白い地平の中で
あらすじにも書きましたが、筆者の私が「夢で見た」奇妙な体験をただ文章にしただけです。
「何これ?」と思っていただければ幸いです。
気が付くと、何もない真っ白な空間にいた。
見渡す地平の果てまでのその白色は続き、どれだけ見回しても周りに人がいる気配は全くない。あまりに異質な状況だった。自分独りしかいない。何とか平静を装ってはいるものの、内心ではひどく混乱していた。理解のできない状況に気分が悪くなりそうだった。
十分ほどが経っただろうか。現状の理解と把握に務め、自分の心がようやく落ち着き始めてきたそのとき、何もなかったはずの空間に、自分の背後に何かの気配を感じた。人間の危機探知能力というものは凄いものだ。気配の正体を確認するために反射的に体が動いた。振り返って目をやると、そこには人ではなく、大人が何人かは収まろうかという蓋つきの大きな大きな箱があった。
突然現れた得体の知れない箱だ。迂闊に触れることは危険かもしれない。箱の周りを円を描くようにして歩きながらそれを眺めた。すると、箱の中に何が入っているのか興味が沸いた。
僕は箱の中身を知りたいという強い好奇心に囚われた。いや、囚われてしまった。きっとそれは、好奇心というよりは「箱を開けなければならない」という使命感や義務感のようなものだったのかもしれない。
僕は手を伸ばして箱の蓋を開けた。ギィィという無機質な音がその場に響いた。期待と不安が入り混じった僕が箱の中に見たものはなんと、大量の「靴下」であった。それは良くも悪くも衝撃だった。靴下であれば生命の危機にさらされることはない。安全そのものだ。安心はできた。しかしながら、それ以外の何かであって欲しいという期待が込められていたのも事実だ。
異常なこの状況を打ち破り、自分を元の日常の世界へと還してくれるような何かを欲していた自分がいたようだ。
しかし、安心は束の間で、僕は何かに取り憑かれたように、一心不乱に箱の中の靴下を地面に並べ始めた。愛らしいキャラクターがプリントされた子ども用靴下から紳士用のビジネスソックス、人気の五本指ソックスまで、ありとあらゆる種類の靴下を並べる。箱からいくつかの靴下を鷲掴みにし、それを並べる。
手持ちの靴下が無くなれば箱に取りに行く。まるで工場の機械のように正確に、乱れることなくその作業を繰り返していく。やめたくても、体がいうことをきかない。自分の体が自分のものではないみたいだで、操り人形とはこのことだ。こうした初めての感覚に大きな不安と戸惑いを抱くのがここでは普通だろう。それでも僕は、そんな不安すらも感じられないほど作業に没頭している。
僕の思考も、自我までもが乗っ取られたみたいだった。
どれだけかの時間が過ぎ、作業は何度も繰り返している。十往復はしただろうか。それだけの数をこなせば、箱の中にあった靴下は底をつくはずだ。しかし、驚くべきことに箱の中の靴下は無くならない。どれだけ靴下を取って並べても無くならない。この場合は「無くなることはない」と言った方が正しいだろうか。言い換えると、僕が強いられているこの作業も「終わらない」のだ。
ゆっくりと、しかし確実に奪われている思考と自我の中でその事実に気付いた僕は、抵抗することを諦めた。このまま延々と靴下を並べ続けることが自分に与えられた仕事で使命なのだと考えることにしたら案外と楽になった。
僕はこの異常で理不尽な世界を受け入れ、靴下を並べるだけのマシーンとなった。
靴下を並べることに意味などないはずだ。しかし、それでも、いつかはこの並べに並べた大量の靴下と僕の存在に少しでも意味が付加されることを最後に願って、終わらないこの作業の中に沈んでいった。




