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こル・ココる  作者:
第一章 『憎』
6/62

解決した、そして本当に始まった。

 



 ◆




「僕は一円向介。『生徒お悩み相談室』だよ」

 知らない先輩から話しかけられた。

 この人はこの前の全校集会で言っていた新しい組織の人間らしい。

 ったく、タイミングが悪い。

 オレはこれから憎い『アイツ』を殺しに行こうとしていたのに。


「えーっと。一円……先輩、ですか?オレになんか用ですかね」

 今はもう放課後で『ヤツ』の席を見たら荷物は無くなっていたから急いで校門まで来たのに。

 ここは穏便にさっさと済ませて、早く『ヤツ』を追わないと。

 今ごろ、どこかの誰かに襲われていることだろうが。


「いや、用というか君の方が僕に用があると思ってね、須磨五郎くん」

 は?

 なんでオレが見知らぬ人に用があるっていうんだ。

 頭おかしいんじゃねぇの?


「言ってる意味がよく分からないんですけど」

 早くこの会話を終わらせないと。

 せっかく校門まで来たのに変な邪魔が入ってしまった。


「すみませんけど、オレ急いでるんで失礼します」

 こういうときは下手に見せて切り抜けるのが一番だ。

 この学校にもこんな変人がいるんだな。

 気をつけないと。


 ふぅ、さて。

 殺しに行こ。


「世知原くんを殺しに行くのかい?」


「っ!!」

 なんでそのことを!?

 オレが世知原を恨んでいることなんて誰にも言ってないのに!!


「何言ってんですか?せんぱ―――――」


「君一人だけじゃ世知原くんを殺すのは無理だよ。絶対に。『ヘルヘイム』に依頼しても無理だっただろう?」

 へ、『ヘルヘイム』のことまで知ってるのか。

 一体、何者だこいつ………ッ。


「は?ヘルヘイム?確か地獄の底って意味でしたっけ?」


「君がどうして世知原くんにそこまでの恨みを持っているかは知らないけど、止めた方が良いよ。警察に捕まりたくなかったらね」

 ちッ、こいつあくまでオレを無視しやがる。

 はぐらかすのは無理なようだな。


「はぁ?警察……だって?」

 まったくバカなことを言うもんだ。


「捕まるのはアイツの方だろっ!あんな有害を掃除する善良な一般市民が捕まるわけないじゃん。裁かれるべきは世知原のほうだ。アイツがどれだけ酷いことしてきたか、アンタだって知ってんだろ」

 もういいや。

 全部バレてんなら、全部バラすだけだ。


「で。アンタはどうしたいの?オレのこと警察に通報する?オレはただ『ヘルヘイム』に依頼しただけだぜ。まだオレは何もしてない」

 依頼したのだってオレだとは特定できないはずだ。

 この時点ではオレはまだ無実。


「大丈夫、安心して。僕は誰にも君のことを言う気はないから」


「は?」


「僕は君に協力したいだけだよ。世知原くんを殺すのを」


「ッ!!」

 なに言ってんだこいつ………ッ。

 殺すのを手伝うとか、マジでこの先輩頭イカれてんじゃねぇの?


