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こル・ココる  作者:
第二章 『志』
9/62

整理した、そして相談した。

 



 ◆




 閑谷会長が『ココロ相談室』を訪問した日から翌日。

 特に目立った『変わったこと』も起きずに放課後がやってきた。

 僕はいつものように生徒会室の隣にある部室で暇を持て余していた。

 実は言うとこうやってただ何もせずにぼけーっとしている場合ではない。


『一週間以内に閑谷会長が仕掛けるゲームの名前を当てろ』


 それが『ココロ相談室』という部活が、いや違うか。

 正確には"僕が"閑谷会長とそういうゲームをしている。

 しかもタイムリミットまであるんだ。

 とてもじゃないけど暇を持て余す状況ではない。

 けれど、手掛かりもない、今にもゲームを仕掛けられているのかもわからない状況で慌てて焦ってしまうのは僕ではない。

 今はただ待つしかないだろう。

 大丈夫。

 タイムリミットがあるのだから必ず分かるはずだ。

 昨日が火曜日だったから次の月曜日までに絶対に変化が起きる。

 それを見極めることに努めれば良い。

 それだけのことだ。


 しかし、ゲームにばかりかまけている場合ではない。

 相談室として約二週間ぶりに、ほんとう久しぶりに新しく相談が来たのだ。

 それについても対応していかなければならないのだけれど。

 いやはや、困ったものである。

 不幸は度重なるものだ、と僕は思い知った。

 時期が悪かった。

 今日は五月から六月へと変わる週の水曜日。

 それはじめじめとした梅雨の季節に移り変わるという意味でもある。

 まぁ梅雨だからといって外で活動する運動部じゃあるまいしそれが理由で部活が休みというわけではない。

 それとは違った理由で実は『ココロ相談室』は休止活動に今日から入っている。

 そうはいっても、この部活に限らず全ての部活は今日と明日は強制的に休みになっている。

 中間試験。

 昨日、閑谷会長と話していたときはすっかり頭から抜け落ちていたけれど実を言うと明日と明後日、つまり木、金曜日は試験日だった。

 それに伴い学校側はテスト前だからと先週から部活は試験休み、生徒は勉学に励むわけだ。

 でも、僕たち『ココロ相談室』はその性質上、極力休むわけにはいかないので天灯先生に申請してギリギリまで活動していたわけだ。

 それのおかげで相談室は廃部の危機に陥るわ、相談は久しぶりに来るわでその甲斐があったのかなかったのか極めて微妙だけれど。

 だから、閑谷会長が昨日訪ねてきたのは生徒会も試験休みということだったからだろう。


 ここで話は変わるけれど僕は試験休みだというのにいつも通り放課後、部室に来ていた。

 考えるのはどこでもできるけれど昨日受けた依頼について精査するというか整理するためにこそこそとやってきた。

 今日は運動部の掛け声も文化部の演奏も聞こえてこないので比較的作業がしやすい。

 まずは依頼について思い出してみよう。


 ◇


 僕と医月は向き合うような態勢で相談者と対面していた。


「あの、実は―――――」


「ちょっと待ってください」

 相談者である男子―――世知原くんや医月と同じ一年生だ―――が医月の制止にビクッとする。

 見た目いかにも気弱というか内向的な風だからいきなり医月の冷たくて平坦な声で言葉を遮られたらそりゃビビるよな。

 僕でもそう思うもん。


「先輩、まずこの人の名前とか訊かなくても良いんですか?」

 ギロッとかいう効果音がつきそうな目つきで僕のことを射抜いてくる。

 幸い彼女は見た目だけは幼く見えるので実際にはジト目だったが。


「そうだね。つい、世知原くんのときと同じミスをするところだった」

 世知原くんのときにもしてたんですか、と医月。

 呆れるとはこのことだというような顔をしている………気がする。

 まぁ確かに相談者のプロフィールを知ることは大事だと思う。

 というか相談を受けるにあたってそれは最も基本なことなのでは?

 医月の適性を調べる的なことを昨日思っていたけれど僕こそ適性を測るべきなのか?


