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こル・ココる  作者:
第七章 『悲』
51/65

騙した、そして手遅れた。

 



 ◆




 修学旅行一日目は学習を目的とした施設をクラス毎で決めてそこを見て回るというものなのだが、とは言っても水族館とか動物園とかが定石だ。

 生物の資料館としてならこの上なく学習できるものであるし、そういったところでなければ僕たち高校生は楽しめない。

つまらないところに行ってもやっぱりつまらないし。


 ということで僕たち一組はとある水族館に来ていた。

 平日のおかげでお客は少ないけど、それでも子供を連れた親とかカップルとかがちらほらといる。

 ガラス張りの水槽を眺めながら僕はバスでした白城さんとの会話を思い出す。



「祀梨ちゃんのこと好きなんですよね?」


「そりゃ好きだよ、友達だしさ。どうしたんだよ。いきなりそんなこと聞くなんて」

 不意打ちにも程があった。

 まさかそんなことをこんな行きのバスで聞かれるなんて思っていなかった。

 内心、僕の気持ちがバレているんじゃないかと思ったが、そんなわけがないとすぐに思い直す。


 もし、僕の気持ちを知ったうえで聞くのであればこんな誰が聞いているかもわからないところで聞くはずもない。

 こんなの日常会話だ。

 僕はそう高を括っていた。


「とぼけるんですね」


「っ!?」

 逃げられない。

 追い詰められている。

 そう錯覚するほど、白城さんの声は僕の核心に迫るほどの力が籠っていた。


 彼女はこんなバスの中"だからこそ"聞いていると気づく。

 五月にも閑谷会長からこれと似たような気分にさせられた。

 心理的に圧をかけるという手法をまさか彼女がしてくるとは思わなかった。


「とぼける? なにが?」

 だからってここで馬鹿正直に告白してたまるか。

 ここまで隠して、黙ってきたんだ。

 今さらクラスメイトである彼女に打ち明けるわけにはいかない。


「確認ができました」


「え?」


「この話の続きは宿でしましょう? 二人きりで話せる場所があれば良いんですけど……」


「ちょっと勝手に話を進めないでよ」

 とは言えなかった。

 あくまで僕は白城さんが意図することに全く気付いていない風を装わなければならない。

 彼女が考えているようなことは皆無であると僕は表し続けていなければならない。


 だから僕はただ黙るだけだった。

 いつものように花が咲いたかのように可愛らしく笑う白城さんとは対照的に。



 以上が回想。

 それからはいつもみたいに他愛もない話をするだけだった。


「…………うーん」

 実際問題どうしたらいいんだろう。

 少なくともクラスのみんなには気づかれないようにしたいというのが僕の最低ラインだったはずだ。

 それが、あろうことか白城さんが感づいてしまっている。

 しかもそれを問い詰めようとしている。

 そんな彼女をうまく丸め込んで僕がアスカのことを好きだというのは勘違いだとわからせないと僕のこれまでの苦痛も苦労も意味がなくなる。

 なんのために隠し続けてきたのか。


「いや、違うな」

 すでにもう意味がなくなっているのか。

 バスの中で白城さんからあんなことを聞かれた時点で僕の負けてしまっている。

 彼女が生半可な根拠で僕に"確認"をしてくるはずがない。

 それなのに僕が何を言おうと彼女の中ですでに"そうなっている"のに納得するはずもない。

 もう諦めるしか―――。


「なんだよ一円。そんなに真剣にマンボウ見つめてどうしたんだ?」

 突然、後ろから声をかけられ我に返る。

 すると目の前には確かにマンボウが悠々と泳いでいるし、ガラスの反射で声をかけてきたのが敷元くんだとわかる。


「あはは、僕って無類のマンボウ好きでさ。このヌルッとしたゆるキャラ感がたまらないんだよ」


「そんなに好きなら写真でも撮れよ」


「生憎とカメラを持ってないんだ。だから記憶に焼き付けているのさ」


「だから真剣な顔で? ははは、きもちわりー」

 そういえば班行動だというのにいつの間にか僕は一人だった。

 心ここにあらずだったせいでみんなとはぐれてしまったのかな。


「僕もだけど敷元くんはなんで一人なの?」


「のど乾いたから。そもそもここじゃあ班行動なんてあってないようなもんだろ?」

 確かに周りを見ても好き勝手に見て回っている子がいる。

 自由なのであれば僕もこのままマンボウを観察しておくとしよう。

 本当は大してそんなに好きでもないけど。


「あー、あのさ一円」

 敷元くんはどこかに行ってしまうでもなく、僕と一緒にマンボウの前に立つ。

 バツが悪そうに隣の僕の顔を見ないまま。


「ちゃんと話してなかったよな、そういえば」


「?」


「文化祭のときのことだよ。俺はお前に対して酷いことしたんだ。それだけは何をやっても変わらない」

 瀬戸津さんを止めようとしたし、茜音さんを連れてきてくれたのは彼だった。

 それは償いだったと本人から聞いていた。

 だけど、そんな償いをしても彼は何も変わらないと言っている。


「俺はただ茜音が好きだったんだ。一年のとき同じクラスだったけど、そのときからアイツは何がなんでも揺るがないものを持っていたんだ。それが俺には眩しく見えていつの間にか好きになってた」

 改めて聞く他人の"好き"。

 以前までの僕ならこうも胸にくるものはなかっただろう。


「だから茜音が退学になったのがお前のせいだって聞いたときにはどうにかなりそうだった。瀬戸津の誘いにも簡単に乗った。お前に復讐することになんの躊躇いなんてなかった。けど………」


