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ハイパーリンク 第四章  作者: リン
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第四章

国内の軍隊は十個の部隊があり、

久龍(きゅうりゅう)は一番隊の隊長を勤めている。

一番隊は、中でも特に規模が大きく特別に扱われていた。

所属する隊員数は本隊だけで一万人以上いる。その他に、王族や高官達を警護する親衛隊も管轄していて、総勢一万四千人から成り、他の部隊の三倍以上の兵力を持っていた。

また、防衛拠点を都の城に置いていたので、国防の中心的な役割を担っていた。


当然隊長の久龍は他の隊長達と違い、政治家との接触が多かった。

政治的手腕に長け、

高官達との繋がりも深く、

特に大臣筆頭の倭三(わざん)と親しかった。

そんな久龍は細部まで気が効く半面、猜疑心も強く用心深かった。

右腕として働く副隊長を何人も置き、互いを監視させていた。

また、部下が反抗的な態度が少しでも見せると、見せしめに階級を大幅に下げて閑職へ追いやった。

自然と久龍の周りには言うことを聞く者だけが残っていったが、

半面軍隊としての士気はあまり高くなかった。


軍隊の中で、久龍は宇龍(うる)と列び双龍と呼ばれていた。

しかし、武術一辺倒で政治的な駆け引きが苦手な宇龍が、自分と同等に扱われていることが久龍は気にくわなかった。

軍人として、隊長として、

権力を持つことを第一と考える久龍と、武芸を高めることを第一と考える宇龍とは、お互い話しが合わなかった。

更に、自分が得意な分野は、

相手が苦手な分野だったので、

余計に理解し合えなかった。

また、久龍は羊飼いの息子だった宇龍を下賎な人種と見下していた。

宇龍は教育を受けていなかったので、文字が読めず城内の作法も知らなかったのだ。

宇龍は、口数が少なく他人との会話は苦手だったので、

交渉や政治的なやり取りは副隊長に任せていた。

代々城に勤めている家系に生まれた久龍の眼には、宇龍が北方の蛮族と同じように写り、自分と同じ人間にはとても思えなかった。


二番隊副隊長の海燕(かいえん)は、宇龍から任された外交の任務をそつなくこなしていた。

久龍はその様子を見て、自分の部隊に海燕のような有能な副隊長がいないのも気にくわなかった。

実際には、有能な者は他へ移ってしまうか、一番隊の中では育たずに潰れてしまっていた。

その主な原因が、久龍自身にあるのだが、本人はそう思っていなかったので、体制は改まらないままだった。


その結果、単純な性格で裏表のない宇龍の人気は高まっていった。

宇龍に憧れて入隊する若者も多く、二番隊には腕の立つ兵士が多く集まって来た。

幾多の戦いを経るうち、精鋭部隊の呼び名は一番隊から二番隊に移ってしまっていた。

久龍はそれも面白くなかった。

以前からそんな宇龍の存在が目障りだったので、息子を亡くし失意の内に除隊した時は内心喜んだ。


宇龍の後を継いで、二番隊隊長となった海燕は政治交渉ができる相手と見られていた。

今までも、宇龍に代わって城での打ち合わせに行ったり、部隊同士の交渉に立ち会いきちんと対応していたからだ。


ある日海燕は城に呼ばれた。

そして、高官達が会議や応接に使う立派な部屋に通された。

そこは柱にまで彫刻が施され、壁は幾何学的な模様が様々なタイルで彩られていた。

その立派さで来訪者を圧倒し畏敬の念を抱かせ、

交渉時に自国の要求を有利に進める。相手を威圧するための部屋だ。

海燕が部屋で待っていると、倭三と久龍が遅れて現れた。

長い机に向き合い、互いの挨拶を交わすと倭三が、

「この度寺院の建っている土地に、

王の別邸を建設することになった。

これは王の強い要望である。

寺は北の丘陵地に移ってもらうことにした。

建物は新しく立て替えることになっている。」と説明した。

それを聞いた海燕は、

王を城から遠ざける魂胆かもしれぬ。

王の名で布告し、

反対出来ないようにしておき、裏で何やら企んでいるのでは、と感じた。

窓から差し込む秋の長い日差しは、

部屋の奥まで差し込み、壁のタイルに反射している。

その光を眩しそうにして、眉をひそめる倭三の顔を見ながら、海燕は老いた猿を想像していた。

続いて久龍が、

「先日寺院を下見に行った兵士達が妨害を受けた。

兵士の一人は暴行を受け怪我を負わされた。」

「暴力を振るった相手は君の上司だった宇龍だ。

兵士達に、寺を取り壊すなら自分が相手をすると言ったそうだ。」

その時の様子を話す久龍の顔は、どこか得意気だった。

話しを聞きながら海燕は考えていた。

『宇龍は何故あの寺院にいたのだろう?

