4章 『再起』 Never Die
人は必ず敗れる。どんな猛者や天才でも、生涯無敗の人間は存在しない。いつか戦いに敗れ、屈辱から立ち上がらなければならない。
負けるというのは、想像するよりも重く、呆気の無いものだ。自信も誇りも簡単に奪い去り、戦士を骨抜きにしてしまう。そして耐えられずに逃げ出す者は、既に戦士ではない。
故に、真の戦士は死なない。どんな苦況にも目を反らさず、歯を食い縛って立ち上がるだろう。更なる力を手に入れ、自分を破った者に一矢を報いるまで。
人は必ず敗れる。どんな猛者や天才でも、生涯無敗の人間は存在しない。いつか戦いに敗れ、屈辱から立ち上がらなければならない。
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「国王様、北の洞窟で落盤事故が確認されました」
真夜中、王の寝室に一人の騎士が入るなり、そう告げた。
「ドイか、ご苦労。どうやら『最後の魔法』がちゃんと発動出来たみたいだな」
「生存者の確認はいかがいたしましょうか?」
「必要ない」
国王は、懐から首飾りを取り出してみせた。国王はこれを部屋で見つけた後、準備していた爆弾を洞窟に転移させた。あらかじめ大臣と打ち合わせしていた、侵入者を確実に葬り去る罠である。
「これは、ヤツが肌身離さず付けていた転移石だ。洞窟内を自在に移動出来る転移術も、これ無しでは発動できん。仮に生きていたとしても虫の息、洞窟を切り抜け、ここまでは辿り着けないだろう」
もっとも、大臣は国王に心酔しており、裏切る可能性は限りなく低い。しかし、秘密なんてものは他人と共有するものではないし、そういう意味では今回の大臣の死は、国王にとっては理想的なタイミングでもあった。
「しかし、死んでしまっては研究が……」
「研究報告は十分挙がっている。あとはこちらで引き継ぐ」
「……分かりません。どうしてそこまで魔法に拘るのか」
国王は水を一杯飲むと、窓の外を眺めた。
「これから先、我々が戦おうとする相手はとても強力でな……先代が掲げる『剣の力』だけでは、到底勝てそうにないのだ」
「敵は魔族ですか?」
「いいや、相手は神だ」
「神?」
「この世界の創造主にして、我々をここに閉じ込めた張本人だ」
「……その神を倒して、どうなさるおつもりですか?」
「神の世界を乗っ取る」
国王はそう言い切り、水を飲み干した。
「信じられんか?」
「いえ、ただ突飛な話なので……それに、私は見た事のないものは信じられません」
「どちらでも構わん。いずれ戦争は起きる。人間と魔族、そして神が入り乱れた世界大戦がな。その時は……」
国王が首飾りと拳銃を取り出す。
「人間の英知と魔族の魔力で、我が国は勝ち抜いてみせる」
「その時は……必ずやお役に立ってみせます」
ドイはそう告げると、一礼して部屋を去った。
窓の外からは、激しい雨音が聞こえる。とめどなく降る大雨がファスト王国を、城下町を、洞窟を容赦なく打ち付けていた。
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「爺ちゃん! メラさん!」
洞窟に辿り着いたキオは、炎の息を松明代わりに進んでいたが、その巨体ゆえに途中で立往生になっていた。
(まいったぞ、僕の体じゃここから先には進めない)
かといって、祖父を目の前に回れ右というわけにはいかない。前にも後ろにも進めず、小学生の頭はそこで思考を停止していた。
「やっぱり、こんな事だろうと思ったよ」
弱々しい声に振り返ると、そこにはあの見張りの兵士が立っていた。
「ナインダさん!」
「けしかけた後に気付いて、慌てて追ってきた。案の定、その体じゃここまでの様だね」
「あんだけ吹っ飛んだのに……傷は平気なの?」
「大人は頑丈に出来ているんだ。君が心配する事はない……っ」
そう言いながら、ナインダは苦痛で顔を歪めた。明らかにキオの攻撃による後遺症だった。
「ナインダさん!」
「あまり時間がない。とにかく二人は助けだす。連れて帰ったら……」
「城で休むんだね」
「逆だ、あの国から離れるんだ」
ナインダの答えに、キオは耳を疑った。
「どういうこと?」
「町も危険だ。衛兵に見つかったら殺されるぞ」
ナインダは真剣な眼差しで訴えかける。
