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こル・ココる  作者:
第七章 『悲』
53/65

頼った、そして走った。

 



 ◆




 修学旅行も中盤にしてメインである京都散策の時間がやってきた。

 当然のように班行動だが、僕の班は代、アスカ、曜さん、そして白城さんの五人だ。


「なぁ、向介。お前、輪花に何かしたのか?」

 京都を観光をするなら定番とも言える清水寺を後にし、次の目的地に向かう路線バスで曜さんにそう訊かれてしまった。

 バスは少し混んでいて僕たち以外の三人とは席が離れてしまったので、この会話が聞かれることはない。


「何かしたというか……何かされたというか………」

 まさか神社でのことを言うわけにもいかず、そんな曖昧で歯切れの悪い回答になる。


「明らかにお前のこと意識してるだろ? 輪花のやつ。まぁ、悪い感じはしないけどな。今だってお前のことを『チラッ……チラッ……』と見ては顔真っ赤にして俯いてるだけだしよ」


「………………」

 そうなのだ。

 今日の白城さんは昨日のような気迫は全くと言って良いほど無くなってしまっている。

 下手すれば通常時よりも心ここにあらずである。


 さっきだって酷かった。

 清水寺は平日だろうと人が多い。

 だからはぐれないようにしようとしっかり者の白城さんらしく注意していたのだが、そのすぐ後に僕たちの周りに白城さんの姿がないことに気付く。

 はぐれた。白城さんが真っ先に。


 まぁ、最初のうちは笑い話にしていたのだ。

 あの白城さんでも修学旅行ではしゃいでいるのだと。

 むしろ僕たち四人のほうがはぐれたんだと。

 しかし、だ。


 観光途中にいつの間にか白城さんがいなくなっているということが何回も起きた。

 その度に探しては見つかるのだからいいものの、もし何かの事件に巻き込まれれば大変だ。

 ということで解決策というのが誰かが手を繋ぐことだ。

 僕と代はもちろん男子なので却下。

 結果的に曜さんとアスカが代わりばんこで持ちまわることになった。

 バスの中だろうと今はアスカが彼女の手を握っている。


 こんならしくもない白城さんを目の当たりにすれば、さしもの曜さんも不審に思うよな。


「初めての京都なんだってさ、白城さんは」

 とりあえず誤魔化しておく。


「だから色々目移りしちゃうんだろうね。今日くらいは僕たちでお世話しようよ」


「……そうだな。いつもの恩返しができると思えば願ったりなくらいだな」

 恩返し、ね。

 その言葉を聞いて僕はなんだかほっとした気分だ。


 僕もどこかで感じていたのかな、曜さんを学校に連れ戻したのは白城さんが言うような『余計なお節介』だって。

 自分のやっていることが正しいかなんてわかりっこなどない。

 ただ自分が正しいと思うからやっている。

 人のためになると信じているからやっている。


 そりゃあ、それが余計だと言われることもある。

 往々にしてある。

 過去そんな経験がないわけではない。


 いじめから助けても。

 探し物を見つけても。

 仕事を手伝っても。

 手を差し伸べても。

 罪を庇っても。


 余計だと言われてしまう。

 別に見返りがほしくてやったわけじゃない。

 でも。

 言われるとなんだか『心』が磨り減っていくような気がしてならない。


 だから曜さんの言葉を聞いて改めてほっとした。

 報われた気分になる。


「ねぇ、曜さん」


「なんだ?」


「もし曜さんに好きな異性がいたとしてさ。僕からその人にはもう恋人がいるんだよって教えられたらどう思う?」


「唐突だな」

 確かにそうだ。

 でも、考えてしまったんだ。

 文化祭の次の日に僕がハルに言ったことはやっぱり『余計なお世話』だったのかって。

 ハルはあのとき確かに怒っていて、僕は取返しのつかないことをしたんじゃないか。


 曜さんは僕の突然の問いに真剣に考えてくれている。

 答えはすぐに返ってきた。


「辛いとは思うだろうな」


「辛い……」


「ああ。なにせ失恋しちまっているんだからな」


「怒ったりしないの?」


「怒る? 誰に?」


「そんなこと教えた僕に」


「はぁ?」

 何言ってんのこいつみたいな顔をされる。


「なに言ってんだ?」

 実際に言われた……。


「なんで私がお前に対して怒ると思うんだよ?」


「いやだって……知りたくないことを勝手に教えているからさ………」


「……はぁ………」

 ため息された。

 心底、呆れたように。


 バスが停留所に停まる。

 扉が開き、人が乗り出す、降りだす、扉が閉まる。

 再びバスが動き出すまで曜さんは黙って、僕に何と言おうか考えているようだった。


「お前が最近元気なかったのはそういうことだったのか」


「そういうことって?」


「だから、そういうことがあったんだろ? 実際に」


「う、………はい」

 見抜かれた。

 まぁ、唐突にこんなことを聞いてこられればそう考えるのも当然だ。


「私は怒らねぇよ。向介が面白半分にそういうことを教えてくるやつじゃないって知っているからな」


「僕だから怒らないってこと?」


「そうだよ。私はちゃんとお前のことを信頼してんだから」

 曜さんは乱暴に膝の上にある僕の手を握ってきた。

 それがその信頼の証だと言っているような気がした。


「つまりはお前は怒られたのか? そんなことを言うってことは」


「うん」

 もうこの際全部言ってしまおうと思った。

 僕が悩みを自分から相談しようと。

 そう思えた。


「ふぅん。で、そのいとこが怒ったんだな」

 ハルに代には付き合っている人がいることを伝えたということを、実名は避けて説明した。

 前の座席には本人がいるため、割と神経を使った。


「怒ったのにはまた別の理由があるな。少なくともお前が考えているような理由じゃない」