確かあそこは、息子の陀院(だいん)が大好きな絵画をよく見に行っていた場所だ。』

そこへ宇龍も行っていたのだ。

『以前は全く興味を示さなかったのに・・』

それを聞いた海燕は思った。

『宇龍の心の中に、息子を愛おしく思う気持ちが生まれていたのだ。

だから、陀院を偲んであそこを訪れてみたくなったに違いない。』

海燕には、天用武寺を訪問し、亡くした息子を偲ぶ宇龍の姿が想像できた。

戦うことしか頭にない男の心に、人間らしい感情が芽生えていたのだ。

海燕はわざと聞いてみた。

「宇龍は寺院で何をしていたのでしょう?」

「さあなぁ 息子を亡くしてから気弱になっていたからな。

お祈りでもしてもらおうと思ったのかもしれん。

あの鬼人のような男が変わるものだ。」

『この男は宇龍の心の内を知るまいな。』

「兵士によると、書院を取り壊す話しをしたら、急に怒り出し暴力を振るったそうだ。」

『そうだろうな。

陀院が好きだった思い出の場所を壊そうとするんだ。』

『それに最近朱鞠とよく一緒にいるのは、息子の身代わりと思って可愛がっているのだろう。

二人はどこか似ているところがある。』

久龍が本題に入ったかの様子で、身を乗り出して言った。

「寺には、僧侶を始め王に盾突こうとする者が、大勢いることが分かったよ。」

寺に居る者達は、既に反逆者扱いされていた。

「管主を始め、君の上官だった宇龍も首謀者の一人だと分かった。

反逆者の人数は、数千人にのぼると思われる。

これはもう少数の警備兵の手には負えない規模だ。」

『話しを誇張しているな。

どうも軍を出勤させたいらしい。』

『そうか 軍に手柄を立てさせて倭三に恩を売るつもりか。』

久龍の話しは熱を帯びた。

「そうとは言え、かつての戦友や僧侶に対し、軍隊を差し向けるような事を私はしたくないのだよ。」

久龍の芝居がかった様子を見て、海燕は今更ながら嫌な気がした。

「ましてや宇龍は現在一平民だ。

平民や僧相手に軍隊を出動させるとなると、人々の反感を買うことにもなるからね。

何とか話し合いで解決できないか?

宇龍を説得する方法がないものかと思い、部下だった君に来てもらったという訳なんだ。」

久龍はそう言って海燕の顔を覗き込んだ。

「ただ、話しをしようにも、普段宇龍が何処に居るのか分からないんだ。

君に心当たりはあるかね?」

何か言いたげな表情だ。

『俺が宇龍の面倒を見ている事を知っている様子だな。久龍が知れば、いずれ倭三の耳にも入る。その時はどうするつもりだろう。』

「僧侶達の説得は我々が行う。

宇龍を説得できる人間が必要なんだよ。」

『口振りからして自分に宇龍の説得をさせたいらしい。

しかし、この先宇龍が手を引くはずがないから、いずれは反逆者として殺すつもりだろう。』

その時は、善良な僧侶や信者達が、宇龍と一緒に悪人と決め付けられ、問答無用で殺される。

『たぶん、二番隊は見せしめとして出動させられるのだろう。

そうなると、二番隊が権威を振りかざし、弱者を殺す役割になるのか。』

今までに何度か経験してきたが、後味の悪いものだった。

この場は時間を稼ぐことにしようと思い、

「宇龍を見かけたという話しを聞いたことがあります。

私が彼を探し出して説得してみましょう。」

と言い一旦城を出た。

説得しても無駄に終わることは分かっていた。

久龍はそれも予想しているのだろう。

その上で軍を出勤させる腹積もりなのだ。

説得を失敗したことを理由に、二番隊を出動させるのだろうか。

それだけで終わるのだろうか。

二番隊の現隊長が、反逆者となった前隊長を匿っていたと決め付けられたらどうなる?

