第10話 成長〜就職する少女・マリア〜
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
遅くなりましたが、まだまだエタらせるつもりはございませんよ!!(笑)
どうぞ、お楽しみください!
「ただいま戻りました、お嬢様。」
「おかえり、ミリアーナ。」
ノックをしてあたしの部屋に入って来たミリアーナ。
彼女は、あたしの専属奴隷になった。
あたしが説得した後に、パパ――スティーブとも話をして、正式にそう決まったのだ。
その代わりに、彼女がこの間の騒動で破壊した物の修繕費や、怪我をさせた奴隷達の治療費は、彼女がこれまでウチで働いて積み立ててきたお金から、支払われたそうだ。
結果、彼女の借金はほぼ元通りとなり、奴隷から解放される日は遠のいてしまった。
でも、その話をしていたミリアーナは、どこか清々しそうな雰囲気だった。
理由を訊いても教えてくれなかったので、なんでかは分からないけど。
「今日は早かったね。簡単な依頼だったの?」
「そうですね。ゴブリンを10体以上討伐すれば良かったので、群れを探したんです。割と早くに見付かったので、幸運でしたね。」
ミリアーナには現在、あたしの奴隷として冒険者活動を再開してもらっているんだ。
なんでかって言うと、あたしでは彼女に仕事を取ってくることが、まだできないからだ。
そもそも、まだパパにはお仕事のことは何も教えてもらえていない。
だからこうしてミリアーナに冒険者として稼いでもらって、彼女の貯蓄と、あたしの資金を貯め始めたの。
まあ、ミリアーナの冒険者資格が取り消されていたって話には、驚いたけどね。
良くあることらしい。
『冒険者には、依頼の失敗に対してだけでなく与えられる罰則が在るんです。それは、依頼を一定期間受けないと、登録を消されてしまう、というものです。』
最低ランクのFランクになって帰って来たミリアーナに驚いて訊ねたところ、そう教えてくれた。
ランクが上がれば、依頼を受けない猶予期間は延びていくらしいけど、そんな制度があるんだね。
でも、聞いてみれば当然かも。
冒険者ギルドは、冒険者を管理・保護する互助組織だ。
冒険者達は依頼を熟し、依頼を仲介してくれたギルドに手数料を引いた報酬をもらう。
ギルドは様々な依頼を仲介し冒険者達に斡旋してあげて、情報や素材の売買や、依頼の仲介手数料などで利益を得る。
冒険者達はギルドに身分を保証してもらえるし、そこまでしているのに仕事をしない奴なんか、抱え込んでいても邪魔でしかないもんね。
正に、自己責任ってやつだね。
まあそれは置いといて、再登録の費用は、パパへのあたしの借用金に加算して貸して貰って、ミリアーナは奴隷のままだけど、無事に冒険者に帰り咲いたってわけ。
装備なんかは、借金奴隷としてウチに買われた時に預けた物を、そのまま使わせてもらっている。
装備品や所持品を売って返済金に充当もさせられるんだけど、ミリアーナはそうしなかったみたい。
思い入れのある装備なんだろうね、きっと。
ウチでの護衛任務の時なんかも、所属を示す鎧なんかはウチの備品だったけど、剣だけは自前の物を使っていたくらいだもんね。
「お疲れ様。こっちは特に変わったことは無いから、休んでてもいいよ。」
ミリアーナを労ってそう言うのだけど、彼女は首を横に振ったの。
「いいえ、お嬢様。ご主人様がお勤めをしているのに、休む訳にはいきません。」
いやいやいや。
そこは休もうよ?
あたしは言っても、お仕事を教えてもらうために勉強しているだけだから。
この世界の就労理念って、基本的にブラック寄りなんだよね。
まあ他所のことは知らないんだけどさ、ウチの奴隷たちも基本的には毎日お勤めしているし、他所の仕事が入ればそっちにも行く。
パパも毎日書斎と応接間を行ったり来たりしているし、マトモなお休みなんて無いんじゃないの?
