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第101話 お嬢様の指令:キョウヤとジン



「ジンさん、体調は大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫ですよキョウヤ。優秀な護衛騎士が付いてますからね」



 ムッツァート伯爵領からブリリアン伯爵領へ。その道中の街道脇で、野営をする二人の男達。

 奴隷商であるワーグナー商会に身を寄せた二人は、その目的を果たすために。彼らの新たな主人である少女の命によって、たった二人でかつて暮らしていた地を目指していた。



「よしてください。僕が本当に優秀だったら、こんな陰謀に巻き込まれたりなんかしてないでしょう」



 簡易鍋を煮立たせる焚火の炎を眺めながら、黒髪の青年――キョウヤが自嘲するように()ちる。その脳裏にはあの日……冤罪によって無理矢理引き離された自らの主人であった、一人の少女の顔が浮かんでいた。



「ジンさんだって……下手したら命を落としかねなかった。僕が間抜けだったから、あっさりハメられて、利用されてしまったんです……!」



 その瞳で炎と共に揺れるのは、悔恨であった。

 懺悔と怒りと、そして悲しみであった。


 そのように己を責めるキョウヤを、包帯で包まれた見えない両目を向けてまるで見守るかのように。

 彼の同行者であるジン・ソニトゥス元司教は、微笑みと共に(かぶり)を振った。



「キョウヤ、君は悪くはありません。誰が何と言おうとも、悪いのは唯一、悪を為した者なのです。他者の人生を足蹴にし、女神様の慈しみから眼を背けた者こそが悪であり、君はあくまで被害者です」


「でも、そのせいでテッサは……テスタロッサお嬢様は……ッ!」



 ジンに言われるまでもなく、キョウヤとて己が被害者だということは理解していた。

 しかし彼の持つ生来の優しさが、責任感が。そしてこの世界へと迷い込み途方に暮れていた彼を助けてくれた、その少女への恩義が。感謝が――――彼を被害者の枠に留め置いてくれない。それを許さない。


 不敬も厭わず、二人きりの時しか使わなかった少女の愛称を思わず口にするほど。キョウヤにとっては彼女は……テスタロッサ・ディエス・ブリリアン伯爵令嬢の存在は大きかった。



「だからこそ、君は今ここに居る。そうでしょうキョウヤ」


「…………はい」


「そうであるならば、胸を張りなさい。君は正しいのだと。偽りを暴き、正しに行くのだと誇りなさい。誰にとってでもない、君自身が信じる正義を貫きなさい。私やテスタロッサ様はそんな君だからこそ、友として日々を過ごしていました。マリア会長殿や商会の皆も、そんな君だからこそ、こうして力を貸してくれた。違いますか?」



 優しく、しかし力強く。

 人々に教えを説くジンの柔らかな声は、キョウヤの胸にじわりと沁み込んでいく。


 自身も襲撃に遭い、聖堂での地位や立場を奪われながらも。女神の託宣を信じ、奴隷に身をやつしてまでも駆け付けてくれたジンの言葉は、キョウヤの心に、瞳に小さな火種を投げ入れる。


 その火種を大きく育てるのは――――キョウヤ自身。



「違いません……!」



 己を鼓舞するように、身中に灯った熱を吐き出すように、ジンの言葉を反芻し肯定するキョウヤ。

 焚火の炎に幻想を視ていた彼の目は、いつしか持ち上げられ、真っ直ぐにジンを見据えていた。



「ならば前を向きなさい、キョウヤ。君はまだ、何も失ってはいない。そうでしょう?」


「僕はまだ何も失くしていない。こぼれ落ちたけれど、まだ拾い上げられる。取り返せる……!」


「ええ、取り戻しに行きましょう。私達の大切な人を。掛け替えのない人を、その想いを」



 宵闇に灯るかがり火が揺れ、二人の影が長く伸び、また揺れる。

 心にもまた炎を灯した二人は、その想いを一つにして頷き合った。そして、そんな二人の元に。



「キョウヤ、どうやらお客様のようです」


「さすがジンさんの結界だ。僕の探知より先に気付くなんて」



 招かれざる客が、闇に紛れて忍び寄ってきていた。

 キョウヤは手甲と脚甲の留め具を手早く締め直し、その不埒な来客に備える。



「ジンさんは結界の範囲を絞って、自分を守ることに集中してください。彼らの相手は僕がします」


「頼りにしてますよ、キョウヤ。ただの野盗の類なら良いのですが」


「まあ、それは制圧してから考えましょう」



 想いは一つ。

 友であり敬愛する、一人の令嬢を救うこと。


 キョウヤとジンの旅路は、残すところあとわずかとなってきていた。





 ◇





「やはり、ここの空気は懐かしいですね。そう長い間離れていたわけではないのですが」


「ジンさんにそんなこと言われたら、僕なんかもっとですよ。ほんと、懐かしいです。あの外壁も、意外とならず者の居るあの街も……」


「先に着いているカトレア嬢達は大丈夫でしょうか」


「それこそ無用の心配ですよ、ジンさん。()()マリアさんの直属の仲間達ですよ?」


「ふふ。違いありませんね。余計なお世話を焼くところでした」



 ジンの赴任地でもあり、キョウヤにとってはこの世界に転移してしまってからの初めての居場所。

 ブリリアン伯爵領の中心地であるウィンリーネの街を、遠く小高い丘から眺める二人。


 預かっていた伝書鳥を飛ばせば、すぐに潜入している先行組へと辿り着いたことは伝わるだろう。そうして彼らの手引きによって、密かにこの街へと侵入する手筈となっている。


 ブリリアン伯爵家を取り巻く陰謀によって、名誉騎士の身分と〝苗字〟を剥奪され、奴隷になったキョウヤ。

 その陰謀に巻き込まれ、失明しかねない重傷を負い表舞台から退場せざるを得なくなったジン。


 彼らはこの地に舞い戻り、その身を再び、その陰謀の渦中へと投げ入れるのであった――――





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