表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/51

NEW GAME

 気の遠くなる様な歴史を遡る。


 まだ『神』と呼ばれる、大型の環境維持装置が無かった頃、宇宙を旅した大いなる先人たちがこの惑星にたどり着き、生命の種をばらまき、文明を築き上げた。


 それらの痕跡は『魔導』と呼ばれるオーパーツ(その年代に元来存在するはずのない技術を用いた物)や、『竜』を代表とする強力な生物兵器、超能力研究の末に編み出された、森羅万象を司り、世界を一変させる禁断の魔法など、様々な形でこの惑星に残され、それらはこの世界に革命と、一歩間違えれば破滅を呼びかねない争いをもたらした。


 この世界は神秘と謎に満ちている。ある者は好奇心で、ある者は一攫千金を夢見てそれらを追う。雲を掴むような確率に、時には命をかける連中を、人は『冒険家』(アドベンチャー)と呼んだ。


「テツ! 待ってよ!」


 チェイミーは『鉄輪』(遺跡から発掘した大型バイク)を引きずりながら、砂漠を歩いていた。先頭の男は振り向きこそしないが、彼女と距離を離さないように、時折歩みを緩める。


「まったく……こんな所にまで持ってくる事は無いだろ? それ大き過ぎるんだよ」

「うるさいわね、宿に置いたら盗まれるわよ」

「じゃあ俺と二人乗り……」

「お断り」


 チェイミーは、後ろから言い寄って来るヤックの顔を、片手でぐいぐいと押しやる。


「第一、私の後ろはテツって決まってるの」

「俺!? おいおい、お前のデカい尻じゃ狭くて座れねえよ」

「何だって!? アタシそんなに……」


 三人の会話を振動が遮る。砂が盛り上がり、中から鉄の体を持つ二足歩行の物体、巨大な『機人』が現れる。


「遺跡の守護者か……どうやら入口を見つけたみたいだぞ!」

「さ、姫様は後ろへ。争いごとは我々の役目です」

「バカ言わないで、あんたの剣じゃ近づく前に死ぬよ」


 テツとチェイミーが銃を構え、ヤックは剣を抜く。そして三人は互いに目線を合わせると、打ち合わせ通り一斉に飛び掛かった。


◆チェイミー・チェイス(鉄騎チェイミー)

◆テツ・カドクラ(不死身のテツ)

 コンビで活動、腕利きのアドベンチャーとして名を知られる。後にヤックを加えて三人組となり、世界中の遺跡を次々と攻略する。


◆ヤック・デボルタ(半裸のヤック)

 元ファスト王国聖騎士。国王に魔導を献上しに現れたチェイミーに一目惚れし、自身もアドベンチャーとなり、彼女の後を追う。


■■■■■□□□□□


 ナムの村外れ、貴族タイドの大屋敷。ここに一組の夫婦が誕生しようとしていた。


「ライト・ウェー、そなたは妻を愛し、生涯護りぬく事を誓いますか?」

「誓います」


 神父の問い掛けに、男は力強く答えた。


「レイン・メール、そなたは夫を愛し、生涯支え合う事を誓いますか?」

「誓います」


 神父の問い掛けに、女は迷いなく答えた。


 二人が誓い合い、口付けを交わすと、辺りは暖かい拍手と歓声に包まれる。その群衆の中に、屋敷の主である青年、タイドの姿があった。


(これで、二人はもう離れない。残るのは……)