「だって君は悩んでいるわけだろう?憎い世知原くんと、まさか同じ学校に入学してそして同じクラスにまでなってしまっている現状に」

 その通りだ。

 隣町にいるはずの世知原がオレの学校に入学してくるなんて夢にも思えなかった。

 なんでよりによってオレと同じ学校なんだと何度も、何度も思った。

 こんな自分の運命を何度も、何度も呪った。


「さっきも言ったように僕は『生徒お悩み相談室』だ。君のように悩んで苦しむ生徒を協力して助けるのが、僕の役目なんだよ。だからどうか僕に君を手伝わせてほしい」


「へぇー。人を殺すなんて狂ったことにも助力を惜しまないってか。ははッ、信じられるかよそんなもん。胡散臭いにもほどがある。オレを騙そうとしてるとしか思えないね」


「そうか……。それは残念だ、信じてもらえなくて」

 肩を落として残念がる様子を見せてはいるが顔は全然、そうは言っていない。

 コイツは会ってからずっと表情を全く変えない。

 人を殺すことを手伝うと言ったときも、依然として落ち着いた表情をしたままだった。


 気持ち悪い。

 正直にオレはそう思った。


「あーあ。須磨くんに振られちゃったなぁ。ねぇ、これから僕はどうしたら良いと思う?」


「どうしたら良いって……」

 オレに訊かれても。


「『生徒お悩み相談室』としての僕は仕事ができなくなってしまった。君を手伝うことを君自身に断られたわけだしね。でも―――――」

 そして、コイツはニッコリと笑いながら言った。


「―――――『人』としてなら僕がするべきことはまだあるかな」


「なんだって?」


「いやいや、大したことじゃないよ。ただ世知原くんを殺そうとする誰かさんを倒せば良いってことだからね」

 はぁ?

 何言ってんの?コイツ。

 何言っちゃってんだよ、コイツ。

 さっきまで殺人の共犯を申し出ていたのに、今度はそれを阻止するとか―――――。


「ハハ………アハハハハハハハハハッ」


「何がそんなにおかしいんだい?」


「なにがおかしいかって?おかしいに決まってんだろ!!アンタの頭がな!!あんな悪玉菌をアンタは守ろうってのかよっ!?」

 どんな神経してんだよ。

 あんな『ヤツ』なんか死んだ方が良いに決まってる!

 あんな『ヤツ』あんな『ヤツ』あんな『ヤツ』あんな『ヤツ』あんな『ヤツ』あんな『ヤツ』あんな『ヤツ』ッッ!!

 このオレが!!この手で!!


「そもそも、アンタなんかがオレを倒せるとか本気で思ってんの?見たところアンタ弱そうだけど。自慢にならないけど、オレってば空手やってたんだけど?」


「確かに僕はケンカは弱いよ。いろんなケンカに巻き込まれたりしてたけど勝ったことなんて一度もない」


「ハッ、情けねぇの。しかもこっちにはこれがある」

 そう言ってオレは懐からナイフを取り出す。

 折りたたみ式であるバタフライナイフ。

 人一人殺すには十分な長さ。

 ホントは世知原を殺るための武器だったが仕方ない。


「先輩、これ見える?これでもオレを倒せるとか思ってんの?」


「そうだね。さすがに僕だと無理だよね」

 オレが凶器を取り出してもあくまで余裕の表情。

 いくらこっちが何をしてもずっと同じテンション。

 ムカつく。

 なんだか自分のことなど眼中にないと言われているようで、心底ムカついた。

 殺す気はなかったけど、殺意が芽生えてしまった。


「クソが。少しはビビれってんだっ。オレが冗談でこんなことやってるとか思ってんなよ!!」

 そう言いながらオレはナイフを構え、先輩に向かってトップスピードで突っ走る。

 不意をついて襲いかかったつもりだ。

 それでも、コイツは顔色を変えない。

 怯えたり、恐がったり、驚いたり、怯んだり、戦いたりしていなかった。

 ただ単に『普通』だった。

 そのことがよりオレの怒りを買った。


「ふざけんなよッ!!オレが殺せねェとでも思ってんのかよォ!!!」


「思ってるよ……すごくね」

 その瞬間、なにが起こったのか分からなかった。

 いきなり頭の中が真っ白になって、今までの怒りが痛みのせいで全部吹っ飛んでいく。


「ぐはぁっ!」

 うめき声が聞こえる。

 一体、誰の―――


「コウ。挑発しすぎだ」

 今度は、知らない声が聞こえる。


「ごめんごめん。だけど挑発した覚えなんてないけど?」


「お前の顔は見る奴が見れば殴りたくなる顔だから、十分挑発になるんだよ」


「それどんな顔なんだよ………」

 あのイカれた先輩の声も聞こえる。

 なんだか親しそうに会話してるが、状況が掴めない。

 オレは先輩を殺せなかったのか。


「う……あ………」

 そこで視界がはっきりしてくる。

 見えるのは少し橙色がかった空だった。


「ん。こいつ意識戻ったぞ。どうする?コウ」


「あーあと二、三発お腹殴っといて、代」

 腹?

 そういえば腹がめちゃくちゃ痛ぇ。

 オレ殴られたのか?

