27章 『親子』 say MaMa
「……本当にメラなのか?」
「おいおい、まだボケ気味なんだな」
嫌味に聞こえない軽口、低めながらハッキリと聞こえる芯の通った声、それは間違いなくメラこと、鈴木純子その人であった。
「修行は終わったんじゃな……」
「ああ。あと先に言っておくけど、このタイミングは狙ったわけじゃないからな。ホントだよ」
そう言って見上げると、セラの目の前を、あの中国人形が立ちはだかっていた。
「……どうしたのメイフェイ、そこをどきなさい」
「……フルボ」
彼女がその言葉を告げると、セラは怪訝な顔を浮かべた。
「……誰か余計な事を吹き込んだ様ね。しばらく眠ってなさい」
セラが指を鳴らすと、糸が切れた人形の様に、彼女はその場に倒れこんだ。
「さてと、改めて……」
セラがまた光の球を作り出す。
「メラ! あの球は……」
「分かってるよ。力任せでよく凌いだもんだ、後はオレに任せてくれ」
言いながら、メラは光る手をゴウトにかざした。優しい光が、ゴウトの傷を見る見るうちに癒していく。
「一人でやれるのか?」
「おいおい、親子の感動の再会なんだ。部外者は外してもらうのがマナーじゃないかい」
「……分かった。あまり無理するんじゃないぞ!」
迫る光球を前に、ゴウトは走り去っていく。彼の離脱を見届けたメラは改めて、銃の様な黒く長い物体を構えた。
「同じ魔法使い相手に、こんなコケ脅しが通用するかっての!」
メラが素早く念じると、銃から発射された光の弾丸は、巨大な光球に命中すると、次々と破裂させていった。それを見て、セラは拍手を送る。
「お見事! 初歩はしっかり学んだみたいね」
「バカにすんなよ。あんなスカスカの球、ちゃんと見ればどうってことない」
セラの光球にはもちろん弱点があった。大部分を硬質化する事で、重量と破壊力を秘めた鉄球として使っていたが、彼女は量産を重視すべく、半ば縞模様みたいに「硬い」部分と「柔らかい」部分を織り交ぜていた。
ゴウトはその怪力を生かし、力付くで硬質化した部分ごと破壊していたが、同じ魔法使いなら弱点を見抜き、最小限の力で攻撃を相殺する事が出来るのだ。
「それにしても良かったのかしら? 仲間が多いほうが弾除けにもなるわよ」
「自惚れるなよ。アンタを倒すのはオレだ。最初からそう決めてあんだよ!」
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「しかし、魔法使いになれたと言うのに、随分と窮屈そうな格好ね」
メラが着込んだ漆黒の鎧を見る。あの時と変わらない、国から支給されたであろう異質の鎧。もし彼女が真の魔法使いになっているのなら、あのような肉弾戦を想定した鈍重な鎧を着ている意味が無い。
考えられる理由は二つ、あの鎧が見た目に反した性能を秘めており、有効と踏んで着たままになっているか、あるいは脱ぐに脱げない事情があるかだ。
(試してみるか)
セラは杖ではなく、空いた片手をメラに向ける。ビー玉ぐらいの小さな光の球が飛び出すと、メラの認識よりも早く鎧に命中した。
ピシッ。
氷にヒビが入った様な、微かな音と共に、光は鎧を傷付ける事無く消滅する。それを見てセラはニヤリと笑った。
「その鎧、魔法を防ぐ力があるのね。確かに戦士が着れば便利な防具でしょうけども、魔法使いが着るには不便じゃないかしら?」
「……はん、余計なお世話だよ。物は使いようって言うだろ」
「はいはい、よーく分かったわ」
セラは改めて杖を構える。
「あなた、まだ修行が終わってなかったのね」
「……嫌味ったらしいったらありゃしないな。性格悪い上に、頭まで冴えていやがる」
セラの言う事は全て合っていた。メラにはまだ、この魔封じの鎧の持つ呪いを断ち切る程の魔力は備わっていない。あくまで魔法を使っても支障をきたさない程度に、身動きが取れる様になっただけだ。
隠していた秘密が暴かれて動揺しない人間はいない。人目に映らない仮面の向こう側でメラは歯を食い縛り、セラを睨み付ける。
(予感は正しかった。修行を中断してまで駆け付けたのは間違いじゃない。あのままだったら爺さんは確実にやられていた)
過ぎていく過去や、出くわしてしまった脅威には仕方がない。問題なのはそれらに対し、どう向き合うかである。
だからメラは精一杯強がり、一歩も下がる事無く言ってみせた。
「……丁度良かった。アンタを倒せば免許皆伝、オレは本物の魔法使いになってやるよ」
「私を倒す……あなたが、私を?」
セラの顔が見る見るうちに強張っていく。それは誰が見ても明らかな、怒りの炎に身を焦がす、戦う人間の表情である。
「やれるならやってみなさいよ! 半端者の小娘が!」
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先手を打ったのはセラだった。彼女が杖を振りかざすと、メラは足元が後ろから強い力で引っ張られるのを感じた。両足が完全に宙を浮き、地面が目前まで迫ってくる。
(腕の立つ魔法使いほど、予兆の分かりやすい派手な魔法には頼らない。もっと地味で目立たない、それでいて実用的な魔法を好むだろう)
ネロの教えの通りだった。故にメラは自分でも驚く程に、冷静に物事を考え、戸惑う事なく次の行動に移れた。
(足払いなら……流れに逆らわず!)
