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こル・ココる  作者:
第八章 『忘』
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談後ここのつめ 修羅場と化した聖夜。

 



 ◆




 お墓での出来事があったあと、泉美さんが是非にとお願いしてきたことがあった。

 それは、鳴芽の家でクリスマスパーティーを開催すること。

 鳴芽の状態に光明を差し、思い出させ、説得してくれたお礼をしたいと言うのだ。

 もともと鳴芽と過ごす約束を祈梨ちゃんとしていたから、僕としても願ったり叶ったりだ。

 しかし、その場合、医月を外すわけにはいかないだろう。

 もうこの際だから、面識あるなしに関わらずいろんな人をこの機会に呼んでみたら、鳴芽の友だちが増えて、今後”忘れたい”と考える可能性も低くなるのではないか。

 僕は、そう考えた。

 考えてしまった。



 ◇



 と、いうことで。

 12月25日、クリスマス。その昼前。

 僕は家にいたハルとともに鳴芽家に訪れたのだが。


「この状況は一体……?」

 そう呟かずにはいられなかった。

 なぜなら、玄関開けてすぐ、僕たちの目にとびこんできたのは、腕組みしてなんだか怒っている様子の医月と、土下座する鳴芽の姿だったからだ。


「え? えっ?? 沙織ちゃんと鳴芽ちゃんって()()()()関係なの??」


 ハルの鳴芽に対する第一印象が最悪である。


「おいおい。いづ、……医月、さん? いったい、何があったのかな?」


「ああ。これはこれは愚鈍先輩。それとハルさん、こんにちは。今日は良い天気ですね」

 ちょっと待て。

 ギロリと睨みつけて、僕への呼び方が戻ってるじゃないか。

 そのくせ、ハルには丁寧に挨拶をして、この扱いの差はなんだ。


「おい! 鳴芽! 大丈夫か?!」

 僕は未だ土下座の姿勢を変えない鳴芽に寄り添う。


「………いいの、向介。全部……わたしが悪いの………。わたしが……無神経なのが………」

 なんだこのデジャヴは。


「ついさっき沙織が家に来て……、ちょうどわたしはここにいた………。それで………つい言ったの。『………誰?』って」


「なんで忘れたふりしたんだよ」


「………面白いと思って」


「君が悪すぎるわ!」


「本当にそうよ。しっかり反省しなさいよね」


 鳴芽は涙目になってぷるぷると震える。


「ん?だったらなんで?」

 僕は医月に睨まれたんだ?