「国王様は、勇者と竜を歓迎しない。だから洞窟で殺そうとした。君は竜だから分断されたんだろうが、標的からは外されてはいない」
「どうして? 僕達悪い事をした?」
「違う。国王様が悪い事をしようとしているんだ」
言いながらナインダは走りだした。
「だから君は逃げるんだ。逃げて逃げて、戦えるまで休んで、いつか国王様を倒すんだ」
「国王を倒す!?」
言った後で、ナインダは頭を抑えた。明らかな国家反逆罪だ、誰かに聞かれたら極刑ものだろう。しかしナインダは喋りを止めなかった。
「国王様は、一度敵対した相手に容赦しない。こうして攻撃までくわえている以上、戦いは始まっているんだよ」
「でも、人間でしょ? 悪いモンスターとかじゃなくて……」
「世の中には、君が想像も出来ない程の悪党だっている。それを見抜けなかったら、やられるのは君だぞ」
「王様って、悪い人なの?」
ナインダは、両腕でキオの腕にしがみついた。それは何かを必死で耐えている様だった。
「……私だって信じたくはないが、国王様はまるで人を駒の様に扱う。あの乾燥した感覚……あれは『正義』なんかじゃない。それだけは間違いないんだ」
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「ぐっ……」
洞窟の最深部に辿り着いた兵士は、岩と瓦礫の山に怯んでいた。何が起きたのかは分からないが、他に道が無い以上、二人はこの先にいるとしか考えられなかった。
(立ち止まるんじゃない。あの子に約束したじゃないか、必ず助けだすと!)
意を決して手を突き出す。残り体力を振り絞り、岩や瓦礫を懸命に取り払うと、やがて中から鎧を着こんだ老人が姿を表した。
「ゴウト殿!」
呼び掛けるが返事がない。一先ず老人の体を丁寧に引きずりだすと、急いでキオの元に戻る。
(軽い……この年老いた体に、あんな腕力が?)
戸惑いつつも、兵士は走った。ようやくキオの元に辿り着き、ゴウトを背中から降ろす。
「爺ちゃん!」
「……あとはメラ様だ。もう少し待っててくれ」
兵士はそう言い残すと、またも洞窟の奥へ消えていく。
「爺ちゃん! 爺ちゃんってば!」
キオはゴウトに向かって叫び続ける。しかしゴウトは目を覚まさない。やがてゴウトの体から、薄く骸骨のマークが浮かび上がる。
(ドクロのマーク……これって、爺ちゃんは死んじゃったの?)
ゲームで見慣れたマークが、キオの不安を掻き立てる。だが、同時にある希望が芽生えつつあった。
(もしかして、復活させる手段があるのかも)
しばらくして、兵士がメラを背負って戻ってくる。
「……キオ。二人とも見つけたが、もう……」
「ねぇナインダさん、変な事を聞いちゃうけど、怒らずに答えてほしい」
「……私に答えられる事なら」
「じゃあ……」
キオは一呼吸を置いて、ややぎこちなく質問を読み上げた。
「知っていたら教えてください。死んだ人を生き返らせる方法を」
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「キオ……君も本当は知っているだろう。死者はね、どうやっても生き返らないんだよ」
その言葉に、キオは急に声を荒げた。
「でも、爺ちゃんは戦闘で死んだんだよ! 物語はまだ最初だし、僕はまだ生きている!」
ナインダは、やや困惑した顔でキオを見つめる。言っている事は理解出来ないが、本気である事はひしひしと伝わる。
「……信じてくれるか分からないけど、僕と爺ちゃんは違う世界から来たんだ」
キオは倒れたメラを見る。
「もしかしたら、メラさんもそうかもしれない。他にもそういう人がいるかもしれない」
「他の世界って、違う国や大陸ってことかい?」
「そういうのじゃないよ。その世界はね、お腹が減ったら何かを食べなきゃ死んじゃうし、魔法なんて存在しないんだ」
「存在しない……」
「それで剣や魔法、ドラゴンに王様が出てくる世界に憧れて、そういう物語を作り出すんだ。こういう世界、もしかしたら死んだ人が生き返られる世界を……」
キオが話を止めると、ナインダは語りだした。
「……キオ、前に私には子供がいるって話したね」
ナインダの表情が険しくなる。やがて彼は重い口を開いた。
