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こル・ココる  作者:
第八章 『忘』
56/65

渡した、そして呼んだ。

 



 ◆




 修学旅行も終わったところで今年も残すところあと少しとなった。

 この一年を振り返るのはちょっとまだ早い気もするけれど、でも色んなことがあった一年ではあった。

 一年というか二年生になった四月からの出来事が主に印象的だ。



 従姉が居候することになったり。


 教師から脅しをかけられたり。


 部活に入ることになって毒舌な後輩ができたり。


 階段から落ちたり、襲われたり、屋上からも落ちたり。


 入院したり、心配かけたり。


 文化祭を仕切ることになったり。


 恋をしたり。失恋したり。


 好きって言われたり。



 思い返せば今までの人生をひっくり返すくらいのあれこれが起きていた。

 自分を変えてしまうほどのことが起きていた。


 他人とあまり関わりを持たなかった僕ではありえないほどの人間関係を築くことになってしまった。

 新しい出会いばかりの一年だったと思う。

 だからこそ僕は変われたのかもしれない。


 人との関わりが僕を変えてくれたのかもしれない。


 ただ。


 僕の中にある『性質』は変わることはない。

 天灯先生がそう言っていた。


 "『性質』は変わらないもの"


 変わってしまったのは僕の『性質』への向き合い方だ。

 僕は失敗すればいつも『僕はこんな奴だから仕方ない』と諦めていたように思う。

 すべてを『性質』のせいにしていたのだ。


 これが責任転嫁と言うのかわからないけど、僕は全く以て変わる努力をしてこなかった。

 失敗したとしても反省して次に活かすことなんて全然なかったのである。

 逃げていた、というのが一番適しているのかもしれない。


 だけど僕は向き合うことに決めた。

 自分の『性質』のせいにするのではなく、受け止めて考えることに決めたのだ。


 そうなって良かったと自分自身では思うのだが、しかし医月はそう思わないらしかった。

 本当に『良い』かどうかはわからないと言っていた。


 本人にもなぜそう思うのかわからないみたいだったけど、確かに『変化』というのは良いことばかりではないかもしれない。

 良いこともあれば悪いこともある。

 それらは表裏一体で、どうしても切り離せないのが真理だ。


 僕は思い出しておかなければならない。

『性質』のおかげでやれていたことを。

 果たさなければならない約束があるということを。


 一年を振り返るというのなら、きちんと僕は思い出しておくべきだ。



 ◇



「はい、これ」


 修学旅行から帰ってきて、休みを挟んでの月曜日。

 妙に気だるげな雰囲気が学年の間で流れているが、思い出話に花を咲かせたりしていた。

 僕も例に洩れず、京都であったあれこれを後輩かなんかに話をしたりしてみようかと思ったけれど、僕の部活の後輩はあの医月なので話してみたところで食いついてくれるとも思えない。

