NEW GAME
気の遠くなる様な歴史を遡る。
まだ『神』と呼ばれる、大型の環境維持装置が無かった頃、宇宙を旅した大いなる先人たちがこの惑星にたどり着き、生命の種をばらまき、文明を築き上げた。
それらの痕跡は『魔導』と呼ばれるオーパーツ(その年代に元来存在するはずのない技術を用いた物)や、『竜』を代表とする強力な生物兵器、超能力研究の末に編み出された、森羅万象を司り、世界を一変させる禁断の魔法など、様々な形でこの惑星に残され、それらはこの世界に革命と、一歩間違えれば破滅を呼びかねない争いをもたらした。
この世界は神秘と謎に満ちている。ある者は好奇心で、ある者は一攫千金を夢見てそれらを追う。雲を掴むような確率に、時には命をかける連中を、人は『冒険家』(アドベンチャー)と呼んだ。
「テツ! 待ってよ!」
チェイミーは『鉄輪』(遺跡から発掘した大型バイク)を引きずりながら、砂漠を歩いていた。先頭の男は振り向きこそしないが、彼女と距離を離さないように、時折歩みを緩める。
「まったく……こんな所にまで持ってくる事は無いだろ? それ大き過ぎるんだよ」
「うるさいわね、宿に置いたら盗まれるわよ」
「じゃあ俺と二人乗り……」
「お断り」
チェイミーは、後ろから言い寄って来るヤックの顔を、片手でぐいぐいと押しやる。
「第一、私の後ろはテツって決まってるの」
「俺!? おいおい、お前のデカい尻じゃ狭くて座れねえよ」
「何だって!? アタシそんなに……」
三人の会話を振動が遮る。砂が盛り上がり、中から鉄の体を持つ二足歩行の物体、巨大な『機人』が現れる。
「遺跡の守護者か……どうやら入口を見つけたみたいだぞ!」
「さ、姫様は後ろへ。争いごとは我々の役目です」
「バカ言わないで、あんたの剣じゃ近づく前に死ぬよ」
テツとチェイミーが銃を構え、ヤックは剣を抜く。そして三人は互いに目線を合わせると、打ち合わせ通り一斉に飛び掛かった。
◆チェイミー・チェイス(鉄騎チェイミー)
◆テツ・カドクラ(不死身のテツ)
コンビで活動、腕利きのアドベンチャーとして名を知られる。後にヤックを加えて三人組となり、世界中の遺跡を次々と攻略する。
◆ヤック・デボルタ(半裸のヤック)
元ファスト王国聖騎士。国王に魔導を献上しに現れたチェイミーに一目惚れし、自身もアドベンチャーとなり、彼女の後を追う。
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ナムの村外れ、貴族タイドの大屋敷。ここに一組の夫婦が誕生しようとしていた。
「ライト・ウェー、そなたは妻を愛し、生涯護りぬく事を誓いますか?」
「誓います」
神父の問い掛けに、男は力強く答えた。
「レイン・メール、そなたは夫を愛し、生涯支え合う事を誓いますか?」
「誓います」
神父の問い掛けに、女は迷いなく答えた。
二人が誓い合い、口付けを交わすと、辺りは暖かい拍手と歓声に包まれる。その群衆の中に、屋敷の主である青年、タイドの姿があった。
(これで、二人はもう離れない。残るのは……)
式を終え、豪勢に酒や料理が振る舞われる頃、ライトとレインはタイドを探すが、彼の姿はどこにもなかった。
そして彼の部屋で、二人は手紙を見つける。その文面に二人は肩を震わせた。
「ライト……これって……」
「バカだよ、いつも一緒って言っただろうに……!」
タイドは式を抜け、とうに屋敷からかけ離れた森にいた。傍には最近知り合った『金王』と名乗る商人の姿があった。
「いいのか? まるまる家を空けちまって。お前さんの『起源』なんだろう?」
「使用人には言い付けてある。二人は何不自由なく過ごせるはず。それに僕のルーツは家じゃない、あの二人といた時間だよ」
「恋より友情を取るか……よくもまあ、親友のためにそこまでやれるね。帰ってきて誰もいなかったら?」
「別に構わないよ。二人が幸せならね、それを見届けるためにも……」
タイドは振り返り、自分の屋敷を見た。
「僕は必ず生きて帰る」
そう言い切るタイドに迷いは見られない。そんな彼の目に、金王は確かな未来を読み取る。
「……お前さん、この世界をたった一人で生き抜き、戦いぬく覚悟があるかね?」
「生きる為なら何だってやる。あなたは、その戦う術を知っているとでも?」
