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こル・ココる  作者:
第二章 『志』
8/62

陥った、そして受け付けた。

 



 ◆




「暇ですね」

 唐突にそう呟いたのは先日、僕がスカウトして『生徒お悩み相談室』改め『ココロ相談室』に入部してくれた医月沙織だった。

 短めに切り揃えた髪型のせいで少し幼い感じだけど、中身は年上である僕よりも大人っぽいと言える。

 そんな彼女が暇を持て余すのは僕としては納得できるものだ。

 いつも無表情で感情を表に出さない彼女だからといって感情がないわけではない。


「そうだね。依頼なんて全く来ないし」

 前回の依頼から二週間が経ったけど、相談してくる生徒など皆無に等しかった。

 別に活動日が少ないわけでもなく、平日の放課後は毎日部室にいるのになんでだろう。


「でも一円先輩、依頼がないというのは嘘でしょう。だってこの前も事務員の人に頼まれて草取りしてたんですから」


「そう、草取りをしていた僕を君は黙って見てたもんね」


「いやですよ先輩。私は必死こいて雑草と格闘している先輩を横目に図書委員の仕事をしていただけですって」


「それを聞いても『ひどいよ』と思わず『医月らしいなぁ』と思ってしまう僕はどうかしてるね」

 こんな会話を彼女が入部して二週間の間繰り広げていた。

 その会話の中でなんと部の名前までも変わってしまったのだ。

 この子の影響力が半端じゃないことが思い知らされる。


 とはいえ医月はまだ『ココロ相談室』の依頼を取り組んだことはない。

 前回の世知原くんの一件のときに協力してくれたけれど、あれでは依頼人に触れ合ってはいないから数の内に入らないだろう。

 この部にとって大事なのは人と触れ合うことだと僕は思っている。

 どれだけその人の心と向き合えるかが、この『ココロ相談室』の適性だ。

 それがまだ測れていない以上、僕が医月を引き入れたのが正しいことなのかまだ分からない。

 でも、彼女はこの部の方針には共感してくれているようで部に対しては真摯に考えてくれているようだ。

 僕への態度は相変わらずだけど………。


「あっそういえば先輩。私大事なことを思い出しました」

 彼女は図書委員という肩書に恥じないくらい読書をこの部室ではいつもしている。

 その彼女が本から顔をあげてそう言ったのだ、相当大事なことなんだろう。


「………………」

 医月はしばらく宙を見たかと思うと再び読んでいた本に顔を戻した。


 ……………………。


 いや話せよ。


「だって先輩が訊かないから……」


「訊かれないと大事なことでも言わないのか……」


「はい!」


「威張んな」

 まったく医月はこういう冗談でもいつもの抑揚のない平坦な声だからいまいち茶目っ気が分かりづらい。


「それで?改めて訊くけど大事なことって何なんだ?」


「昨日、天灯先生とお会いした時に先輩に報告書を提出するよう伝えてくれと頼まれました」

 報告書?

 そんなもの聞いてないけど……。

 もしかして世知原くんの依頼を書類でまとめろって言っているのか?

 面倒くさそうだけど暇だからそれくらい別にいいか。


「プリントはもらってきたのでそれに書いてください」

 そう言って医月は鞄から一枚の紙を僕に渡してきた。

 本を読みながら。

 どんだけ器用で、どんだけ本にハマっているんだか。


「あのさぁ。そこそこ気になってたんだけど何読んでるの?」


「本です」


「…………。”何の”本を読んでるの?」

 僕が面倒にも改めて尋ねると、またもや本から目を逸らさず彼女は初めて会った時のように冷たく、そして素っ気なくこう言うのだった。


「なんだっていいでしょう。そんなもの」


 突然訪れた静寂。

 こうなることが分かっていたから少し間を空けて「それもそうだね」と言いながら僕は渡されたプリントに目を移した。

 医月は時々こいうときがある。

『ある事』に関する話題になると途端に感情を捨て去ったかのような冷たく無機質な態度になる。

 これが何を意味するのかはっきりとは分からない。

 けれど、さっきのやり取りはわざとなのは確かだ。

 なぜなら医月が読んでる本は学校の図書室のものでカバーがついていないからタイトルが丸見えだから。

 だから、医月が何に真剣になっているのか僕には分かるのだ。


 ねぇ医月。

 どうして君はそんな辛そうに、必死に『その本』を読んでいるんだい?