いずれにしても二番隊は苦しい立場に立たされる。


海燕は考え続けた。

『俺の動き方次第では、二番隊は潰され国内の軍隊が乱れてしまうかもしれない。

後々のことも考えて行動しないといけないな。』

城を出た海燕はその足で、都にある自宅へと戻った。

戦いの前には必ず家族に挨拶をすることにしている。

家に帰ると、すぐに妻の亜育(あいく)と三人の息子達を居間に呼び寄せ事のあらましを告げた。

「今度は生きて帰れそうもない。

もし助かっても、家には戻れないかもしれない。

その時父は戦って死んだものと思ってくれ。」

そして妻には、

「お前には何もかも任せ切りだった。本当にありがとう。」と言って頭を下げた。

それを聞いた亜育が言った。

「今更水臭いことはおっしゃらないで下さい。

私は、嫁いでからずっとあなたの死を覚悟してきましたから、心の準備は出来ています。

でもあなたはいつも生きて帰って来てくれた。きっと今度も無事に戻ると信じています。」

息子達も口々に言った。

「父さんが死ぬはずがないよ

いつだって生きて帰って来たじゃないか。」

亜育がふと思い出したかのように言った。

「あなたは前にもそう言って出かけたわ。でも帰って来た。

その時あなたは、隊長に命を救われたと言っていた。

今度は、あなたが隊長を救ってあげられる。そんな気がします。

そして今まで通り無事に帰って来て下さいね。

私達は待ってます。」

海燕は気丈に振る舞う妻に感謝した。

そして家族の顔を心に焼き付け家を出た。


都を取り囲む壁には、通行の為にいくつもの門が設けられている。

この次この門をくぐる時、俺はどうなっているのだろう。

複雑な思いを抱きながら、

海燕は北へ向かう門をくぐり、

二番隊が駐屯する砦へとひたすら馬を走らせた。


北方には、他民族の少数国家が多数あり、進攻を繰り返していた。

国防の最前線とも言える地域だ。

そこにある砦が二番隊の拠点だった。

砦の回りは、真っ赤な耐火煉瓦を幾重にも重ね合わせた高い壁が取り囲んでいる。

その外観は、まるで砦が燃えているかのように見え遠くからもはっきりと分かった。

真っ赤な砦は、そこに駐屯する二番隊の士気を象徴するかの如くそびえ立っていた。

それは、同時に他民族にとっても恐怖の的であった。

かつて戦闘で殺した敵の首を、見せしめのため砦の前に晒していた。

その様子を、周りの森から見た敵の兵士達は、恐れを込めて『血の砦』と呼んでいた。


海燕は、砦に戻るとすぐに砦内にいる将軍達を広間に集めた。

広間に皆が集まると、城での久龍達の話しや寺院の様子を伝えて、各自の考えを聞いた。

彼等の意見は様々だった。

まずは命令を遵守するのは当然、

軍人はあくまで国の命令に従うべきだという意見だった。

では命令に従い、かつての上司や罪のない僧侶達を殺せるのか?

将軍や兵士達の中には、宇龍に命を助けられた者が大勢いる。

また寺院側にも、兵士の知り合いや親類縁者がいる。

その者達も問答無用で征伐出来るだろうか?

それと、寺院は創始者が悟りを開いた場所のはずだ。

他へ移せるものではないだろう。

誰も了解していないのに移転しようとしている。

それに反対する寺院側を、処分する理由があるのだろうか?

また国を守る軍人としては、まず民を守るのが優先だという考えもあった。

今回の事は、罪のない弱者を権力で制圧することになるのではないか?

それは正義に反することではないか?