「私はね、その子供を見たことがないし、名前も知らない。この手で抱いたこともないんだ」
キオは絶句した。自分はとんでもない事を言わせてしまった、そう直感した。
「確かに子供はいる。そういう記憶があるし、だからこそ君の世話を任された。それを踏まえて言い直そう……」
(ダメだよ……それ以上は……)
「私たちの様な、名もない人間は死んでも生き返らないが、君たちみたいな選ばれし者なら、復活を許されるかもしれない」
キオは完全に黙った。祖父を助けるはずの手段を聞いたはずなのに、ちっとも嬉しさを感じなかったからだ。
「何なの、その『選ばれし者』って」
「うまく言えないが、君たちや国王様は私と違う。多分君たちが何かをすれば世界は変わるんだろうが、たとえ私が死んだって、この世界は何も変わらないだろう」
「そんな事……」
「分かっちゃうんだよ。何故だが分からないけど、自分が取るに足らない存在だって。そもそも自分の名前すら無いんだからね」
兵士はそう言うと、寂しげに微笑んだ。キオはそれを見て、どうしようもなく悲しい気持ちになった。
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「一兵士が喋り過ぎたようだな。その竜を引き渡せ」
声に振り向くと、そこには真っ赤な鎧を着た騎士達がいた。
「あの人達は?」
「聖騎士団、赤い鎧は処刑部隊だ……全て国王様の計画通りってわけか」
ナインダが剣を抜き、前に出る。
「何のつもりだ?」
「……彼らが一体何をしましたか? 森を巣食う怪物を退治した英雄ではないですか!」
「お前は知らなくていい。任務の邪魔をする気なら、容赦はしないぞ」
騎士たちが一斉に構えだす。剣を取り出すかと思いきや、彼らは拳銃の様なものを取り出した。
「戦うしかないか……微力だが全力を尽くそう。君は二人を連れて突破するんだ」
「ナインダさん、無理だよ……僕の事はいいから」
「子供が格好付けるんじゃない。いいから、大人の言う事を聞くんだ!」
ナインダは銃を見ても、躊躇せず近づいていく。どうやら武器とは認識出来ていない様だった。
「ナインダさん、逃げて!」
「何だそれは? 騎士ならば正々堂々と剣を構えろ!」
ナインダの問いに答えるように、ドイと呼ばれた男が発砲した。銃弾はナインダの足元に着弾したが、ナインダは攻撃の正体が分からなかった。ゆえに彼は錯乱し、剣を振り上げ突進する。
「団長、どうしますか?」
「仕方ない、撃て」
ドイの号令で他の騎士が次々と発砲する。銃弾はナインダの剣を砕き、皮の鎧を貫く。キオが駆け寄るのと同時に、ナインダは倒れた。
「ナインダさん!」
「何も出来ず、すまない……」
間もなくナインダの体が消滅する。キオはそこで、さっき兵士の話した事を思い出す。
(ナインダさん、死んじゃった……僕を助けにきたばかりに……もう生き返らないんだ)
彼は「選ばれし者」ではなかった。蘇生すら許されない凡庸な魂は、別れを惜しむ間もなく消滅する。その場には肉体はおろか、彼の装備品すら残らなかった。
「さて、君もおとなしく付いてきてくれ。我々とて無闇に戦う気はない」
ドイが、そのままキオに銃を向けた。口調こそ丁寧だが、威圧的な態度と、抑える気のない敵意、何より人一人殺しても平然とする彼らに、キオは怒りを覚える。
「……僕をどうするの?」
「殺しはしない」
(爺ちゃんとメラさんを、ナインダさんまで殺しておいて、僕だけ殺さないって?)
男の答えに、キオは息を吸い込んだ。
「ウソつき!」
キオは叫ぶのと同時に、火の息を吹く。洞窟内は一瞬にして灼熱に包まれた。
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渦巻く炎はドイを捉える。火炎は騎士を包み込み、周囲の者は唖然としてそれを見ていた。
(どうだ!?)
キオが火を止めた瞬間、炎の中からドイが飛び出した。素早い身のこなしで、キオの頭目がけて剣を振り下ろす。竜の硬い皮膚と鋭い刃先がぶつかり、小さな火花を散らした。
「これが竜か、さすがに硬いな」
そう呟くドイの片手には、巨大な氷が見えた。
「でっかい……氷?」
「魔導『永久結晶』。この氷を溶かす方法は皆無だ。竜の炎とて例外ではない」
(つまり氷の盾? 炎が効かないってこと!?)
