水知らずの男
何度か話題に挙げたように、僕の《これ》はジェンガというテーブルゲームに例えることでそのほとんどを説明することができる。そして今まで僕が説明してきたのはジェンガというゲームのルールのうち、ゲームを続行するための――例えを例えるというのも、本末転倒でおかしな話だとは思うが、将棋で例えるなら、駒の動かし方を説明してきたにすぎない。
だから僕は、まだこの《これ》について全然、まったくもって十全に説明できていたとはいえない。というのも、僕が《これ》について、新たな前提が世界に付け加えられてしまうというリスク以外のリスクをちゃんと理解していなかったことが原因なのだろう。
目を逸らしてしまっていた。目を背けてしまっていた。
僕がここで言いたいのは、あらゆるゲームが、いや、勝負が、行きつく先の話である。つまりは勝ち負けについて。ここで言うならば、ジェンガというゲームの勝ち負けについて。ジェンガというゲームは、木片を組み合わせて作られたタワーを、いかに崩さずにゲームを続行するか、で勝敗を競うゲームである。
別段僕は《これ》を勝負として認識して使用していたわけではないので、別段悔しいとかそんな気持ちにかられることはないのだけれど。
しかしプレイヤーの悔しいとかそういう気持ちとはなんの関係もなく――当然と言って良いだろう――敗者が決定したジェンガは崩れ去っている。木片と木片とがバラバラになって、グチャグチャになっている。これがただの木片ならば、あぁ負けちゃったで済む話だろうけれど、《これ》においてはそうはいかない。なにせ木片の一つ一つが前提そのもの、世界を構成する一要素なのである。
前提の前後も、種類もバラバラになって得られる結果なんて、それは結果足りえない。
グチャグチャの、バラバラの、結果以前の何か。いずれ新たに組み立てられるであろうそれも、現段階ではただの瓦礫みたいなものだ。だからそう、ここで僕が言いたいことはつまり―――この世界は終わりました。
* * *
カチャカチャ、カチャ、カチャ、カチャ、カチャカチャ、カチャ、カチャ、カチャ。
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きょうぼくはしょうがっこうににゅうがくした。
はじめてあうこばかりできんちょうしたけど、となりのいえにすんでるおんなのこといっしょのくらすになった。
「今度こそ私が守ってあげるから!」
そういってぼくのてをにぎったおんなのこは、ちょっとないてるみたいだった。




