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9章 『平原』 Next Level

 道無き道を行き、見た事もない場所に向かう。道程も、収穫も、終着点も、何一つ知る事はないままに。


 古来から、人はそうやって旅を繰り返し、世界を広げていった。一歩でも多く歩き、一つでも知らない風景を見る。それが経験値へと繋がった。


 理由なんて無い。ただ、誰だって好奇心は持っているだろうし、見慣れた風景とは違うものを見たいと、常日頃思うだろう。それを持つだけで、人は冒険者となれるのだ。


 故に、人は道無き道を行き、見た事もない場所に向かう。道程も、収穫も、終着点も、何一つ知る事はないままに。


■■■■■□□□□□


 魔法ギルドを脱出し、バハラを飛び立った私たちは、都市から離れた平原に降り立った。一瞬にも思えた大騒動だったが、暗闇に差し込む微かな朝日が、過ぎた時間を示していた。


「さすがに追手も来ない様だな、色々巻き込んで悪かったな」

「おーよ。迷惑ばかり被せやがって」


 頭を下げるメラに、ヤックは目を合わせようとしない。それを見てキオが首を突っ込んだ。


「ねえ、お兄ちゃんは敵なの? あの時は僕らを襲って、今は助けてくれた」

「それは……」


 キオに顔を近付けられ、ヤックは目を逸らしながら言った。


「その……困ってるヤツを見たら、放っておけなくてな」


 それを聞くなり、メラは声を上げて笑い。キオは一層首を傾げた。


「……国王様は今後もお前らを追うつもりらしい。次に会ったら、容赦しねえからな」

「ああ」


 ヤックは軽く別れを告げると、両肩の間に剣を挟み、かかしの様な姿でブラブラと歩き始めた。


「さて、よく分からんが俺も帰るか」


 そう言って立ち去ろうとするシバを見て、私は慌てて話を切り出した。


「待ってくれ。ワシのワガママで巻き込んでしまったが、戻って大丈夫なのか?」

「心配すんな。何も悪い事はしてねえ、それに俺は感謝してるんだぜ?」


 シバが私の方に振り返った。


「ゴウト、お前は武器が強くなれない、そんな事を言ったよな」

「ああ」

「まったくもってその通りだよ。こんな簡単な事、すっかり忘れていたぜ」


 シバは私に手を差し出した。


「お前はもっと強くなれ。そん時は俺も、もっと強い剣を作ってやる。いいな?」

「……承知した」


 私は差し出された手を、強く握り返した。


「また会えて良かったぜ。あばよ」


 そしてシバは、バハラに向かって一人歩きだした。


■■■■■□□□□□


「さて、次の目的地だが、またコイツに頼るかね」


 二人を見送った後、私は水晶玉を取り出して言った。キオは興味津々に首を伸ばすが、メラの表情が曇る。


「……悪い、オレは止めておく」


 メラは手に取った水晶玉を睨む。見ればその手が微かに震えていた。


「怖いもの知らずのお前さんが……どうした?」

「あの城に入った時、どういうわけかメラとしての知識や記憶が、一気に頭に流れ込んできたんだ。この世界に初めて来た時の様な、ボンヤリとした説明じゃなかった」

「そういえば、セラを母と呼んでたな」

「そういう設定らしい。だけどあの時、オレは本当にメラになった様だった」


 メラの震えは止まらない。


「怖いんだよ……見ず知らずの人間に親近感があるのも、自分がまったく違う名前で呼ばれるのも。本当の自分がだんだん消えていって、この絵空事の世界に溶け込んでいくのが」


 弱気なメラを見て、キオは困惑した顔でこちらを伺う。私はため息を吐くと、言葉を捻りだした。


「どうやら丹念に作られたお芝居や物語というのは、見てる人間を錯覚させてしまうらしい」

「……それで?」

「見ている人間は、自ずとその世界に入り込んでしまうんだと。悪い事じゃない、作品がそれだけよくできてる証拠じゃよ」


 私は背中の剣を持ち上げてみせた。未だに身長以上あるこの巨大な剣を、私はどうやって使えば良いのか分からない。これなら昔、剣道を真面目にやっておくべきだった、なんて思い返してしまう。