 いつの間に。


「わかった」

 イカれた先輩に従う『代』と呼ばれる男は本当に倒れたオレを殴りやがった。

 五発も。


 そこでまたオレの意識は飛んだ。



 ◇


 今更ながら、僕はこう思う。

 校門でこんなことして良いのか、と。

 現在の状況を客観的に述べると百八十センチはあろうかと思われる長身の男子生徒が他の男子生徒をボコボコに殴るという図になっている。

 これ……問題にならないか………?


「おい、コウ。誰にも見られてねーだろうな?」


「犯罪性が増すからそういうこと言うな」

 僕的にちゃんとタイミングを見計らって、彼―――須磨五郎くんに僕を襲わせたんだからそこらへんは大丈夫。

 そもそも計画上では舞台は校門じゃなくもっと人目のない体育館裏とかを設定してたのに、まさか今日に限って須磨くんが世知原くんを殺そうと発起するなんて思わなかった。

 でも。

 それ以外は計画通り。

 正当防衛で彼を行動不能にできたし、良しとしておこう。


「じゃあ、代。須磨くんを『相談室』まで運んで………って彼死んでない?」

 よく見てみると口をあんぐりと開けて、白眼をむいている。

 かわいそうに。


「ちゃんと手加減したから大丈夫だろ。内臓は傷ついてないはずだ」


「いや、内臓が無事でも人はちゃんと死ぬよ?」

 できればこんな手荒なマネをしたくなかったが、昨日須磨君の様子を見たときにもう手遅れだと思って、急いで作戦を立てそれを天灯先生に伝え許可をもらってから今に至る。

 まさか人を傷つける許可を教師に仰ぐ日が来るとは思わなかったけど。


「ん、どっこいしょっと」

 さっきから僕と話をしていて、須磨くんを痛めつけた(痛めつけさせたのは僕だけど)この長身瘦躯の男は僕の中学からの友達であるくらだい

 我が校のボクシング部のエースである。

 ボクシング自体は代が気まぐれで始めたようなものだが、今では様々な大会を総なめにして次期主将候補でもある。


「『相談室』ってどこにあんだよ?」


「生徒会室の隣」


「ああ、あそこか」


「お前でも知ってたのか………」


「何、ショック受けてんだよ」

 なにはともあれ、あともう少しで依頼も終わる。

 最初はどうなることかと思ったけど、普通に大変だったな。

 そもそも僕一人で解決するのが無茶なんだ。

 時期としては遅いけれど、僕も勧誘というのをしてみるか。


「なぁ、コウ。事情は色々聞いたけどよ。肝心の犯人をどうやって特定したんだよ?」

 人一人抱えている奴との会話というのはなかなかにシュールだ。

 ちなみに世知原くんの事情云々はちゃんと本人に確認して代に話した。


「犯人ってサイトに依頼した奴ってこと?」


「そうだ」


「それはまぁ、ほぼフィーリングだよ」


「はぁ?」


「そもそもサイトにアップされていた写真は学校で撮られたものだった。世知原くんが襲われ始めたのは入学後ということもあって犯人は露草高校の教師か生徒の可能性が高い」


「それでも、まだ誰かまではわからんだろ」

 そう。

 あの日、写真を初めて見た図書室で手掛かりを掴んだはいいが、すぐにまた手詰まりとなった。

 だからこそのフィーリングだ。


「そこで世知原くんに頼んで一日中怪しい人が周りにいないか警戒してもらった」

 すると明らかに自分に対して他とは違う感情を向ける人が見つかった。

 それが須磨くんだった。

 今まで世知原くんはクラスメイトを敢えて避けていたし、そのクラスメイトも世知原くんを恐れて近付こうとはしなかった。

 だけど一人だけは恐れていなかった。

 恐れるどころか殺意を持っていた。

 その報告をもらった僕はさっきみたいに須磨くんに接触して確認するのが今日だったわけだ。


「じゃあ、お前は確認をとるだけのつもりなのに俺を呼んだり、顧問に許可をもらってたりしてたのかよ」


「うん。ほぼ成り行きであんなことになってしまったけど、おかげで僕は彼に殺されずに済んだよ」


「ったく、毎度無茶しやがる。そんなことだと晴夏に怒られるぞ」

