暴走した、そして帰ってきた。
◆
あの日。
あたしがコウを拒絶したあの日。
あたしは自分の何もかもを嫌いになった。
そして。
なんでコウのことが好きだったのかわからなくなった。
昔の話だ。
あたしとコウがまだ同じ学校に通っていた小学生の頃のこと。
学校の近くに山があった。
三十分もあれば山頂に登れるようなそう大きくもない山だ。
あたしとコウはそこをよく遊び場にしていた。
あたし達だけじゃなく他の友達も一緒だった。
だけれど、その山で作った秘密基地は二人だけのものだった。
二人だけの秘密だった。
そんな秘密基地にあたしは小学校を卒業する日にタイムカプセルを埋めた。
これはあたしだけの秘密で、コウには最近初めて教えた。
それくらい大事で、大切で、知られたくないものがその中には入っている。
あたしはそのタイムカプセルを掘り起こすために次の日学校を休んだ。
あのタイムカプセルにはあたしの当時の気持ちが込められていた。
当時のコウへの気持ちを。
体よく言えば、原点回帰だ。
コウへの気持ちを改めて思い出すために、あたしはいち早くそこに向かいたかった。
五年ぶりにやってきた秘密基地はものの見事に大破していた。
残骸があっただけ大したものだった。
今は無残な秘密基地を目印に、当時のことを思い出しながら、懐かしみながら、しっかりと埋めた場所を特定する。
「ここだ」と呟き、持ってきていたスコップをリュックから取り出し掘る。
埋めたときには相当深く掘って埋めたのである程度の時間は覚悟していたけれども、案外早くにキンッと小気味のいい音が響いた。
そこにあったのは確かにあの時あたしが埋めたタイムカプセル―――大きなビンだった。
その中にはその時使っていたインスタントカメラと現像した写真、そしてあたしが書いた手紙だった。
写真はまた何年後か来た時の楽しみにしておこうと、そう思い泥まみれのビンから手紙だけを取り出す。
手紙。
それはあたしが未来のあたしに宛てた決意の確認だった。
ちゃんと自分で決めたことを守ってるかどうかの確認だった。
あたしはこの手紙を読んで、一晩考えた。
初めてコウと会った日のこと、一緒に遊んだ日々のこと、住む場所が変わって会わない日が続いたこと、そして同じ家で暮らしてきた時間を思い出し、想いを巡らせ、迷いを見つけ、相談した。
代君に相談した。
代君はすべてを知っている。
あたしがあたし自身に吐いている嘘もその理由も。
だから、相談できた。
そして、協力してもらった。
あたしはもう二度とコウを拒絶して逃げないように、この日を選んだ。
同じ日、同じ場所の修学旅行先で、決着をつけると決めた。
決着。そう決着だ。
過去から今に続くあたしの気持ちに決着をつけてやる。
そうしないとあたしはもう前へと進めない。
コウと一緒に未来を過ごせない。
「コウ……来るかな………」
あたしは今鴨川にかかる橋にいる。
背の高い建物はそんなになくて川が先の先まで見えるような見晴らしの良い場所。
歩道を歩く人はまばらで車がよく通るくらいだけど、これから話をするぶんには邪魔にならない。
もちろんここには初めて来た。
一人で来た。
だから、こんなにも不安になるのかな。
空も暗くなっていって、冬を思わせる冷たい風が肌を容赦なくチクチクとさせる。
あたしはより一層身を小さくする。
昨日の朝にコウにあげたものとお揃いのマフラーに顔を埋める。
「はやく………会いたいよぉ……」
会いたい、会いたい。
あんなにも近くにいたのに、こんなにも待ち遠しく焦がれるとは思わなかった。
はやく、温かさが欲しい。
はやく、コウに触れたい。
はやく、コウと話したい。
はやく、コウに―――――
「ハルっ!!」
◇
全力で走り過ぎて肺も腹も、冷たい空気のせいで喉すらも痛かった。
それでも「ハルっ!!」と声を振り絞れたのは、橋の真ん中で寂しげに川を見下ろしていた彼女を見たからだ。
僕の記憶の中ではハルは笑った顔ばかりだ。
もちろん怒った顔も困った顔も色々あるけど、一番がそれだ。
最近はめっきり見れてはいないけれど昨日の朝に久しぶり見せたあの笑顔がいつものやつだった。
だからちょっとだけ安心していた。
僕の日常が帰ってきたと。
僕もやっと心から笑えると。
しかし、違った。
甘かった。
現状は何も解決していない。
まだ何もハルと話せていない。
彼女の気持ちも僕の気持ちも。
互いにまだ全然何も話せていないし向き合ってなどして、いない。
今からだ。
ここからだ。
僕たちは自分を曝け出す。
離れていた時間もあったけど同じ家にくらすようになってすぐ傍にいるものと勘違いして、ずっと全てをわかっていたつもりでいた。
僕は知らなくちゃいけない。
僕の知らない、ハルについて。
だから。
「ハァ、ハァ……、は、ハル………」
乱れた息を整えて、僕は言う。
拒絶されたときと同じように。
「話が……あるんだ………いい、かな?」
すると目の前にいる彼女は答える。
今度はドア越しじゃない、ハルは僕に向き合って、そして―――――
「いいよ」
―――笑っていた。
そんなハルの顔を見てしまったら、心臓の音を隠すのはもう無理かもしれない。
◇
コウが来てくれた!