「どんな子かと思ったけど、鳴芽ちゃんって面白い子なんだね。仲良くなれそう!」

 ハルはハルで面白がっているし。


 そんなやりとりがありつつ、僕たちはリビングに上がらせてもらった。


「わあ、すごい!」

 小さめなツリーにベルやリース、真っ赤な靴下やサンタの帽子をかぶった人形たち。

 キラキラとした大きなモールに、色紙で作られた輪っかの飾りが壁をぐるりと走っている。

 リビングはこれでもかってくらいクリスマスの飾りつけがなされていた。


「これ、昨日の今日でしたの?」


「………うん、お母さんって……こういうの好きなの」


「あれ? その泉美さんはどこに?」


「………いま……注文してた料理を受け取りに行ってる」


「いやー、ごちそうになってなんか悪いねぇ。あたしなんか初対面なのに」


「そういえば紹介してなかったね」

 まさか玄関開けたら土下座してるとは思わず、ペースが狂わされていた。


「いい。沙織から……いろいろ教えてもらった」

 おお。さすが医月。

 段取りがいいというか、やはり有能だな。


「確か………向介の恋人でしょ……?」


「なにを医月から聞いたんだ!?」


「なんですか、先輩。いずれそうなるんですから別にいいでしょう」


「いやいや、どうなるのかこの先―――――」


「―――――だよねぇ! 沙織ちゃんってばさすが! よしよししてあげるっ!」

 そう言って本当に医月の頭を撫でるハル。

 医月も、意外と受け入れてされるがまま……というか、満足そうな顔をしている。


 ピーン、ポーン。


 鳴芽へ訂正しようとする僕を邪魔するかのようにインターホンが鳴った。

 おそらく僕が招待した人が来たのだろう。

 よそ様の家だが、僕が玄関へ出迎えに行く。


「………わたしも……行く」

 そう言って鳴芽もついてきた。

 二人揃って扉を開けると、輪花と祈梨ちゃんが並んで立っている姿が目に入った。


「あ、こんにちは。もう来ていたんですね、向介くん」


「やっほー、お兄さん。それと………ナル、さん」 


 昨日、鳴芽の家から帰るときに祈梨ちゃんには事の顛末をすべて報告した。

 祈梨ちゃんをほっといて、鳴芽の記憶を取り戻しに行ったことをだいぶ怒られたが、医月の事情を話すと、しぶしぶ理解してくれた。

 そして、そんな祈梨ちゃんには輪花の案内をお願いしていた。

 僕はハルを連れてこないといけなかったから、文化祭のときに彼女と知り合った祈梨ちゃんに頼んだのだった。

 あとはクリスマスのバイトの合間をぬって来てくれる曜さんと、医月が呼んだあかりちゃんだけだ。

 どこか、いいタイミングで来てくれるだろう。


「ナルさん。ボクのこと、覚えてる………?」

 不安げに見つめる祈梨ちゃん。

 僕から話を聞いたとはいっても、やはり怖いのだろう。

 それに対して鳴芽は、


「うん……、祈梨。ちゃんと覚えてるよ………」

 と、医月のときとは違って、今度はふざけず答えた。

 ……反省したんだな。


「―――――っ! お兄さん! 本当に取り戻せたんだね!」


「うん。とても時間がかかったけど、僕たちの友だちを取り戻せたよ」


「約束……守ってくれて、その……ありがとう!」

 もじもじしながら照れくさそうにしている祈梨ちゃんは、なんとも子どもらしかった。

 この一連のやり取りを見ていた輪花はというと、


「…………………グスッ」

 ただ静かに泣いていた。


「なにはともあれ、二人ともよく来たね。僕の家じゃないけど、あがってよ」


 今日はいい日になるだろうなぁ。

 なんて。

 考えていた。

 このときは、確かに。



 ◇



 それから。


 あかりちゃん、そしてピザやら寿司やら、お弁当屋のオードブルやら大量の料理を持って帰った泉美さんも合流し、無事、クリスマスパーティーが開かれたのだった。


「晴夏さまぁ~。あなたを見てあたしはバスケを始めました! まさか、こんなふうに一緒にごはんを食べられるなんて思わなかったです~」


「こら、あかり。やめなさい。ハルさんが困っているでしょう!」


「なんだよー。さっちゃんこそ、偉大なる晴夏さまにちょいと馴れ馴れしくない? うらやましいぞ、こんにゃろー」


「あははー。とりあえず、さま付けをやめよっか?」


「…………はるか……様……?」


「もう! 鳴芽ちゃんまで。あたしなんて、そんなたいそうなもんじゃないのにさ」


「ナルさん、ナルさん。ちょっとピザとってもらえるかな?」


「………どれがいい?」


「うーむ、ナルさんの好きなやつで」


「え……、じゃあ、これ。ハラペーニョ」


「ちょっと辛いですけど……。祈梨さん、大丈夫?」


「ありがとう、シロさん。でも、何事も挑戦かな。初めてだけど食べてみるよ」


「あ、鳴芽。私にもそれちょうだい。タバスコも一緒にね」


「………相変わらず、辛いの好きだね」