「ああ、望むなら全てを教えてやろう。金と度胸で渡り合う、剣でも魔法でもない世界を」
◆タイド・メッセ
不治の病を克服すべく『機械の体』を手に入れるため、金王の案内でオルエルド帝国に旅立つ。そこで「タイド・メッセ」という人物の痕跡は途切れる。
◆金王
流浪の旅商人。タイドに商才を見出だし、自身の持てる知識や技術を伝授し、そして財産を全て譲った後、消息不明になる。
それから何年にも渡り、歴史上では「金王」と名乗る商人が度々顔を出す事になる。
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争いが起き、より強大な力に頼った時、誰かがその力に手を染めた。
「古代兵器」という認識でしかなかったそれは、やがて人々の思惑を超えた、大いなる脅威へと進化する。
邪なる機械仕掛けの神。それの前ではいかなる人間も魔物も、等しく滅びの運命を与えられる。ゆえに人と魔物は手を取り合い、それに立ち向かっていった。
「さて、続きはまた明日」
ドーラが話を区切ると、子供達は一斉に騒ぎだした。
「えー? これからなのに!」
「『ゆうしゃ』はー? みんなで『じゃしん』をたおすんでしょ!?」
「そうそう。明日はその戦いがどうなったかお話するからね。さあ、今日はもう帰りなさい」
不満そうな子供たちを優しく諭すと、ドーラは一息吐く。ふと見上げると、ランプの火の灯りが、男の影を照らしだしていた。
「お疲れの様で、女王様」
「アインか。その呼び方、何度言っても止めないね……」
「変えませんよ。あなたはセカン国の女王なのですから」
アインは腰を下ろし、ドーラよりも低い位置に座った。
「……変わりましたね。邪神の話なんて、私の代では禁句でしたよ」
「邪神は神話でも昔話でもない、今も眠り続ける災厄だ。いずれ子供たちも邪神と向き合わなければならない」
「刺激が強過ぎるんじゃないですか? あの話の続き、人は魔族と連携が取れず、初戦では大敗を喫してしまう……」
「真実は残酷だよ。あの子たちはいずれ知らなければならない。『勇者』と呼ばれる存在が、完全無欠の戦士ではない事を」
ドーラは若かりし日々を思い浮べる。腕利きの傭兵、誇り高い王国騎士団、活気溢れる冒険者……『勇者』と呼ばれた猛者たちが集い、そして邪神の前に散っていく。
何が一番悲しかったかといえば、彼らの死が邪神封印に結び付かなかった事だ。結局『浄化の剣』という、神の気まぐれにも似た偶発的な助力で、人々はこの脅威を退ける事になる。
「……『浄化の剣』がある限り、邪神はいずれ復活する。私は怖いです。たまに逃げ出したくなりますよ」
「私もさ。だけど私たちが逃げたら、誰が邪神を止めるんだい?」
◆ドーラ・ブラン
邪神と聖剣の話を伝え、子供たちに未来を託した後、天寿を全うする。
◆アイン・ハンダ
ドーラが伝えた情報を記録し、聖剣の守り人として村に残る。やがて来る邪神復活と、それを封印出来る勇者を待つ為に。
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「おばさん! メラ兄ちゃん来てたって本当?」
『おばさん』という単語に、セラは一瞬表情を強張らせたが、すぐに穏やかな笑顔を取り繕う。
「……ええ、またどこか旅に出るみたいね。それとね、私はまだおばさんじゃ……」
「ああもう、早く知らせてよ! おばさん気がきかないんだから!」
慌てて城の外へ出ようとするソニアを見て、セラは服の襟に杖を引っ掛けた。
「ちょっと、おばさん!」
「おば……じゃなくてね。ダメよ。あなたまだ若過ぎるじゃない」
「はーなーしーてーよ! 今度こそ付いていくんだから!」
「あなたね、押し掛け女房も時と場合によりけりよ。魔法ちっとも覚えないじゃない」
「またそうやって子供扱いして! おばさんだからって!」
「おば……さっきから一々……オバアアアア!」
セラの堪忍袋の緒が切れる。その隙にソニアは捕縛を逃れると、杖を取り出し臨戦態勢に入る。
「あら、歳を取ったら人間丸くなるって聞いたけど?」
「小娘がぁ! 人が下手に出れば調子に乗りやが……」