あたしはもうそれだけで涙が出そうになる。
そして、何度もやり直したいと思ったあの日と同じことを聞いてくれた。
あたしは、「いいよ」と今度こそ言いたかったことを言えた。
本当に、本当に、それだけで―――――。
「コウ。やっぱりここじゃ話難いからさ、橋の下に行こうよ。風もしのげるし」
「わかった」
そう言ってあたしは橋を渡りきり、川原を目指す。
そんなあたしに後ろから着いてきてくれるコウ。
良かった。
隣に来ようとしなくて。
今、顔を見られたらダメだ。
今日この時まで覚悟を決めていたはずなのに、顔を合わせただけでくしゃくしゃになりそう。
少し時間を置かないと。
「ハルも修学旅行だったんだな。しかも僕たちと同じ京都」
「そうだね。びっくりだね。こうして会えるなんてね」
自分で呼び出しといて白々しいことを言っている。
でも、これくらいの軽口を叩いて置かないと本気で泣きそうなんだもん。
「宿泊先もこの辺なの?」
「うん……あっちに見えるかな。あのホテルだよ」
「そっちはホテルか……。こっちは旅館なんだ」
「えーいいなぁー。やっぱり仲居さんとかいるの?」
「いるよ。すっごく綺麗で、さすが京都って感じ」
「いいないいなぁー」
これ以上ないくらいの雑談だった。
とりとめのない、なんとも日常的で、懐かしさすら感じた。
これがいつものあたし達のやり取りだ。
何気ないことを話して、たまに昔の話をしては盛り上がって、あたしももちろんコウだってお互いに腹も立てず、穏やかで、安心ができて、自然と笑顔になれて、気心が知れた、そんな関係。
あたし達のこの関係を脅かすものなんてない。
あたし達以外には。
ふと、このままでいいやって思ってしまう。
そんな邪な考えが脳裏を過ぎる。
あたしの弱さがそうさせた。
「そういえばあたしがあげたマフラーはどう?」
―――素直に謝ればいい。
「これ? 温かいし、デザインも良いし、とても気に入ってるよ」
―――すべてなかったことにすればいい。
「えへへ、でしょ? コウってば防寒具とか全然持ってないから風邪ひかないか心配だったもん」
―――大丈夫。コウならすぐに許してくれる。
「何かお返ししないとね。手袋とかがいいかな」
―――それですべてが"元通り"。
「いいよ、そんな気を遣わなくて。お詫びの気持ちを込めてあげたんだから」
―――それでハッピーエンドじゃん。
「………………」
立ち止まる。
橋の下についたからだ。
振り返ればコウがいる。
見慣れたようで、でも顔を見ればやっぱり久しぶりで新鮮だった。
謝ろう。
まずは「ごめんなさい」って言って、それからあのとき怒鳴ったことを誤魔化そう。
そうするだけできっとコウは納得してくれるよ。
それでまた"元通り"の日常が戻ってくるよ。
このあとお互いへのお土産買って、家に帰ってから見せ合おうとか提案して楽しめばいい。
そしてまた………。
「またあたしは嘘を吐くの?」
ちがう。
あたしが今、コウと一緒にここにいるのはそんなことのためじゃない。
あたしは楽になりにきたんだ。
もう自分の気持ちに嘘を吐かずに、隠さずに、目をそらずに。
"元通り"なんて望まない。
―――今までの日常をぶっ壊すんだ。
「ハル………?」
突然、独り言をしては黙っているあたしに怪訝そうな顔を向けるコウ。
その顔がこれからあたしの告白でどう変化するのか楽しみだ。
あっ! と言わせてやる。
それから悩めばいいよ。
いつも近くにいたお姉ちゃんがどれだけ自分のことを思っているか。
「コウ」
「なに?」
「好きだよ」
あっさりと、そして素直に言ってやった。
コウもそんな顔をするんだね。
初めて見たよ。
面白いや。
「あたしが好きなのは代君じゃなくてコウだったんだよ?」
「え……? ウソ、だよね? そんなことがあるはずが………」
「あるんだなぁ、これが。どうしたら信じてくれる?」
「どうしたらって………」
「キスする?」
コウってぱ真っ赤になってやんの。
多分、あたしもだけど。
でも、こんなにも狼狽えて動揺してるコウが可愛くて面白くてそんなことどうでもいいや。
あたしはコウに近づいていく。
采は自分で投げた。
もう後戻りはできない。
そう思うとなんでもできる気がしてきた。
もう自分を偽ることも抑えることもやめたのだ。
やりたいようにやってやる!