「それは、お互い様でしょ? 去年だって激辛カレー食べに行ったときも、汗一つかいてなかったじゃない」


「………あのあとのジェラート……最高だった」


「えぇ! 二人ともそんな辛いもの平気なの!? 信じらんない!」


「あたしは激辛食べてみたいかもなー」


「ですよね!! 晴夏さま!!」


「………この人……情緒おかしい?」


「しー、鳴芽。概ね合ってるから言わないであげて」


「聞こえてるかんね!」


「ハァ、ハァ、辛い! 辛い!」


「ああ祈梨さん! 急いでお茶お茶!」


「かわいい仲間があたしにもいたようだねぇ。……じゅるり」


「………この人……目があやしい」


「しー、鳴芽。事実をそのまま言うのはやめてあげて」


「だから聞こえてるからね!」


 なんと、かしましいことか。

 今日初めて会った人もいるというのに、短い時間で打ち解けている。


「向介君。私、感激しちゃった!」

 食べ物や飲み物の準備がひと段落ついた泉美さんが話しかけてきた。


「何にですか?」


「この光景に、よ。鳴芽は、あんなだから友だち連れてくること自体、そんなにないことなのに、こんなに大勢の子と一緒に食事を楽しんでるなんて初めてだわ」


「みんなのおかげで実現できました」


「あなたのおかげでもあるでしょ?」


「僕なんて後先考えず、好き勝手やっただけですよ」


「それでもよ。あの子のために好き勝手してくれたんだから、お礼も『受け入れ』てくれなきゃ、寂しいわ」


「ははっ。じゃあ……、どういたしまして」


「それで?」


「え?」


「向介君は! 誰が本命の子なの?!」


「なんですか、本命って………」


「好きな子に決まってるじゃない! 恋人にしたい好きな子!」


「ここにいる僕たちそんなんじゃないですよ。何言ってるんですか」


「私、向介君になら鳴芽を任せても良いと思っているわ!」


「話を聞いてくれ!」


「………お母さん」


「あら、どうしたの?」

 さっきまで、みんなに囲まれながら食事をしていると思っていた鳴芽がいつの間にやら、泉美さんの側に立っていた。

 暴走しようとしている自分の母親を止めにきたのだろうか。

 だとしたら助かる。


「わたし………………」


「わたし?」



「向介と、キスしたことある」



 瞬間。

 あんなにも賑やかだったのに、時が止まったかのように静まりかえった。


 と、そのとき。


 ピーン、ポーン。

 インターホンが鳴る。


「あ。きっと曜さんだ。僕が行ってくるね!」


 これ幸いと僕はこれまで類を見ないほど、迅速に、素早く、即、玄関へと向かった。

 扉を開けると、


「よっ。遅くなっちまった―――――」

 案の定、そこには曜さんがいた。

 が、同時に、


「「「「「「―――――ええええええええぇぇぇぇーーーーーーー!!!!!」」」」」」


 鳴芽以外の6人の大合唱が辺り一帯に響き渡る。


「なんだなんだ。私……来ちゃまずかったか?」


「いや。曜さんには関係なくてね」


 どうしよう。

 帰るか?


 そういうわけにもいかず、僕は曜さんを連れて、阿鼻叫喚となった修羅場へと戻った。


「ど、どど、どういうことなの!? 鳴芽! あの先輩とキスしたって?!!」


「どうもなにも………キス、したんだって」


「キスって、キスなのよ?! キスはキスでキスをキスしてキスするってことなのよ!?」


「………沙織もおかしくなった」


「な、なる、ナルルさん!?」


「”る”が一個多いよ………」


「鳴芽ちゃん! コウの初めてはあたしなんだからねっ! なんたって、子どものときにしてるから!」


「………向介はわたしとしたあと初めてだったって言ってたよ?」


「ノーカンになってる!? でもこの前も……し、したもん!!」


「わ、わたしだって、向介くんと、キ、キスしたことぉ…………」


「………おそろい」


「なんなんですか!! 一円先輩ってとんでもねぇ女ったらしじゃないですか!!! あたしの晴夏さま、しらしろ先輩、なっちゃん、そしてさっちゃんまで手籠めにしてるなんてぇ!!!!」


「私はしてない!!」


「よっしゃあ!!!」


 あー、もう、ぐちゃぐちゃだ。

 鳴芽の突然の爆弾発言でこんなことになるなんて。


「………私はなぁ、向介。お前はもっと誠実な男だと思っていたんだけどなぁ………」


 僕の肩に手を置き、心底がっかりしたように吐き出す曜さん。

 どうやら、僕がこの場をどうにかしないといけないらしい。

 なんてこった。


「はぁ………」



 どうかお願いします。


 どうか………。


 どうか………ッ!!



「みんな忘れてくれ」



 そんな願いなんぞは雪のように儚く消えていくばかりだった。





 ◆




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