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第102話 ムッツァート領の話とブリリアン領の話



「ってぇ訳で、お嬢達も相当厄介な状況になっちまってる。まあ向こうが暴れりゃそりゃあ俺らはやりやすいがよ、お嬢が腐れ貴族共や皇族の好奇の目に曝されるのは勘弁ならねぇ」


職業技能(スキル)のこともありますものね。ルーチェ、貴女の偽装能力は他人には使えないんですの?」


「悔しいですけど、他人には使えないんですよ……っ。伯爵様達なら信頼できますけど、他の貴族の人達はわたしも怖いです……!」


「信用できる貴族なんぞ一握りだしな。上手いこと【毒蛇】の野郎をコッチに引き込めりゃ良いんだが」



 ウィンリーネの街で借りている高級宿の一室で、ワーグナー商会の部長級の幹部達が顔を突き合わせ、議論を重ねる。

 議題はもっぱら、彼らの主人である奴隷商会――今は〝商社〟を名乗り出したが――の会長、マリア・クオリア女士爵の近況報告についてである。


 マリアら商会の留守番組は、協力者にして庇護者であるムッツァート伯爵と共に帝国中の耳目を集め、アンドレら遠征組の行動を覆う隠れ蓑の役を果たすために動いている。

 他にも商会の研究成果を世に送り出すためだったりと、含んだ目的はあることにはある。しかし今回の他領での活動に際し、伯爵やその寄子扱いであるマリアの関与を疑わせないことが、何よりの目的であった。


 しかし結果としてそれは成功したと言っても良いが、代わりとして彼らの主人マリアが、次期伯爵家当主であるサイファー・ムッツァートとの共同での薬学研究に携わることとなった。しかも伯爵家からの支援を大々的に受け、商会の研究部門や生産部門を拡大・独立させるといった非常に大掛かりな事業だ。

 既存組織である錬金術ギルドとの対立が表面化したことも、頭を悩ませる要因の一つ。実態はともかくとして、ギルドが薬学界に多大な発言力と影響力を有していることは事実。そのギルドと明確に対立した以上、これまで以上にマリアの周辺は騒がしくなるであろうことは、容易に想像が着いた。



「カルロ―ス子爵様は、皇帝陛下以外におもねることはありませんわ。味方に付くとしたら、それは間違いなく取り込もうとされているのでしょうね」


「だよなぁ。やっぱ貴族なんぞロクなモンじゃねぇな」


「あら、わたくしも貴族なのだけれど?」


「嬢ちゃんやムッツァート伯爵は別だよ。ちゃんとお嬢の味方をしてくれるからな」


「わ、わたしも、ムッツァート伯爵様やカトレアは信用できる人だと思いますっ」


「ふふふ。わかっていますわ、ルーチェ。ちょっと意地悪を言ってみたくなっただけですわよ」


「さておきだ――――」



 情報部、研究部、総務部のそれぞれのトップである部長達。三者三様の視点から、それぞれの考えを出し合い擦り合わせながら、その意見をまとめていく。


 彼らが一様に望むのは、主であるマリアの願いを叶えること。具体的には、彼らと後ほど合流する仲間――キョウヤの冤罪を晴らし、彼本来の身分と名誉を取り戻すこと。それに付随して、この地ブリリアン伯爵領にて渦巻いている陰謀の芽を摘み、中立派である伯爵の、貴族派への引き抜き工作を阻むこと。

 そのために、具体的な対処法として現在進行中の伯爵令嬢――テスタロッサ・ディエス・ブリリアンの婚姻を差し止め、貴族派の(くわだ)てを明るみに出すこと。



「任務の本分を超えちゃあいるがよ、やっぱここは伯爵を皇族派に組み込むしかねぇだろ」


「そうですわね……。未だ表面化していないとはいえ、貴族派の手はずいぶんと奥深くまで伸ばされているようですし」


「モンテイロ子爵様も張り切って寝返り工作を仕掛けてますもんねっ」


「代替わりで腐敗する家臣の典型だよな。伯爵もさすがに家臣に裏切られちゃ、対応も限られるだろうしな」



 水面下で蠢く暗闘の数々。その中で最も留意せねばならないのは、ブリリアン伯爵家の譜代の臣下である、モンテイロ子爵家の動きであった。

 貴族派からの甘言に踊らされ、長く中立を貫いてきたブリリアン伯の屋台骨を崩そうと、方々に手を伸ばしているのである。もちろんそれは〝裏〟での話ではあるが、大盗賊団の根幹を担っていたアンドレ、そしてその愛弟子であるアニータにとっては、容易く気取れるような拙い裏工作であった。


 そして、さらには――――



「そうであるならばやはり、伯に恩を着せるのが最も手っ取り早いですわね」


「……おっかねぇな。ムッツァート伯爵子飼いの暗闘一家ストークス家……その英才教育の本領発揮ってか?」


「人聞きが悪いですわよ、アンドレ。盤面に駒は出揃っているのですもの、それを使わない手がありまして?」



 無表情ながらもずいぶんと親しみやすくなったと思われたカトレアの、その冷淡な微笑み。

 艶すらも感じさせる微笑を浮かべた、暗闘貴族家の長女は。怪しく光を反射させる片眼鏡(モノクル)を外して、手の平で(もてあそ)びながら彼女は――カトレア・ストークス男爵令嬢は、遊戯盤の駒をどう動かすかを思索する。


 自身の持ち駒、相手の持ち駒……そして得るべき駒。

 そんな彼女の思考を妨げないよう静まり返ったその部屋に、ノックの音が飛び込んでくる。



「どうした、アニータ?」



 誰何(すいか)するまでもなく、気配でノックの主を察したアンドレが、手塩に掛け育て上げた愛弟子――ドアの向こうのアニータに声を掛ける。

 口数の決して多くないその少女の声が、幹部達の集う一室に静かに染み渡った。



「ん、キョウヤから〝鳥〟が届いた。もうこの街の近くまで着いたって」



 全ての駒が盤上に並べられた。


 ブリリアン伯爵家を取り巻く陰謀の渦はいよいよ加速し、その勢いを増していくのであった――――





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