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5章 『山奥』 Grand High

 山は遠い、山は高い、山は険しい。人を寄せ付けないその土地で、人は山にしがみ付くように生きる。


 人里離れた土地ゆえに、交流も盛んではなく、文明から取り残された空間で、人は堪え忍んで生きる。


 そして山は、そんな人々を相手にせず、雄大に立ち尽くす。森を切り開き、湖を枯らす人間でも、山は簡単に崩せない。


 山は遠い、山は高い、山は険しい。人を寄せ付けないその土地で、人は山にしがみ付くように生きる。


■■■■■□□□□□


「……ちゃん……爺ちゃんってば!」

「学!」


 私は勢い良く体を起こす。すると目の前に巨大な竜の顔があった。一瞬体が凍り付く。


「っと、ここじゃキオか……間近で見ると、心臓に悪いのう」

「爺ちゃん、そりゃないよ」


 キオとの再開に安堵する反面、この世界に戻ってきた事に、ふとため息が出てしまう。


「キオはずっとこっちにいたのか?」

「うん。一回死にかけたけど、『魔王』って人が助けてくれたんだ」

「魔王か……こりゃまた大層な人に助けられたのう」

「うう……」


 隣を見ると、メラが兜を拾いながら体を起こしていた。


「メラ!」

「ちょっとツレがうるさくてね、強引に戻ってきた」

「それって家族の事か? ワシらはさておき、あんたは一人で来たんじゃろ、戻らなくて良かったのか?」

「やりかけのゲームは途中で投げない主義でね、あと困っている年寄りと子供も放っておけないしな」


 キオが呆然としながらメラを見る。何一つ喋ろうとせず、単純に素顔に見とれていた。


「そういや自己紹介がまだだった。アタシ鈴木純子、25歳。ここでは『メラ=ランドール』ね」

「あ……僕は今井学。10歳、この世界では『キオ』です。えっと……」

「メラで良いよ。オレもキオって呼ぶから、よろしく」


 メラがキオの鼻を撫でると、キオはすっかり赤くなってしまった。


「……なるほど。その『魔王』ってのに連れてこられたわけね」

「肩書きからして、やっぱり敵なんじゃろうか?」

「そりゃ昔のゲームな。最近じゃ後で味方になるパターンも多い。人型なら尚更な。それにオレたちを助けた以上、今は戦う気が無いんだろうよ」


 メラの言うことはもっともではあるが、見ず知らずの、それも「魔王」だなんて大層なキャラクターに助けられる。またもや謎を抱えてしまったみたいだ。


「とても強くて、一瞬で兵士をやっつけちゃった」

「騎士団は全滅か。仮に戦力が残っていたとしても、さすがにこんな山奥までは追撃してこないだろう」

「追っ手の心配は無しか。しかし、ここはどこなんじゃろうな」


 改めて周りを見る。どこかの山奥だろうか、背の高い木々が我々を囲む。


「そういう時は現状把握。とりあえずこれを使ってみるか?」


 そう言ってメラは、鎧の中から水晶玉を取り出した。


■■■■■□□□□□


 私とメラの水晶玉は、同じ方向を指していた。


「前に進め、という事なんじゃろうな」

「だったら飛んで行こうよ、あっという間だよ!」


 キオが翼をバタバタさせる。


「ダメじゃ。目的地も分からん以上、地道に歩いていくしかない……よな?」


 私は恐る恐るメラの表情を伺った。といっても、兜で覆われた顔では、何も分からないが。


「ファスト国からどれだけ離れてるのか分からないからな。命を狙われた以上、あまり目立つ事は出来ない」

「国王か……」


 ふと洞窟での戦いを思い出す。奇跡的に生き返ったものの、私達は一度全滅している。もしキオが来なければ……。


「やはり、ワシらを消すのが目的だったのかのう」

「にしては、キオを捕縛したのが気になる。その気があれば全員を洞窟で仕留める方法もあったはずだ。本命は大臣で、より確実に抹殺するために俺達が派遣された。そんな気がする」