精々が建国祭だったり、この前の【鑑定の儀】みたいな年齢毎の行事だったり、やんごとないお方のお祝い事の日くらいしか、お仕事を休むってことをしないのよね。
あたしはなんだかんだ言ってもまだ7歳の子供だし、勉強にしたって自分から率先してやっているだけだから、休む時は休むし、何なら何もしない日だって有るよ。
そんなあたしの奴隷でもあるミリアーナにも、ちゃんとしたお休みを取ってもらいたい。
適度な休みは仕事の効率を上げるって言うしね。
「ダーメ。ご主人様からの命令だよっ。クエストを達成した日と次の日は、休養に当てること。あたしの話し相手くらいなら良いけど、お仕事は禁止しますっ!」
「そ、そんな……! しかしお嬢様……!」
むう、まだ食い下がってくるの?
やっぱり、ちゃんと説明しなきゃダメかぁ。
「いい? ミリアーナ。お仕事をするって事は、責任を持つって事でしょう? その責任を果たさなきゃいけないのに、いざという時に疲労が溜まっていたら、どうするの?」
「うっ……!」
「大事な戦いの直前なのに、疲れ切っていたら? 怪我が治っていなかったら? そんな状態で、責任を果たせると思う?」
これ、本当に大事だよ。
前世の死因が、推定過労死のあたしが。
ブラックに塗れたこのあたしが言うんだから。
ミリアーナはその綺麗に整った眉を下げて、反論を探しているみたいだね。
「休む時は休む。それも立派なお仕事だよ? お仕事の鉄則は、“責任”と“信用”。自己管理も出来ない人に、安心してお仕事なんて任せられないでしょ?」
ちょっと厳しい事を言ったけど、解ってくれたかな?
ミリアーナは、あたしの言葉を反芻するように繰り返し呟いて、顔を上げた。
「分かりました、お嬢様。お嬢様の信用を裏切らないためにも、軽く日課の鍛錬をしてから、しっかりと休養を取らせてもらいますね。」
うん、ありがと。
仕事のためとは言ったけど、あたしはミリアーナが大好きなんだから。
そんな彼女が疲労が原因で怪我でもしたら、たまったもんじゃないもん。
「うんっ。また後で、お部屋にお話聴かせてもらいに行くからねっ。」
「はい。いつでもお待ちしていますね、お嬢様。」
ミリアーナはそう言ってから一礼をして、あたしの部屋から出て行った。
◇
「お父さん。あたしにお仕事を教えてください。」
お昼時。
ママ――ジョアーナの手料理を食べながら、あたしはそうパパに切り出した。
前世では下っ端社員としてしか働いていなかったから、経営のことはからっきし。
でも、一応は社会人として生きていたから、この世界の言葉や文字、貨幣や法律、地理や歴史をある程度覚えれば、基礎的な部分は全てスキップできた。
具体的には、商人に不可欠な算術や、交渉術だね。
前世で勉強の成績や仕事の業績がずば抜けて良かったわけではないけれど、四則計算や簡単な暗算、それに営業や取引相手との会話なんかは、元々人並みにはできるもん。
先生であるメイド奴隷のバネッサも、暗記科目を終えて算術に移ってからは、目を丸くしていたね。
何か教える前から計算が出来るんだから、そりゃビックリもするでしょ。
まあ驚かせはしたけど、桁の大きな計算もこの世界には無いらしいひっ算を使ってアッサリ解いて見せたあたしに、彼女は太鼓判を押してくれたの。
だから満を持して、こうしていよいよ、ウチのお仕事を教えてもらおうと切り出したわけよ。
「マリア。キミの優秀さはバネッサから報告を受けているよ。聞いた時は正直耳を疑ったものだよ。でも、キミはまだ7歳の子供なんだよ? どうしてそこまで急ぐんだい?」
パパの言う事も尤もな事だ。
バネッサに聞いたところ、職人などに子供が弟子入りしたりするのも、早ければ10歳を越えてからか、ある程度身体が成長してからだという話だ。
貴族様なんかは、基礎的な礼儀作法や読み書きや算術を、その頃から習い始めるという。
どう考えても、早過ぎるよね。
だからあたしは、予め用意しておいた答えを返すことにした。
「商人に最も大切なのは、“信用”だと思っています。あたしはまだ7歳で、女の子だし、職業適性も馴染みの無い物でした。だけど、早くから頑張って勉強して知識を身に付ければ、それだけ早く“信用”を得られると思っています。それに……」
