そして仙人は壺を眺める
洞府の入り口で私は心を弾ませていた。
今日から師匠が少し長めの旅に出る。久しぶりの自由だ。一兆年くらい帰ってこなければいい。心中を隠して名残惜しそうに師を見送る私の姿は、さぞかし理想の弟子に見えていることだろう。
鹿に跨った師匠は、その身も言葉も羽根より軽くフワリフワリと浮き上がる。
「それじゃ留守の間、よろしくね」
「かしこまりました、万事お任せください! 私ももう半人前くらいにはなりましたから」
ポンと胸を叩いて請け負う私。しかしすぐさま軽はずみな発言を後悔する羽目になる。赤い道服の女仙が口の端を吊り上げて笑ったからだ。楽しげに酷薄に。
「半人前とは大きく出たわね。よし。それなら一つ宿題を出しましょう。この壺を使って何か育ててみなさいな」
師匠は虚空から壺を取り出し、私に受け取らせた。一抱えもある黒塗りの壺はズシリと重い。
「帰ってきたときに成果を見せてもらうから。くれぐれも割ったりしないように」
「お戯れを、師匠!? 私には到底、身に余ります!」
「これも修行の一環と心得なさい。それじゃあね」
慌てて壺を返そうしたけれど、師匠は鹿の角を掴んでそのまま空に飛び上がって行ってしまった。可愛い可愛い愛弟子を、もはや一顧だにしない。私は師匠が見えなくなるまで呆然とその場に立ち竦んだ。
* * *
運んできた壺をソロリソロリと床へと下ろす。自分の部屋が狭くなるのは癪だ。それでも、出来れば普段は目の届く場所に置いておきたい。
「厄介な事になったなあ」
深い溜息を吐く。仙人の弟子になってからどれほど月日が経ったか覚えていないが、今回の宿題は過去最高に面倒くさい。だって壺だし。
しゃがみ込んで壺の中を怖々と覗き込んだ。黒い靄らしき物が渦巻いている。
どうやら師匠は本気らしい。中身が空でありさえすれば「性質の悪い冗談だったか」と胸を撫で下ろすこともできたのに。頭を抱えて蹲る。
しばらく悩んでから私は決心して立ち上がった。
「……とりあえず、後回しにするか!」
私は生来、ものぐさなのだ。慌てたところで素晴らしい天啓が降ってくる訳もなし。どうせ時間はたっぷりある。まずは命の洗濯だ。
途端に気分が上向いた。虚空から取り出した手拭いを風車みたいに振り回しながら部屋を出る。目指すは湯煙、大浴場。
* * *
白い道服をエイヤ!と籠に脱ぎ捨てる。一糸纏わぬ裸身になってザンブとお湯に飛び込んだ。
「重畳重畳、極楽至極!」
くは~と息を吐き出してプカプカ、プカリと湯船に浮かぶ。水平線の向こうまで私一人で貸切だ。過去最高に気持ち良い。
汚れと焦りが溶け去ったら、現実と向き合う余裕が生まれてきた。
「ついに来たかー、壺」
遥か彼方の天井を見上げて呟く。いつかは来ると覚悟はしてた。
師匠がいないのは不安だけど、実力を認めてくれている証でもある……はずだ。
「それにしても、壺のどこが良いんだろ?」
どういう訳だか仙人は壺という物が好きだ。壺を造るのも観るのも好きだが、中で何かを育てるのがなんでも一等好きらしい。
師匠が友人達と壺談義で盛り上がっている光景を何度も目にしたことがある。
だけど私には良さが分からない。
「そもそも私は何かを育てるのには向いてないんだよなー。師匠だって分かってるくせに」
あるいは、分かっているからこそかもしれない。「これを機会に克服しなさい」とでも考えているんだろうか。それなら期待には応えたいところだ。
だけど何を育てよう?