 晴夏とはハル、つまり僕の家に居候している従姉のことだ。


「あー、だから今日のことはハルには黙っといて」

 手を合わせながら頼みこむ僕。


「絶対バラす」

 どうやら僕にこき使われたことを怒っているらしい。

 まぁ、こういうことは初めてではないしなんとかなるだろう。


「お前の『問題』もいい加減に自重してもらわないとな。こっちが持たない」

 ま、それに助けられてる部分もあるけどよ。

 そう呟く代の顔は複雑そうで苦々しかった。


 こいつの言う『問題』というのは僕が言う『性質』のことだ。

 昔から、それこそ中学の頃からこいつは僕の『性質』についてはどこかはっきりしないスタンスだった。

 なぜそうなのかは分からないでもないけれど、知らんぷりをしておく。

 きっと僕が知る必要のないことだと思うから。


「お、着いた」

 そうこうしている内に目的地に着いたようだ。

 ここからが須磨くんの正念場であり、また彼にとっても。


「やあ。待たせたね、世知原くん」


 部室のドアを開けると世知原くんが椅子に座って待っていた


「ああ、先輩とあと………そっちのデカい人は?」

 あ、そっか代とは初対面か。


「倉河代っていって今回、協力してくれた人の一人だよ」

 僕が紹介するとお互いに軽く会釈をする。


「へぇ。お前が世知原か。思ったよりも良い体してるじゃん。今度、ボクシング部にでも来いよ」


「あーいや、俺にはやることあるから部活をするつもりとかない……っすよ」

 何気に敬語を使ってる。

 僕にはタメ口なのに……。


「代、勧誘するのは構わないけど早く須磨くんを降ろしてあげて」

 ああ、そうだなと言いながら須磨くんを近くにあった椅子に座らせて、意識を戻すために頬を叩く。


「う……ぐぁ………」

 またもや意識を取り戻した須磨くんは殴られたお腹を押さえながらあたりをキョロキョロと見回しだす。

 やがてゆっくりと世知原くんを視界にとらえる。


「ッ!、世知原ゥ!!……ッ痛」

 いきなり声を荒げたせいか先ほどのダメージが須磨くんを苦しめたようだ。

 それでも須磨くんは世知原くんを睨みつけたままだった。


「お前!!お前のせいでオレは!!」

 痛みを抑えながら殺気をぶつけるように須磨くんは叫び続ける。

 それに対して世知原くんは、


「………………」

 黙って目を瞑ったまま何も言い返さなかった。

 それについて僕は驚いた。

 この二人を会わせたら殴り合いのケンカになると思っていた。

 だから、須磨くんにダメージを与え抑えやすくしようという作戦だったのだが。

 世知原くんが手を出さない。

 何人にも襲われて、それを返り討ちにできるほどの実力を持っているのに、彼はただ須磨くんの怒りを受け止めているように僕には見えてならない。


「おい、コウ。聞いてた話と違うじゃねぇか。世知原のやつケンカ強いんだろ?」


「そうなんだけど……」

 この不思議な光景を一緒に見ていた代が僕と同じ疑問を持ったようだ。


「ならなんで何もしない?」


「それは………」

 わからない。


 彼はまだ何かを隠しているか。

 僕にもまだ全てを話てくれたわけじゃないのか。

 そんな考えが頭をよぎる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 しばらくの間、須磨くんが世知原くんを罵倒してそれを世知原くんが黙って聞くというのが続いたけれど、責め疲れたのか須磨くんが息を荒くしている。


「俺に言いたかったことはそれだけか」


「……なんだと」

 目をゆっくりと開けてからやっと口を開いた世知原くんに須磨くんはイラついた感じでそう返す。


「ねぇ世知原くん、それってどういう………」

 僕の言葉には意を介さず世知原くんは真っ直ぐに見詰める。


「俺がお前に何をしたか正直言って覚えてねぇ。だけどお前がそんなにも、俺を殺そうとするほど俺を恨んでるなら。いいぜ。殺さないでくれるなら俺はなんでもお前の言うことを聞こう。それが俺の……『今の』俺の償いだ」