「まるで駒じゃな」

「なんにせよ、俺達を一度殺した男だ。今後は敵と見て問題ないだろう」

「……あっ」


 キオが思い出したように声を張り上げた。


「そうだよ! ナインダさんが言ってた。王を倒せって」

「ナインダ?」

「僕や爺ちゃんを助けてくれた兵士だよ」

「メラは知ってるか?」

「推測だが、多分見張りの兵士だ。名前は……知らない。元来重要なキャラじゃなかったんだろう」

「名前が無くっても、僕には重要な人だったよ……」


 キオは思わず目を伏せた。


「重要となったのは、キミが関わったからだ。単に城を抜け出すだけなら、その兵士も付いてくる理由が無い。そいつはキオの力になりたかったんだろうよ」

「……うん」

「あんま沈むなよ。まだ誰かを背負いこむ様な歳じゃないだろ? 前を向きな」


 メラはそう言って、きびきびと歩き始める。


(純子さんや、あなたも誰かを背負いこむ様な歳とは思えないが?)


 私はそう思ったが、言葉にするわけにもいかず。黙って彼女の後に付いていった。


「待ってよ!」


 そしてキオも、やや遅れて私たちを追い、ドスンドスンと歩きだした。


■■■■■□□□□□


 水晶玉の導きの下、私たちは山道を歩き続け、しばらくして村に辿り着いた。


 入り口に近づくなり、村人たちが警戒しながら近寄ってくる。中から若い男が一人、槍を手に前へ出た。


「率直に問う。あなた方は何者だ?」

「ワシらは旅人じゃ。ふとした事で山道に迷い込んでしまってな」


 それを聞いて男は、怪訝な表情で私達を見回した。


「怪しいな。鎧を着た老人と真っ黒な騎士、それに子供の竜……」

「あれ、僕が子供って分かるの?」


 キオの声に男だけでなく、村人達もが驚いた。


「もしかして、君は人間か?」

「そうだよ。呪いで今はこうだけど」


 村人たちが慌てふためく。やがて一人の老婆が村人に連れられてやって来た。


 歳は私と同じくらいだろうか。しかし老婆は杖を突きつつも背筋を伸ばし、しっかりとした足取りで歩いてくる。彼女は鋭い目付きで私を睨み、そして背負った剣を見て驚く。


「これは折れた剣、すると元の大きさは……もしや、あなた様は『巨剣のゴウト』?」

「ええ、まあ」

「失礼ながら、見たところ私と歳は近い様だが……さすがは歴戦の勇者と言った所か」

「村長、彼らを知っているのですか?」

「そちらの騎士と竜は分からんが、この男は『巨剣のゴウト』。名だたる戦士じゃよ」


 老婆の発言に村人が動揺する。それは単純な驚きと、一方で予想していた人物像と違った、戸惑いが見えた。


「何だかその、期待を裏切る様で申し訳ない」

「いえ、こちらが一方的に想像をしていただけですから。無礼をお許し下さい」


 私は、まるで偽物に成り済ました様な、そんな後ろめたさを感じた。今更ながら、自分が勇者を演じる事に抵抗を覚える。


「さてゴウト殿、この竜が元は人間というのは本当ですか?」

「ああ、ワシの子供じゃ」

「なるほど……どうやら過去に、魔王と会ったことがある様で」

「と、言いますと?」

「その子はもしかしたら、魔王の力で竜にされたのかもしれません」


 キオの話が頭をよぎる。ゴウトの息子キオ、彼は魔物の襲撃を受け、呪いで竜とされた。そしてゴウトは息子を人間に戻すため、旅に出たのだ。


「この呪いを知っているのか?」

「身内に一人いましてね、よければ家でゆっくりと話しましょう。日も落ちてきた事ですし……」


 そう言うと老婆は、背を向けて歩きだした。


■■■■■□□□□□


「さて、そこの子には悪いけど、このまま話させてもらうよ」


 家と言ったが、テントを張ったような空間だったので、キオだけ顔を伸ばし、入り口に近付けていた。


「まず、魔王と竜の呪いを知る前に、私達の事から話しておこう。何なら聞き流してもいいくらいだが、よろしいかな?」

「ワシはいいが、二人は?」