「……ぬか床でも育てるか」
単なる思い付きだったけど存外、悪くないのかも。久しく漬物なんて食べてない。ぬか床を育てて、漬けた野菜でサッと一杯。想像するだに中々の娯楽ではないか。
黒い靄は一見すると薄気味悪いが、何かを育てるときには最高の助けになると聞く。決まりだ。風呂から上がって寝て起きたら、早速準備に取り掛かろう。
壺の悩みが早々に片付いて解放的な気分になった。一丁泳ぐか? そうしよう! お湯を蹴って宙に舞い、クルリ回って姿を変える。大きな大きな白鯨だ。波音高く湯船の中へザブンザブンと沈み込む。
大浴場は果てしない。底へ底へと深きを目指す。今日はどこまで行けるだろうか。
* * *
のぼせた。浮かれ燥いだ過去の私をガツンと殴って止めてやりたい。
* * *
やってしまった!!
寝ぼけて部屋を掃除をしたのは過去最悪の失敗だった。
塵と埃を掻き集め、何の気なしに捨てた先。それは師匠から預かった、件の壺の中だった。
我に返って壺を覗くが、時既に遅し。得体の知れない不純物を投げ込まれた黒い靄は、チカチカ光ったかと思うと凄まじい轟音を立てて爆発した。
爆風に煽られ、もんどりうって壁に激突する。液状になった私の体がズルズル壁からズリ落ちる。どうにか痛みは受けずに済んだ。あと少し遅ければ、ちょっと蘇生に時間が要った。
部屋は、しっちゃかめっちゃかだ。様相まるで土砂崩れ。ああいや今はそれよりも、壺は一体どうなった?
私は固体に戻りつつ、祈るように壺を見つめた。蓋のない壺からは爆発の煙が立ち上っている。砕け散らなかったのは奇跡以外の何物でもない。しかし所々ひび割れて、嗚呼、今にも弾けそう!
「どうしようどうしよう、どうしようどうしようッ!?」
手を後ろに組んで部屋の中をグルグル回る。言葉も思考も行動も全部が全部、堂々巡る。ぬか床どころの話じゃないぞ! あわや進退窮まった!
「もし壺が壊れでもしたら……」
私は青くなった。師匠はズボラで寛容だけど、たった一つ触れてはならない逆鱗がある。それが壺だ。
* * *
まだ修行を始めて間もない頃、私は師匠が大切にしていた壺を割ってしまったことがある。黒い靄となんだかキラキラした物が割れた壺から零れ出て、見る間にパッと消え失せた。
それまで修行で叱られることはあっても理不尽に怒られたことはない。師匠は何十、何百と壺をたくさん持っている。たかが壺の一個くらい、笑って許してくれるだろう。私は軽く考えていた。
結論から言うと甘かった。師匠は一切の言い訳を許さず、冷たい眼差しで私を震え上がらせた。人差し指が、愚かな弟子の額に向けられる。
次の瞬間、記憶を消されて輪廻転生に叩き落とされた。
どこの誰とも知れない私。生まれて生きて、死んで忘れて。またまた生まれてまた死んで。
七度目の生を終えたとき、私はようやく元の自分を取り戻し輪廻から解脱した。
生と死の間で数え切れぬほど苦悩し、命の明滅に振り回される。もう二度とあんな想いはしたくない。その一心で、師匠に向かって許しを乞うた。
「次は無いわよ」
短く冷徹に告げる声は、それすら福音となって耳に届いた。許されたときの安堵の吐息、今もなお忘れられない。
恥ずかしながら、あれ以来、死ぬのが少し怖い。何者にも化けられる私は、何者でもなくなる「あの瞬間」が堪らなく嫌なのだ。
* * *
現実逃避から戻ってきた。どこにも私の逃げ場は無い。壺には無数の亀裂が走り、砕け爆ぜ散る瞬間を今か今かと待っている。
壺が壊れたらどうなるだろう。またぞろ輪廻に落とされる?
今度も七度か、いいや待て!
あのとき師匠が向けたのは人差し指の、ただ一指。片手で五指なら両手で十指。一指で七生すごすなら、もしや十指は七十の生か? 嫌だ嫌だ、それだけは!
遮二無二、壺に駆け寄った。妙案なんて思いも付かぬ。とにかく何とかしなければ!