 式を終え、豪勢に酒や料理が振る舞われる頃、ライトとレインはタイドを探すが、彼の姿はどこにもなかった。


 そして彼の部屋で、二人は手紙を見つける。その文面に二人は肩を震わせた。


「ライト……これって……」

「バカだよ、いつも一緒って言っただろうに……!」


 タイドは式を抜け、とうに屋敷からかけ離れた森にいた。傍には最近知り合った『金王』と名乗る商人の姿があった。


「いいのか? まるまる家を空けちまって。お前さんの『起源ルーツ』なんだろう?」

「使用人には言い付けてある。二人は何不自由なく過ごせるはず。それに僕のルーツは家じゃない、あの二人といた時間だよ」

「恋より友情を取るか……よくもまあ、親友のためにそこまでやれるね。帰ってきて誰もいなかったら?」

「別に構わないよ。二人が幸せならね、それを見届けるためにも……」


 タイドは振り返り、自分の屋敷を見た。


「僕は必ず生きて帰る」


 そう言い切るタイドに迷いは見られない。そんな彼の目に、金王は確かな未来を読み取る。


「……お前さん、この世界をたった一人で生き抜き、戦いぬく覚悟があるかね?」

「生きる為なら何だってやる。あなたは、その戦う術を知っているとでも?」

「ああ、望むなら全てを教えてやろう。金と度胸で渡り合う、剣でも魔法でもない世界を」


◆タイド・メッセ

 不治の病を克服すべく『機械の体』を手に入れるため、金王の案内でオルエルド帝国に旅立つ。そこで「タイド・メッセ」という人物の痕跡は途切れる。


◆金王

 流浪の旅商人。タイドに商才を見出だし、自身の持てる知識や技術を伝授し、そして財産を全て譲った後、消息不明になる。


 それから何年にも渡り、歴史上では「金王」と名乗る商人が度々顔を出す事になる。


■■■■■□□□□□


 争いが起き、より強大な力に頼った時、誰かがその力に手を染めた。


「古代兵器」という認識でしかなかったそれは、やがて人々の思惑を超えた、大いなる脅威へと進化する。


 よこしまなる機械仕掛けの神。それの前ではいかなる人間も魔物も、等しく滅びの運命を与えられる。ゆえに人と魔物は手を取り合い、それに立ち向かっていった。


「さて、続きはまた明日」


 ドーラが話を区切ると、子供達は一斉に騒ぎだした。


「えー? これからなのに!」

「『ゆうしゃ』はー? みんなで『じゃしん』をたおすんでしょ!?」

「そうそう。明日はその戦いがどうなったかお話するからね。さあ、今日はもう帰りなさい」


 不満そうな子供たちを優しく諭すと、ドーラは一息吐く。ふと見上げると、ランプの火の灯りが、男の影を照らしだしていた。


「お疲れの様で、女王様」

「アインか。その呼び方、何度言っても止めないね……」

「変えませんよ。あなたはセカン国の女王なのですから」


 アインは腰を下ろし、ドーラよりも低い位置に座った。


「……変わりましたね。邪神の話なんて、私の代では禁句でしたよ」

「邪神は神話でも昔話でもない、今も眠り続ける災厄だ。いずれ子供たちも邪神と向き合わなければならない」

「刺激が強過ぎるんじゃないですか? あの話の続き、人は魔族と連携が取れず、初戦では大敗を喫してしまう……」

「真実は残酷だよ。あの子たちはいずれ知らなければならない。『勇者』と呼ばれる存在が、完全無欠の戦士ではない事を」


 ドーラは若かりし日々を思い浮べる。腕利きの傭兵、誇り高い王国騎士団、活気溢れる冒険者……『勇者』と呼ばれた猛者たちが集い、そして邪神の前に散っていく。


 何が一番悲しかったかといえば、彼らの死が邪神封印に結び付かなかった事だ。結局『浄化の剣』という、神の気まぐれにも似た偶発的な助力で、人々はこの脅威を退ける事になる。