「ワシはまだまだ頭が硬くてな、どうしても老人の自分を引きずってしまう。もっと役になりきれば、この旅も苦にはならんじゃろうな」

「役になりきる……」

「誰だって気取ったり、猫を被ったりするじゃろ。だけど、自分そのものは消えたりせんよ。目と耳と頭がある限り、人間はそう簡単に自分を見失ったりはせん」


 私はメラを指差した。


「お前さんは鈴木純子。今はワケあってメラ。今までそれでやってきたんじゃろ? これからもそれでいいじゃないか」


■■■■■□□□□□


「自分を演じる……か。面白い考えだな」


 声に振り返ると、巨大な竜に乗った男がいた。辺りが暗くて、顔はよく見えない。声でかろうじて男だと判断できた。


「それに、まるで自分達がよそ者だと言っているみたいだ。そんな事、ここじゃ誰も思い付かないだろうな」


 その男を見るなり、キオが必要以上に身構える。最初は大袈裟にも思えたが、どうにも様子がおかしい。


「爺ちゃん、僕知ってるよ。あいつは……」

「久しぶりだな……と言っても、あの時は名乗らなかったな。俺は魔王テラワロス。よろしくな」

「魔王じゃと」


 私とメラはそれを聞くなり、すぐに武器を取り出した。


「おいおい、俺は敵じゃないぜ」

「気の抜ける名前といい、色々説得力ないな。この世界で魔王という肩書きが、どう思われるのかぐらい分かるだろ?」

「そいつは偏見だな。魔族だって善人と悪党が……っと、話が逸れるから止めよう」


 魔王は咳払いをすると、改めて口を開いた。


「お前たち、元の世界に帰りたくはないか?」

「……何を言っている?」

「その方法を、知りたくはないか?」

「話が通じねえな。元の世界と言ったな。じゃあアンタは、この世界が何なのか知っているのか?」

「……さあな」

「答えろ!」


 堪え切れず、メラが剣を構えて飛び出した。


「おいおい。魔王だって言っただろ。これ、好きで名乗ってるわけじゃないんだぜ」


 魔王は向けられた刄をあっさり指でつまむと、僅かな動作でいとも簡単に剣を奪い取り、そのままメラに剣を向ける。力と器用さが生み出す妙技に、メラは何が起きたのか理解出来なかった。