「あはは! ほら、コウ……こっちに来てよ………」
そう言いつつもあたしとコウとの距離はもうそんなにない。
あたしは両手を伸ばし、コウの顔を包む。
冷たい。
コウの頬っぺたは冷え切っていた。
「やめろよ」
ぴたり、と動きが止まる。
あと数センチで唇が触れ合うところでコウはさっきまでの動揺はなく、真っ直ぐにあたしにそう言い放った。
あれ、おかしいな。
コウから拒絶されるなんてそんなこと……。
コウはなんでも受け入れてくれるはずなのに。
「ハル」
「………いや」
「ハル!」
「いや!!」
いやだよ!!
あたしは怖くなってコウから離れてしまう。
ホントはこの場から逃げ出したかった。
だけど、体が思うように動いてくれない。
強引に好きな人に迫って、それで拒まれるなんて思ってもいなかった。
もうダメなのかもしれない。
せっかく過去の手紙を探してまで自分の想いを繋いできたのに………失敗した。
あぁ。
これまでのすべてが後悔でいっぱいだ。
我慢しなければ。
言い出していれば。
ウソを吐かなければ。
素直になれていれば。
ケンカしなければ。
拒絶しなければ。
「………………ッ」
好きにならなければ―――――よかったのに。
「ハルっ!!」
気が付いたらあたしはコウに抱きしめられていた。
マフラーが顔に当たってチクチクとするけど温かくて、コウの心臓の音も伝わってくる。
拒絶されたのに今はこうして密着していることにあたしはわけがわからなくて地べたに座り込んでしまった。
コウもそれに合わせてくれる。
「どうして………? さっきはやめろって……言ったのに………」
「ごめん、酷いこと言った………ハルが……ハルじゃない感じがしたから、それで。………すぐに離れるよ」
「ううん、いい……むしろこうしてたい………」
「そっか……」
「うん」
落ち着いてみてわかった気がする。
暴走しちゃったんだ、あたし。
何年もずっと押し込めていた自分の気持ちに身を任せすぎた。
受け止めてくれるからって、膨れ上がって破裂寸前の想いを自分勝手にコウにぶつけてしまったんだ。
「ゆっくり話してくれないかな………ハルの気持ちを。僕はちゃんと聞いてるからさ」
「うん……」
それからあたしは話す。
コウに包まれながら、温かさをもらいながら、幸せな中で。
あたしの今までを。
「あたし達が初めてあったときのこと……コウは覚えてる?」
「覚えてるよ。僕の家にハルが遊びに来て、それからいきなりハルから話しかけられた」
「よ、よく覚えてるね」
あのときのあたしははしゃいでたからなぁ。
「そのときからあたしはコウのお姉ちゃんのつもりだったの」
「そんなことも言ってたね」
「お姉ちゃんだからコウを守ってあげるんだってずっと思ってた。コウってば小学校のときはよくケンカに巻き込まれてたし」
「そうだっけ?」
そうだったんだよ。
いつもコウは誰かを守るために自分から盾になってた。
弱い者いじめする奴らも毎回毎回コウが邪魔するもんだから、うんざりしてたのをよく覚えてる。
守るために傷つくコウを守るために、当時やんちゃなあたしはそれなりの腕っぷしを振るってきた。
そんなことを繰り返していると、この弟はあたしがいないとダメなんだなってますますあたしは"お姉ちゃん"になっていった。
「でもね……五月くらいにコウが怪我したときに話したよね? 山でかくれんぼした話。あのときからあたしはコウを見る目が変わったの」
秘密基地がある山で遊んでたとき、あたしは絶対に見つからないように木に登ってたんだけどすぐにコウに見つかって驚いて木から落ちてしまった。
それを受け止めてくれたのは他でもなくコウで、そのことがとても頼もしかった。
「あのときコウも怪我してたのにあたしを負ぶって家に帰ったからさ……、もうコウはあたしがいなくてもいいのかなって思ったの」
「あんなのただのやせ我慢だよ。いつも助けられてばかりだったから、今度は僕が助けないとって」
