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こル・ココる  作者:
第八章 『忘』
59/65

報告した、そして見逃した。

 



 ◆




「曜さん、曜さん。ご飯、一緒にしてもいいかな?」


「あ? なに改まってんだよ。いつも一緒に食ってるだろうが」


「そうなんだけどね。今日はちょっと報告と相談したいことがあって……」


 祈梨ちゃんと空森家に行った次の日の月曜日。

 昼休みの時間、曜さんが言うように僕たちはいつも二人で昼食をとっている。

 ちなみに、僕も曜さんもお弁当だ。

 これもちなみに、僕は当たり前のように母親に作ってもらったものなのだが、曜さんはなんと手作りである。

 曜さんも僕も、大半は前日の晩ご飯の残り物を詰めているので新鮮味がないからと、必ずおかず交換をするのが恒例だ。


 今日は、僕のから揚げと曜さんの餃子をチェンジしてから、


「鳴芽のことで進展したことがあるんだけど」


「おお! そりゃ良かった! 思えばもう鳴芽とは一か月くらい会ってねぇからな……元気にしてるか?」


「うん、まぁ……それは平常運転、だったよ」


 昨日、帰り際に鳴芽に会った。

 ついこの間、曜さんとともに僕も忘れられてからそのままの状態。

 祈梨ちゃんもいたから彼女の心の負担も考えて、今回は会うつもりはなかったのだが、鳴芽がリビングに飲み物を取りに来たことで予期せず会ってしまった。


 鳴芽にとっては初めましての僕と祈梨ちゃん。

 僕は、通算何度目かの自己紹介をし、そして自分たち三人は友達であることを説明した。

 心配だったのは、やはり祈梨ちゃんだ。


 意外にも、祈梨ちゃんも夏休みの病院のときのように自己紹介をした。

 すでに覚悟をしていたからか、思ったよりもいつもの調子だったので、ほっと安心していたのだが。


『わたしは空森鳴芽。……忘れてもいいよ』


 鳴芽もまたいつもの調子でそう言った。

 これもまた、あの日ように。


 それにはさすがに、祈梨ちゃんは顔を曇らせた。


 それを見た泉美さんが鳴芽のことを叱って謝らせてくれたが、どうにも“しこり”のようなものが残ったようで、帰り道の最後まで祈梨ちゃんは暗いままだった。

 これが『当たり前』の反応。

 そんな『当たり前』ができない僕が、祈梨ちゃんにかけてやれる言葉を見つけることができなかった。


「おい向介!」


「え?」


「どうしたんだよ」

 いつまでも話を切り出さない僕に、曜さんは怪訝そうな様子だ。


「あ……、ごめん」

 あのときの共感してやれなかった悔しさは『受け入れろ』。

 今、やるべきことをやらなくては。


 僕は気持ちを切り替えて、昨日分かった鳴芽の記憶障害について話し始めた。

 曜さんは僕が話し終わるまで、相槌を打つだけだった。


「つまり……、今度はそのお前の後輩に鳴芽との関係を確かめるってわけだな」


「そういうことになるね」


「偶然という言葉では片付けられない……まさに運命的じゃねぇか。さっそく今日聞きに行くのか?」


「いや……。そうしたいのはやまやまなんだけど、すぐに済む話じゃないだろうし、期末テストが終わってからにしようと思うんだよね」

 そう。明日から4日間の期末テスト。

 僕は、修学旅行の一件で天灯先生から高得点をとるよう言われている。

 まずはそっちに集中しないと、また何を言われるか分かったものじゃない。


「ふーん。祀梨の妹との約束もあるんだろ? クリスマスまでに間に合えばいいけどな」

 祈梨ちゃんとの約束も考えるとあと二週間もない。

 確かにあまり悠長にしてもいられないのかもしれない。