しかし王の勅命が出た以上、僧侶や信者を守ろうとすると、国に逆らうことになる。

等の意見が次々と挙げられたが、いずれも結論には至らなかった。

どの将軍も、本音では国のやり方をおかしいと思っていた。

しかし、国に仕えている立場から、表立って反対が出来ないもどかしさに悩んでいた。


将軍達の話しを、ずっと黙って聞いていた海燕が、決意したかの様子で口を開いた。

「俺は寺院に行って、宇龍と共に戦うことにする。

今回は二番隊に出動命令が出ると思われる。

命令が来たら部隊として従い、出動してくれ。

命令を守ってさえいれば、隊が処罰されることはないだろう。

城には、海燕は裏切って宇龍を助けに行ったと言え。

そして攻撃中は戦う振りをして、僧侶達をなるべく多く逃がすんだ。

逃がし終えた頃を見計らってから、宇龍と俺を捕まえて城に差し出せ。

久龍達は俺が宇龍を匿っていたのを知っているようだ。

宇龍が処刑された後も、それでは終わらさず俺も処刑されるかもしれない。

その時俺が二番隊にいたのでは、隊に迷惑をかけることになる。

その前に、二番隊から居なくなった方がいい。

俺は、支度が整い次第すぐに出発するつもりだ。」

海燕は一気にそれだけ言うと、横に立っていた副隊長に、

「これからの指揮はあなたにお任せしたい。

泥蘭(でぃらん)副隊長よろしくお願いします。」

突然海燕はそう言って、

兵士の中でも最年長の泥蘭に向かい、両手を差し出した。

急なことで泥蘭は驚いたが、ずっと皆の話しを聞きながら考えていた。

自分はどうする?