メラは片手を突き出し、そのまま地面に手を付きながら逆立ちの様な姿勢を取った。そして杖から発砲しつつ、ぐるんと一回転して前方に着地する。
「やるわね」
セラは一連の流麗な動きに、驚きと感嘆を覚えたが、飛んできた『魔弾』を避けると、すぐに間合いを詰め始めた。
「おっと」
接近を試みるセラを前に、メラは魔弾をバラ撒きながら距離を離す。溢れだす弾丸は近距離ではかなりの命中率を誇るが、一度距離さえ取ってしまえば弾同士の間隔も開き、命中率も格段に下がる。
つまり現状で、メラは近付かれない様に弾幕を張るので精一杯であり、同時にセラもまた、直撃を受けない程度に距離を保つので精一杯なのだ。
(銃を模倣した杖……見た目通り、魔弾の射出に特化してるみたいね)
魔力を集中させ、固形物として実体化する。これを打ち出すのが『魔弾』と呼ばれる初手の魔法である。これは火や水といったものでも発動可能だが、単純に硬質化を求める場合、光が最も加工しやすく、そして有効だとされている。
特に魔力を調整をしない場合、小石程度の飛び道具でしかないが、発射速度や連射能力を上げれば銃火器の様な火力を持ち、質量や硬度を上げればセラが使った様な鉄球にもなる。
初手の魔法とはいえ、使い手のセンスや魔力によって幾らでも変わる光の魔法。メラがその技術に入れ込んだ事を推測し、そしてその得意距離を攻略する必要があると、セラは考えた。
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執拗に迫るセラに対し、メラは魔弾を乱射しながらどうにか距離を置こうとする。相手に手の内を読まれようが、それが最善の策なら止めないわけにはいかない。
(手から火花を散らしてる。大方スタンガンみたいなもんか)
メラは修行の中で、魔法使いが主に三種類に分かれる事を知った。大掛かりな魔法で、仲間の支援を基に大火力をもって戦局を制する『遠距離型』と、自身を強化させて、相手に素早く接近して仕留める『近距離型』。そしてその中間である『中距離型』である。
(相手は明らかに近距離型……それも一撃必殺狙い! 好戦的な性格がよく出てるぜ!)
この世界で電撃ほど有能な技はない。鉄を貫き、ほとんどの生命体を一撃で静止させる。火や水をぶつけるより遥かに効率的であり、あらゆる天変地異を操るとされる魔法使いが、真に恐れられる理由の一つでもある。
当然、メラも電撃は使える。だがセラの身のこなしや間合いの詰め方を見るに、接近戦では分が悪いであろう事を直感していた。
(魔法使いは速い、セラなら格別に。捕まったら終わりだ)
メラの魔弾はセラには届かない。だが、セラも魔弾に阻まれメラに届かない。しばし鬼ごっこが繰り返された後、痺れを切らしたのかセラが口を開く。
「大口叩いた割には、逃げ回るのね」
「あいにくオレは慎重でな。じれったいなら、自慢の人形を使ってもいいぜ?」
互いにどうにか状況を打開しようと挑発をする。このまま走り回るのは、両者にとって好ましくない状況ではあった。そして……。
「……言うわね」
セラの自尊心がメラを上回った時、彼女はメイフェイの下へ駆け付けると『起動』の信号を送った。
「……フルボ」
言葉を遮るように、セラがメイフェイの頭に手をかざし、微かな電流を流す。
「愛しい娘よ、真っ直ぐに戦いなさい」
「二対一か……さすが魔法使い、フェアプレイもへったくれもねえな」
「卑怯だと思う? そう思う内は、まだまだ立派な魔法使いにはなれないわよ。うふふふふ……」
あっさりと手の内を変えるセラを前に、メラは武者震いの代わりに舌なめずりをする。
(だが好都合だ、もう可能性はアレしか残っていない!)