 ヤバい。なんか恥ずかしくなってきた。


「………こほん。まずは君の名前とか色々訊かせてもらってもいい?」

 咳払いひとつで誤魔化せることでもないだろうけれど、僕はこれで『受け入れた』ことにしておく。

 さきほどから椅子に座って僕の後輩に怒られるという失態をあまり気にしていないようである彼は小さく息を吐き口を開く。


「えぇと。ぼくはよこしまたくみといって一年六組です」

 彼―――横縞巧くんは自己紹介をする。

 僕たちとは全く目を合わさずに、僕たちの後ろの窓でも見ているようなそんな視線だった。

 対人関係が苦手なのか何なのかは分からないけれど、少しだけ彼は僕たちと本当に話しているのかはっきりしない感覚に陥る。

 外に向かって自己紹介をしているようだ。


「部活は卓球部に入っていて中学からやっています」


「へぇ卓球ね。僕はやったことないけど、医月はどうかな?」


「私よりも相談者である横縞くんと話してください」

 またもや怒られてしまった。

 さっきのことで完全に機嫌を損ねてしまったらしい。

 彼女も僕とは目を合わそうとしないし、横縞くんも目を合わさないし、この場に三人もいるのにイマイチこう、会話が成立していないように思ってしまう。

 というか居心地が相当に悪い。

 それでもせっかくの相談者だ、しっかり頑張らないとこれ以上後輩から見限られたくない。


「それじゃあ横縞くんに色々質問させてもらうね。好きな色は?」


「特にありません」


「好きな食べ物は?」


「なんでも良いです」


「好きな人は?」


「いたこともありません」


「得意な科目は?」


「別に」


「…………あまり物事に興味を持たないのかな?」

 何気なく、彼の人となりを知ろうと投げかけた質問だったけれどこうも否定され続けるともしかして僕のことを信用していないんじゃないかと勘繰ってしまいそうになる。

 しかし、横縞くんは目を合わそうとはしないものの表情はいたって真面目で投げやりな感じは一切なかった。

 何を聞いても否定されそうで質問に困っていると隣側に座っている医月がおもむろに口を開いた。


「卓球は好きなんですか?先ほど中学からやっていると言ってましたよね」

 そう言われた横縞くんはくすりともしない真剣な顔つきだったのが、さらにその色を濃くした。


「素直に言うと好きではありません。でも、嫌いでもなくって……。実はそのことで相談しようと思ってたんです」

 なんと。

 部活に関する相談か。

 まぁ世知原くんの相談よりも本来の『相談室』の役割を果たせそうだ。


 世知原くんの場合は身を守るための相談だった。

 でも、天灯先生が目的としているのは学校の生徒が学校に関わることで外から支えることだと思う。

 結果的に見れば世知原くんは過去の彼曰く『死んでいた頃』のツケを払わされることになって、昔の自分とのケジメをつけるきっかけになった。

 だからこそ彼は須磨くんに謝ったのだけど。


 話を戻すと今回の横縞くんの相談は僕たちにとってはうってつけだ。

『ココロ相談室』と名を売っている手前、心に寄り添うことが至上の存在理由だからここで横縞くんの相談をないがしろにしては閑谷会長が言うようにこの『相談室』はなくなった方が良い。

 ということは横縞くんの相談を解決しなきゃだし、閑谷会長のゲームにも勝たなければ『ココロ相談室』の生きる道はなくなった。


 冷静に考えてみればこれって『相談室』の最大の危機ではなんじゃ………。


「ぼくって中学の頃もそうだったんですけど試合で勝つことができないんです」


「単純に実力がないってわけでもなく?」


「言い難いことをさらっと言いますよね先輩は」

 医月が若干、引いている………ように見える。

 デリカシーが僕に無いことは自覚済みだけど、改めて明らかにされるとちょっとなぁ。


「部内での試合でも部外の試合でも、ぼくはいつも"惜しい"成績ばかりなんですよ。頑張ってデュースになってもすぐに二点先取されちゃうし、点を獲ったり獲られたりのシーソーゲームになっても必ず僕はどこかで手を抜いて負けてしまう。いくら試合前に『今日は勝つぞ!』と思っていても試合してみると対戦相手に遠慮してしまって絶対に負けてしまうんですよ」

 そんなヤツなんですよ、ぼくは。

 そんな風に自分を語る横縞くん。

 台詞ほど悩んでいる素振りもなく淡々と何でもない感じで話していた。


「つまり君は試合に勝ちたいのかい?」


「いえ。多分違います」

 多分?