「いいぜ。オレはちゃんと村人全員と話すクチだ」

「僕は真面目に聞くよ、自分の事なんだから」

「と言う事じゃ。問題ない」

「そうか、ならば最初から話そう」


 老婆はあぐらを一度崩し、足を組み換えた。


「私たちはかつて国を持っていた。そしてある国と戦い、敗れた」


 領土と民を奪われ、私たち王族やその近辺に属する者は、命からがらこの山へと逃げ込んだ。


 最初こそ、激しい残党狩りも行なわれ、私たちも抵抗したが、その度仲間達が減り、やがて私たちは戦いを止めた。


「今も残党狩りは続いてるのか?」

「昔の話じゃよ。我々の戦意が完全に消えて、抵抗する力が無いと判断されてから、今は静かに暮らしている」


 戦いに疲れ、もう表へ出られなくなった私たちは、山を開拓し、ここを第二の故郷にした。


「全て自給自足で、世間との交流も無い。だからこそ、こんな山奥に旅人なんて来やしないのさ」

「まあ、通り道でも無いのに、普通山に来ないよな。疑われて当然か……」


 昔の栄華はどこにもないが、それでも私たちは、ようやく手に入れた平和を満喫していた。例え文明から取り残されようとも、自然と共に暮らすことが、私たちにとっての規律のように思えた。


「豊かではないが誰一人欠けることなく、私たちは繋がって生きてきたのじゃ……あの男が来るまではな」

「もしかして……魔王?」

「そう。人間でありながら魔族を率いて、人と戦い、この世界を統一しようとする男じゃ」


■■■■■□□□□□


 話は過去へ遡る。今から数年前、その男はたった一人で何の前触れもなく村へ訪れた。予期せぬ来訪者を前に、村人たちがざわめく。


「旅人? まさかファスト国の……」

「俺が出る。ここで待ってろ」


 腕自慢の若い男がそう言うと、槍を持ち出し、不審な男の下へと向かう。


「率直に問う。何者だ?」


 得体の知れないその男に、若者は槍を手に口調を強めた。


「俺はテラワロス。肩書きは『魔王』で通っている」


 男が放つ異様な空気に、若者はそれが冗談であったとしても、この男が只者で無い事を十分に感じ取っていた。


「その魔王が何の用だ。見ての通り、この村に侵略価値はないぞ」

「いきなり喧嘩腰だな。魔王を名乗っただけでその対応か」

「本気かどうか知らないが、わざわざこんな山奥まで、冗談を言いに来る人間はいないからな」


 そう言って若者は槍を構えた。魔王は溜め息を吐くと、淡々と話しだした。


「……噂を聞いてな。かつて大国に攻められ、滅んだ国があると。知ってるか?」

「ありきたりな話だな。戦争の話が聞きたければ、山を下りて大きい町にでも行け」

「俺はな、その大国と戦うために、仲間を探しにきたのさ。出来れば復讐心に駆られた、根っからの反逆者が理想だな」

「……私たちはここでずっと暮らしてきた。そんな大国に恨みを持つような人間はいない」

「そうかい。しかし君の槍の構えは、何か訓練を受けた動きに見えるな。本当にただの村人か?」


 若者の槍を持つ手が止まる。


「……どういう意味だ」

「ただの村人は、そんな軍人みたいな動きは出来ない。まるで動物を狩ると言うより、人間と戦う様な動きだぞ?」


 魔王の言葉に気が障ったのか、若者は素早く腕を捻り上げると、一瞬にして槍を目の前に突き付ける。それでも魔王は、まるで初めから寸止めを予想していたかの様に微動だにしない。


「一方的にベラベラと……不愉快だ。今すぐ消えろ」

「どうやら機嫌を損ねた様だな、今日の所は出直そう」


 魔王はそう言うと、不敵な笑みを浮かべながら去っていく。


(気味の悪い奴め)


 若者は槍を構えたまま、その場に立ち尽くしていた。


■■■■■□□□□□


「その村人も、妙にカリカリしとるな。図星だったのか?」

「魔王の勘は間違ってなかったのさ。そいつは騎士団長を父に持つ男でな、戦で父を失っている。魔王がそれを最初から知っていたのかは分からないが、注文通りの人材を引き当てたのさ」