「……何だそりゃ、手品かよ」


 負け惜しみにも近い、どうでもいい言葉をメラは捻りだした。


「俺が主導権を握ってるんだ。人の話は最後まで聞けって」


 一瞬にして攻守が入れ替わる。かすり傷を与える事さえ許さない圧倒的な力の差に、メラは息を呑んだ。


■■■■■□□□□□


「キオ、一緒に戦うんじゃ!」

「来るな! こいつには勝てねえ!」


 剣を突き付けられたメラは、ゆっくりと両腕を上げる。


「何だ、無防備な構えだな。何かの魔法か?」

「これは降伏の表明だ、万国共通だと信じている。お前が化け物じみた力を持つのはよーく分かった」


 魔王はあらためてメラの全身を見回している様だった。しかしこちらから見ても、武器を隠す素振りや、魔法を準備する様子も見られない。清々しいまでに無防備である。


「なるほど。お前が物分かりが良いのはよく分かった。賢明だな」


 魔王はメラから奪った剣を、何のためらいもなく手放してしまった。私とキオがすぐさまメラの下へ駆け寄る。


「どうする、仕切り直しか?」

「ダメだ。これはイベントだろう。どう足掻いたって勝ち目は無い、黙って話を聞くしかない」

「しかし……」

「どうやらオレたちに敵意は無いらしい。その気ならとっくに皆殺しにされている」


 メラの話はもっともである。真の実力者は弱い者いじめを好まないのだろう。あの紳士的な態度は精神的な余裕であり、私たちを格下と見なしている証拠だ。


 魔王にとって、今の私たちは「敵」ですらないのだろう。悔しいがそれが結論だった。


「……話はまとまったか? まずは答えろ。元の世界に帰りたいか?」


 痺れを切らした様に魔王が問い掛ける。キオは呆然としており、メラは緊張からか立っているので精一杯に見える。消去法で私が前に出た。


「お前の言うとおり、ワシらはここではない、違う世界から来た。戻れる方法があるなら知りたい」

「正直だな、良い心掛けだ」


 魔王は少し笑うと、静かに語りだした。


「『転移術』だ。空間を超越する禁断の魔法。おそらく、お前たちはそれで連れてこられた」

「おそらく? 勿体付けた割にあやふやな情報だな」

「一番当てはまる推測だ。そちらの世界に侵入し、一時的に空間を捻曲げたヤツがいるかもしれない。魔法ってのは大概無茶苦茶できるが、『転移術』ってのは一層無茶苦茶な代物なんだよ」


(あの時、ゲーム屋にいた老婆か!)


「言いたかったのはそれだけだ。心当たりがあるなら、そいつを追ってみる事だ。敵も多いだろうが頑張れよ」

「待て!」


 竜がはばたき、立ち去ろうとする魔王に、メラは叫んだ。


「お前は何が目的だ! 何故オレたちを付け回す?」

「単なるお節介さ。俺は俺の都合で動いてる、俺の好意は甘んじて受け入れておくがいいさ」


 魔王はそう言い放つと、そのまま竜に乗って飛び去っていった。


■■■■■□□□□□


「……どう思う?」

「ふざけた野郎だ。いつか殴る」


 メラが歯を食い縛り、呟く。知り合って僅かな間だが、有能で常に自信に満ちあふれる彼女が、この時本気で悔しがっている様に見えた。


「いや、魔王じゃない。奴が言っていた『転移術』についてじゃ」

「可能性はあると思う。今にしてみれば、あの婆さんと水晶玉が明らかにくさい。オレたちがこうなっちまった引き金だからな」


 メラは水晶玉を取り出した。


「一度死んだ時、復活にこいつを使った。何がどうなってるか理解出来ないが、現実の水晶玉とリンクしてるのかもな」

「じゃあさ、パーティーが全滅すれば、戻れるんじゃない?」


 ずっと黙っていたキオが割って入る。私は意外な解決法に「なるほど」と思った。しかしメラが間髪入れず反論する。


「ダメだ。爺さん、死んでからの事を覚えているか?」

「洞窟で死んで、家で目覚めて……」

「目覚めた時だよ。そっちはいつ頃ゲームを始めた? オレは起きたら丸一日は経っていたぞ」

「確かあの時は夕方、起きたらもう深夜……やはり現実の時間が過ぎているって事か?」

「それだけじゃない。この世界で蘇生されるまでは、オレたちは意識不明だった事になる」


 メラの言葉に私は愕然とした。キオだけが不思議そうに、私たちの顔を見比べる。


「つまり……ごめん、よく分からないや」

「ここで死んでも生き返る事は出来るが、その間は眠ったまま。まるで本当に死ぬって事じゃよ」

「本当に死ぬ……その時爺ちゃんはどうだったの? やっぱり苦しかったり、痛かった?」

「ゲームじゃからな、痛みも苦しみも、何も無かった。何せ死んだ事さえ気付かなかったぐらいじゃ」


 キオはそれを聞くと、すっかり黙ってしまった。


「オレたちプレイヤーは、確かに死んでも生き返る事ができる。でも生き返らなければ、結局は死んだままだ。ゲームオーバーになったからって、現実に帰れる保証がどこにある? ゲームはタイトル画面に戻るかもしれないが、オレたち下手したら全員植物人間だぞ?」