「……『浄化の剣』がある限り、邪神はいずれ復活する。私は怖いです。たまに逃げ出したくなりますよ」

「私もさ。だけど私たちが逃げたら、誰が邪神を止めるんだい?」


◆ドーラ・ブラン

 邪神と聖剣の話を伝え、子供たちに未来を託した後、天寿を全うする。


◆アイン・ハンダ

 ドーラが伝えた情報を記録し、聖剣の守り人として村に残る。やがて来る邪神復活と、それを封印出来る勇者を待つ為に。


■■■■■□□□□□


「おばさん! メラ兄ちゃん来てたって本当?」


『おばさん』という単語に、セラは一瞬表情を強張らせたが、すぐに穏やかな笑顔を取り繕う。


「……ええ、またどこか旅に出るみたいね。それとね、私はまだおばさんじゃ……」

「ああもう、早く知らせてよ! おばさん気がきかないんだから!」


 慌てて城の外へ出ようとするソニアを見て、セラは服の襟に杖を引っ掛けた。


「ちょっと、おばさん!」

「おば……じゃなくてね。ダメよ。あなたまだ若過ぎるじゃない」

「はーなーしーてーよ! 今度こそ付いていくんだから!」

「あなたね、押し掛け女房も時と場合によりけりよ。魔法ちっとも覚えないじゃない」

「またそうやって子供扱いして! おばさんだからって!」

「おば……さっきから一々……オバアアアア!」


 セラの堪忍袋の緒が切れる。その隙にソニアは捕縛を逃れると、杖を取り出し臨戦態勢に入る。


「あら、歳を取ったら人間丸くなるって聞いたけど?」

「小娘がぁ! 人が下手に出れば調子に乗りやが……」


 言い掛けた所で、セラはソニアの勝ち誇った様な笑みに気付いた。突然石板に囲まれたかと思うと、地面の石板が次々と外れ、セラを閉じ込めていく。


「やったやった! 魔法使いの心得その一、『魔法は決して発動を悟られない事』だいっ、せいっ、こうっ!」

「ふーん、じゃあこういうのはどうかしら」


 石壁の中からセラの腕が突き出されると、その亀裂で石壁は一瞬にして破壊された。


「うそっ!?」


 間髪入れず、セラが突き出した手で合図を送ると、石板は一斉にソニアを目がけて飛ぶ。僅か数秒にして、構図がそっくりそのまま入れ替わっていた。


「魔法使いの心得その八、『魔法使いたる者、ありとあらゆる事態を想像せよ』不意討ち程度で慌てると思った?」

「魔法使いの心得その二、『魔法使いは常に冷静であれ』はどうしたの! あんなに怒ってたじゃん!」

「甘いわね。怒は人をより強くする。私もそのクチなのよ」


 そう言って、セラは声高らかに笑いだした。


◆セラ・ランドール

 魔法都市『パステル』を追放された後も、独自に『人形術』を追究し続ける。人を超えた「完璧な人形」を目指して。


◆ソニア・デュアル

 孤児として街をさ迷っていた所をセラに保護される。その後修行により強大な魔力を開花。愛する人を追って自身も長い旅に出る。


■■■■■□□□□□


「巨人征伐を中止する」


 ファスト国王の言葉に、ドイは目を丸くする。巨人は『青の森』に巣くう強大な魔物で、直接的な被害は無かったにせよ、その不穏な存在感は、近隣に位置するファスト王国にとって頭痛の種であった。