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ぎこちない様子で立ち上がったメイフェイだが、セラが何かを吹き込むと、すぐに戦闘体勢に入った。隙のない動きでメラに接近する。
「彼女は私の最高傑作……最も強く美しい、至高の人形なのよ!」
「そうかい……そりゃそうだろう……よっ!」
メイフェイの打撃を、メラは杖を構えて必死に食い止める。
「判断能力もっ……思考速度も……並の人形じゃあない……っと!」
「あらあら、褒めても手加減しないわよ」
セラはニコニコ笑いながら、杖に魔力を集中させていた。少しでもメラが止まれば、迷わず魔弾で狙撃するつもりだ。格闘する二人の周りを、杖を構えながらゆっくりと回る。
接近戦で釘付けにして、強力な一撃を見舞う。魔法使いにとっての必勝戦法。セラがメラを睨み付けると、それに気付いてか彼女はニヤリと笑ってみせた。
「だって、彼女は人間だもんな」
その一言で、セラは一瞬思考が飛んだ。それはメラが杖を捨て、両手でメイフェイのこめかみを捕えた瞬間でもあった。
「さ、目を覚ましな」
「さ……触るな! その手を戻せ!」
メラはメイフェイの頭にありったけの魔力を送り込むと、彼女は足元から崩れ落ちた。その時セラは狙撃姿勢を解き、我も忘れてメラへ駆け出す。
「なるほど……そういう事か」
メラの言葉は、怒りに燃えるセラには届かない。直後、メラの着ていた鎧にヒビが入り、中から光が溢れだす。
「オレの修行は、たった今完了したんだな」
メラが発した爆発的な魔力に耐え切れず、漆黒の鎧は音を立てて亀裂を生み出す。やがて炸裂音と共に、鎧は勢い良く弾け飛ぶ。
「うおおおお!」
セラは防御する事無く、弾丸の様な破片を全身に浴びた。
「……もうバレてんだよ。結局強い人形が作れなかったアンタは、人をさらって洗脳した。人形の様に精密に動き、恐れを知らない最強の戦士を作るのにな」
鎧が砕け散ると、メラは道着の様な簡素な服装になっていた。しかしほどばしる魔力が彼女を包み込み、一回りも二回りも大きく見せる。
「……違う……メイフェイは……」
「人形は役立たずだった。それが結論だろ? 人形王さんよ」
「違う! 黙れ!」
セラは傷の手当ても痛みも忘れ、怒りに身を任せて杖を振り上げた。
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「とある武道家の一族?」
手枷をチェイミーに外されながら、ベルは声を上げた。
「大会に『千拳フルボ』っていたでしょ。男で、素手で戦ってた奴」
「言われてみれば、そんなのもいたような……」
「彼には失踪した姉がいて、彼女を探す旅の真っ最中って話。私の勘だけど、あの人がそのお姉さんじゃないかしら……ああもう」
「そうか、それでアイツ他の人形と違って血ぃ流して……うおっち!」
手枷を外すのが面倒になったチェイミーは、辛抱仕切れず銃で手枷を撃ち壊す。手枷の取れたベルは、尻から勢い良く地面に落ちた。
「てんめ! もちっと丁寧に降ろせよ! そして銃を使うなら最初からやれ!」
「一々うるさいわねー。エルフのくせに太ってるから悪いのよ」
「デブは関係無いだろ!」
そんな二人の喧騒を尻目に、ゴウトは辺りを見回していた。
「どうした爺さん?」
「心なしか、人形の数が減ってきた様な」
他にも反応が鈍くなっているのか、発見されても簡単に振り切れたりと、人形の精度が落ちている様に思えた。
「顔知らんけど、今メラってのが戦ってるんだろ? 集中してて人形どころじゃないとか」
「そういうもんかね」
「……後はキオだな。別の場所にいるんだろうよ、爺さんが探してきたら?」
「何じゃ、また別行動か」
「俺はこいつと宝探し。剣見つけても取られないようにな」
「何よ、信用ないわね」
言われてチェイミーはぷくっと口を膨らませた。ベルの軽口に対するお返しといった所か、本心で怒っている様には見えず、むしろ愛嬌さえ感じさせた。
「まぁ良かろう。まだ他の人形もいるし、セラと出くわす可能性もある。くれぐれも気を付けてな」
「そっちもな。やる事やったら、皆揃ってボス戦だ」
ゴウト達は互いに顔を見合せると、二手に分かれてその場を離れた。
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セラが杖を振り回し、ところ構わず火や雷を撃ちまくる。勢いこそあるが、冷静さと慎重さを欠いたその乱射は、メラには脅威に映らない。
「これだけの魔力があって……随分つまらない事に費やしたね」
「黙れ! 黙れ!」
煽れば煽る程に、セラの攻撃はどんどん激しくなるが、それがメラを捉える事はない。予兆も大きく見た目に派手な魔法は、ケンカで言う所の「テレフォンパンチ」(大振りなパンチ)と呼ばれるものに近く、おおよそ実用性に欠けるものだった。
(これが莫大な魔力を持ち『人形王』と恐れられた人……人形一つ見破られただけで……呆気ない)
メラも当初はメイフェイを人形だと信じていたが、ここへ辿り着く前に少しでもセラの弱点を探ろうと、かつてセラが築き上げた『魔法ギルド』に寄る事で、その正体を知る事となった。
(心滅術?)