「あはは、コウらしいね。……それからは時間が経っていくとコウはどんどん男の子らしくなっていくし、あたしもだんだん女の子になってさ。もうその頃にはあたしはコウのことが好きだったんだと思う」
「でも、それは………」
「勘違いだと思う? ふふっ、違うよ? あたしは本気だった。本気で悩んでたの、コウを好きになっていいのかなって」
今思えば思春期だった。
誰かを好きだなんて知られたらからかわれるし、死んじゃうくらい恥ずかしい。
それでも恋話に花を咲かせるのは女子の間でよくあることだった。
いつも一緒にいたせいか、あたしの話になるとみんなはコウの名前を挙げてきた。
当然気持ちを隠したけど、そのとき言われたことが原因であたしはコウのことを諦めようと決めた。
「『いとこを好きになるなんてありえない』………なんて言われちゃってね。ショックだったよ。あたしはコウを好きになっちゃいけない、あたしは異常なんだって」
「そんなわけないだろ」
「あはは……コウなら絶対そう言うと思った」
そう言うとわかってても、やっぱりあたしの気持ちは言えなかった。
言えない理由は二つある。
ひとつは自分が異常であると周りに思われたくなかったから。
もうひとつはコウが異常だと周りに思われるのが嫌だったから。
あたしのせいでコウが勘違いされるのが一番避けたいことだった。
だからあたしは自分の気持ちを隠すようになった。
「中学の頃、代君と知り合ったとき……あたしは気持ちを隠すためにコウにはあたしが代君のことを好きだと嘘をついた。代君にはずいぶん迷惑かけちゃったけど」
「じゃあ代は本当のことを知ってるの?」
「うん。高校に入学してからは早くコウに告白しろってさんざん言われてた」
「………なるほど」
妙に納得してるコウだけど、思うところがあったみたい。
「僕は無神経だった。ハルがそんなふうに考えてて、苦しんでいたなんて思っていなかった……本当に………」
「謝らないでよ?」
ここまでずっと抱き着いていたけど、さすがに離れる。
あまりにもコウが的外れなことを言うから。
「あたしが苦しんだのはあたしのせいだよ。自分の気持ちに反するようなことばかりやって暴走したのもあたしのせい。だから改めて……」
酷いことを言ってしまったのはあたしの方だ。
コウを怒らせるほどのことをあたしはあの日してしまったんだ。
それら全部を謝らないとあたしはこれ以上あたしを許せそうにない。
「コウ、言いたいことがあるの」
顔を合わせ、あたしは今までのことに思いを巡らせる。
コウは申し訳なさそうな顔してる、しなくてもいいのに。
全部あたしが悪かったんだから。
「ごめんなさい。コウの恋を悪く言って。無視して。こんなあたしで。ごめんなさい。ごめんなさい。もう元通りにならなくてもいい。嫌いになってもいい。だから、………だから」
これが精いっぱいの。
あたしの願い。
「―――あたしがあなたを好きでいることをゆるしてください」
奇しくも旅館の仲居さんのように八の字に手を置き頭を下げる。
叶わなくてもいい。
この恋が成就することは望まない。
だけど、好きでいたい。
世界で誰よりもコウが好きだってことをあたしはゆずりたくなんてない。
その思いがそうさせた。
「ハル」
ビクッと、なる。
初めて会って今までずっとコウはあたしのことをそう呼んでくれる。
コウはいつだってあたしのことを"お姉ちゃん"として見ていなかった。
あたしのことをちゃんと"ハル"として見ていてくれていた。
「僕はまだ好きな人のことを好きなままだ。それは未だに変わってないんだ。不思議なことに。……でもいつまでもこの気持ちのままってわけにもいかないよな」
コウはあたしの体を優しく起こす。
今回もコウはコウだった。
あたしのことを気遣ってくれて、あたしのことを考えてくれた。
「僕はハルといつも通りに戻りたい。嫌いになんてならない。そして―――好きになってくれてもかまわない」
だから、好きなんだよ。
あたしの気持ち全部をあげてもいいって思えるくらい。