「あああああああっ!!」
叫びながら指先で壺の亀裂をなぞりになぞる。習い覚えた全ての術で、崩壊必至のこの壺を、何とかどうにか留めよう。
* * *
なぞるなぞる。なぞれば消える。亀裂は消える。消えた端から新たな亀裂。一面サッと広がって、見る間にパッと消え去って。まるで小さな雷だ。
なぞって減らして、ひび割れ増えて。まだまだ終わりは訪れぬ。
* * *
どれほど時が経ったか分からない。グッタリと床に横たわりながら壺を見上げた。壺はどうにか形を保っている。亀裂も綺麗に消え去った。爆ぜる気配も、とうに無い。やり遂げたのだ、私は。
とにかく今は何も考えずに寝たい。布団に包まりながら、いつ覚めるとも知れない眠りに落ちたい。そうだ。夢の中でもまた眠ろう。
最後の力を振り絞り、のっそり二本の足で立つ。あんまり疲れていたので足を増やす気力も無い。カクンと膝から力が抜けて倒れそうになる。どうにか必死に踏ん張った。ここで壺に倒れ込んだら苦労が全部、水の泡だ。
「……ぬか床やりたかったけど、もう無理だな」
一度投げ入れてしまえば後戻りはできない。私は余所に捨てる筈だったゴミを育てるしかなくなった。どうしたものか。
こんなことなら師匠が壺談義してたときに盗み聞いておけばよかった、なんて思いながら重い足を引きずり始める。
布団への道すがら、ふと壺の中を覗き込んだ。黒い靄に、塵と埃が浮かんでいる。河原で光る砂金みたいにキラキラ輝きを放っていて、思わず目を奪われた。
* * *
「死ぬのが怖いだなんて可愛いところもあるのねぇ」
「うるさい。ほっとけ」
鏡に映った可憐な娘に、ぶっきらぼうな言葉を返す。無論、映っているのは私じゃない。
これは術だ。鏡を通して望む相手の姿が見える。どれだけ遠くても映るのだからありがたい。互いに声が聞こえるようになってからは、特に用がなくても通映を楽しんでいる。
泥のように眠った後、起き上がった私は友との語らいに興じ始めた。もう習慣になっている。おっとりした口調で話す愛らしい女仙は私の唯一の親友だ。
師匠から壺を預かったこと。うっかり割ってしまいそうになったこと。(師匠以外にも)怖い物が私には在ること。そんな日々の徒然を語り聞かせた。
その結果が先ほどの台詞である。鈴の音を転がすように、コロコロコロコロ笑うのだ。心の底から楽しんでやがるな、コイツ。
「私の事はどうでもいい。それより壺だよ、壺。この状態から少しでもマシな方向に持っていきたいのさ。何か良い助言はない?」
「ん~、まだ壺を任されたことないのよ、わたし」
「……それ本当? 優秀なアンタがまだなのに、私が先ってどうなのさ」
「期待されてる証拠よねぇ」
のほほんと励ましてくれるのは嬉しいが、自覚しての発言なら相当の嫌味だ。まあ、天然だから許すけど。
化け術ぐらいが取り得の私と違って、コイツは相当な才媛だ。容姿も相まって、かなりの人気を博している。煩悩をサッパリ捨てきれない男どもからの求愛が後を絶たない。しかし、その全てを断っているという。
気になって理由を訊いてみたところ「わたしには好きな人がいるから」と恥ずかしそうに答えが返ってきた。以来、折を見て想い人の正体に探りを入れているが、その度にはぐらかされている。
「あっ、そ~だ。種を蒔いてみたらどうかしら?」
通映の相手が手の平を打つ、パンという音で回想から引き戻された。「種?」と私は怪訝な声を出す。
「わたしの師匠が壺の中に蒔いてたの。こっそり物陰から見てたんだけど、あれは確かに種だったわ」
「おお、それは有益な情報だ! 助かったよ!」
「役に立てたんなら良かったわ」
我が事のように喜んでくれる親友の姿に胸が熱くなる。
ともかく、これで壺の件は一歩前進だ。心が軽くなった私は無二の親友と四方山話に花を咲かせた。
* * *
「種、種、種、と」
術で部屋を直すついでに方々探して種を集める。あまり貯めこんではいなかった。まさか壺で必要になるとは思わなかったもんなぁ。無駄に食べるんじゃなかったと後悔する。