 男の名はアイン。誇り高い騎士ゆえに、最後まで抵抗を主張した、血気盛んな若者だった。


 魔王が来たその日の夜、アインは私に相談してきた。


「女王様……」

「まだ言うかい、私は村長だ」

「……ドーラ様、昼間の男ですが、どう思われますか?」

「自称魔王か。今のところ危害を加えてくる様子はないが……油断はできん」

「奴は再来を告げました。今度来た時は?」

「どうもしないさ。百回来ようが、私たちの団結は崩れん。例え脅迫されても、誰の言いなりにもならん。だから……」


 私はアインを睨み付けた。


「何があっても一人で抱え込むんじゃないよ。戦う時も、逃げる時も、私たちは一心同体だ。いいね?」

「はい……」


 だが、私たちは知らなかった。魔王と出会い、アインは揺れ動いていた。


「ん?」


 突然、ゴウトの脳裏に情景が浮かび上がる。彼女が知る事の無かったアインの記憶と過去が、まるで映画のワンシーンの様に映し出される。


 見ると、メラとキオも同じ様に放心状態だった。やがてゴウトは自分の肉体が消滅し、完全にその記憶の中の「第三者」と化していた。


 危険な男との出会いは、長らく平穏な世界にいて、忘れかけていた闘争心を呼び覚まされた様だった。度々訪れる魔王に、彼は段々と時間を割くようになる。


「時折思う。あの時俺がもっと強ければ、一人でも多く敵を倒せば、父も国も守れたに違いない、と」


 ある日、アインは魔王と共に、村の近くの滝へ出ていた。彼は既に警戒心を解き、魔王と打ち解けていた。


「同じ種族なら仕方ない。能力が同じなら、あとは装備と人数で決まる。鍛えた技と体というものは、集団戦では微々たるものだ」

「同じ種族か……個人が強くても、総合力に負けるのか」

「つまりだ、総合力を覆す程個人が強くなればいい。馬に乗った兵士は、ただの兵士の数倍は活躍するだろ? 道具や武器に頼れ」

「人には限界がある」

「なら、人を捨てるのさ」


 アインの心にその言葉が強く突き刺さる。それは頭では否定しながらも、どこか心を掴んで離さない、悪魔の囁きだった。


■■■■■□□□□□


 アインの不可解な外出が増え始めてからある日、不審に思った私たちは、彼を問い詰めようと後を追った。


 悪い予感は当たった。そして、あまりにも行動が遅すぎた。


 場面が変わり、ゴウトたちは走っている。厳密に言えば、村長ドーラの視点で動いていた。


 自分の意思で動く事は適わず、過ぎ去ってしまった時間と思考、そして結果だけが鮮明に再生され続ける。


「アイン!」


 アインは魔王の前で、頭を抱え呻いていた。慌てて駆け寄るが、彼はドーラを乱暴に振り払った。


「魔王とか言ったな、アインに何をした!?」

「人聞きが悪いな婆さん。俺は手助けをしてやっただけだ」

「ガアアアア!」


 突如アインが奇声を上げる。見ると衣服が破れ、体が徐々に大きくなり、翼と尾が生えかかっていた。


「この男はな、今まさに人間を越えようとしている。内なる怒りと憎悪を燃やし、人間という殻を破り捨てているんだよ」

「人間を捨てるだと? すぐに止めさせろ!」

「分かってないな婆さん。望んだのはアインだ。彼はもう一度ファスト国と戦おうと決意したのだ」


 アインはもがき苦しみながら、一層体を大きくさせる。


「アイン聞こえるか! お前は誇り高い騎士だ。戦で負けたって、剣や鎧がなくっても、その魂は死んじゃいない! 思い出せ!」

「女王……様」

「人間は弱くなんかない! 人には知恵と意思、そして誰かを思いやる心がある、神がくれた我々だけの強さだ!」

「心……」

「止しな婆さん。この儀式は危険なんだ、邪念が混ざるとアインが死ぬぞ」


(そうだドーラさん。落ち着くんだ、アインを信じろ!)

(逆効果だ! アインが錯乱しちまうぞ!)