「テスト最終日の放課後にでも行こうかな」

 ということは、今週の金曜日―――この日は午前で学校も終わるだろうから、医月が帰ってしまう前に会いに行かないといけない。

 事前に医月には連絡して、約束を取り付けておこう。

 応じてくれるかはわからないが。


「ごちそうさま。……それで? 相談ってのは?」

 僕は話してばかりいたが、曜さんは食べながら聞いていたので、すばやく弁当を片付けてしまう。


「鳴芽の記憶をどうやったら取り戻せるかなって。後輩に話を聞き行くにしても、その具体的な方法まではわからないだろうし、少しでも作戦を練りたいんだよね」

 時間がないというのなら、できることをできるうちにやっておきたい。


「作戦、ね。鳴芽のその記憶喪失ってのは、いわゆる私らの“もの忘れ”と同じ感覚でいいのか?」


「……だと思う。鳴芽の場合はその忘れ方がひどいって感じなのかな」


「なら思い出し方も私らと同じじゃねぇのか? ……だとすると、まず考えるべきは“忘れてる自覚があるかどうか”だな」


「忘れていることに気づいている、もしくは忘れていることすら忘れている……ってこと?」

 この二つは違う。

 前者の場合、思い出せそうなんだけど思い出せない、だから思い出すためにいろいろなことを僕たちは試すだろう。

 忘れる直前にしていたことを振り返ったり、実際に行動したり、手がかりがあればそこから推理したりもする。

 そうやって、思い出す努力をどうにかしていくものだ。


 しかし、後者の場合は全然違う。

 忘れていることを忘れているのだから、努力をしようなんて思わない。

 でも、だからといって、忘れたままになるかというとそうではない。

 何か“きっかけ”があれば、『あ、そういえば』と言ってふとした瞬間に思い出す。

 見たり、聞いたり、味わったり、嗅いだり、触ったり……その“きっかけ”というのはいろんな形をしている。


「鳴芽はどっちなんだよ」


「どっち……か………。あの子は、病院に通っているくらいだし、自分が記憶喪失者ってことは自分でわかっているはずだよね」


「あー、確かにあいつ、ちゃんと自分の状況わかってたな、そういや」


 うーん、と唸る曜さん。

 いろいろと考えてくれているが、そうこう話しているうちに、昼休みが終わりそうだ。

 僕はあまり手をつけてなかった弁当を急いでかきこむ。


「あぁ! わからねぇなぁ!」

 なんとか時間内に僕が食べ終えたところで、曜さんはイラつきながら声を荒げる。

 そのせいで、周りの人が少しびくついてしまった。

 友だちと談笑していた白城さ……輪花があわあわしている。

 僕は、それをなんでもないよと誤魔化して、


「どこに引っかかってるの?」


「んー、あー……。なんかさ……うまく言葉にできないんだけどよ。あいつって思い出したいって……記憶喪失をどうにかしたいって思っているんだよな?」


「そりゃあ……そうじゃないの?」


「確かめたことあるか?」


「いや……、ないけど………」

 曜さんは何が言いたいんだろう。自分でもわかっていない様子だけれど……。

 忘れたままがいいって、そんなこと思うのか?

 他ならぬ友達のことを忘れているんだぞ。


 僕たちは別に喧嘩したわけでも、仲違いしたわけでもない。

 記憶から消し去りたいほど、悲しい出来事があったわけじゃない。

 ただ楽しく過ごしていたはずだ。

 それなのに忘れられたから、原因がわからないんだ。


「普通に考えれば『大事だから()()()()()()』……だろ? だけど、あいつの場合は、『大事だから()()()』だったよな? まったくの逆だ。なら、思い出したいってのも、もしかしたら“逆”なんじゃねぇか?」