「総員! 弾数は限られている! 頭部を狙え!」
ドイの号令で、騎士達の一斉射撃が始まる。キオは翼で必死に防御しながら、自分の生命値を確認した。さっきのドイからの一撃が、予想以上に体力を奪っている。
(この銃も一発一発は大したことないけど、何十発も受けたらヤバイ!)
キオが向きを変えると、ドイが真正面へと回る。炎は全て受け切る気なのだろう。
(だったら!)
火の息を吹く。ドイが防御の姿勢を見せ、炎で全てを遮った瞬間、キオは思い切り尻尾を叩きつけた。
「ぐあっ!」
炎を警戒し過ぎたのか、竜の馬力を忘れていたのか、衝撃を受け止め損ねたドイは、後方の騎士を何人か巻き込みながら吹っ飛んだ。その隙にキオは、ゴウトとメラを両腕で抱え翼を開く。
「団長!」
「私に構うな……それより瀕死にすれば動きが鈍る、攻撃を続けろ!」
騎士たちの銃撃にも怯まず、キオは懸命に翼をはためかす。狭い洞窟内をがむしゃらに飛び、天井や壁にぶつかってはスーパーボールの様に跳ね回る。
(構うもんか!)
生命値がどんどん減って、飛ぶ速度も徐々に遅くなるが、やがて銃声が遠退き、出口が見えてくる。
(やった! 逃げ切れる!)
雨音が聞こえる。外の暗雲を目がけて、キオは翼を懸命に開く。そして外へ出た瞬間、キオの体は急に重くなり、地面に叩きつけられた。
「銃だか何だか知らないが、あんだけいて竜一匹倒せないのかよ。だらしないねえ」
心臓の音がやかましいまでに鳴り響き、気付けば生命値が残り僅かになっている。キオが何とか顔を上げると、そこには弓を構えた騎士が立っていた。
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(ちきしょう! 体が動かない!)
キオは体を見る。一本の矢が右足に突き刺さり、その傷が行動不能にまで追い込んでいた。何とか体を起こそうとするが、微動だにしない。
(こうなったら火を……)
「おっと、暴れるなら次は目玉を狙うぞ」
息を吸い込んだ瞬間、騎士は弓を構えたまま告げる。それを聞くとキオは、とうとう観念して倒れた。
「ヤックか、本隊から離れたと思ったら……」
「良い判断だろ? ドイ」
ヤックと呼ばれた弓を持つ騎士は、ドイを見ると弓を下ろした。
ドイを先頭に、洞窟の入り口から騎士達がぞろぞろと現れる。無力化したと判断してか、ドイはキオの顔にどんどん近づいてくる。
「瀕死も瀕死だな。間違って殺したらどうする気だ?」
「その時は、『竜殺し』でも名乗るかね。喜んで退団するぜ?」
「あまりふざけると、黒の鎧を着てもらうぞ」
そう言ってドイは、地面に倒れたメラの死体を担ぎあげた。
「……鎧も空いたことだしな」
「はいはい……それより、早く城に戻ろうぜ」
「そうだな。総員、竜を引っ張るぞ!」
ドイの命令で、騎士たちがキオの体をロープで縛り、大きな台車に乗せると、待機させていたロバと結ぶ。そして出発しようとした時、騎士の一人が呟いた。
「黒い竜……?」
それを聞いて騎士たちが空を見上げる。暗雲を切り裂く様に真っ黒な竜が姿を現わす。動揺する騎士たちを横目に、ヤックはドイに話し掛けた。
「奴らの仲間かもな。どうする?」
「任務継続中だ。敵なら排除するのみ」
「本当に怖いもの知らずだな……俺たちはいいが、危なくなったら部下だけでも逃がせよ」
「言われなくても」
ドイは剣を引き抜き、空の黒い竜を指した。
「総員、迎撃用意! 少しでも近付いてきたら攻撃開始だ!」
ドイの号令が雨音を突き抜け、辺り一帯に響き渡る。騎士たちは疲労を堪え、再び武器を取り出した。
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黒い竜が火を吹き、キオを拘束するロープを焼き切る。ロバは恐怖のあまり、散り散りに逃げていった。
「畜生! 二回も竜と遭うなんて、最悪な一日だ!」
騎士たちが拳銃で応戦するが、まるで効き目が感じられない。
「銃か。粗末な物を使っているな、都会ならもっと良いものがあると聞くぞ?」