 自分のことなのにえらく曖昧だな。


「ぼくはただ試合に勝とうとしないぼくは"おかしい"のか知りたいだけです」


「知りたいだけって………」


「どうですか?二人から見て。ぼくって"おかしい"でしょうか」

 そんなことを言われても………。

 正直、わからない。


 勝利に執着しないスポーツマン。

 中学の頃からと言ってた、ということは彼は何度も何度も経験しているはずだ。

 敗北の悔しさを。

 いや、経験しているのかは怪しいのか。

 そんな悔しさを知っていたらとっくに、それこそ僕たちに相談するまでもなく彼は勝っていただろう。

 もしくは。

 悔しさを知っていながら、それでも試合で手を抜いているのか。

 どちらにせよ、やはりわからない。

 わからないままだった。

 この日は。


 ◇


 結局、わざわざ部室に来てまで整理したところでわかることなんてない。

 これでわかるのなら昨日の時点でわかっていた。

 ただ僕は横縞くんが"異常"なのだと認識したかっただけだ。

 僕が言うのもなんだけど。


 僕が彼を異常だと思ったのは試合中に相手に気を遣って負けてしまうところではない。

 負け続けても、それでも卓球をやり続けているところでもない。

 彼が相談中ずっと『なんともない感じ』だったことに僕はそれこそおかしいと思ったのだ。

 なんだか自分のことではなく他人の話をしているようなそんな感じ。

 真剣な顔つきこそはしていたけれど心の底から真剣だったかは怪しいところだ。


 さて。

 特に得難い収穫はなかったけどそろそろ帰るかな。

 明日はテストだし。

 そう思って鞄を手に立ちあがると突然、部室の扉が開かれた。

 昨日に引き続き閑谷会長かと思って身構えたけど、そこに居たのは―――――


「あ!やっぱり居たんだ、一円くん」

 飛鳥田祀梨、つまりはアスカだった。


「やっぱりってどういうこと?」

 別に僕は放課後に部室に寄るなんてこと話してないと思うけど。

 天灯先生にでも聞いたのか?


「いや~今日の一円くんって授業中以外はずっとボンヤリしてたからさ。あ、これはまた例の部活で悩んでるなーと思って気になってたんだよ」

 今日の僕ってそんなにぼーっとしていたのか?