自分が平民であれば、海燕同様寺院へ出向き、僧侶達と一緒に戦いたかった。

そう思いながら両手を差し出した海燕を見ると、その表情は思いの他清々としていた。

その海燕は、宇龍との友情を守り、僧侶達の命を守ろうと、命を懸ける覚悟だ。

なんと潔い態度なんだと、泥蘭は感心した。

自分より一回り以上も年下の者が、命を懸けて弱い者や部下達を守ろうとしている。そんな時に、同じ軍人として、年上の自分が果たせることは何なのか。

『この男を死なせてはならん。』

と泥蘭は思い、

無意識のうちに何かを呟いていた。

今、彼は何事かを決意しようとしている。

白髪で真っ白になった長い髭を細かく奮わせていた。

それが彼が考え事をしている時の癖だった。

そして差し出された手をしっかりと握りしめ、ぶつぶつと何やら呟きながら深々と頭を下げた。


その場で作戦が練られた。

多くの将軍が、久龍は今回二番隊を出動させるだろうと考えた。

それは、相手が最も嫌がる手段を取るという、久龍がよく使うやり方だからだ。

二番隊は命令に従い出動するが、なるべく攻撃を遅らせ僧侶達を逃がす。

表向きは隊を裏切ったことにし、海燕には数十人の兵士を同行させる。

もし他の部隊も来た場合には、寺院側に送り込んでおいた兵士達が逃がす手助けをする。

宇龍と海燕は僧侶達を逃がした後、本人の言う通り捕縛することにした。

以上の作戦が決定された。

会議の内容は、すぐに二番隊全体に周知された。


作戦会議の後、少し経ってから泥蘭はこっそりと別室に二人の息子を呼んだ。

部屋には泥蘭の友人で将軍の黒羽(くろう)もいた。

「今日の作戦は密偵が久龍に伝えるだろう。

そこでお前達を呼んだのは、別の作戦を伝えたいからだ。

それはわしと黒羽で決めたもので、まだ誰にも話していない。」

それは決して外に漏らしてはならない秘密のものだった。

それだけに、信頼できる息子達を呼んだのだ。

泥蘭は二人を前にして、

「これから話す作戦は、一番隊を叩き潰すのが目的だ。」

それを聞いた二人は、驚いて聞き返した。

「自国の軍隊同士で戦おうと言うのですか?」

「我々が反逆者になってしまうのですよ。」

「そうだっ。だがこれは民の命を守るための正義の戦いだと俺は思っている。

そのために命を賭けても惜しくない。

俺はもう他人の欲なんかのためには戦わんのだ。

お前達がそれを反逆だと考えるなら、この場を去ってもらって構わんぞ。」

二人はそれを聞いても驚いた様子はなかった。

お互い顔を見合わせていたが、やがてにやりとしながら、

「私達も同感です。

公言できなかったけど、今度の戦いは明かにおかしいと話してました。

連中は、軍隊を私利私欲のために利用しようとしている。

そういう久龍達のやり方には、嫌気がさしていたんです。」

「王の勅命さえ出せば、何でも言うことを聞くと侮られていることにも、腹が立ってました。

既に、一番隊は人々を守る軍隊としての本分を失ってしまっている。」

「いつかは奴らに思い知らせてやりたいと、以前から思っていました。

私達は父上の考えに大賛成ですよ。」

実は泥蘭は一番隊だけが出動すると考えていた。

二番隊は信用されていないから、

出動させるのは一番隊に違いないと考えたのだ。

そうなったら、宇龍や海燕がいかに勇猛でも大軍相手では敵わない。

宇龍達が助かる見込みはなくなってしまう。

「俺は、隊長達をみすみす死なせたくない。

二番隊に出動命令が出なかったら、秘密裏に援軍を出そうと思う。」

だが海燕は援軍を申し出れば断るに違いない。

「この後わしは黒羽を副隊長に任命する。寺院へ他の部隊が出動したら、黒羽は援軍を組織する。

その時、お前達は黒羽に手を貸してほしい。

そして、なるべく多くの兵士達を、寺院へ向かわせてもらいたいのだ。」

「父さんはどうするのですか?」

「俺はこの砦に立て篭る。」

「援軍を出したのが知れれば、砦は攻められるかもしれませんよ。

大丈夫なのですか?」

「だてに長く生きている訳ではないわい。

この砦のことは、攻め方も守り方も隅々まで知っている。

一年でも二年でも持ちこたえてみせる。任せておけ。」

泥蘭は更に続けた。

「いいか お前達は寺院へ行き、隊長達と力を合わせ一番隊を叩き潰すんだ。相手の不意を突けばこちらにも勝機が生まれる。

一番隊の腰抜けどもに思い知らせてやるんだ。

しかしこの計画を久龍に絶対知られてはならんぞ。」

泥蘭は二人をより近くに引き寄せ、

「まず、砦を密かに抜けて裏手の渓谷へ出るんだ。」

「渓谷へ出るとは、待避訓練の通路を使うということですか?」

「そうだ。あの抜け道を使えば大勢が密かに渓谷へ移動できる。

そこから筏に乗って川を下り都へ向かえ。」

「筏で川を下るのですか?」

「そうだ。黒羽の指示に従って行け。

この方法だと寺院まで一日かからないだろう。」

「えっそんなに早く?」

寺院までは馬を飛ばしても一日近くかかる。

ましてや歩兵が中心となれば、三日から四日はかかる距離だ。

「昔、宇龍隊長達と見つけた方法だ。

都で何か起こった時に、一刻も早く駆けつけるためだ。」

続けて黒羽が言った。

「渓谷沿いには樵の部族の村がある。

そこの族長は俺が良く知っている。

間違いなく協力してくれる。

彼らは山から切り出した木材で筏を組み、川を下って都まで運ぶのを仕事としている。

彼等の操る筏に乗れば、街道を行くより早く都に着けるんだ。

だが、俺達は都には入らず、途中で筏を降り、東の砂丘を抜け九番隊の砦に向かう。

隊長の是是(ぜぜ)は海燕隊長の古くからの友人だ。

心から話せばきっと力を貸してくれるはずだ。」

泥蘭が二人の顔を見て、念を押すように強い口調で言った。

「ついては内密かつ早急に準備を始めてほしい。

この話しは黒羽の命令が出るまで他言してはならない。

真に信頼できる者にだけこっそりと伝えておけ。」


その日の夜、北の砦から一人の兵士が都の城に向かった。

久龍が、各部隊の内情を探るために潜ませている密偵だ。

兵士は会議の後、皆に話された作戦を久龍に伝えた。


『フンッ お前らの思うようにはいかんぞ。』

当初、久龍は二番隊を出動させ、同士討ちさせるつもりだった。

しかし密偵からの情報を聞き、海燕他数十名の兵士が寺院側に加勢することが分かった。

『それならば一番隊本隊だけを全軍出動させよう。

城には親衛隊を残しておけば大丈夫だ。

大軍を差し向けて一気に押し潰してやる。

宇龍と海燕が居ようが、わずかな人数では一万人の兵士には敵うまい。

これは楽勝だな。

倭三大臣も呼んで、俺の勝ち戦の一部始終を見物させてやろう。』


久龍が恐れていたのは二番隊を出動させた場合、

反乱を起こして寺院側と合流し、一番隊と戦う事態になることだった。

兵力では一番隊が圧倒的に多いので、負けることはないとしても、お互い相当な被害が出ることだろう。

そうなったら、今後これまでの勢力を保てなくなる。

二番隊と全面対決することだけは避けたかった。

そこで一番隊だけを出陣させ、二番隊は出動させないことにした。

もしも、二番隊が裏切る様子が見えたら、討伐させるため三番隊に見張らせた。

用心深い久龍は、そこまで手を回してようやく安堵できた。




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