 僕の盛大な独り言になりそうだ。


 そう思い、修学旅行での話は向こうから話題に挙げない限りしないでいいという結論に至った。

 なので用意していた医月へのお土産だけ手早く渡そうと思った。


 いつも通りの椅子に座り本を読み始める彼女に京都のお店で買ったキーホルダーを気軽に、ほいっと見せた。


「………なんですか? これ?」


 なんの前触れもなく差し出したので戸惑うかと思ったのだが、読書の邪魔をされたのがむかついたのか冷たく睨まれてしまった。

 お前はここに本を読みに来ているだけなのだろうか。


 睨まれたところで今更僕が気圧されるわけもなく、


「お土産だよ。京都の」

 と、余裕に返す。


「それはなんとなくわかりますけど……なんですか? その全く客に媚びていないキャラクターは」


「『にらみ猫』ってキャラらしい。まるで親の仇でも見るかのようなその鋭い眼光に一部の変態マニアには人気があるんだって」

 僕が買ってきたのは三毛猫のやつで、他にも黒猫からマンチカンまで十数種類のバリエーションがあった。


「そんなものをなぜ私に?」


「いやーぴったりかなって……」

 瞬間凍り付くような絶対零度の視線を僕に向けて来た。

 ……失言。


 僕はキーホルダーを医月に無理矢理渡し、そそくさと自分の席に座る。


「それで、どうだった? 僕がいない間に何か相談とか来たのかな?」


「いいえ。まったく」

 再び本に目を戻した医月はそう答えた。

 いつもより声が低いのは気のせいであってほしい。


「なんか最近相談してくる人もいなくなったよねぇ」


「碌でもない相談ばっかりになりましたね」

 碌でもない、か。

 いつもは教師から雑事を頼まれたりするけれど、最近では生徒会の雑用も閑谷会長から押し付けられたりもしていた。


 このままでは名ばかり組織である。


「このまま自然消滅とかしそうですよね、この部活」

 ページをめくる手を休めないまま、医月はなんてことはない感じで呟く。


「現実問題、来年度あたりで……。この部室だって当たり前に使ってますけど、生徒会とかの物置だったでしょうね。そんな場所を無駄な組織に使わせる理由もないでしょう」


「うーん。天灯先生に脅されて始めさせられたからなぁ……終わりも突然かぁ」


「……? 脅されて?」

 おっと、失言だ。

 そういえば医月ですらこのことは言ってはいけないんだった。


「まぁ……なんにせよ、僕たちがここでやってきたこともなかったことになって忘れさられるってことを覚悟した方が良いかもね」


「案外、暢気なんですね」


「忘れられるのには慣れてるからね」


「………強く生きてくださいね」


「あれ? 初めて君から励まされた気がするけど……、なんだろう、全然うれしくないや!」

 むしろいつものように失礼なことを考えながら励ましたに違いないぞ、この後輩。


 別に影が薄くて存在が稀薄だから、誰かに忘れられるわけじゃない。

 僕のことをよく忘れる友達が記憶障害を持っているってだけだ。


 そういえば僕はまた忘れられたんだっけ―――あの子に。



 ◇



 あの子というのはもちろん空森鳴芽のことだった。

 夏のある日、僕が病院に入院していたときに出会った口数の少ない、歳が一つ下の女の子。


 数年前、交通事故に父親とともに巻き込まれ、残念なことに父親は他界し、鳴芽だけが命を取りとめた。

 しかし、脳に後遺症が残ってしまい、今では"発作"が起きれば記憶を失くしてしまう。

 所謂、記憶喪失だ。


 この記憶喪失というのが特殊なものだった。

 自分の知る誰か関わってきた人物についての一切の記憶を忘れてしまうのだ。


 だから。

 僕と出会ったことも、祈梨ちゃんと一緒にマンガを読んだことも、曜さんに会わせたことも、遊んだことも、僕にキスしてきたことも。

 発作が起きて僕のことを忘れれば、彼女の中では全て『なかったこと』になってしまう。


 そして、僕は祈梨ちゃんとの約束と自分のために鳴芽の記憶喪失をなんとかしようと八月から頑張ってきたのだが。

 その甲斐も虚しく、十二月にも入り、今年ももう終わるというのにまだなんの手立ても見つけられずにいた。


 僕は医者ではない。

 鳴芽のことだってまだあったばかりで知らないことの方が多い。

 そんな僕がなんとかしようだなんて、土台無理な話かもしれない。


 下校時刻が近づいてそろそろ帰宅しようと、珍しく弱気になりながら玄関で靴を履き替えているときだった。


「向介くん!」

 と、誰かが元気よく僕を呼んだ。


「ああ、白城さん」

 僕と修学旅行で色んなことがあり過ぎた白城さんだった。


「今帰りなんですか?」


「うん。……あれ、白城さんって部活に入ってないよね? こんな時間まで残って何してたの?」