廃墟で見つけたその書物には、人の感情を消し去り、術者の意のままに操る魔法『心滅術』について書かれていた。
余計な感情を捨てた人は、物事に躊躇や遠慮を覚えず、目的遂行の為だけに最短距離で動こうとする。感情が無いだけなら機械と同じだが、人間と機械では行動力も、その幅も段違いだ。
人はあらゆる生物の中でも、自己鍛練で強くなる特性を持つ。しかし優れた戦士と言えど、喜怒哀楽でその力は不安定に揺れ動く。心は人の弱点であり、そして機械には持つ事の出来ない最大の武器でもあるのだ。
「あらよっと」
駆け寄ってくるセラに、メラが足をかける。彼女が勢い良く転ぶ様を見て、メラは心底悲しさを覚える。怒るセラは見慣れたものだが、怒りのあまりに我を見失うセラは初めてだ。
「きさま……小娘の分際でええええ!」
「どうした? 自分の思い通りにいかないのがそんなに悔しいか? そりゃそうだ。陳腐な言い方をすりゃ『オレはあんたの人形じゃない』からな」
「知った口を!」
セラは心を武器に出来る優秀な戦士だったが、今の彼女にかつての聡明さは無い。人形に歪んだ夢を抱き、そして振り回された者の末路がそこにあった。
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「はぁ……はぁ……」
闇雲に魔力を浪費したセラは、息も切れ切れに、血走った目でメラを睨み付けていた。精も気力も果てて、心なしか老けた顔に、かつての美貌は見られない。
「もう止めてくれ……勝負は決まっただろ?」
「まだよ……私には人形が……」
セラは指を鳴らすと、通路からぞろぞろと人形が現れる。しかし魔力が足りないのか、肌は完全な人間になりきれず、動きもどこかぎこちない。
「今のアンタじゃ人形操作は無理だ! オレが吹き飛ばした鎧の破片が、今もアンタの体に食い付いて魔力を吸い続けている。それすらも分からないのか!?」
「生意気言うんじゃないよ……私の『人形王』とまで呼ばれた底無しの魔力、お前如きの策で攻略出来るものか……」
「この救いようの無い意地っ張りが……止めろよ……!」
堪らずメラは叫んだ。
「止めてくれよ母さん! このままだと死んじゃうよ!」
言われて、セラは一瞬茫然とした表情を浮かべる。
「母さん……母さんね……あははは……」
渇いた笑いを上げると、セラは血走った目でメラを睨み返した。
「気安く母さんなんて呼ぶな! メラの名を騙った偽物め!」
その一言に、鈴木純子ではない、メラ本人が絶句した。
「私の人形はお前のためじゃない。行方不明となったあの子を探し、守るためだ! 付け上がるのもいい加減にしろ!」
(知っていた? メラが息子であると?)