一旦言葉を切って、パパの顔を見詰める。
呆気に取られたように口を開いて話を聴いていたパパ。
その顔を見ると、なんだか可笑しくなって、つい口元に笑みが浮かんでしまう。
「それに、あたしは現在パパに……お父さんに“借り”を作っています。商人にとって、“借り”はとても重たい物でしょう? 放置すれば、どんなに大きな“信用”でもそれを失ってしまいます。
それを一刻も早く“返す”には、あたしが努力してお仕事を覚えることと、そして働きながら“信用”を得るのが一番だと思ったんです。」
パパだけでなく、ママまで目を丸くしてあたしを見詰めている。
解るよ。
7歳の子供が話す内容じゃないよね。
あたしの“商人としての信用”は、現時点ではマイナスだ。
なにしろ、何も出来ない内から無理を言って、パパに“借り”を作ってしまっている。
だからこそ同じ商人として一人前になるには、何より跡継ぎとして成長するためには、一刻も早くそのマイナスをプラスに、パパの“信用”を勝ち取る必要がある。
結局はパパに頭を下げて教えを乞うから、マイナスを重ねているだけかもしれないけど、そこは意地でも“利益”としてパパに返してみせる。
「……実に商人らしい言葉だ。とても7歳の女の子とは思えないね。なら、後で試験をしてみよう。聞いただけで、まだマリアの勉強の成果を見ていなかったからね。準備をしておくから、“盾の芽の刻”になったら応接室においで。」
第一歩は、成功だね。
“盾の芽の刻”――午後の3時に、試験を受けることになったよ。
この世界には時計が有る。
1日の時間は24時間、1時間は60分、1分は60秒。
それは前の世界と変わらないんだ。
うん、数えたの。
けど、時間の名称が違うの。
0時(12時)――“樹の刻”から始まって、“実の刻(1時)”、“種の刻(2時)”、“芽(3時)”、“草(4時)”、“花(5時)”、“水(6時)”、“魚(7時)”、“鳥(8時)”、“獣(9時)”、“人(10時)”、そして“土の刻(11時)”と数えるの。
午前は“剣”、午後は“盾”と表現して、時間、分、秒という単位や概念は何故か有る。
中途半端な感じだよね。
あたしが思うに、時計という言葉も物も、あたしと同じような過去に居た転生者か転移者が齎した気がする。
で、時刻の名前は変えるのが面倒だからそのままに、時間や分や秒の単位を広めたんじゃないかな。
まあ、そんなことよりも先ずは試験だ。
どんな内容になるかは判らないけど、頑張らなきゃね。
何かしら言いたそうに言葉を探しているママは気になるけど、あたしは気合いを入れ直して、そのママの手料理を味わった。
食後ミリアーナとバネッサに、仕事を教えてもらうための試験を受けることになったと話した。
バネッサは自信ありげに、ミリアーナは心配そうな顔で、それぞれ激励の言葉をくれた。
うん、頑張るよ!
ミリアーナだけじゃなくて、あたしの今後の人生を左右するんだからね!
そうしてお話ししていたら、約束の“盾の芽の刻”が近付いてきた。
「それじゃ2人とも。行ってくるね!」
「お嬢様、普段通りに為されば大丈夫でございますよ。」
「お嬢様、ご武運を……!」
応援が心地良く、また心強いね。
でもミリアーナ、「ご武運を」って、なにも本当に戦うわけじゃないんだから……
まあ、ある意味あたしにとっての“戦い”にはなるのかな?
内心込み上げてくる緊張と、高揚に胸を踊らせながら。
あたしは応接室の扉を、ノックした。
「入りなさい。」
来ることが分かっていたからか、誰何することも無く入室を促された。
「失礼します。」
受験や面接、就職試験を思い出して、ついついそう言ってから入室した。
室内は相変わらず広い。
応接室テーブルには複数の書類が置かれていて、上座と下座にソファが対面に置かれている。
パパは、上座のソファに腰を下ろして居た。
「よろしくお願いします。」
ソファの横に立って一礼して、パパを真っ直ぐに見詰めて待機。
パパは面食らったような顔をしたけど、すぐに表情を引き締めて咳払いをひとつ。
「約束の時刻より早めに来たのは感心だね。座りなさい。」
そして、あたしにソファの対面に座るよう促した。
そりゃあ10分前行動、5分前行動は、社会人の基本だからね!