それでも右手の平に小さな山が出来るくらいには残っていた。壺の口を左手で掴み、靄に向かって投げ入れる。靄に近づくにつれて種は小さくなっていく。そこらに浮かぶ塵や埃よりも、ずっとずっと小さくなる。しまいには仙人の目をもってしても見えなくなってしまった。
「あんな量で足りるのかね」
懸念を口にした私だが、変化はすぐに訪れた。
黒い靄のあちこちから声にならない声が聴こえる。種が芽吹いたのだろう。壺の中が俄かに活気付いてきた。
そのまましばらく壺の中を眺めて過ごした。いつまで見ていても飽きない。
化け術の修行と、親友との雑談。それ以外で初めて私が夢中になれた物だった。
* * *
壺で何かを育てることは、畑で野菜を育てることに似ている。畑を耕し、種を蒔き、なにくれとなく世話をする。残念ながら野菜の収穫はできないけれど。
あれから試行錯誤の日々が続いている。ただ眺めているだけではダメだと理解するまでに、種を幾つも枯らしてしまった。
壺はずいぶん手が掛かる。今だってそうだ。なんとなく覗き込んだら黒い靄の一部が微妙に歪んでいた。黒い靄に手をかざし「かくあれかし」と念を送る。小さな歪みを抱えた靄がゆっくりと元の形に戻っていく。
靄は、いつの間にか広がっているようだ。目を離すと、ほんの少し前より大きくなっている。膨れ上がって壺から溢れ出さないか心配事は尽きない。苦労ばかりさせられる。
その代わり手間暇かければ、ちゃんと壺は応えてくれる。
私は壺に魅せられていた。言葉を発することもなく、ただ黙って中を眺める。靄と塵と埃と種と。そんな物に振り回されているというのに、私の心は穏やかで満ち足りていた。
こんなに美しい光景なら、いつまでだって眺めていられる。
半人前がこんなことを言うのは不遜だけど、もう師匠の壺とか超えてるかもしれない。いや、絶対超えてる。
* * *
「そこがまた手が掛かって可愛いというか」
「も~、また壺の話ばっかり」
鏡に映った親友が頬を膨らませて抗議してきた。壺にハマってからというもの、つい話題にしてしまうことが多くなった。興味のない話を何度もされるのは鬱陶しいに違いない。
「ごめんな。自分でも割りと上手くいってる実感あるもんだからどうしてもね。そうだ、今度見に来ないか?」
実際に眺めたら興味を持ってもらえるかもしれない。そう考えてダメ元で提案してみたところ。
「絶対いくっ!! 泊まってもいいんだよね!?」
「……あ、ああ。構わないよ」
予想外の食いつきに、軽くのけぞってしまった。鏡いっぱいに瞳を輝かせた少女が映っている。
全く興味ないかと思って誘ったのに、まさかの積極性である。多方面に関心を抱けるのはコイツの才気ゆえだろうか。
「アンタさー、その積極性を恋愛方面にも活かしなよ」
「これでも活かしてるのよぅ。でも鈍感だから全然気付いてくれなくて」
「そこを何とか気付かせるんだよ。たとえば――すっごい扇情的な寝間着もってたじゃん。こういうの」
術を使って友の姿に化ける。寸分たがわず狂いもない。ただし服装だけが異なっている。胸元を強調するような薄手の寝間着。前に泊まりで来たときに、お披露目してくれた物だ。
「これで迫ってみたら? イチコロだよ、きっと」
袖を摘みながら、半ば冗談まじりで発破を掛けてやった。
だが、頭にかなりの煩悩が詰まっているらしき我が道友が首を振るのを見て、私は驚愕のあまり術が解けてしまった。
「迫ってみたのか!? おおー、やるなぁ!」
「欠片も意識してもらえなかったけどね~」
「おいおい、本当かよ? 朴念仁にも程があるだろ。そんなヤツの何処がいいのさ」
呆れる私の目の前で、恋する乙女は桜色に頬を染め「全部……」と短く呟いた。
お安くないねえ、こいつはどうも。
「私に色恋は分からんが、アンタの恋路は応援するよ。助けが欲しけりゃいつでも言いな」
「ん~、欲しいのは助けじゃないんだけどなぁ」
困った顔で苦笑を返された。そりゃまあそうか。欲しいのは私の助けじゃなくて、想い人からの愛と相場が決まっている。