「けど?」


「お前は良いやつだったし、悪いのは茜音自身だってことも知った。後悔したんだ。自分がやってることも、やらなかったことも全部な」


「そんなことは………」


「あるんだ」

 ただ静かに、それでいて強く敷元くんは言い放つ。

 まただ。

 この感じ。

『騙してる』って感覚。


 僕は茜音さんとのすべてを彼に話してはいない。

 話してはいけない。

 話したところで何かが変わるわけでもない。

結果は変わらない、細部が異なるだけ。

そして僕の気持ちが軽くなるだけ。

 なら、答えは決まっていた。


「……敷元くんはたださ、自分の気持ちに従っただけだよ」


「え?」


「僕が敷元くんの立場でも同じことができたかもわからない。だから、大事な人が傷つけられて黙ってるような男じゃねぇ……ってさ、君は誇ってもいいくらいだ」


「誇れるかよ。やり方が間違ってる」


「そうかもね。でも、君は大事な人のためには何かをできる人だってことは知っておいてほしいな」

 ハルを……大事な人をあろうことか自分で傷つけた僕とは違ってね。


「だけど俺は瀬戸津を止められなかったせいでクラスの文化祭を………」


「それは僕も同じだよ。僕だって彼女の怒りを知っていたのに止めなかった。もし君がそのことで罪悪感を感じているのなら、それは僕のものでもある。―――――勝手に背負わないでね」


「………は、はは。欲張りなんだな、お前って」


「うん。僕もそれは最近気づいたよ」


 アスカへの気持ちをみんなにバレたくない。

 ハルと仲直りしたい。

 鳴芽の記憶を思い出させたい。

 祈梨ちゃんとの約束を守りたい。


 これらの欲は水槽の中をただ泳ぐだけじゃ生まれてこなかった。

 僕が行動して生まれたものだ。

 全部叶えたい。

 そう思う僕はきっと欲張りだ。



 ◇



 いつまでも一人でマンボウを見てるわけにもいかない。

 敷元くんと話ができたのは良かったけれど、曜さんをほったらかしにしないと言っていた手前そろそろ班のみんなを探すことにする。

 班のみんなとは曜さんを含めアスカと代、それと北方くんだった。


 元いたところから一番遠いペンギンのコーナーにまで足を運んでやっと見つけることができたが、そこにアスカと代の姿はなかった。

 二人はどこに行ったのかと北方くんに聞くと、


「やっぱりよぉ、人はあるべき形に収まるのが一番だよなぁ」

 ………よくわからない。

 彼はなぜか寂しそうな顔をしている。

 一体、彼に何があったというのか。


「ん? 二人ならイルカショーの会場に置いてきた」


「お、置いてきた?」

 曜さんも曜さんで何を言っているのかイマイチわからない。


「恋人なら二人っきりにしてやりたいっていう私たちの余計なお節介ってやつだよ。……北方のやつはただ僻んでるだけだから気にすんな」


「なんで俺にはよぉ……」


「………………」

 僻んでるというより悔やんでいる。

 そんな感じなのだが。

 北方くんにはそういう相手はいないのだろうか。

 クラスでも中心にいるし、野球部でスポーツはできるし、文化祭でもバンドをしていたくらいなのに。


「いねぇんだよ、それが。男にばっかり恵まれてる人生だ、いやむしろそういう星の下かもしれない」


「なにそれ……」

 これまでの十七年間の人生で何があったんだよ。


「部活にマネージャーとかいないのか?」


「いる。だけど男だ」


「むさ苦しい部だな、それ」

 はっはっはと快活に笑っているが曜さん、気づいてくれ。

 北方くんが全く笑ってない。


「この前、朝はいつも幼馴染が起こしてくれるって聞いたことがあるけど……それは?」


「男だ。しかも同じ野球部」

 おぉう。

 朝練が一緒だから都合がいいですね。


「ちなみに最近母親が再婚してさ、向こうに連れ子がいたんだ。それも二人。でも………」


「男、だったと……」

 なんだろう。

 確かにそれは男に恵まれてるな。

 これで………いや、やめておこう。

 これ以上彼の心に傷をつけたくはない。


「これでお前が女だったら完璧なのにな!」


「曜さん!?」

 僕でも言わなかったことをさらりと!

 しかも、大笑いしながら。


「いいんだ、一円。彼女は女に恵まれなかった俺にやっとのことで与えられたチャンスなんだ!」

 言い方………。


「そんな彼女に笑われるなら……本望!!」


「お願いだから形振りかまって!?」

 北方くんがここまで女性に飢えているとは。


 部活のマネージャーに朝起こしに来てくれる幼馴染、そして血の繋がっていない義理の兄弟。

 そのすべてが男。

 北方くんの性別が違っていれば確かにこれで少女漫画が一本描けそうだ。

 

もし僕のことが知られたら殺されそう。

 いとことはいえ同じ年の異性と暮らしているし、まがいなりにも部活では女子と二人っきりだ。

 忘れられるけど一つ年下の女の子と定期的に会っているし、小学生で男子の恰好をしているとはいえ女友達もいる。


「………………」

 あまり彼に僕について教えるのはやめておこう。

 そう心を決める。


「ああ、それと一円よぉ」


「なにかな?」

 僕はこのときほど良い笑顔をしてなかっただろう。

 彼には優しく接することに決めたのだ、慈愛に満ちていたに違いない。


「お前、俺の敵な」


「え、なんで!?」

 そんなバカな。

 僕は僕のことをまだ全然話していないはずだぞ。


「さっきのバスで白城じょしと同じ席に座っただろ?」


「………………」

 どんなに心を決めようと。

 どれだけ心がけても。


 手遅れなことというのはあるようだ。





 ◆





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