「失礼します。」
もう一度断りを入れてから、スカートが広がらないように気を付けながら、パパの正面に腰を下ろして、背筋を伸ばす。
気分は、まんま面接会場に入った時のそれだ。
当たり前だ。
これは、あたしの就職試験なんだからね。
「……意志は堅いみたいだね。それじゃあ、先ずはこの紙に書かれた問題を解いてもらうよ。制限時間はそうだね、1時間としよう。じゃあ、始めて。」
「お願いします。」
パパに開始を告げられて、渡された紙に目を通す。
紙は3枚。
1枚目は歴史と地理、2枚目は法律、3枚目は算術か。
問題数もそう沢山有るわけではなかった。
あたしは先ず3枚目の算術から解くことにした。
だって単純な四則計算で、一番簡単だから。
答えを掘り起こす必要がある暗記問題に、より多くリソースを割きたかったからってのもある。
設問は徐々に桁が増えるだけで、足し算・引き算・掛け算・割り算が織り交ぜられた内容だけど、焦らずに1問ずつ着実に、手早く処理した。
数学は苦手だったけど、小学校の算数レベルならまったく問題ないもんね。
三角関数とかルートとかそういうのさえ無ければ、チョロいチョロい♪
次は地理・歴史。
問題はこの国の興りだとか、隣国の名前だとか、あとは近隣の特産品は何だとか、そういうの。
バネッサの講義や読んだ本の内容を思い出しながら、スラスラと解いていく。
そして法律。
内容は主に奴隷に関することと、税金について。
そんなのは勉強を始める前から話題として聞き漁っていたし、これも特につっかえること無く解き終える。
そして時計を横目に確認すると、まだ時間はたっぷり残っていたので、一通り見直しをする。
大事なことだもんね。
そうしてから、あたしは1時間の時間を使い切る事なく、30分近くを残して、ペンを置いてインク壺の蓋を閉めた。
「お父さん、終わりました。」
「そっかぁ。やっぱりまだ難しか…………え? お、終わったの?」
待っている間に自分の書類に目を通していたパパが、耳を疑うかのように聞き返してくる。
「はい。全問解き終わりました。見直しも済んでいますので、確認をお願いします。」
「まだ時間も半分しか……いや、分かったよ。確認させてもらおう。」
気を取り直したのか、真面目な顔になってあたしから答案用紙を受け取ったパパ。
その顔はどんどん真剣味を濃くして、食い入るようにあたしの解答をなぞっていく。
そして10分ほど経ってから。
パパは、大きく溜め息を漏らした。
「驚いたな……バネッサから聞いてはいたけど、完璧じゃないか。」
良かった。
見直しはしたけど、見落としが無いかちょっとは不安だったから、そのパパの言葉に凄く安心した。
「お父さん。あたしは、合格ですか?」
真っ直ぐに顔を見ながら。
そう、あたしはパパに訊ねる。
パパは少し迷ったように視線を逸らしたけど、あたしの努力の結果と、そして本気が伝わったんだろう。
真っ直ぐにあたしに視線を合わせてから、柔らかい表情で。
「本当は子供らしく遊んでいてほしかったけど。でもマリアの、キミの本気が理解できたからね。これからは、仕事の時は【会長】と呼びなさい。」
それは、働いていいってことだよね?
ありがとう、パパ!
おっと、これからは会長って呼ばなきゃね。
ありがとうございます、会長。
これからよろしくお願いします!
あたし、奴隷商の娘のマリア。
歳は7歳だけど、あたし専属の奴隷も持ってるの。
こんな歳で奴隷1人分の借金を抱えちゃったけど、大丈夫。
これから、奴隷商見習いとして、お仕事始めます!
マリアは【奴隷使い】から【奴隷商(見習い)】に進化した!
如何でしたでしょうか?
「面白い!」
「労働基準法ェ……w」
「もっと更新しろやタコ」
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健気なマリアちゃんに、応援よろしくお願いします!
m(*_ _)m