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こル・ココる  作者:
第七章 『悲』
52/65

負けた、そして気づいた。

 



 ◆




「あ、向介くん、こっちに来てもらえますか?」


 水族館の次はもう京都入りだ。

 新幹線を乗り継いでの移動になるが、流石にその道中の乗り物の席は男子達と一緒だ。

 それのおかげでなんとか北方くんからの敵認定も解除してもらえた。

 苦労……したけど。


 そんなこんなで男子達と友好を深めつつ、ついにやってきた古都京都。

 京都駅なんかは多くの人が行き交うし、高層ビルが立ち並んでいたりと近代化が進んではいるが、少し足をのばせばすぐに古風な木造の建物も目につくようになる。

 観光地として栄えているこの地もこの今と昔の絶妙なバランスが雰囲気として実は気に入っている。


 茶色いマクドナルドやコンビニを眺めて新鮮な気分にもなりながら、本日修学旅行一日目の終着点である旅館へとたどり着いた。

 流石は観光地というか修学旅行先の定番の地だ、旅館がとにかくデカい。

 大勢の学校生徒を受け入れられるが周りの建物にそぐわない程度の木造建築で、そこがやはり趣深い。

 綺麗な和装の仲居さんに僕たちは色めきながら、今日を合わせて二日間寝泊りする部屋へと入る。

 もちろん男ばかりで五人部屋であり、少々むさ苦しさもあるが、畳や障子といった古き良き日本の文化に包まれてそれでも和む。


 食事もそれぞれこの部屋で摂るらしいが、その時間まで実はまだ二時間もある。

 それまではこの旅館の近辺なら散策をしてもいいと、自由時間を僕たちは与えられている。


「よっしゃ一円! さっそく舞妓はんを探しに行くとしようか!」

 和解を果たした北方くんだったが、こんな男だらけの空間にいられるかと言わんばかりに僕を強引に外に連れ出そうとする。


「ごめん、僕はちょっと休みたいよ……ずっと移動だったし」


「なんだよ、枯れてんなぁ」

 枯れてるなんてこの年で言われるとは思わなかった。


「代と一緒に行きなよ」


「えぇーー、アイツは敵なんだよ、俺にとって」


「お前はすぐに敵を作るよな」

 荷物を整理し終えた代が僕らの会話に入ってくる。


「この世には二種類の男がいるんだぜ?」


「二種類?」


「モテる男とモテない男だ。代、お前は前者。すなわち俺の敵ってわけ」


「その信念、貫いてると一生モテないままっつーか、モテられないままだよな」


「全くだね」

 僕は代に同調してここで気づく。

 あれ? じゃあ彼の敵じゃなくなったってことは僕って……?