「あんな怪物が目と鼻の先にいるのは厄介だが、駆逐するのも骨が折れる。よって……」


 国王が合図をすると、扉が開かれる。そこから巨人が窮屈そうに入ってきた。


「組む事にした」


 剣を抜くドイを見て、巨人は棍棒を構える。


「まだ公にはしないが、彼らには戦力を提供してもらう代わりに、住居を確保する事を約束した」

「国民……そして我々にそれを納得しろと?」

「平和的解決策だ。互いにやりあえば被害は計り知れない。なあ?」

「私たちは静かに暮らしたいだけだ」


 巨人の言葉に、ドイは衝撃を受けた。


「見た目で誤解されやすいが、彼らは我々と同じ知性を持ち合わせている。共存は可能だ」

「しかし、我が国は彼らを住まわせる程広くはありませんが」

「だから領土を広げる」


 国王の目を見る。いつもの、何ら変わりのない不敵な笑みを浮かべている。そして平然を装いながら、いつもとんでもない事を切りだすのだ。


「……という事だ。和解が成立した以上、巨人討伐は無しだ」


 その日の夜、ドイは宿舎へといた。巨人討伐に備え、特別に雇われた『剣王ズパー』に、戦いが事前に終わった事を知らせる。


「もちろん、違約金は払う。本来払うべきだった額より遥かに少ないが……」

「気にするな、戦ってもいないのに受け取る理由がない。それよりその金はとっておけ。次の戦いに必要になる」


 ドイは目を見開いた。「和解した」と伝えて、「戦い」という言葉が返ってきたからだ。


「近いうちに、あなたの国はどこかへ戦争を仕掛けるだろう。巨人という強力な種族を従えてな」

「その時、力は貸してくれないのか?」

「契約の時に言ったはずだ。私は『巨人を倒す』とな」


◆ファスト六世

 巨人を懐柔した後、軍備拡張と領土拡大を試みる。国力は増加したものの、巨人と国民の間に溝が出来つつある。


◆ドイ・ヒース

 国王の強気な政治に躊躇しつつも、聖騎士団団長として支え続ける。国民からの人望も厚く、ファスト王国を影で支える功労者とされた。


◆ズパー・ザン

『剣王』と呼ばれるほどの剣士に成長した後も、さらなる力を追い求め、傭兵として各地の戦で剣を振るう姿を目撃される。


■■■■■□□□□□


「これが塔……高い! 神が作る物に際限は無いのですね」

「ああ。だけど神とは結局、俺達と何ら変わりの無い生物だった」


 かつて魔王と呼ばれた青年は、耳の尖った美女を抱き寄せると、建設途中のタワーを見上げた。


「こんなに高く建てて、神にでもなるつもりなのだろうか。愚かな……」

「あら、人間は好奇心と向上心の塊よ。私、この塔見てると元気が出るわ。いつか天まで届くんじゃないかって」

「私たちの祖先……宇宙を旅したという古代人の様にか?」

「そう! いつか私たちの世界に、彼らが遊びに来るかもしれないわね」

「彼らか……」


 青年は振り返った。溢れかえる人の波が、青年の視界を埋める。


「また会える日も来るのだろうか」


 二人はあてもなくさ迷い続ける。ゲームに帰らなかった二人に残されたのは、自分たちが存在した偽りの世界の記憶と、その世界で振るっていた力の絞りカスだけ。戸籍も、地位も、財産も無い。そして……。


「……そいつはエルフ? お前らも残留組か?」


 不意に声をかけられ、二人は足を止めた。そこにいた男は、おそらくゴミ捨て場から漁って来たであろう、擦り切れたジーンズやボロボロのジャンパーに身を包んでいる。


「身なりは汚いがその体格は隠せないな。元戦士、あるいは傭兵か?」

「わかっているなら話は早い。力が有り余っているのだろう? 俺と組まないか?」

「組んでどうなる?」

「この国を乗っ取る」


 男の発言に、ワロスは思わず失笑する。


「今、笑ったか?」

「まったく、ゲームのやり過ぎじゃないのか? ちょっと力が強いから、ちょっと魔法が使えるから。そんな理由で暴れるくらいなら……」


 ワロスはコートを脱ぎ捨てると、光る両腕を構えた。


「俺が目を覚まさせてやる」


◆ワロス・テイラー

 帰還が間に合わず、ゲームの初期化を免れる。同時に生身の肉体へ転生し、かつての膨大な魔力は、僅かばかりの超能力という形で残された。


 愛するイターシャを守るため、また、彼女の愛するこの地を守るため、新たな戦いに巻き込まれていく。


◆イターシャ

『神々の世界』に取り残されるも、ワロスと共に新たな人生を歩み始める。


 愛する人の傍では、彼女に絶望は無い。果てしなく続くこの世界が、輝いて見えていた。


■■■■■□□□□□


「陽平さん! 八時ですよ!」

「八時……い!?」


 斎藤陽平は慌てて飛び起きた。洗面所で顔を洗い、口をゆすぎ、眼鏡をかける。鏡に映った自分の顔は、心なしか少し若く見える。


「行って来ます!」


 妻の手作り弁当を受け取ると、陽平は自転車を漕ぎだす。目的地は地元のゲームショップ、かつて通っていた馴染みの店だが、今ではアルバイト先だ。


「いらっしゃいませ!」


 声を張り上げ、ゲームやCDを売る。接客業ゆえに辛い事もあるが、この仕事は嫌いじゃない。嫌いじゃないなら続けられる、陽平はそう思った。


「斎藤さん、これ次のセール商品です。準備をお願いします」


 おそらく大学生ぐらいだろう。バイト新人の若い男はそう言って、中古のゲームソフト『FANTASTIC FANTASY』を束ねたまま斎藤に手渡した。かなり売れたソフトだが、それ相応に買取も来たため、在庫が溜まっている商品だった。


「おう……」


 商品を受け取った斎藤は、パッケージの絵を見て少しだけ思考が止まる。そこには巨大な竜と、巨大な剣を持った戦士、漆黒の鎧に身をまとう騎士、そして薄布を羽織る神秘的な美少女が映っている。


(何だろう……この気持ち)


 どこかで見た光景、懐かしい思い出。そんな漠然とした既視感が一体何なのか、そして目頭が熱くなる理由が、彼にはわからない。


 原因もわからない、だけど込み上げてくる熱い感情に、斎藤はただただ涙を浮かべるしかなかった。


「どうかしましたか?」


 新人の声に、斎藤は慌てて制服の袖で涙を拭った。


「いや……買ったけどまだやってないなって」

「なるほど『積みゲー』ですか、斎藤さんもゲームやるんですね」


『積みゲー』とは、買ってから遊んでいないゲーム、それが積もっていく様を表す。そんな専門用語が飛び出すなり、斎藤の目には急にこの新人が親しく思えてきた。


「ちなみに斎藤さん、最近イチオシのゲームは?」

「……アーケードの格ゲーなんだけどさ、『エンペラーフィスト』って知ってる?」

「もちろん知ってますよ! あのラスボスが無理ゲーの……」

「こほん」


 会話を割って入る様に、社員の咳払いに二人は振り向かされた。


「……ああ、セール準備ね。よし」


 斎藤は苦笑いをすると、また仕事へと戻った。


◆斎藤陽平

 近所のゲームショップにアルバイトとして入社。後に力量が認められ、正社員として登用される。


 また、かねてより懇願であった第一子を授かった。


■■■■■□□□□□


 鎧甲冑に身を包んだ男を、複数人の男が囲む。彼らはそれぞれ剣や斧を手に、じりじりとその円を狭めていく。すぐに襲い掛からないのは、彼の背にある巨大な剣を警戒しての事だろう。