「確かに。全滅を試すのは、あまりにも危険か……」

「そういう事。他にも何かあるかもしれないけど、あのババアをとっ捕まえて『転移術』とやらを使わせる。確証のある手段の一つだろうよ」


■■■■■□□□□□


「でも、ちょっとさ! 色々話をしてるけど、ここから脱出したとして、残された人はどうなるの?」


 キオの一言に、私とメラは固まった。


「説明書を読んで、ちょっと忘れた所もあるけど、ゴウトはキオを元に戻す為に冒険してるんだよ」

「それは……ゲームの目的であって、ワシらがやるべき事ではない」

「違うよ! この世界にはまだ、僕らを必要としている人や、行かなきゃいけない場所があるはずだよ!」


 思わぬ剣幕に、私はつい逃れる様にメラを見た。


「一理ある。オレも爺さんたちが来なきゃ、城から出られなかった」


 そこでメラは、何かに気付いた様に、ピタリと動きを止めた。


「雑誌に載ったゲーム画面には、何人かキャラクターが公開されていた。もしかしたら、オレと同じような連中が他にいるかもな……」


 私は目の鱗が落ちる様だった。自分の事だけで精一杯で、周りの状況に目を向けようとしなかった。もし学がいなければ、私は嬉々として現実に帰っていただろう。


(「情けは人の為ならず」か……)