 なんだか気づいてはいけないことに気づいてしまったようだ。


「なんでもいいよ! 早く行こうぜ!」

 そう言って彼はついさっき敵と宣言した代と他の同じ部屋の男子二人を連れて外へと出かけようとする。

 はぁ、と一つため息をして僕もその後を追う。

 追う、が旅館の外へと出たところで冒頭のように白城さんに呼び止められてしまった。


「ごめんよ、北方くん。用事ができたみたいだ」


「あ? 一円、てめぇ、また俺の敵になるつもりか?」


「もういいから。……ほら、行って来いよ、コウ」

 またもや騒ぎ出す北方くんを抑えてくれた代にお礼を言って僕は彼らに背を向ける。

 代に背を向ける。

 あまりにいつも通りなアイツに。


 良かった。

 代にはバレていないようだ。


 僕は少しだけホッと安心しつつ、皮肉だと思った。

 これからお前たちの話をするというのに、その本人から助けが入るとは。


「また、です」


「ん? どうしたの、白城さん」


「また……そんな悲しそうな顔をするんですね」




 ◇



 思えば。


 彼女、白城さんとは話すようになってから半年くらい経とうとしている。

 彼女が右腕を怪我した僕に優しくしてくれてから半年。

 恩を受けたあの日から半年。


 この半年の間で色んなことが起きたけれど、初めて一緒にお弁当を食べたあの日のことは忘れないだろう。

 これからもずっと。


「この辺りでいいですかね、………なにぶん初めての京都ですからちゃんと帰れるように気を付けないと」

 さすがというか、少し歩けば神社が旅館の近くにあった。

 小さく寂れているがここならあまり人は来ないだろう、存分に内緒の話ができる。


「白城さんって京都初めてなんだ?」


「そうなんですよ、中学のときは別のところに行きましたから。……だから楽しみだったんです、この日が。みなさんと楽しめるこの日が。そのためにも………」

 掠れて薄くなっている朱色の鳥居に背を預け彼女は言う。


「向介くん。話を、しましょう」


 いつだってそうだ。

 彼女は、覚悟を決めた彼女はいつも目が違う。

 強い意思が籠っていると言うべきなのか、それは曜さんの家に行ったときも、文化祭で瀬戸津さんを怒ったときもそんな目だった。

 今回は僕に対してその目を向けている。

 大切な叔父の眼鏡を通して。


「………………」

 僕はしっかりと彼女の視線を受け止め、彼女のように鳥居に寄りかかりながらも相対する。


 僕も覚悟を決めなくちゃね。

 まずは意味はないだろうけど、誤魔化してとぼけてみよう。

 水族館で敷元くんに言った『気持ちに従う』ことをやってみよう。

 僕は隠したい、なんとしても。

 そんな欲をまずは貫いていこう


「わざわざこんなところで話す必要とかあったのかな?」


「まだとぼけるんですか、向介くん。……いい加減にしないとさすがのわたしでもちょっと怒りそうなんですけど」

 う………、いや、負けるな。


「怒るって……、穏やかじゃないね。でも何のことだか本当にわからないんだよ。なんで白城さんはそんなに―――」

 思ったよりも事態は悪いようで温厚なはずの彼女が怒るとまで言っている。

 僕はそれをなだめようと、薄く笑いながら言葉を偽る。


 それが、いけなかった。


「そんなに必死なの?」


「必死ですよ!!!」


 いつになく、そしてらしくもなく彼女の張り上げた声は神社の静寂の中ではどこまでも鳴り響いていった。

 真正面にいる僕には尚更響く。

 驚く、言葉に詰まる、考えが吹っ飛ぶ、嘘が出てこない。

 彼女は泣きそうなくらい端正な顔を歪めながら、僕との距離を無くしていく。


「必死なんですよ!! 向介くんは何も言ってくれないから!! 必死になるしか、ないんですよ……!!」


「し、白城さん」


「…………あっ」

 僕の戸惑った声で我に返ったようだった。

 彼女はすぐ傍まで近づいてきていたが、我に返った途端、ほぼ反射的にまた離れていき、また元の距離感になる。


「………………」

 僕は聞いてしまった、彼女の感情を。

 彼女の想いを。


 それによって足掻けなくなる。

 これ以上、嘘を吐く続けるのは無理なんじゃないかって。

 そう、脳の奥の奥まで理解してしまう。


 僕は何の言葉も繋げることもできないまま、白城さんも自分を落ち着かせるため、静かな時間が流れる。

 日がもう傾き始めている。

 風に揺られる木々の音、鳥の寂しげで強い鳴き声だけが二人の周りを包む。


 僕はもはや何が正しいことなのか、自分が一体何をやりたかったのかわからない。

 僕がアスカへの気持ちを隠していたのは身近な人のためだったはずだ。

 でも、それは隠しきれていなくて、白城さんにバレてしまっている。

 それでも隠そうと僕は彼女に嘘を吐いて、誤魔化そうとした。

 それが最善だと信じていたから。


「………………」

 だけど。


「…………ッ」

 さっきの白城さんの気持ちを目の当たりにして、僕はまた残酷なことをしてしまっていたんじゃないのかと思ってしまう。

 僕は、僕は………。


「………あのとき」


 静かな時の中で自問を繰り返す僕だったが、その静寂を破ってくれたのはやはり彼女だった。


「あなたが入院したばっかりのときです。わたしが初めてお見舞いに行った日のこと……覚えていますか?」


「……覚えてる」

 そう答える僕の声には覇気がなかった。

 自分が良かれと思ってやってきたことが誰かを傷つけていると疑いを持ったからだ。


「あのときあなたはわたしに悩みを話してくれました」


「そう、だったね……」

 茜音さんをちゃんと助けてあげられなかったことを僕は白城さんに話したんだっけ。


「うれしかったです……初めてあなたが弱いところをわたしに見せてくれて、ちゃんと心を許してくれてるって……わたしは、うれしかったんです」

 気づけば彼女はまた僕のすぐ傍まで近づいていた。

 密着、とは程遠いがそれでも手を伸ばせば触れ合える距離だ。

 そして、実際に彼女は僕の冷めきった手を握り自身に持っていく。

 それから大事に大事に両手で包まれてしまう。


 強く、つよく。


 僕はなんの抵抗もできないままだった。


「それなのに……この前まで嫌がらせを受けていることも今回のことも何も話してくれない……、わたしは………、わたしは向介くんにとってその程度なんですか? その程度の……存在ですか?」