 意外だった。

 何度も言うけど僕はもっと怒り狂っていると思っていた。

 それなのに、世知原くんが今言ったのは懺悔だった。

 それを聞いた須磨くんは、


「ッ!!」

 ただただ驚くだけだった。


「なんだよ……それ………。もっと、歯向かえよ!!なに善人ぶって自分の罪認めてんだよ!!」

 今度は立ちあがって叫ぶ。


「お前がそんなんだと、オレはこの憎しみをどこにぶつけりゃいいんだよ!!!」

 椅子に座る世知原くんの胸倉を掴み、床に倒して馬乗りの状態になる。


「コウ、止めなくていいのか?」

 隣で一緒に見ていた代が心配そうに聞いてくる。


「少しだけ待ってくれ」

 これは、彼の……彼らの心の問題だ。

 明らかに僕たちが口を挟める雰囲気じゃない。


「お前が気が済むんならいくらでも殴ってくれてもいい」


「そんなんで済むと思うなよ!!オレの兄貴を……オレの憧れを殺しておいて………ッ」


「ッ!!!」

 今度は世知原くんだけじゃない僕たちも驚く番だった。


「ちょっと待って須磨くん。世知原くんが君のお兄さんを殺したってどういうことなの?」

 さっきまではただ傍観しようと思ったがさすがに言及せずにはいられなかった。


「本当に!!……………いや………本当に殺したわけじゃない。兄貴はコイツにケンカで負けただけだ」

 興奮気味だった須磨くんは僕の質問で少し冷静さを取り戻したようだ。

 あまりの感情の落差に戸惑ってしまう。


「…………オレの兄貴はさ、隣の町で不良の頂点とるくらい強くてかっこよかったんだ。その頃のオレはそんな兄貴に憧れてたんだ」

 深呼吸をしながら気持ちを無理やり落ち着かせて、須磨くんは世知原くんから離れ立ちあがった。


「でも、コイツに負けてからの兄貴は見てられなかった……。毎日暗い顔して、あの頃の輝いていた兄貴は消えてしまった」

 オレの憧れはいなくなったんだよ、と寂しそうに悔しそうに言う。

 僕に彼の気持ちが果たして分かるだろうか。

 僕の『性質』は全てを受け入れることだ。

 故に「あの人はかっこいいから僕もあんな風になりたいな」という感情を持たない。

 現状の自分に満足はしないけれど、『受け入れて』しまうからだ。


 だから。


 彼の気持ちは僕には分からない。

 どれくらいそれは辛いことなのか、耐え難いことなのか、さっぱりだ。

 こんなことじゃ須磨くんさえも救えないじゃないか。

 大丈夫なのか?これで………。


「今じゃあ」

 須磨くんはなおも語る。

 自分の兄のことを。

 自分の憧れのことを。


「今じゃあ、兄貴は部屋に籠って毎日アニメを見るようになってしまった………ッ」


 え?


「………………」

 これは代。


「………………」

 これは世知原くん。


「………………」

 これが僕。


「………………………………」

 須磨くん以外のここに居るみんなが唖然とした。

 いや、呆けたと言った方がいいのか。

 なにか聞いてはいけないことを聞いた気がする。

 え?何?どういうこと?