竜の上から男の声が聞こえる。男は竜から身を乗り出し、剣を空に向けると、剣先目がけて落雷が発生した。
「剣で雷を受け止めた!?」
「さあ、耐えてみせろ」
男はそのまま剣を騎士たちに向けると、剣先から雷が射出される。電撃はまるで意思を持つかの如く鎧から鎧に飛び移り、一瞬にして騎士達が次々と感電して倒れる中、ドイとヤックがかろうじて踏み止まった。
「……っ」
「ほう、あの電撃で気絶しないとは、なかなか丈夫だな」
そう言いながら男は、ゴウトとメラを抱き抱え、竜に飛び乗る。そして竜が自分よりは一回り小さいキオを掴み上げ、空へはばたこうとしていた。
「帰ったら国王に伝えておけ、あまり大人気の無い事はするな。と」
「待てよテメエ……」
ヤックが弱々しくも弓を構えるが、体が痺れて狙いが定まらない。見当違いの方向を飛んでいく矢を尻目に、竜は空高く舞い上がった。
その後竜は城から離れ、高山へ降りる。そこで男はゴウト達を降ろし、三人に光り輝く粉の様なものを振り掛けた。
「……ん?」
「おや、竜は生きていたか。安心しろ、仲間もじきに目を覚ます」
意識のままならないキオに向かって、男は一方的に話し掛ける。
「それと忘れ物だ。直せばまた使えるだろう。大切に使ってやれ」
男は欠けた大剣を取り出すと、地面に突き刺した。
「お兄ちゃん……誰?」
キオが微かな声で尋ねる。
「『魔王』」
男はそう答えると、竜に乗って飛び去った。
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「お父さん!」
香の声で意識が戻った。やけに体が重く感じる。さっきまでの身軽な感覚が消え失せ、すっかり見慣れた、愛すべきみすぼらしい肉体がそこにあった。
目を開くと、そこは学の部屋だった。香と、香の夫である勝治、それに医者らしき男が心配そうに私を覗き込む。
「ここは……帰ってきたのか?」
「ボケてるのかしら……覚えてないの? 夕食が終わっても降りて来ないから、見に行ったら気絶してたのよ。救急車呼んだけど……何があったの?」
「そうじゃな……夢を見ていた。学は?」
「まだ起きないわ」
私は体を起こして学を見る。ベッドに寝かされてはいるものの、まるで時間が止まったように、両目を見開いたまま静止している。その異様な姿に私は絶句した。
(学は、まだあの世界にいるのか? やはりあれは夢では無かったのか?)
「しかし不気味だな、電源抜いても動き続けるゲームなんて。TVも消せないし」
勝治の言葉を聞いて、私はTV画面を見る。小さな画面内で一匹の竜が立ち上がろうとしていた。
(間違いない。学はあの世界に残っているんだ……)
私は部屋を見渡す。学の机の上で、あの水晶玉が微かに光っていた。
「香、すまんがあの水晶玉を取ってくれんか?」
「え? あのヘンな水晶玉?」
香は不思議に思いながら水晶玉を取り、私に手渡す。両手で掴むと、水晶玉が語りかけてきた。
【ゴウトよ、あなたは復活を望みますか?】
(復活?)
【この世界を離れ、再び戦いに身を投ずるという事。その覚悟が残っているなら、強い心をもって、復活の呪文『TRY AGAIN』を唱えるのです】
学が向こうに残っている。それに純子だってどうなったのか分からない。答えはとうに出ていた。
私は水晶玉を両手で掴み、香に向かって言った。
「……学が待ってるんでな、すまんが晩飯は無くていい。行ってくる」
香にはその言葉の意味が理解出来なかった。だが、これからやろうとする事を直感し、反射的に止めに入ろうとする。
「ちょっと何する気? お父さん!」
「とらい、あげいん!」
その言葉を最後に、私は再び気絶した。途切れ途切れの意識の中、香が慌てて駆け寄るのが分かる。
「お父さん!」
「香、ゲーム画面が……」
勝治は異変に気付き、TV画面を指差す。倒れていた戦士が剣を拾うと、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。