 やめてくれ。

 そんな顔、しないでくれ。


 僕はまた蔑ろにしてきたんだ。

 今度は彼女を。

 僕はまた。


 僕はそんな彼女に、ここまで必死になってくれている彼女に、嘘で返すのか?


「………………」

 彼女の優しさに塗れた目から背けて言えばいい。

 いつもやってきたことだ。

 自分の『心』を偽ってきたのは。

 隠してきたのは。

 殺してきたのは。


 今さら何を戸惑うことがあるんだよ。

 僕は……、僕の『性質』は……こんなことでは鈍らないはずだろ?

 だったら、とっくに鈍ってるはずだ。


 あのときも、あのときも、あのときも、あのときも。

 あのときも、あのときも。

 あのときも、あのときも、あのときも、あのときも、あのときも、あのときも。


 いくらでもきっかけはあったんだ。

 なのに、なんで………。

『今回』は駄目なんだよ………。


「白城さんは……僕にとって大切なだよ。それは、それだけは間違いなく、覆らない、誰にも変えられない事実だ」


「だったら……、そう思ってくれているなら………! もうとぼけないでください。向介くん……あなたは………」

 そう言いながらさらにギュッと僕の手を強く握る。

 それから顔を俯かせ時間をかけてバスで聞いた質問を意を決したように再び投げかける。


「あなたは祀梨ちゃんのことが……………、すき、なんですよね?」

 消え入りそうなほど小さな声だったが、僕にはしっかりと聞こえた。

 一回目よりも感情がこもっている気がして。

 だから、僕も、


「うん。好きだよ。僕はアスカのことが好きなんだよ」

 本当のことを、本気のことを、僕の『心』のことを僕はちゃんと答えた。

 答えられた。

 それは紛れもなく彼女のおかげだ。


 もう嘘を吐くこともない。

 彼女に、何よりも自分自身に。


 気づけばもう僕の手は冷たくなくなっていた。


「向介くん、本気なんですよね……?」


「うん、本気。好きな人が親友と恋に落ちても、僕の恋が終わっても、まだ僕は恋してるみたい」

 これが嘘偽りない僕の"本当の"気持ち。

 それを聞いた白城さんは僕の手を離す。

 そして自身の眼鏡に触れて、


「そんなの辛い、ですよ……、悲し過ぎますよ………」

 言いながら眼鏡を取る。

 二度目となる白城さんの素顔。

 一度目に見たときとは違って整ったその顔は涙で濡れていた。


「―――――ッ!?」


 気づいたときにはもう遅かった。

 信じられないことだが、しかしこの唇に感じる心地よさがこの事実を事実だとたらしめていた。


「んんっ、」


 咄嗟に離そうとするけど、そんな僕を逃がさないように彼女は体を寄せ抱き着いてくる。

 息をするのも忘れ、永遠にも感じた"それ"は名残惜しそうにゆっくりと離れることで終わりを迎えた。


 寒いはずなのに熱い。

 僕たちは揃って息を荒げている。


「な、……なんで、こんなこ………」

 行為の理由を尋ねようとした。

 だけど白城さんの息を切らして涙を流しながらも上気した表情がなんとも言えないくらい艶やかで言葉を失うほど色っぽかった。


 今度こそ密着した状態だ。

 こんな状態でそんな顔を見せられたら………。


「約束、してください」


「………え?」


「辛いときは言ってください。悲しいときは泣いてください。大丈夫です、わたしはちゃんと見てますから」

 ああ、そういうことか。

 なんで白城さんに僕の気持ちがバレたのかやっとわかった。


「わたしもまだ、恋してますから。向介くんに」


 ごめんね、白城さん。

 辛くて悲しかったのは君のほうだったんだね。





 ◆





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