「……えーっとね。つまり須磨くんのお兄さんは………」


「オタクに…………なってしまったんだよ、ちくしょう」


「………………………………」

 またもや黙りこんでしまった。

 こういうとき何を言ったらいいか……。


 さっきまであんなに緊迫した雰囲気で僕も真剣に考えを巡らせていたのに、どうしてこうなった。

 誰もが言葉を失くしてるその時、床に倒れていた世知原くんがゆっくりと起き上がった。


「その………えっと、すまなかったな。お前の大事な兄貴をダメにしちまって」

 たどたどしい調子だったけどそれは確かに謝罪の言葉だった。


「昔の俺はとにかく暴れたくてしょうがなかったんだ。自分の強さを確かめたくてよ……」

 彼の言葉を聞いて僕は代を見遣る。

 これを聞いて代はどう思っただろう。

 自分と重ねているだろうか。

 あの頃の……僕たちが出会った頃の自分と。


「でも今は違う。俺にもお前のように憧れの人ができたんだ……。俺はその人を探すためにここに来た。それだけだ」


「お前さ……確かオレの言うことは何でも聞くって言ったよな」


「ああ」


「なら兄貴に謝りに来てくれ。それで何かが変わると思わないけど、それがオレの………始めの願いだったんだ」

 あんなに無我夢中に世知原くんを罵倒していたのに急に冷静さを取り戻した須磨くん。

 おそらく僕が問いかける時に思い出したんだろう。

 自分の目的を。

 世知原くんを殺すではなく自分の兄に謝らせること。

『ヘルヘイム』に頼ったせいで忘れてしまっていた当初の目的を彼は自分で思い出したんだ。


「……なぁ代」


「なんだよ」


「人の心ってこんなにも唐突に変わるものなんだな」


「当たり前だろ」

 呆れたように代は言う。


「心なんてものは移ろいやすくて、流されやすい。強くもなるし、弱くもなる。そういうもんをお前だって持ってんだろ?」


「ああ、そうだけど。僕にはよくわからないよ。人の心も自分の心も」


「なに珍しく不安になってんだよ。別にいいじゃねぇか、そんなお前が人を助けたって」

 言いながら代は僕に背を向ける。

 とても逞しいその背中を。


「それで助かる奴がいるんだから」

 そう言って去って行った。

 二人の結末を見届けたから、遅めの部活に向かったのだろう。


「僕がどんなやつだろうとそれで助けられるならそれで良い、か」


 これにて僕の『生徒お悩み相談室』としての初めての『お悩み』は解決した。

 須磨くんが本当に世知原くんを許したかは分からないけれどこれから長い学校生活だ、なんとかなるだろう。


 そして僕は今回のことで心を知らないことを知ったのだった。


 ◇


「それでどうなったんですか?」

 僕は今回の件に協力してくれた後輩女子に顛末を話していた。


「『ヘルヘイム』への依頼は削除されていたし、まぁしばらくはまだ世知原くんは危険な目に遭うけど直に治まると思う」


「また新たな異名がつきそうですけどね」

 それはありうる。


 ところで世知原くんと須磨くんの仲はというと、この前の昼休みに一緒にご飯を食べていたので大丈夫だろう。

 原因は知らないけれど、世知原くんが改心していたからこそ解決したようなものだ。

 実際、僕がしたことと言えば彼らの行き違いを正したくらいのことだろう。


「あのさ、君に頼みたいことがもう一つだけあるんだけど良いかな」


「今度は何ですか。また私に裸になれと?」


「またってなんだよ」

 いつそんなことがあったんだ。

 僕ってなにもしなくてもこの子の中では変態なんだな。


「君に『生徒お悩み相談室』に入ってもらいたいんだ」


「え?」

 珍しく目を見開く……ということはなかったけど、十分に驚いているみたいだ。


「僕一人だけじゃこの先の依頼はどうにもならないと思うんだ」


「なぜそう思うんですか?今回は見事に解決したじゃないですか」


「僕には人の心というのがはっきりとは分からない。だから僕の代わりに心と向き合って欲しいんだ」

 今回のことで痛感した。

 アスカ、代、この子といろんな人に協力してもらって初めて解決した。

『相談室』には僕以外の誰かが必要だ。

 そして、その候補がこの子なんだ。


「お言葉ですけど心と向き合うのは先輩の役目だと私は思います」

 彼女は言う。


「でもそれ以外にも私にもできることがあるかもしれませんね。今回みたいに」

 それから考え込むように俯きやがて綺麗な瞳で僕を見つめる。


づきおりです」


「えっ?」


「聞こえませんでしたか?私の名前は医月沙織といいます。これから本当の後輩になる人間の名前をちゃんと覚えてくださいね」

 彼女の心境がどのように変わったのか、やっぱり人の心はわからないけれど、どうやら僕の頼みを聞いてくれるらしい。


 かくして一人、医月沙織という女の子が仲間になった。

 初対面の頃だと想像もできなかっただろうけれど、今はこんなにも頼もしい。

 けれどやはり最後に言っておくべきことがある。


「僕は変態じゃないからね?」




 ◆




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