「小娘め、どこまでも人を馬鹿にしやがって……バラバラになっちまえ!」
セラは震える手で、集合した人形たちに号令を送る。だが不完全な魔力は人形を制御出来ず、彼らの暴走を招いた。
「……何をしている? 敵はあっちよ! 早く攻撃しなさい!」
人形たちはフラフラとした足取りで、セラを囲んでいく。あまりの光景に、メラは何もできないままそれを見守る。
「どうしたの!? 私の言う事を聞きなさい! 創造主に逆らうつもり!?」
その時、一体の人形がぼそりと呟く。
「仲間の……仇……」
「母さん!」
それが合図だったかの様に、人形達は次々と自爆を始めた。
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間一髪、メラは体勢を屈めて魔力を振り絞り、全身に防護壁を張る事で爆発を耐える事が出来た。立ち込める粉塵と硝煙を払うため、メラは風の魔法で辺りの空気を一掃する。
(まるで爆心地だ……ゲームじゃなきゃ骨すら残ってないな)
振り向けば自分のいる場所を除いて、周りの床や壁がえぐられているのが見える。そしてバラバラになった人形の四肢や体に紛れて、地面にうずくまる人間を見つけた。
「母さん!」
地面にうずくまった人間の正体、一人はセラであり、もう一人はセラを庇おうとしたメイフェイだった。
「……メイフェイなの? もう何も見えないわ」
温かいぬくもりの中で、セラが囁く様に声を上げる。防御の間に合わなかったあの大爆発で、即死を免れた原因を彼女は直感していた。
「はい……私です」
メイフェイも、それに応える様に微かな声を上げた。悲しいかな、どれだけ鍛え上げた肉体をもってしても、人一人が覆い被った所で大爆発から人を守る方法など無い。それがメイフェイには悔しくて仕方なかった。
「私がもっと強ければ、こんな事には……」
「……どうしてなの? 私はあなたを操っていたのよ? 助ける義務なんてないわ」
「私の望みは強くなる事。形はどうあれ、あなたは願いを叶えてくれました。義務はありませんが、義理なら十分あります」
「……怒らないの?」
「……そんな気持ちは、とうに忘れました……」
それ以上、メイフェイが喋る事は無かった。
「……母さん」
「近寄らないで」
セラは震える手を、メラの前に突き出した。
「『浄化の剣』は地下牢に隠してある。早くしないと魔王が来るわよ」
「母さんは? 早く手当てしないと……」
「……私はもう疲れたわ。あなたの言う通り、今ではつまらない事に時間を費やしたとも思うわ……でもね」
セラとメイフェイの体がじょじょに光に包まれていく。転位の術が発動しようとしていた。
「お陰で『娘』に会えたわ」
「母さん! 行かないでよ! ねえ!」
「さようなら。精々私に再会しないよう、死力を尽くしなさい」
そう言うと、まばゆい光の中で、二人はメラの前から消え去った。
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話は過去へ遡る。パステルを追放され、メラにも愛想を尽かされたセラは、バハラの路地裏で大暴れする女性を見つけた。彼女は見慣れない動きで、面白い様に戦士や荒くれものを倒していく。
(素手で剣を叩き折り、鎧兜を付けた男たちを圧倒している……魔法も武器も使わず、あそこまで戦える人間がいるのか!?)
セラの視線に気付いたのか、彼女は一人の男をセラの方角へ吹き飛ばした。そこで両者は初めて目を合わせた。
「何か御用でしょうか? 助太刀や心配なら間に合っております」
彼女の名前はメイフェイ。武術家を名乗る彼女は自分の力に限界を感じ、道場を飛び出したと言う。彼女に興味を持ったセラは、しばらく自分の城に匿う事にした。
「筋力も敏捷さも、ある地点から先に進めないんです……技術で補うにしたって限界があります」
「それは、体力的には女性は男性に比べて不利よね」
「そんなのは問題じゃありません。もっと根本的な……種族としての問題です」
彼女は悩んでいた。拳法を極めたが、肉体がそれに追い付かない事。年齢的に今が絶頂期であり、それがいずれ消えてしまう事。若くして格闘術を極めた彼女の結論は、「人間は弱い」というものだった。
「どうしても武器や魔法は使いたくないと」
「武術家というのは、生身でどこまでの次元に立てるかを生き甲斐とします。素の肉体で無ければ意味がありません」
「……つくづく変り者ね」
セラはニコリと笑ってみせた。
「もし、武器も魔法にも頼らず、あなたのままで先に進む方法があるとしたら?」
「まさか」
「あるのよ。限界を解く、とっておきの方法が……」
そしてその日、メイフェイは心を捨てて、この世界の誰よりも強い人間となった。そのはずだった。
「……あの時、あなたは何も聞かず即答してくれたわね」
クラウド城の秘密部屋。扉も窓もない密閉された空間で、セラは息も絶え絶えに、メイフェイを抱きしめ、子供をあやす様に片手で頭をなでていた。
「心を奪ったとはいえ、あなたは私の元から離れる事も出来た。他の人形みたいに、意思は残っていたのだから……」
ひどく眠たい。疲労と幸福を同時に感じながら、セラはゆっくりと目蓋を閉じる。
「……あなたはいい子ね。私なんかには勿体ないくらい……」
セラの意識が遠退いていく。やがてメイフェイの頭をなでる手が止まると、辺りは静寂に包まれた。




