下さいませ。
全ての読者様に、心よりの感謝を込めて。
2022.10.19 テケリ・リ