 僕が医月に思いを巡らせている最中、なんの前触れもなく部室のドアがトントンと鳴り響いた。


「失礼するよ」

 ノックの後、どこか品を感じさせる声がドアの向こうから発せられた。

 こちらが返事するよりも早くドアが音を立てて開いた。


「やぁやぁ一円くん……と医月くんかな。本当に二人だけなんだね、寂しいものだなぁ」

 綺麗によく通る声を出しながら部室に入ってきたのは何を隠そう我が学校の生徒会長だった。


「何か用ですか?閑谷会長」


 しずたにしん

 僕たちが通う露草高校の生徒会長であり三年生。

 この人は去年、この学校に転校してきていきなり生徒会選挙に出馬し見事に当選。

 当時、生徒会には人手が少なく生徒会長に立候補する人もいなかったとはいえ、よくもまぁなれたものだと感心するところだ。

 しかしこの会長のすごいところはそれだけではない。

 魅力溢れるカリスマ性がこの人にはある。

 演説では転校生とは思えないくらいに露草高校の問題に精通していて、その対処法などについて毎日のごとく生徒達に語りかけていたものだ。

 しかもそれが生徒の不満をうまく掴んだ上での演説だったから何十人もの生徒が閑谷会長に群がっていたのを覚えている。

 会長のルックスが良いせいか女子が多かったような気がするけど。


 とはいえ僕が言いたいのはこの会長はすごい会長ということだ。

 今年の生徒会の役員が増えたのもこの人おかげという噂だからその程度は分かるだろう。


「用?用という用はあるにはあるんだけどね」

 なんとも言えない言い方をするなあ。

 そんなことをしてもこの人がすると、何か意味があるように思えてくるから不思議なものだ。


「それよりも少し雑談でもしようよ。なんだかんだでこの『ココロ相談室』に顔をだしてなかったしね。一応は生徒会系列なんだから親睦でも深めようよ」

 キラーンとかいう効果音でも出ていそうな笑顔でそう言った。

 こういうところが女子受けするんだろうなぁ………。


「雑談と言っても何を話したら……」


「では私から先輩達に質問しても良いですか?」

 いつの間にか読んでいた本を鞄に直していた医月が不思議そうに口を出す。


「いいよ、なんでも訊いて。……っとその前に椅子を借りてもいいかい?」

 どうぞ、と言って医月が椅子を用意する。

 閑谷会長はその椅子を持って長机の方には座らずまるで入口を塞ぐようにドアの前に座り込んだ。

 その方が僕たち二人と話し易いと思っての行動だと思ったが、いくら狭い部室でもこの配置ではそれも難しい。


「あのー閑谷会長?」


「ん?ここでいいよ……、ここなら二人の顔がよく見えるしねぇ」


 ここいらで『ココロ相談室』の部室について明らかにしておこうと思う。

 広さは教室の半分もないくらいで人が五、六人も入れば窮屈に感じるだろう。

 次に、部室の備品についてだけど長机が二つに椅子が三脚。

 まぁこれくらいの規模の部屋には十分だけど相談室にしては少し殺風景だと思ってはいる。

 花でも飾ればマシになるかな?