言い掛けた所で、セラはソニアの勝ち誇った様な笑みに気付いた。突然石板に囲まれたかと思うと、地面の石板が次々と外れ、セラを閉じ込めていく。
「やったやった! 魔法使いの心得その一、『魔法は決して発動を悟られない事』だいっ、せいっ、こうっ!」
「ふーん、じゃあこういうのはどうかしら」
石壁の中からセラの腕が突き出されると、その亀裂で石壁は一瞬にして破壊された。
「うそっ!?」
間髪入れず、セラが突き出した手で合図を送ると、石板は一斉にソニアを目がけて飛ぶ。僅か数秒にして、構図がそっくりそのまま入れ替わっていた。
「魔法使いの心得その八、『魔法使いたる者、ありとあらゆる事態を想像せよ』不意討ち程度で慌てると思った?」
「魔法使いの心得その二、『魔法使いは常に冷静であれ』はどうしたの! あんなに怒ってたじゃん!」
「甘いわね。怒は人をより強くする。私もそのクチなのよ」
そう言って、セラは声高らかに笑いだした。
◆セラ・ランドール
魔法都市『パステル』を追放された後も、独自に『人形術』を追究し続ける。人を超えた「完璧な人形」を目指して。
◆ソニア・デュアル
孤児として街をさ迷っていた所をセラに保護される。その後修行により強大な魔力を開花。愛する人を追って自身も長い旅に出る。
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「巨人征伐を中止する」
ファスト国王の言葉に、ドイは目を丸くする。巨人は『青の森』に巣くう強大な魔物で、直接的な被害は無かったにせよ、その不穏な存在感は、近隣に位置するファスト王国にとって頭痛の種であった。
「あんな怪物が目と鼻の先にいるのは厄介だが、駆逐するのも骨が折れる。よって……」
国王が合図をすると、扉が開かれる。そこから巨人が窮屈そうに入ってきた。
「組む事にした」
剣を抜くドイを見て、巨人は棍棒を構える。
「まだ公にはしないが、彼らには戦力を提供してもらう代わりに、住居を確保する事を約束した」
「国民……そして我々にそれを納得しろと?」
「平和的解決策だ。互いにやりあえば被害は計り知れない。なあ?」
「私たちは静かに暮らしたいだけだ」
巨人の言葉に、ドイは衝撃を受けた。
「見た目で誤解されやすいが、彼らは我々と同じ知性を持ち合わせている。共存は可能だ」
「しかし、我が国は彼らを住まわせる程広くはありませんが」
「だから領土を広げる」
国王の目を見る。いつもの、何ら変わりのない不敵な笑みを浮かべている。そして平然を装いながら、いつもとんでもない事を切りだすのだ。
「……という事だ。和解が成立した以上、巨人討伐は無しだ」
その日の夜、ドイは宿舎へといた。巨人討伐に備え、特別に雇われた『剣王ズパー』に、戦いが事前に終わった事を知らせる。
「もちろん、違約金は払う。本来払うべきだった額より遥かに少ないが……」
「気にするな、戦ってもいないのに受け取る理由がない。それよりその金はとっておけ。次の戦いに必要になる」
ドイは目を見開いた。「和解した」と伝えて、「戦い」という言葉が返ってきたからだ。
「近いうちに、あなたの国はどこかへ戦争を仕掛けるだろう。巨人という強力な種族を従えてな」
「その時、力は貸してくれないのか?」
「契約の時に言ったはずだ。私は『巨人を倒す』とな」
◆ファスト六世
巨人を懐柔した後、軍備拡張と領土拡大を試みる。国力は増加したものの、巨人と国民の間に溝が出来つつある。
◆ドイ・ヒース
国王の強気な政治に躊躇しつつも、聖騎士団団長として支え続ける。国民からの人望も厚く、ファスト王国を影で支える功労者とされた。
◆ズパー・ザン
『剣王』と呼ばれるほどの剣士に成長した後も、さらなる力を追い求め、傭兵として各地の戦で剣を振るう姿を目撃される。
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「これが塔……高い! 神が作る物に際限は無いのですね」
「ああ。だけど神とは結局、俺達と何ら変わりの無い生物だった」
かつて魔王と呼ばれた青年は、耳の尖った美女を抱き寄せると、建設途中のタワーを見上げた。
「こんなに高く建てて、神にでもなるつもりなのだろうか。愚かな……」