あなたは優しいから。
あたしはいつだって味方でありたいの。
「だから、帰ろう……一緒の家に。"ハル"には僕の傍にいてほしいんだ」
ありがとう、と何度このとき繰り返したことだろう。
またコウの胸に飛び込んで、長い間泣いた。
"お姉ちゃん"ではなく"ハル"という一人の女の子としてコウの前にいる。
好きだという気持ちをなんの臆面もなく、素直に吐き続けた。
それが許されるのがたまらなくうれしかった。
結果的にあたしの告白は失敗した。
成就することもなく、もしかしたら振られてしまったのかもしれない。
でもそれでいい。
少なくともあたしの中の恋が悲しいものではなくなったのだから。
我慢しなくてもいい。
それだけであたしは―――――
「大好きだよ……コウ」
―――――しあわせだ。
◇
後日談として語るとすれば、一円向介があのあとこっぴどくそれはもうこっぴどく天灯先生に怒られたことぐらいだ。
あれだけ頼もしく背中を押してくれた代でも天灯先生をどうにかすることはできなかった。
僕は後日反省文を提出することを課され、しかもそれをクラスのみんなの前で朗読するという罰が下った。
………なんでだよ。
なにはともあれ、修学旅行も終わり荷物を引きずっての帰宅。
僕は反省文の内容をつらつらと考えてしたのだが、ふと思い出したことがあった。
「ハルへのお土産買ってない……」
これはヤバいと思った。
あれだけマフラーのことでお礼をしたいと言っていたのに、忘れるとはこれ如何に。
だが、今更悔いたところでもう遅い。
すでに家に着いてしまっているし、その家の前にはそのハルが待っていた。
「もう帰ってたんだ、着替えてるし」
「うん。……ちょっと寒かったけど、早く会いたくて」
顔を微かに赤く染めながら、昨日のことを引きずってか少しそっぽを向いてそう言う彼女になんだかドキッとしてしまう。
以前のハルなら言わないようなことをさらっと言っている。
これは調子が狂うぞ。
そう思いながら玄関に一緒に入る。
「ああ、その、なんだろう、ごめん、ハル」
「ん? なに?」
「ハルにお土産買うの忘れててさ。ほら、マフラーのお礼の」
「あぁ、そのこと……。別にいいって言ったじゃん」
「いやぁでもやっぱりお返しとかしたくてさ」
「………そこまで言うんなら遠慮なくもらおっかな」
「もらうったって、だから何も用意してないんだけど?」
なんだろう。
これから街に出かけて、欲しいものでも買わされるのかな。
「用意しなくていいよ。勝手にもらうから」
言うが早いか、ハルはまだ荷物も降ろしてない僕に体が密着するほど近寄ってきて首の後ろに腕を回してきた。
気づいたときにはもう遅い。
という表現もこれで何度目か。
温かくて柔らかい感触が唇を通して伝わってくる。
「ん……っぷは! 久しぶりにしちゃったね。子供のとき以来だよ」
「家でこんなこと……」
そして、僕はどれだけ奪われるんだよ。
「だって好きでいていいんでしょ? あたしはもう我慢しないからね」
そう言ってあれだけ顔が近かったというのに、いつの間にか家にあがりまるで挑発するように僕に指をさす。
「覚悟してねっ!」
呆けてる間にハルはもう部屋へと消えて行って、取り残された僕はとんでもないことになってしまったんじゃないかと今更ながらに戦慄するのだった。
しかし、でも、まぁ。
「なんだか………」
今のハルはまるで昔のようだった。
やんちゃで自分を飾らなくて、自分に素直な、僕が憧れたそんなハルのようだった。
かくして。
僕たちの初めてのケンカは長くつづき、仲直りを果たすも以前にも増して僕が苦労するだろうことは想像に難くない。
でも。
反省文も罰も僕には待ち受けているというのにこんなに気分が晴れやかなのは、嬉しいのは、やっぱり僕だってハルのことが好きだからなんだろう。
とりあえず僕は言ってみた。
悲しみと向き合うことを決心し、変わってしまった変わらぬ日常へ。
「ただいま」
僕は帰ってきた。
◆