 こんな老いぼれが、保身だけでなりふり構わず逃げる。あんまりだ。半世紀も生きてきて、それは一人の男としてあんまりだ。


 何だ。つまり、答えは一つしかないじゃないか。


「……止まっていても仕方ない。ゲームを進めない事には、何一つ進展しないという事じゃな」

「そうだよ!」

「やれやれ……年寄りは若者より元気だな。こっちが恥ずかしくなってくるよ」


 メラは溜め息を吐くと、道具袋から水晶玉を取り出した。


「爺さんも出してくれ。二つあれば、もっとハッキリするかもよ」

「しかし……記憶はその、大丈夫なのか?」

「大丈夫。オレは鈴木純子、ゆえあって今はメラだ。もう見失いやしない」

「……その思い切りの良さ、紛れもなく純子じゃな」


 メラと目を合わせる。彼女が無言で頷くと、私は持っていた水晶玉をメラの物に近付けた。


■■■■■□□□□□


 二つの水晶玉が近づくと、間に軽い火花が散り、周囲に風が吹き始めた。思わぬ反応に、私は水晶玉を手から落としそうになる。


「ちょっと、タマ落とすなよ! 落として割るなよ! タマの扱いは慎重にな!」

「分かっとる! あと言い方!」


 力を込めて握りなおし、水晶玉を更に近付ける。


「あっ! 何か出た!」


 キオが声を上げる。夜明け前、薄明かりの空には薄着を身に纏い、しっかりとした体付きの女性らしき背中が、薄らと映っていた。


【人とも魔族とも違う。エルフと呼ばれる種族が存在します】


 突然頭の中に声が響く。水晶玉を使ったときの、あの女性の声だ。そしてその口調もやはり唐突だ。


【いつまでも若々しく、長寿と魔力を持つ神秘の種族。それゆえに、魔王にその力を狙われているのです】


「魔王!」


【彼女は待っています、里を救う救世主を、共に戦う戦士を!】


 その言葉を最後に、空の女性は消えて、辺りは再び静けさを取り戻していた。再び水晶玉を近付けてみるが、もはや何の反応も示さなくなっていた。


「相変わらず抽象的なお告げじゃな。熱のこもった演説の割には場所も分からん」

「どうも流れからして、あの女エルフってのが次の仲間みたいだな。あんだけハッキリ言ったんだ、まず間違いないだろ」

「じゃあ助けに行くんだね!」

「いずれな。いずれ……」


 私たちの冒険が無事続くなら、やがて彼女とも出会うだろう。まだ見ぬ仲間を想い、私は勇気を奮い立たせた。


■■■■■□□□□□


 改めて空を見上げる。電灯一つない大自然の夜にしては、少し薄暗さはあるが視界は良好である。これもまたゲーム特有の「都合の良い嘘」というものだろうか。


「どうする? 夜明けにはまだ長そうじゃが」

「歩こう。どうせ眠くないし、腹も減らねえんだ」

「だったら僕が飛ぶよ。その方が早いよ!」


 そう言ってキオは翼をはばたくが、すぐに疲れた様に動きを止めてしまった。


「あれ……体が……」

「最初から自由に飛び回られたら、ゲームにならんでしょ」

「でも、町に向かったり洞窟から出る時は……」

「多分イベントや、戦闘中なら飛べるんだろ」

「チェッ。ゲームなのに」

「何でも出来る様でいて、その実何も出来ない。ゲームってそういうもんだ」


 私達は、草原の中に切り開かれた、土の道を歩き始めた。行き先は分からないが、人の作った道なら、どこかへ辿り着くだろう。


「……ゴ・ウ・ト~と旅立とう。はじめての人も~ そうじゃない人も~」

「お姉ちゃん、その歌は?」

「昔流行ったCMソング。何となく替え歌にしてみた」

「へえ~」


 思えばずっと歩き、戦い続けているのに、疲れも痛みも感じない。まるで夢の中にいるようだが、夢にしてはあまりにもハッキリとした、都合の良い世界に私たちはいる。


 主人公ゆえに、並はずれた力を持ち、死んでも復活できる特権を持つ。奇しくもこの老体が主役に選ばれてしまった以上、私に出来る事と言えば、与えられた役を演じ、物語を紡いでいく事だろう。


「ロールプレイングゲーム♪」


 楽しそうに歌う二人を見て、私は思わず口元が緩む。ほんの少しだけ、元の世界に戻れた気がするが、すぐに現実……ではなく夢へと引き戻される。


「巨剣のゴウト」。この男について私は何一つ知らない。純子はメラになる自分を恐れるが、私はゴウトになれない自分を恐れた。


■■■■■□□□□□


(「白の鎧」は身の潔白、国王の前で偽らないための鎧っと……ああ、めんどくせえ)


 ファスト王国は古来より「色」に規律を重んじる。通常は塗装のない鉄の鎧だが、処刑や制裁には血の色である「赤」を、規律を犯した者には、堕落した精神を侮蔑する「黒」と、用途は限られてはいるが、特殊な色合いの鎧を着ける風習があった。


 ファスト城に戻ったヤックは、渋々白い鎧を身に纏うと、王の間へ向かう。


「ヤック・エボルタ、ただ今戻りました。偽りのない真実を述べます」

「今は二人、堅苦しい挨拶は抜きだ、馬鹿息子よ」

「……はいはい、分かりましたよオヤジさん」


 ヤックは緊張を解くと、国王の前であぐらをかく。そしてバハラでゴウトたちに会い、セラと戦った事など、全てを話した。


「魔王に襲撃されたのは聞いたが、結局二人とも生きていたとはな」

「魔王がどうにか蘇生させ、足止めも失敗。今後はどうする気だ? 第一そこまであの連中に固執する必要があるのか?」

「ゴウトはな、この世界を動かす男だ。放っておくだけで、どんどん事を進展させてしまう。いち早く適応する為にも、監視役が必要だ」

「世界を動かす……そんな事を出来るのは人間じゃない。神様だ」

「ならばゴウトも神の一種だ。神は何も一体とは限らん。超越する何かを持てば、人間だって簡単に神になれる。私だってこの国の神だ」

「はいはい、ご自慢の『王道』は聞き飽きましたよ」

「話が逸れたな。とにかくだ……」


 国王は、ヤックを指差した。


「お前なら身軽で腕が立つ。監視役、やれるな?」

「お……俺? ドイは!?」

「あいつはここを離れるわけにはいかん。待ってろ」


 国王が席を立ち、部屋を去ってしばらくすると、三日月の形をした、奇妙な道具を手に戻ってきた。


「これは『飛声とびごえの月』といってな、中央の突起を押しながら喋ると、もう片方へ音を届ける魔導だ」

「また変な『魔具』を……」

「そう言うな。こう見えて役に立つ」


 そう言って国王は、二つある内の片方を放り投げた。ヤックが慌てて掴み取る。


「仕度が済んだらすぐに後を追え。報告を随時忘れるな!」

「は、はい!」


 ヤックは慌てて立ち上がると、鎧をガチャガチャと鳴らしながら走っていった。扉を閉める音を最後に、玉座は再び静寂につつまれる。


(……そうだ、神を操れば、私もまた神に一歩近付ける。現実的な話だ)


 国王は玉座へ座ると、グラスに入った水を飲み干した。

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