「あら、人間は好奇心と向上心の塊よ。私、この塔見てると元気が出るわ。いつか天まで届くんじゃないかって」
「私たちの祖先……宇宙を旅したという古代人の様にか?」
「そう! いつか私たちの世界に、彼らが遊びに来るかもしれないわね」
「彼らか……」
青年は振り返った。溢れかえる人の波が、青年の視界を埋める。
「また会える日も来るのだろうか」
二人はあてもなくさ迷い続ける。ゲームに帰らなかった二人に残されたのは、自分たちが存在した偽りの世界の記憶と、その世界で振るっていた力の絞りカスだけ。戸籍も、地位も、財産も無い。そして……。
「……そいつはエルフ? お前らも残留組か?」
不意に声をかけられ、二人は足を止めた。そこにいた男は、おそらくゴミ捨て場から漁って来たであろう、擦り切れたジーンズやボロボロのジャンパーに身を包んでいる。
「身なりは汚いがその体格は隠せないな。元戦士、あるいは傭兵か?」
「わかっているなら話は早い。力が有り余っているのだろう? 俺と組まないか?」
「組んでどうなる?」
「この国を乗っ取る」
男の発言に、ワロスは思わず失笑する。
「今、笑ったか?」
「まったく、ゲームのやり過ぎじゃないのか? ちょっと力が強いから、ちょっと魔法が使えるから。そんな理由で暴れるくらいなら……」
ワロスはコートを脱ぎ捨てると、光る両腕を構えた。
「俺が目を覚まさせてやる」
◆ワロス・テイラー
帰還が間に合わず、ゲームの初期化を免れる。同時に生身の肉体へ転生し、かつての膨大な魔力は、僅かばかりの超能力という形で残された。
愛するイターシャを守るため、また、彼女の愛するこの地を守るため、新たな戦いに巻き込まれていく。
◆イターシャ
『神々の世界』に取り残されるも、ワロスと共に新たな人生を歩み始める。
愛する人の傍では、彼女に絶望は無い。果てしなく続くこの世界が、輝いて見えていた。
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「陽平さん! 八時ですよ!」
「八時……い!?」
斎藤陽平は慌てて飛び起きた。洗面所で顔を洗い、口をゆすぎ、眼鏡をかける。鏡に映った自分の顔は、心なしか少し若く見える。
「行って来ます!」
妻の手作り弁当を受け取ると、陽平は自転車を漕ぎだす。目的地は地元のゲームショップ、かつて通っていた馴染みの店だが、今ではアルバイト先だ。
「いらっしゃいませ!」
声を張り上げ、ゲームやCDを売る。接客業ゆえに辛い事もあるが、この仕事は嫌いじゃない。嫌いじゃないなら続けられる、陽平はそう思った。
「斎藤さん、これ次のセール商品です。準備をお願いします」
おそらく大学生ぐらいだろう。バイト新人の若い男はそう言って、中古のゲームソフト『FANTASTIC FANTASY』を束ねたまま斎藤に手渡した。かなり売れたソフトだが、それ相応に買取も来たため、在庫が溜まっている商品だった。
「おう……」
商品を受け取った斎藤は、パッケージの絵を見て少しだけ思考が止まる。そこには巨大な竜と、巨大な剣を持った戦士、漆黒の鎧に身をまとう騎士、そして薄布を羽織る神秘的な美少女が映っている。
(何だろう……この気持ち)
どこかで見た光景、懐かしい思い出。そんな漠然とした既視感が一体何なのか、そして目頭が熱くなる理由が、彼にはわからない。
原因もわからない、だけど込み上げてくる熱い感情に、斎藤はただただ涙を浮かべるしかなかった。
「どうかしましたか?」
新人の声に、斎藤は慌てて制服の袖で涙を拭った。
「いや……買ったけどまだやってないなって」
「なるほど『積みゲー』ですか、斎藤さんもゲームやるんですね」
『積みゲー』とは、買ってから遊んでいないゲーム、それが積もっていく様を表す。そんな専門用語が飛び出すなり、斎藤の目には急にこの新人が親しく思えてきた。
「ちなみに斎藤さん、最近イチオシのゲームは?」
「……アーケードの格ゲーなんだけどさ、『エンペラーフィスト』って知ってる?」
「もちろん知ってますよ! あのラスボスが無理ゲーの……」
「こほん」
会話を割って入る様に、社員の咳払いに二人は振り向かされた。
「……ああ、セール準備ね。よし」
斎藤は苦笑いをすると、また仕事へと戻った。
◆斎藤陽平