「なんでそう思うの?」


「私よりもよっぽどそのいとこの方がお前のことを知っているからだよ。私が怒らない理由の通りだ」

 一円向介という人間は軽はずみにはそういうことを言わないから、だと。


 思い出してみれば確かにハルは代に恋人がいると言ったときは怒っていなかった。

 その後は僕がハルの代への気持ちを追及すると急に声を張り上げた。


 張り上げて『二年前でしょ! あたしが代くんのことを好きって言ったのは!』と言った。

 あのときハルは焦っていた。

 焦って感情に任せて後に続く言葉も言っていた。

 そして、その言葉に僕も感情的になってケンカになったはず。


 こうして冷静に振り返って考えてみればハルがどこで怒っていたのかわからなくなった。

 そもそも怒っていたのかすらわからない。

 もっとわからないのは僕が今身に着けている昨日の朝にもらったマフラーだ。

 なぜ急にハルは僕たちの間の沈黙を破り、これをくれたのか。

 なにがあったんだ、ハルに。


 あんなに身近にいて大切だと思っていた彼女がこんな短期間で遠く感じるほどになった。

 なんだか心にポカンと穴が空いた気がする。

 それが"寂しい"という感情だということを僕はしばらくしてから思い当たった。


「ありがとう、曜さん」


「なんかわかったのか?」


「いや、正直何もわからなくなったよ。でも、これならちゃんとアイツと話し合える気がする。それくらい進展したよ。曜さんに話してみて良かった」


「―――――そうか」

 曜さんはふっと笑顔を見せた気がした。

 気がしただけで気のせいだったかもしれない。

 それくらい一瞬のことだった。


「お。次で降りるみたいだな」

 清水寺の次に向かうは三十三間堂だ。

 ここはアスカの希望で、曰く「千手観音をみたいから」というのが理由のようだ。


 そういえばずっと掴んでいた手を離し、曜さんは先にバスから降りていく。

 その後についていく僕だったが、降りる際にアスカと曜さんで交わされた会話に気付くことはなかった。


「ん? なんだか曜ちゃん………」


「なんだよ? というか祀梨くらいだよな、私のことちゃん付けするの」


「親しみを込めてるんだよー。そんなことよりも何か良いことでもあった?」


「あ? なんでだよ」


「だってとっても嬉しそうな顔してるよ?」


「………………」


「よかったね」


「…………まぁな。やっと少しだけ―――恩返しできた」



 ◇



 その後も気が晴れたからか、僕は心からやっとこの修学旅行を楽しめたと思う。

 もちろん、仲良さげにしている代とアスカを見るのは胸が締め付けられるように辛かった。

 でも、思ったほどでもなかった。


 きっとこれは白城さんのおかげだ。

 彼女には感謝しかない。

 自分自身も辛いのに、僕の支えになろうとしてくれた。

 それがたまらなくかけがえのないものだとわかっている。


 だから僕は改めて白城さんに「ありがとう」と伝えた。

 伏見稲荷神社の無数にも思える赤い鳥居の道を歩いときに、ふと二人きりになったときに、自然と口に出て言葉だった。

 そんな突然の僕の感謝に彼女は、


「今度はわたしに恋してくださいね」


 真っ赤だった。

 これ以上を見たことがないくらい、周りの鳥居も落ちている紅葉もそう言った本人も言われた本人も。

 全部が全部、真っ赤っか。

 一生忘れることができないような光景だった。


 照れくさくなって、今日はもう面と向かって彼女と話すことはできないだろう。

 そんなこともありながら京都散策は無事に問題もなく終えようとしていた。


 十七時には旅館に戻らないといけない。

 このまま帰れば十分に間に合うからと、みんなで町中を歩いているときだった。

 代が突然自分のケータイを見る。

 何やらやり取りをしたあと、僕に向かってそのケータイの画面を見せてきた。


「今からここに行け」


「いやいや。いきなり何言ってんの?」

 画面には地図が表示されていた。

 よく見れば旅館とは反対方向の鴨川という有名な川がある場所だ。


「今からそんな寄り道したら完全に集合時間に間に合わないでしょ」


「ああ。お前だけな」


「僕一人で行けってか!?」

 そもそもなんでそんなところに行かないといけないんだよ。


「―――晴夏がいる」


「………は?」


「お前ら珍しくケンカしてるんだろ? さっさと行って仲直りしてこい。先生には俺が言い訳しとくから」


「………………」

 色々と言いたいことはある。

 なんで知ってるんだよとかやっぱりハルの修学旅行先は京都なのかよとか。


 色々とあったけれど、僕の気持ちは早くハルに会いたい、だった。


「ごめん! みんな!」

 だいぶ前を歩く女子三人を引き留める。


「財布落したから、ちょっと戻るね!」

 そんなウソだと、すぐさま白城さんや曜さんが手伝うとか言い出すだろうけれど、その二人はアスカが止めた。


「うん、気を付けてね! いってらっしゃい」


 アスカは訳知り顔でそう言った。

 手を振って、笑顔で。


 僕もそれに笑顔で応える。

 忘れかけていた痛みを抑えながら。


 そして、代からケータイを借りて僕はみんなに背を向けて来た道を歩き出す。

 逸る気持ちが体を押す。

 白い息をしきりに吐きながら、僕は日が暮れた灯りに包まれる町の中をいつの間にか走っていた。


 走るのは久しぶりだ。

 すぐに肺が痛くなる。


 でも、そんなの気にならない。

 会って何を言うのか、どうするのか、どう謝るのかなんてものも全く考えていない。

 ただハルに会いたいという気持ちだけが僕の足を動かしている。


 何も考えないことでここまで体が軽くなるなんて思わなかった。


 走れ、走れ、走れ、走れ、走れ。


「はやく!」


 会いたい!!





 ◆





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