「でやあああっ!」


 やがて沈黙を破る様に、一人の男が武器を構え飛び出す。それに釣られて他の男たちも飛び出すが、彼らは一瞬にして身動きを止め、次々と倒れていく。中央にいた鎧甲冑の男が、巨大な剣を構えているのが見えた。


「はいカット! 以上で撮影は終わりです。お疲れ様でした!」


 どこからともなく男の声が聞こえると、戦士は発泡スチロール製の剣を下ろす。スタッフたちの拍手が彼を祝福した。


「ふー……どもです」


『小山トール』こと佐山亨は、フラフラしながら椅子に座った。その後ろで、鈴木純子がすかさず肩を揉む。


「何溜め息吐いてんのよ。単なる写真撮影で大物ぶるんじゃないの!」

「ちょっと力! 強いって! だってあの剣、壊れやすくて何度も……イデデデ!」


 俳優志望だった亨は、純子の強引な押しで映画のオーディションに参加。演技力は皆無であるものの、甘いルックスを買われて端役でデビューする。


 それから少しずつ芸能活動をする様になり、純子は彼のマネージャーを買って出たのだった。


「俺は純子のドレイじゃないっつうの」

「生意気言うな! ギャラの計算も出来ない男が、『ドイ』の勤勉さを少しは見習え!」


『ドイ』とは、昔彼女の夢の中に出てきた騎士である。見た目は亨と瓜二つだが、彼は欠点らしい欠点のないエリートである。全体的な内容までしっかりとは覚えてはいないが、他にも気の合う母親が出てくるなど、彼女はこの夢を「自分の願望」だと認識していた。


「またそいつかよ。夢に出てくる男を挙げられてもなあ」

「顔が同じなんだよ! テメーも顔に見合う知性を身に付けろ!」


 そんな二人のやりくりを、スタッフは笑いながら見守っている。


「やれやれ、あんなに夫婦漫才ばかりじゃスキャンダルのスの字も無いな」

「まったくだ」


 この日、佐山亨が主演した『FANTASTIC FANTASY3』のTVCMは、巨額の宣伝費に支えられ、全国放送されていった。


◆鈴木純子

 ホステスを辞めた後、マネージャーとなって芸能人である佐山亨を支え続ける。


 後に佐山は映画主演を果たすと、彼からのプロポーズを受け、晴れて二人は夫婦となった。


■■■■■□□□□□


「ね? 100点取ったでしょ? 約束だよ!」


 夕食を終えるなり、何かをひた隠しにしていた娘から、突如満点のテスト用紙を差し出される。ふと妻と目が合うと、彼女もまた苦笑いしていた。


「仕方ない。約束は約束だ」

「じゃあ『ファンファン7』買ってくれるのね、やった! 明日休みだよね? 明日買いに行こう!?」

「分かったから。久美子、もう今日は寝なさい」

「はーい!」


 そう言って、娘はドタドタと階段を登っていった。


「ほんと、クミには甘いんだから……」


 見れば妻が軽く溜め息を吐きながら、コーヒーカップを持ってきた。私はそれを受け取る。


「いやね、自分も昔同じ様におねだりしたなあ……って」

「あら、私の家は厳しかったわよ。洋服一着ですら中々買ってもらえなかったもの。それで結構勉強したもんよ」

「そうやって子供は成長する。今も昔も変わらないね……」


 変わらないものは、何も風習だけではない。


「まるで……夢の様だな」


 テレビの音声に振り向く。そこには大剣を持った戦士が見える。今や国民的RPGにまで上り詰めた『FANTASTIC FANTASY』の最新作『7』のCMだ。


 子供の頃に遊んだ一作目と比べ映像も格段に綺麗になっており、カクカクのポリゴンだったキャラクターも今や人間と瓜二つ……とまではいかないが、リアルな造形で世界観へ溶け込んでいる。そして主人公である『ゴウト』も六度の大冒険を経て歳をとったが、その勇姿は色褪せる事が無い。