近所のゲームショップにアルバイトとして入社。後に力量が認められ、正社員として登用される。
また、かねてより懇願であった第一子を授かった。
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鎧甲冑に身を包んだ男を、複数人の男が囲む。彼らはそれぞれ剣や斧を手に、じりじりとその円を狭めていく。すぐに襲い掛からないのは、彼の背にある巨大な剣を警戒しての事だろう。
「でやあああっ!」
やがて沈黙を破る様に、一人の男が武器を構え飛び出す。それに釣られて他の男たちも飛び出すが、彼らは一瞬にして身動きを止め、次々と倒れていく。中央にいた鎧甲冑の男が、巨大な剣を構えているのが見えた。
「はいカット! 以上で撮影は終わりです。お疲れ様でした!」
どこからともなく男の声が聞こえると、戦士は発泡スチロール製の剣を下ろす。スタッフたちの拍手が彼を祝福した。
「ふー……どもです」
『小山トール』こと佐山亨は、フラフラしながら椅子に座った。その後ろで、鈴木純子がすかさず肩を揉む。
「何溜め息吐いてんのよ。単なる写真撮影で大物ぶるんじゃないの!」
「ちょっと力! 強いって! だってあの剣、壊れやすくて何度も……イデデデ!」
俳優志望だった亨は、純子の強引な押しで映画のオーディションに参加。演技力は皆無であるものの、甘いルックスを買われて端役でデビューする。
それから少しずつ芸能活動をする様になり、純子は彼のマネージャーを買って出たのだった。
「俺は純子のドレイじゃないっつうの」
「生意気言うな! ギャラの計算も出来ない男が、『ドイ』の勤勉さを少しは見習え!」
『ドイ』とは、昔彼女の夢の中に出てきた騎士である。見た目は亨と瓜二つだが、彼は欠点らしい欠点のないエリートである。全体的な内容までしっかりとは覚えてはいないが、他にも気の合う母親が出てくるなど、彼女はこの夢を「自分の願望」だと認識していた。
「またそいつかよ。夢に出てくる男を挙げられてもなあ」
「顔が同じなんだよ! テメーも顔に見合う知性を身に付けろ!」
そんな二人のやりくりを、スタッフは笑いながら見守っている。
「やれやれ、あんなに夫婦漫才ばかりじゃスキャンダルのスの字も無いな」
「まったくだ」
この日、佐山亨が主演した『FANTASTIC FANTASY3』のTVCMは、巨額の宣伝費に支えられ、全国放送されていった。
◆鈴木純子
ホステスを辞めた後、マネージャーとなって芸能人である佐山亨を支え続ける。
後に佐山は映画主演を果たすと、彼からのプロポーズを受け、晴れて二人は夫婦となった。
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「ね? 100点取ったでしょ? 約束だよ!」
夕食を終えるなり、何かをひた隠しにしていた娘から、突如満点のテスト用紙を差し出される。ふと妻と目が合うと、彼女もまた苦笑いしていた。
「仕方ない。約束は約束だ」
「じゃあ『ファンファン7』買ってくれるのね、やった! 明日休みだよね? 明日買いに行こう!?」
「分かったから。久美子、もう今日は寝なさい」
「はーい!」
そう言って、娘はドタドタと階段を登っていった。
「ほんと、クミには甘いんだから……」
見れば妻が軽く溜め息を吐きながら、コーヒーカップを持ってきた。私はそれを受け取る。
「いやね、自分も昔同じ様におねだりしたなあ……って」
「あら、私の家は厳しかったわよ。洋服一着ですら中々買ってもらえなかったもの。それで結構勉強したもんよ」
「そうやって子供は成長する。今も昔も変わらないね……」
変わらないものは、何も風習だけではない。
「まるで……夢の様だな」
テレビの音声に振り向く。そこには大剣を持った戦士が見える。今や国民的RPGにまで上り詰めた『FANTASTIC FANTASY』の最新作『7』のCMだ。
子供の頃に遊んだ一作目と比べ映像も格段に綺麗になっており、カクカクのポリゴンだったキャラクターも今や人間と瓜二つ……とまではいかないが、リアルな造形で世界観へ溶け込んでいる。そして主人公である『ゴウト』も六度の大冒険を経て歳をとったが、その勇姿は色褪せる事が無い。