 机は部屋に入ってみれば"「"の形になっていて、縦に置かれている机に医月が座っていて横に置かれている机に僕が座っている。

 確かに閑谷会長が言った通りドアの前に座れば僕たちの顔は見える。

 しかし、それだけの理由でそこに座るのは不自然だと思った。

 けれど僕はすぐに『受け入れた』。

 閑谷会長の思惑を無視したのだ。


「さて。腰を落ち着かせたことだし医月くんの質問を受け付けようかな」

 足を組みながらそう言う。


「えっとですね。先輩……いえ一円先輩と閑谷会長は知り合いなんですか?」

 僕への呼び名を訂正しながらそんなことを医月は閑谷会長に訊いた。

 雑談にしてはぴったりかもしれない。


「医月、それはね―――――」


「先輩には訊いてません」


「………………」

 なんで僕にはそんなに冷たいんだよ……。

 閑谷会長が来る前は普通に、少なくとも僕たちにとっては普通に話していたのに。


「ははは。仲良いんだね君達」


「よくありません」

 ぴしゃりとそう言う医月。

 僕はもう泣きそうだった。ウソだけど。

 これくらいのことも『受け入れる』さ。


「えーっとね、一円くんと僕がなんで知り合いなのかだったね。それは一円くんが生徒会を手伝ったりしてたからなんだよ」


「生徒会を手伝った………」

 こんな先輩が?って目を向けるな医月。

 あの時の僕は天灯先生に脅されていた身なのだから仕方ないだろう。


「うんそうなんだよ。だから僕はてっきり彼は生徒会に入ってくれると思っていたんだけど、まさか、生徒会直属の部活ができてそこに入るとはね。いやーホントに天灯先生には驚かされる」

 ふふふ、と不敵に笑いながら足を組みなおす。


「一円くんみたいな『おかしなひと』に、ねぇ」


「えっ………」

 思わず驚きの声をあげたのは僕、ではなく医月だった。


「ごめんね一円くん。失礼なことを言って。でも君ならこんな軽口には傷つくことなんてないだろう?」


「ッ!」

 思わず驚いたのは医月、ではなく僕だった。


「閑谷会長、その口ぶりからするとあなたは………」


「ん?ああ、知っているよ。君が『性質』と呼んでいる『それ』については」

 言いながら僕のちょうど胸のあたりを指差す。

 いつかの天灯先生のように。


「さて、少し早いし名残惜しいけど雑談は終わりだ。本題に入ろうか」

 今分かったことがある。

 それは閑谷会長のポジショニングの意味だ。


 入口を塞ぐようにしたのは外部から邪魔が入らないようにしたわけではない。

 もしも閑谷会長の目的がそうだったなら鍵を閉めればいいだけだ。

 鍵が閉まったドアを開けるには僕が天灯先生から預かっている鍵か強いて言えば学校のマスターキーくらいだろう。

 けど部室の鍵は部室の中だし、マスターキーを使うような人がここを訪れる可能性は限りなくゼロだ。

 だから閑谷会長の目的、いや標的は僕たちのほうだ。

 僕たちにとってこの状況は逃げられないのだ。

 閑谷会長は僕たちの行動選択の余地を失わせたのである。

 そして、実際はそうではないけれど心理的に追い詰められた。


 でも、先ほどの閑谷会長の言葉を信じるならば僕の見解には誤りがある。

 閑谷会長は僕の『性質』について知っている。

 ということは僕がこんな心理的圧迫には動じないことは承知の上だということだ。

 だったら閑谷会長の狙いは―――


「生徒会に入らないかい?」

 ―――医月だ。


「入りません」

 僕との仲について触れられた時よりもはっきりと冷酷に否定した。

 それに対して閑谷会長は特に動じるわけでもなく相対する。


「どうしてかな、理由でも聞かせてくれよ」


「なんだか気にくわないんですよ。色々と」


「………そうかい」

 二人の間で何が起きているのか分からないけど、互いに通じているみたいだ。

 まぁまさか"あの"閑谷会長の誘いを断るような珍しい人間がこんなに近くに居たとは思わなかった。

 女子なら誰でも頼まれたら断らないと思っていたのに。


「じゃあ今度は一円くんでも誘おうかな」

 しばらく蚊帳の外にいた僕に対して笑顔を浮かべながらそう言ってくる。


「僕に生徒会に入れとでも?」


「いや違う。全然ね。誘うのはゲームに、さ」


「ゲーム?」

 あまりにも会話の流れにそぐわない単語が出てきて思わず訊き返してしまった。


「そうゲーム。今日から一週間のうちに僕から何かしらのごっこ遊び的なものを仕掛けるからそれを当ててねってこと」


「当てるって遊びの名称をってことですか?」


「うん。かくれんぼなら『かくれんぼ』、鬼ごっこなら『鬼ごっこ』、という具合に分かったその日の放課後にでも生徒会室に来て僕に教えてくれれば良いよ」

 なるほどゲームを当てるゲームってことか。

 それならこれからの一週間で不自然な点を探していけば簡単そうだ。


「それで僕たちがそのゲームで勝ったらどうなるんですか?」


「今日みたいなことは今後一切しない」


「僕たちが負けたら?」


「『ココロ相談室』の廃部」


「「ッ!!」」


 この生徒会長、狙いは医月でもなく僕でもなく『ココロ相談室』だったのか………!