「期末テストの勉強をしてました。あと一週間もないので」

 あー、そっか。

 すっかり修学旅行から帰ってきて浮かれてた。


 十二月の中旬には期末テストがあるんだった。

 冬休みに補講をくらいたくないのでそれなりにみんな頑張って勉強をするんだよなぁ。

 でも、白城さんの成績でこんな下校時刻ギリギリまで勉強しなくてもいいんじゃないかと思うのだが。

 そう彼女に聞くと、


「帰りながら話しましょ?」


 ということでバス通学である白城さんと一緒にバス停まで並んで帰ることになった。


「向介くんは進路とか考えてますか?」


 さっきの話の続きだろうか。

 僕らの通う露草高校は一応は進学校なので、大学とか短大、専門学校などに将来は進むのが一般的だ。

 かくゆう僕もなんとなく大学に進学しようかと考えているが、まだ具体的には定まっていなかった。


「進学したいくらいにしかまだ考えてないかな」


「わたしも最近まではそうでした」


「え、じゃあもう決めたの?」

 僕の質問に頷く彼女はなんだか少し照れくさそうだった。


「教師に、なりたいなぁって……その、思っちゃいまして………」


「へぇ……」

 教師か。

 白城さんみたいな人だったら優しい教師になりそうだな。

 間違っても生徒の弱みを握り脅してくるような先生にはなるまい。


「きっかけは天灯先生なんですけど」


「………え?」


「先生みたいにちゃんと生徒を信じてあげられるような教師にわたしはなってみたいんです。生徒の味方に、そして弱い人の味方に全力でなれるような教師に」


「………そっか」

 白城さんの場合は過去のこともあるのだろう。

 彼女は昔いじめられていたらしい。

 そんな苦い経験を持っている彼女だからこそ、なれるものもあるのかもしれない。


 すごい。


 素直に僕はそう感じた。


 僕が中学のときまでやっていた紛い物の人助けではない。

 白城さんはきっと当時の僕ではできなかった"本当の意味"で弱き者を救っていくんだろう。

 そう確信させてくれる白城さんがすごいと僕は思った。


「頑張らなきゃな」


「はい!」

 僕は自分に対して言ったつもりが、白城さんは自分が言われたと思い元気よく返事をした。

 そのことがおかして、つい僕一人で笑ってしまう。


「な、なにがおかしいんですか?」


「いやいや、なんでもないよ。白城さん」


「………………」


「ん? どうしたの? 白城さん」


「それです」

 え? なにが?

 ちょうどバス停に到着し、二人して立ち止まる。


「何か向介くんから違和感をあったんですが、わかりました。わたしの呼び方がおかしいんです」


「おかしいも何も僕はずっと白城さんのことは『白城さん』って呼んでるよね?」


「いえいえ」

 わかってないですねと言いたげに首を横に振る。


「『輪花』って下の名前で呼んでください」


「下の、名前で?」


「京都の神社であれだけの……こと、を………し、ちゃったんですよね、わたし」

 自分から言っといてあの日のことを思い出したのか、今更になって恥ずかしがる彼女。

 持ち直すのに少し待って、さっきの調子で続けた。


「わたしはあなたに恋をしていると告白しました。そして、まだわたしは振られていません。そうですよね!?」


「は、はい! そう、です」

 いや、断ってないか? いや、断ってないな!

 記憶を遡ってみても、確かに僕は彼女に対して返事を出していない。


「なら、わたしたちは、その……友達、以上の、関係ではないでしょうか!」


「そ、そうだね!」

 もう勢いで返してしまっている。


 しかし、白城さんの言う通りだ。

 もう彼女とは色んな事をやってきた。


 曜さんを説得した。文化祭を一緒に作った。彼女の過去を聞いた。修学旅行で同じ場所を周った。

 そして、励まされて支えてくれるとまで言ってくれた相手に僕はそれ相応の呼び方をしていなかったのかもしれない。



 じゃあ、『受け入れよう』。



「輪花」


「ひゃ、はい!」

 いきなり過ぎたかな。


「輪花。改めてこれからもよろしくね」


「はい、向介くんっ。これでまた一歩、あなたに近づけました」


 本当に。

 僕にはもったいない。


 ただ名前を呼ばれただけで幸せそうに笑顔を浮かべる彼女に、ちゃんと僕は報いることができるだろうか。


「それで話は変わるんですが」


「なに?」


 これまで以上に意を決したように、僕を真っ直ぐに見て輪花はこう聞いてきた。



「クリスマスは何か予定がありますか?」






 ◆





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