スーパーマン
「道に迷ったんです! お願いです、助けてください!」
僕の言葉に、彼は向こうを向いたまま、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「弱ったな。私は別にヒーローやスーパーマンじゃないし……」
「そんなことない! 僕は貴方をずっと見てきました! 貴方の背中を追ってここまで来たんです! 貴方が、暗闇にいた僕に道を教えてくれたんです」
「私が君に道を教えて上げられたのは、その道を一度通ったことがあるからだ。何も特別な力を持っていた訳じゃない。ただ単に、知っていた道だったからってだけなんだ」
彼は僕の答えを待たず、また前を向いたまま暗闇の向こうへと歩き出してしまった。
「待って、待って……お願い!」
せっかく長いこと歩いてここまでやって来て、ようやく、ようやく会うことができたのに、もう二度と彼を見失いたくない。星の抜け落ちた真っ暗な夜空の下を、僕は涙をにじませ必死になって走った。
街灯も家の明かりもないこの場所じゃ、彼の背中の、光るマントだけが僕の目印だった。彼が右に曲がったところで、僕も右に曲がった。彼がしゃがんで歩いたあぜ道を、僕もしゃがんで歩いた。
ところが彼の一歩は僕の三歩くらい違っていたので、一向に追いつく気配がなかった。彼がやすやすと飛び越えて行ったクレバスも、僕は三日かけて渡らなければならなかった。彼がひょいと潜り抜けた洞窟も、僕は始めの方で既に全身傷だらけで半泣きになっていた。本人は否定したけれど、彼こそ正真正銘のスーパーマンだ。僕は舌を巻いた。
彼に追いすがるたびに、どんどん背中のマントは離れていって、気がついたら夜空に浮かぶ星のように遠くに光っていた。こうなると、あの日彼と出会えたことが、もはや奇跡に近かった。近づけば近づくほど、遠くなっていくその星を見上げ、僕はとうとうその場に膝をついた。
もうダメだ。もう、限界だ。これ以上、足は一歩だって動いちゃくれない。疲れた頭はもうろうとしていて、楽しいことは何も考えられなかった。僕は泣きじゃくった。こんなに僕が苦しんでいるのに、何でスーパーマンは僕を助けてくれないんだろう。あれほどすがっていた彼の背中が、何だか急に憎らしく思えてきた。
「お願いです……僕に道を教えてよ、スーパーマン……」
すると突然、その声は僕の後ろから聞こえてきた。驚いて振り向くと、僕の後ろにぴったりと、見知らぬ若い男の子が立っていた。僕は掠れた声で尋ねた。
「え? 僕?」
「はい。僕、道に迷ったんです……真っ暗で、何も見えなくて……。そしたら、ちょうどキラキラ光るものが見えて、それを追ってきたら、貴方がいたんです」
地面に落ちた僕の涙を指差しながら、彼がそう呟いた。何だか恥ずかしくなって、僕は慌てて涙を拭いた。
「貴方が右に曲がったから、僕も右に曲がりました。貴方がここで立ち止まってくれたから、ようやく僕も追いつけることができたんです。お願いですスーパーマン、僕に道を教えて下さい! 貴方は道を知っているんでしょう!?」
僕を見上げる彼の潤んだ瞳を、何だか僕はどこかで見覚えがあった。だけどあいにく、僕はスーパーマンじゃない。道なんか知っていないし、遠く星になってしまったあの人みたいに特別な力も、何もない。何なら今だって、迷子の途中だ。何だか申し訳なくなって、僕はそっと彼に背中を向けて逃げるように呟いた。
「弱ったな。僕は別にヒーローやスーパーマンじゃないし……」