 確かに思い返すと今日は誰とも会話してない気がする。

 でもアスカくらいだよな、僕がそんな状態であるのがわかるのって。

 彼女の『見抜く力』には感服するばかりだ。


 しっかし考え事してると周りが気にならなくなるというか気にも留めなくなるのか、僕って。

 アスカに見られていることにも気がつかなかったわけだし、こんなことじゃ閑谷会長とのゲームに勝てやしないかも。

 いやでも、横縞くんの相談に対して手を抜くこともできないし。

 うーん。


「おーい一円くーん」


「ん?」

 いつの間にかアスカが下から覗き込んでいて、少しだけドキッとした。


「またぼーっとしてるよ?だいじょうぶ?」

 おっといけないいけない。

 ちょっと思考に嵌まるともうダメみたいだ。

 こんな調子では登下校とかで不良に絡まれても気付かないし、事故に遭ってももしかしたら気付かないかも。


「アスカ。折り入って相談したいことがある」

 手に持っていた学生鞄を再び床に置き、僕は仏に頼みこむお坊さんのようにアスカに手を合わせる。


「今回の相談事について相談したいんだ」

 できるだけ必死に見えるよう目を瞑り俯きがちに頼んが、そんな僕にアスカはため息交じりに、


「一円くん、頼りにしてくれるのは嬉しいんだけど前にも言ったよね。相談者のプライバシーに関わることだから止めた方がいいって」

 と言う。

 いつものアスカには感じないものを感じる気がする。

 怒っているのだろうか。


「でも、アスカはこうも言った。僕の答えが大事だと」


「言ったけど」


「これが……これが僕の『答え』なんだよ。アスカの意見を聞くことが。だからお願い」

 僕の懇願の言葉を聞いたアスカはうんうんと唸りながら悩み始める。

 ここで相談者のプライバシーを無視し僕の相談を素直に聞くのか、それとも自分の『答え』に従うのか。


「…………もう……分かったよ。それが一円くんの答えなら仕方ないよね。いいよ、相談に乗ってあげる」

 あくまでも不承不承といった感じで、僕から相談されることに抵抗が全くないとはいかなかった。

 まぁでもこれだけの言質をとれれば十分。

 これで心起きなく事を運べる。

 いまや僕でもおかしいと感じてしまう横縞くんの本質を見極めるにはアスカの力が必要不可欠だ。

 僕は閑谷会長とのゲームのことはもちろん伏せて、先ほど整理した昨日の出来事をアスカに話した。


「―――――ということなんだけど」

 改めて話してみてもやっぱり横縞くんが何をしたいのかさっぱりわからない。

 どれだけ高名な知識人でも理解するのは難しいのではないか。

 そう認識した。


「………………」

 アスカは僕が話している間、適当な相槌を打ったり親身になって聞いてくれたりしたのでとても僕としては話しやすかった。

 そんな彼女は話を聞き終えた今でも何やら考え込んで口を開こうとしない。

 ようやくアスカが感想を述べたのは僕が話し終えてからたっぷり五分が経ってからのことだった。


「結局一円くんはどうしたいの?」


「どうしたいって……」


「だって話を聞く限り一円くんはその人――名前は聞いてないから分からないけど――のことは"おかしい"とは思っているのよね?」

 うん、まぁそうなのか。

 実際僕は彼のことを異常だと形容したのだし。


「ならその相談に対する答えも出ているんじゃないの?」


「あ、そうだった。まだこの相談には続きがあるんだった」

 横縞くんの異常性にばかり頭が回っていたせいで、この話にはまだ続きがあるのを忘れていた。


「その相談者が自分はおかしいのか僕たちに問いかけて医月ははっきりと頷いて、僕はその時はまだわからないって答えたんだ。それで最終的にその子がした相談事っていうのは」

 自分はこのまま卓球部にしてもいいのか。

 それが新たな問いかけだった。

 何分難しいというか彼が特殊過ぎるということもあってすぐには答えが出ず下校時間も迫っていたから続きはテストが終わってからと伝えてその日は解散となった。

 これが昨日の活動の一部始終となる。


「それで。一円くんは私に何を相談したいの?」

 アスカは元から大きな目を開いて僕の顔を覗き込む。

 少しばかり長話で僕もアスカも若干の疲れが見えるけれど、まだ彼女との本題には入っていないのだ。


「それは、その……。アスカはどう思う?この相談者のこと」


「その人の性格とか内面での話ってこと?」

 そう、と言って頷く。


「正直言って私も一円くんと一緒でわからない、っていうのが印象だね。何がしたいのかが見えてこないし気持ちも分からない。そんな人もいるんだって驚くぐらいかな」


「そうか」

 素直にがっくりした。

 これだけ労を尽くしてもまたもや収穫なしとは。

 何もかもが空振りの三振って感じだ、前回の世知原くんのときとは違ったキツいものがある。


「ごめんなさいね、力になれなくて………。私はもう帰るけど一円くんは?」


「もう少し考えたら帰るよ」


「あまり頑張り過ぎないようにね。明日はテストなんだから」

 それじゃあね、と言いながら自分の鞄を持って僕に背を向けドアに掛けたと思ったら再び僕に顔を見せ振り返った。


「さっきの話だけど、その昨日の相談者ってウソ吐いているように私は思うな~」

 それじゃあ、バイバイ。

 誰もが見蕩れるような魅力的な笑顔で別れの挨拶を呟いてアスカは去って行った。

 ドアが閉まりまた部屋は僕一人になった。


 最後の言葉が何を意味するのか、いや言葉通りなんだろうけれど気になることだけ言って帰っていったアスカを少しだけ恨んだ。




 ◆




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