そのあと二、三の雑談を交わしていたら良い頃合になってしまった。こっちは師匠が留守だから気楽だけど、向こうには弟子の務めがある。「それじゃまた今度」と別れの挨拶を交わして通映を終えた。片想いの相手は結局、今回も分からずじまいだった。
それにしても、あんなに可愛くて気立てのいい娘に好意を寄せられて、気付かぬ道理があるのかね。なにはともあれ一つだけ、ハッキリしていることがある。
「どこのどいつか知らないが、私の親友を不幸にしたらタダじゃおかないからな!」
術が消えて元に戻った鏡には、気炎を上げる私の顔だけが映っていた。
* * *
壺の中に変化が訪れた。芽吹いた種が其処此処で実を結んでいる。塵と埃が混ざり合った塊の上に根付き、新たな種を産み落とす。
感動で胸がいっぱいになった。靄に手をかざし、なけなしの情を籠めて慈しむように世話をする。
ふと、師匠の壺を割ったときに零れた靄を思い出した。たとえ壺を直せたとしても、直せない物もまた存在するのだ。
師匠があんなに怒った理由が今なら分かる気がした。
* * *
「ふ、ふつつかものですが……!」
出迎えた友人はカチコチに固くなっていた。台詞もなんだかトンチンカンで思わず吹き出してしまう。
「なんだい、それ。師匠もいないんだし緊張しなくていいのに」
「だからこそ、なんだけどぉ」
桃色の道服を来た女仙は、なおも緊張の糸を張る。相手の師匠が不在のときだからこそ、敬意と畏怖は常以上に忘れない。律儀というか流石というか。
ともあれ、今は早く私の壺を見てほしい。友の手を取り廊下をズンズン歩き出す。後ろの方から「わぁ」とか「わぅ」とかいった声が聞こえてくる。壺を見られるのが嬉しいのか、引っ張り回されて困っているのか。どっちなのかは分からない。
「これが私の育てている壺だ!」
部屋まで連れてきた友人を解放し、壺を両手で指し示す。感慨深げに部屋の空気を吸っていた女仙が言われるままに視線を向ける。
「あ、蓋を付けたのね」
「剥き出しだと、転げた拍子に靄が零れそうな気がしてね。過保護かな?」
「い~んじゃないの。それよりほら、中身はどうなってるのかしら」
隣に身を寄せながら開けて見せてとせがんでくる。私は気を良くして壺の蓋に手を掛けた。
「そぉれ、ご開帳!」
「わああ……!」
壺の中を覗き込み、二人して瞳を輝かせる。黒い靄の内側に浮かぶのは光を纏う無数の粒。元が塵と埃だったなんて、言われなければ到底分からない。
「見るのは初めてだけどぉ……ずいぶん手を加えたでしょ、これ」
「ああ、勿論。光の粒の配置には結構、気を遣ったよ。場所によって種が発芽する割合がまるで違うんだ。最適な配置を割り出そうと右に動かしたり、左に動かしたり色々やった。一気に動かすと悪影響が大きいから少しずつ少しずつ、ね」
「赤とか黄色とか光ってるのもあるのねぇ」
「触ると熱いから気をつけなよ。特に青いの」
賑やかに雑談しながら、壺の中を眺め続ける。早々に飽きるかと心配していたけれど、どうやらコイツも仙人らしく壺が好きになったらしい。あれこれと質問してくる。苦労して育ててきただけに、そこまで興味を持ってもらえると私だって嬉しい。
「育ててどれくらいになったのかしら?」
「だいたい百四十億年くらいかな」
指折り数えて大雑把な答えを返す。長いこと世話してきた気もするけど、まだそんなもんか。
「そろそろ名前をつけてあげないとねぇ」
「いくつか候補は考えてあるんだけど、一番は……なんだよ?」
クスクス微笑む親友を見て訝しげに私は訊いた。
「ん~ん。可愛がってるなぁ、と思って」
「悪いかよ」
「良いことだわ。とてもとても、すっごくね。あなたの愛が前より広くなった証拠だもの。名前を聴かせてくれないかしら? あなたが一番、しっくりくると思った名前」
少し照れくさかったけど、あらかじめ考えていた名前を堂々と口にした。「まあ素敵!」と褒めてくれたのは素直に嬉しい。この名でいこうと決心した。
壺の中をじっくり眺め、「よしっ!」と私は呟いた。
「アンタの名前が決まったよ! 今から『宇宙』と名乗るがいいさ!」