「逆って……、つまり本当は……鳴芽は………『大事な人のことを思い出()()()()()』……」


「そうだ。でも、鳴芽は別にそんなことを自分から進んでやるような、薄情なやつじゃない。私はそう思いたい。だから、わからねぇんだよ……」

 そこでチャイムが鳴る。

 鳴ってしまう。


「……悪かったな。力になれなくて」

 と、曜さんはそう言って、次の授業の準備をする。

 思い出させる具体的な方法についてはやはり何も思い浮かばなかった。


 しかし。


「………………」


 ハルと話しているときに気づきかけた違和感の正体。

 もしかしたら、曜さんが言っているそのことなのかもしれない。



 ◇



 金曜日。

 永遠にも感じた期末テストが終わった。ピリピリとした緊張の糸が緩む。

 明日からは土日休みなのと、あとは冬休みとクリスマスを待つのみとなったからか、教室内は浮足だっていた。


「行くのか?」

 後ろの席の曜さんが声をかけてくる。


「あんま、長引かないようにな。今、大雨警報が出たらしいぜ。天気予報だと、あともう少ししたら降り始めるかも」


「ありがとう、曜さん」

 確かに外を見れば、分厚く暗い雲が空を覆っている。

 今すぐにでも降り出してきそうだ。

 傘を持ってきておいてよかった。


「私も行こうか?」

 先日の力になれなかったという負い目を感じているのか、そう提案してくる。


「いいよ。曜さん、これからバイトでしょ? 頑張ってきて」


「……おう。何か必要なときは頼れよ」


「言われなくても」

 それから、さよならの挨拶をして約束をなんとか受けてもらった医月との待ち合わせに向かう。

 とは言ってもいつものように学生カバンを持って相談室に行くだけなのだが。


 頭の中で、医月に聞きたいことを整理させているうちに辿り着くと、すでに相談室には明かりがついている。

 どうやら医月の方が早かったらしい。

 どんなことを言われるのかと、ほんの少し心を整えつつ、扉を開ける。

 すると、そこにいたのは医月とその友達である竺雲寺あかりもいた。


「あ! いちえん先輩!! こんにちは!!!」

 相変わらず元気だ。

 一言ごとに勢いが増していくのを感じる。


「今日は!!!! あたしのさっちゃんと!!!!! みつだん―――」


「うるさいっ!」

 べしっと頭を医月に叩かれ、痛がるあかりちゃん。


 どこまでボルテージが上がるのか興味があったが、医月が止めなければ、廊下どころか校舎中にあかりちゃんの声が響き渡っていたことだろう。

 ところで、密談と言ったか?


「医月。できれば二人で話したいんだけど?」

 本音は、『二人で』ではなく『落ち着いて』なのだが。

 決してあかりちゃんのことを邪魔に思ったわけではない。

 

「二人っきりでぇーー!? いちえん先輩!? いくらさっちゃんが可愛いくて、恋人にしたいからといってテストあとの弱った心につけこむだなんて!! さいってーです!!」


「そんな作戦があってたまるか」


「そんなのでなびくのはあたしくらいですよ!!」


「ちょろすぎる」


 僕の意気込みはどこへやら。

 さっき曜さんに言われた天気のこともあるから早く要件を済ませたいのに、話が進まない。

 なぜか、誤解をしているあかりちゃんをどうするか頭を悩ませていると、医月がまたもや彼女の頭を叩く。


「いてっ! さっちゃん何すんのさ!」


「あかり」

 ぴしゃり、と。

 冷たく名前を呼ぶ。

 まるで僕を呼ぶときのように。

 ……いや、いつもこんな呼ばれ方されてるの?

 客観的に見ることで初めて気づいた。


「あかり。口チャック」


「んん!」

 すごい。

 言われてすぐに従うあかりちゃん。躾けられすぎてる。

 友だちというよりも、ご主人様と犬のようだ。


「ふぅ……。はい。これで静かになりました」


「君たちっていつもそうなの?」


「いけませんか?」

 なんにもおかしいことはありませんよ、と言いたげに返す。

 二人がそれでいいならいいけどさ。


 すっかり口を噤み、椅子に座り込んだあかりちゃんを横目に、僕も椅子に座らせてもらう。


「さぁ、先輩。こうして私の時間を無駄にさせているんですから、当然何か用意しているんですよね」


「嫌味な権力者みたいなこと言うなよ」

 時間をもらっているのは確かだけどさ。

 僕はいつから菓子折りを準備しないといけないほど、この後輩との上下関係ができてしまったのだろう。


「まぁ、おふざけはこのくらいにして」


「ふざけてなどいませんが」


「……このくらいにして。医月に聞きたいことがあって呼んだんだよ」

 予報通り雨も降ってきたことだし、強引にでも進めないと、全然話ができない。


「医月。空森鳴芽を知ってるかい?」


 あれ?

 前置きをまずは話そうと思っていたのに、すぐに本題に入ってしまった。

 ペースを乱され、なぜこんなことを聞いているのか医月にちゃんと話さなければと、言葉を考えていた。

 だからなのか。



 僕は、医月を見逃した。






 ◆




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