 今になって閑谷会長が仕掛けた心理的圧迫が僕にも効いてきた。

 追い詰められたような緊張、緊迫した雰囲気。

 これを演出するための行動。


「ちなみにゲームへの参加は強制だからよろしくね」


「ちょっと待ってください」

 悪い流れを断ち切るように冷たくはっきりとした声で閑谷会長を制止する医月。


「どうして会長はそこまでするんですか。そこまでして『ココロ相談室』を潰そうとするんですか?」


「はは。それはね世知原姓一朗くんの件のせいだよ」

 世知原くんが?

 どうしてここで彼の名前が………。


「あの危険人物をこの露草高校に留まらせるから君達を、いや違うね一円くんを潰さざるを得ないんだ。彼は絶対にこの学校にとって良くない。せっかく彼が問題を起こして退学にできると思ったんだけど、君のせいだよ一円くん」


「だからって一円先輩を『ココロ相談室』を潰すことに何か関係ありますか?」

 意外にも反論をしてくれる医月に僕は少し驚いた。

 医月にとってまだ『ここ』はただの退屈な場所だと思っていたのに。


「これからも君達は学校にとっての危険人物を留まらせる可能性がある。だから潰すんだ」

 ニコッと人受けの良さそうなそこいらの女子達を虜にしそうな満面の笑みで言った。

 天の使いのように美しく、悪魔のように邪悪な笑顔だった。


「それじゃあね」

 閑谷会長は立ちあがって使った椅子を元あった場所に戻して帰ろうとする。


「あのー閑谷会長。ひとつだけ訊いてもいいですか?」


「なんだい一円くん」

 ドアに手を掛けようとする閑谷会長を僕は呼びとめる。


「さっきから『学校にとって』と連呼していますけど、そこは『生徒にとって』ではないんですか?」


「………………」

 振り返らずに背中を向けて聞いている。


「閑谷会長にとって学校と生徒、どっちが大事なんですか?」


 露草高校の生徒である僕と医月を潰す表現したり、世知原くんを危険人物と称した。

 当たり前のように。さも当然のように。

 閑谷会長の心の中では明確に区別がつけられているはずだ。

 それが閑谷会長の真実だ。


「答えは言わなくても分かっているようじゃない。一円くん」


「そうですね」

 それから閑谷会長はドアを開けて一歩前に進んで廊下へと出てから立ち止まる。


「言っておくけど」

 今度は背中を向けずに振り返って僕の目を真っ直ぐに見る。


「君のその『性質』は僕には『不気味』に見えるよ」

 ドンッと音を立ててドアが閉まる。


 不気味……か。

 それもそうだろうな。

 普通の人から見たらそんなものだろうな僕の『これ』は。


「ねぇ医月。ゲームはどうする?」


「勝ちます」


「だよね」

 とりあえずはゲームに勝って部の存続をしないとな。

 それにしても敵がいるとは思わなかった。

 しかも身内に。

 前途多難すぎるだろう、まったく。


「もう時間もあれだし帰ろうか」

 そう言って帰る支度をしているときにまたもや部室のドアが開いた。

 また閑谷会長が来たのかと思ったけれど、違った。

 そこにいたのは背が小さめの一年男子だった。


「あの、下校時間前にすみません。相談したいことがあったんですけどさっきからとり込み中だったみたいで」

 なんだか緊張気味に話す彼はおそらく相談者なんだろう。

 閑谷会長とのやり取りのせいで待たせてしまったようだ。


「ごめんね、今からでも相談受け付けるけど」


「はい、お願いします」

 さっきまで閑谷会長が使っていた椅子を用意して座らせる。


「あの、実は―――――」




 ◆




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