 ゴウトたちは思った。しかしこれは過去の再現に過ぎない。どんなに祈っても、あるいは叫んでも、結末を変える事はおろか、それから目を逸らす事も許されなかった。


 そして、私の主張は止まらない。続く言葉に苦悶するアインを見ては、私は思い付く限りの言葉を叫んでいた。だが……。


「人間に誇りを持て! もし欲望に負けるのならば……」


 今にして思えば、私は冷静さを欠いていた。だから説得に失敗したのだ。


「人として死ね!」


 その言葉を引き金に、アインの絶叫が山に響き渡った。


■■■■■□□□□□


 一瞬の出来事だった。アインの肉体は劇的な変貌を遂げ、巨大で真っ黒な竜になっていた。足元には破れた衣服が見える。


(この竜は……)


 キオには見覚えがあった。魔王が乗っていた、あの巨大な竜であった。


「アイン!」


 私が問い掛けても、アインは何も答えなかった。竜になったとはいえ、虚ろな表情からは感情が読み取れない。微動だにしない巨体からは、生気というものが一切感じ取れなかった。


「『人として死ね』か。ご要望通り、人間の心は死んだ様だな」

「じゃあ、この竜は……」

「怒りと憎悪、そして力への欲求で生まれた、最強の怪物だ」

「……戻せ! アインを今すぐに!」


 私は短刀を引き抜くと、怒りに身を任せて魔王に斬り掛かった。村人たちも続いて、得物を振り上げる。


 しかし魔王が片手を向けると、私たちは突風に吹かれ、後方へ吹き飛ばされた。


「おかげで良い相棒が出来た。協力に感謝する」

「返せ……アインを……」

「心配するな。彼の意思を尊重し、いずれファスト国は潰す。お国の為に尽くしてもらうさ」

「そんな事は誰も……」

「いいや、彼だけは望んだ。復讐と、国の復興をな」


 魔王は黒い竜に飛び乗ると、そのまま空高く飛び去っていく。そのシーンを最後に回想は終わり、ドーラの小屋に私たちは戻っていた。


「アインは人を捨てて、竜の道を選んだ。仮に魔王を倒し、人間に戻れたとしても、失われた心までは戻らないだろう……」

「つまり、キオも自分で竜になったと?」

「おそらくは……少なくとも、私が知っている竜化というのは、それ程までに凄絶なものだった」


 私はキオを見た。話が長くて退屈したのか、村の子供と遊んでいた。長い首を滑り台の様にしたり、大人数を乗せては空を飛んだりしている。老婆はその姿を見て笑った。


「あの子には人の心がある。それも純粋で無垢な心が」

「中身は子供じゃからな」

「ならば、その心がある限り、あの子は人間だよ」


■■■■■□□□□□


 私たちはその後村に一泊し、朝を迎えていた。私とメラは荷物をまとめ、キオは子供たちに別れを告げていた。


「結局、昔話に付き合わされただけだったな」


 不意にメラがぼやく。


「まあ、そういう事になるな」

「ゲームをやってる時は気にも止めないが、いざ自分が入り込むと嫌なもんだな……」

「ん?」

「他人の昔話。もし今後アインに会って、オレたちは何をすればいい? あいつの呪いも解けってか? 面倒見切れねえよ」


 メラはそう言い切り、さっさと外へ出てしまった。


「……ゴウト殿、お願いがあります」


 外へ出ると、待っていたかの様にドーラから声をかけられる。


「もし、これからアインに出会う事があったら、彼の名前を呼んであげてください」

「名前、ですか?」

「無駄かもしれません。敵として阻むのであれば、殺しても構いません。ただ……」


 突然村人が騒ぎだす。見ればキオが火を吹いていた。子供たちが喜ぶ中、メラが慌てて駆け寄り、キオを叱っている。


「あの子を見てると、もしかしたらと思うのです。人の心を取り戻せれば、きっと……」

「爺ちゃん! 早く行こうよ!」


 キオが急かす。私は大声で返事をした。


「最後に聞きたいのですが、一番近い町なんて知りませんか?」

「ここから西へ下れば、大きな町が見えてきます。旅の支度に役立つ事でしょう」

「ドーラさん、色々世話になりました。また……」


 私は言いかけて止めた。ゲーム相手に、私は本気になっているのだろうか。


「……いえ、お元気で」

「あなたこそ、高齢という事をお忘れなく」


 私たちは村を出た。振り返れば、ドーラと子供たちが、いつまでも手を振っていた。

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