(なんだか、本当にお爺ちゃんに似てきたな)
このゲームにはちょっとした因縁がある。祖父は昔、私にこの『FANTASTIC FANTASY』の一作目を買ってくれた。そして興奮しながらゲームを遊んだ私と、それを傍で見ていた祖父は、突然気を失ってしまったのだ。
私を含め、この気絶事件は全国で数件ほどあったらしいが、原因は未だに分かっていない。その中で祖父だけがそのまま意識不明となり、数ヵ月後に眠る様に死んだ。老人とあって、老衰による寿命だと片付けられた。
ゲームの記憶はとぎれとぎれだが、何故か私には祖父と旅した記憶がある。夢ではない。かといって現実でもない。でも確かに、私と祖父はどこかで戦っていた。
だから、私は信じている。祖父はまだ生きていて、どこかで旅を続けている事を。
いつか見た、あの果てしない幻想の大地で。
◆今井学
幼少時の夢が忘れられず、培った空想力をもって小説家となる。
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「……ト、ゴウト!」
若い女の声にゴウトは意識を取り戻す。辺りを見渡すと、黒い空間に白い線だけが走る、何とも無機質な場所だったが、それよりもその声の主に、ゴウトは驚愕した。
「……巴?」
遥か昔に死別した妻が、あの時と変わりのない若々しい姿で、ゴウトを心配そうに見ている。死者が生き返る事などあり得ないが、それすらも目をつむって違和感があるとすれば、彼女もまた西洋の鎧を身に付けていた事だ。
「……本当に巴か?」
ゴウトの言葉に、彼女はにやりと笑った。
【やはり、そうそうなりすませるものじゃありませんね】
淡々とした物言い、それは邪神の口調であった。
「何がどうなってるんじゃ? 確かワシが学を帰して……」
【初期化は終わりました。今は次の世界が始まるまでの、待ち時間に過ぎません】
「で、その姿は何じゃ?」
【失礼ながら、あなたの記憶を読み取らせていただきました。家族を捨ててまでこの世界に残ったあなたへの、私なりの『補填』です】
「……何でもありなんじゃな。ゲームって」
【そうです。ゲームは人々の空想や願望を形にし、疑似体験させるもの。肉体と現実を捨てたあなたに、もはや制限はありません】
彼女に言われると、ゴウトは急に視線が高くなるのを感じた。
【年老いた肉体も、生身のイメージにすがり付いているだけです。空想はもっと自由なものですよ】
彼女の言葉に刺激されるように、背筋が正され、目蓋が軽くなったように開き、体に筋肉が蘇る。両手を見れば、血色の良い健康的な手の平が見える。
「わたしの体が!?」
顎がしっかり動き、『ワシ』ではなく『わたし』とちゃんと言えた事に、ゴウトは若返りを確信した。
「これは……こんな事が……!」
ゴウトの体に見慣れた鎧と、身の丈以上の巨大な剣が転送される。数秒もしないうちに、1人の老人は1人の若き戦士へと変貌した。
「細かい事は気にしない。さあ、次の冒険が始まるわよ、ゴウト!」
「……ああ!」
未知なる予感に胸が高まる。体一つで自分はどこまで行けるのか、どれだけの人生を歩めるのか、居てもたってもいられない。
振り向けば光が溢れていた。そしてゴウトは彼女の手を取ると、光に向かって駆け出して……。
そして、彼の終わりのない冒険の日々が始まった。
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「ファンタジー」それは幻想。人間が高度な文明社会を築く中で、じょじょに失われ、そして飢えていったもの。
例えば、在りもしない「財宝」。生物学的に存在の許されない「魔物」。超能力すら凌駕する「魔法」。並はずれた力を持つ「勇者」、そして勇者が作り上げる「冒険」……映画や小説やゲームで、人はそんな幻想を求める。
決して叶うことのない、奇跡と呼ぶにしても遠すぎる存在。なのに、人は幻想を追い求め、数々の幻想を作り上げる。
ゆえに、いつか人は飢えを凌ぐために、その幻想を叶える時が来るだろう。
願わくば、その幻想が人に勇気や希望を与えてくれる、輝かしいものでありますように……。
『神殺しのゴウト』IS OVER!
THANK YOU FOR PLAYING GAME!