(なんだか、本当にお爺ちゃんに似てきたな)


 このゲームにはちょっとした因縁がある。祖父は昔、私にこの『FANTASTIC FANTASY』の一作目を買ってくれた。そして興奮しながらゲームを遊んだ私と、それを傍で見ていた祖父は、突然気を失ってしまったのだ。


 私を含め、この気絶事件は全国で数件ほどあったらしいが、原因は未だに分かっていない。その中で祖父だけがそのまま意識不明となり、数ヵ月後に眠る様に死んだ。老人とあって、老衰による寿命だと片付けられた。


 ゲームの記憶はとぎれとぎれだが、何故か私には祖父と旅した記憶がある。夢ではない。かといって現実でもない。でも確かに、私と祖父はどこかで戦っていた。


 だから、私は信じている。祖父はまだ生きていて、どこかで旅を続けている事を。


 いつか見た、あの果てしない幻想の大地で。


◆今井学

 幼少時の夢が忘れられず、培った空想力をもって小説家となる。


■■■■■□□□□□


「……ト、ゴウト!」


 若い女の声にゴウトは意識を取り戻す。辺りを見渡すと、黒い空間に白い線だけが走る、何とも無機質な場所だったが、それよりもその声の主に、ゴウトは驚愕した。


「……ともえ?」


 遥か昔に死別した妻が、あの時と変わりのない若々しい姿で、ゴウトを心配そうに見ている。死者が生き返る事などあり得ないが、それすらも目をつむって違和感があるとすれば、彼女もまた西洋の鎧を身に付けていた事だ。


「……本当に巴か?」


 ゴウトの言葉に、彼女はにやりと笑った。


【やはり、そうそうなりすませるものじゃありませんね】


 淡々とした物言い、それは邪神の口調であった。


「何がどうなってるんじゃ? 確かワシが学を帰して……」


【初期化は終わりました。今は次の世界が始まるまでの、待ち時間に過ぎません】


「で、その姿は何じゃ?」


【失礼ながら、あなたの記憶を読み取らせていただきました。家族を捨ててまでこの世界に残ったあなたへの、私なりの『補填』です】


「……何でもありなんじゃな。ゲームって」


【そうです。ゲームは人々の空想や願望を形にし、疑似体験させるもの。肉体と現実を捨てたあなたに、もはや制限はありません】


 彼女に言われると、ゴウトは急に視線が高くなるのを感じた。


【年老いた肉体も、生身のイメージにすがり付いているだけです。空想はもっと自由なものですよ】


 彼女の言葉に刺激されるように、背筋が正され、目蓋が軽くなったように開き、体に筋肉が蘇る。両手を見れば、血色の良い健康的な手の平が見える。


「わたしの体が!?」


 顎がしっかり動き、『ワシ』ではなく『わたし』とちゃんと言えた事に、ゴウトは若返りを確信した。


「これは……こんな事が……!」


 ゴウトの体に見慣れた鎧と、身の丈以上の巨大な剣が転送される。数秒もしないうちに、1人の老人は1人の若き戦士へと変貌した。


「細かい事は気にしない。さあ、次の冒険が始まるわよ、ゴウト!」

「……ああ!」


 未知なる予感に胸が高まる。体一つで自分はどこまで行けるのか、どれだけの人生を歩めるのか、居てもたってもいられない。


 振り向けば光が溢れていた。そしてゴウトは彼女の手を取ると、光に向かって駆け出して……。


 そして、彼の終わりのない冒険の日々が始まった。


■■■■■□□□□□


「ファンタジー」それは幻想。人間が高度な文明社会を築く中で、じょじょに失われ、そして飢えていったもの。


 例えば、在りもしない「財宝」。生物学的に存在の許されない「魔物」。超能力すら凌駕する「魔法」。並はずれた力を持つ「勇者」、そして勇者が作り上げる「冒険」……映画や小説やゲームで、人はそんな幻想を求める。


 決して叶うことのない、奇跡と呼ぶにしても遠すぎる存在。なのに、人は幻想を追い求め、数々の幻想を作り上げる。


 ゆえに、いつか人は飢えを凌ぐために、その幻想を叶える時が来るだろう。


 願わくば、その幻想が人に勇気や希望を与えてくれる、輝かしいものでありますように……。


『神殺しのゴウト』IS OVER!

THANK YOU FOR PLAYING GAME!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