伝えた、そして尋ねた。
◆
鳴芽の発作が起きたということは"何か"についての一切を忘れるということを意味している。
このとき。
曜さんを合わせた三人で遊びに行った日から一週間後にこの発作が起きた。
このタイミングでだと、僕のことと曜さんのことを忘れている。
というのが僕の推測だったのだが、見事に、そして残念なことに的中した。
規則性というものは全然ない。
最初のときみたいに僕と一緒の時もあれば、『今回』のようにしばらく経ってから忘れることもある。
しかし、だ。
なぜか決まって僕のことを忘れるようになっている。
これは大きな収穫だ。
と、僕だけならば諸手を挙げて喜んだのだが。
「そうか。やっぱ、忘れちまうんだな。多分、鳴芽に会えばもっときついんだろうな」
言おうかどうか迷ったが曜さんには鳴芽の発作のことを伝えた。
言わなければ逆に怒りそうというのが大きな理由だ。
「向介が強い人じゃないといけないっていうのは理解できた。それと、そんな鳴芽と向き合えるのがお前だけだっていうのも」
「そう、だね……」
「私にできることがあれば言えよ、絶対。必ずアイツには私のこと思い出させてやるからな」
曜さんはやっぱり強い人だった。
これで相談できる人ができたのは非常に大きい。
約束のために。
そして、僕のために。
絶対に鳴芽の病気をどうにかする。
とか。
息巻いてみるものの、未だに僕はハルと仲直りはできないでいるのだった。
◇
修学旅行は着々と計画が進んでいた。
露草高校の修学旅行は二泊三日で京都の歴史的建築物を巡る内容となっている。
しかし京都だけでなく、向かう道中で色んな施設を体験したりもする。
よって、一日目に学習を目的とした施設を、二日目に京都散策、三日目に帰るという日程だ。
このイベントで重要となってくるのは、やはり班決めだった。
どこに行くかではなく、誰と行くか。
班決めによって僕は宣言した通り曜さんと一緒の班にし、白城さんも二日目からうちの班に入ることになった。
この白城さんが同じ班に入るか入らないかでひと悶着があった。
これは二人は互いを尊重し、譲り合った結果の妥協案だ。
曜さんは白城さんを他の友達と一緒になるようにするし、白城さんは白城さんで頑固なもので僕のようにずっと同じ班になることを変えようとはしなかった。
この戦いは後々クラスの間で語り草となるだろう。
そして。
僕にとって恐れるべき点がある。
一日目も二日目の班も、あろうことか代とアスカ、二人ともと同じ班になってしまった。
どんな罰ゲームだよ。
僕はこの修学旅行の間、ずっと恋人同士である二人のことを意識してしまうことになるだろう。
おそらく、二人はあまりラブラブとしたところを周りに見せないだろうが、それでもこっちは神経をすり減らす。
もちろんそんなことをおくびにも表に出さないけども。
「楽しみですね」
「………え」
今日は日直だった。
放課後に日誌を書いていると白城さんがそう話しかけてきた。
「修学旅行ですよ」
「あぁ、うん、まぁ……そうだね」
僕としては問題が山積みなんだけどね。
「こんなにわくわくするのは初めてです。文化祭が終わってからクラスの雰囲気もいいですし、仲良くみんなで楽しめると思います」
「……あんまり期待し過ぎるとがっかりするかもだよ?」
「ではほどほどに期待します!」
今日曜さんと決着をつけたからか、妙にはしゃいでるなぁ。
なんだか当日風邪ひいて来れなくなりそうな勢いだ。
「ははっ」
でも、こんなものでいいのかもしれない。
あまりごちゃごちゃ考えずに彼女のように純粋に楽しめば。
最近の僕は僕らしくない。
気楽に行けばいいか。
白城さんから元気をもらいつつ、日誌の記入も終了。
別れの挨拶もほどほどに今日も相談室だ。
部室に入ってみればすでに医月がいた。
なぜか普段は見せない携帯電話とにらめっこをしていた。
「……なにしてるの?」
「なんでもないですよ」
「随分、悩ましい顔していたくせになんでもないはないだろう」
僕は自分の椅子に座りながら反論する。
あの医月が悩んでいるのならちょっとでも力になりたい。
先輩面をさせてほしい。
「………最近の先輩だってよくケータイをいじっているじゃないですか。機械音痴は治ったんですか?」
「明らかに話題を逸らそうとしているね」
ここで乗ってあげるのも先輩としての優しさなのかな。
「メールを覚えたんだよ、やっとね」
「え? ……誰とメールしているんですか?」
「そりゃあ、友達でしょ?」
「先輩にも友達っていたんですね……」
「しみじみと言わないで。代とかアスカとか白城さんとか君には何人も紹介したはずなんだけど」
「一体、いくら払ったんですかね」
「サクラじゃないよ。どんだけ"僕の友達"という存在を消しにかかるんだよ」
確かに今まで少なかったとは自覚しているけど。
本当、相談室とかやってなかったら僕の知り合いって希少だったんだよなぁ。
どれだけ僕が人と関わりを持とうとしていなかったかがわかる。
だから、色々とうまくいかないんだろう。
「というかメール、ですか。今時友達相手に使うツールではないと思うんですけどね」
「いやいやメールがなかったらここまで文字で気持ちを伝える技術が発達してこなかったよ」
「別に私はメール自体を否定しているわけではないんですが……」
「たとえば顔文字とか絵文字とかってメールがなかったら生まれなかったと思うんだよ。『(笑)』とかもそうだけど」
「『(笑!)』ですか」
「なんだよ、それ。なんで笑うことに勢いをつけるんだよ」
「なんだかこうすると大笑いしているように思いません?」
どういうときに使うのか全くわからない。
「実は一円先輩には友達がいないんですよ(笑!)」
「悪意が増幅してるよ!!」
どんだけ嫌われてるんだよ、僕。
「これだけ笑い飛ばせば、相手が重く捉えることはないと思いません?」
「君が嫌な奴だと捉えることにはなると思うけど……」
「実は一円先輩には友達がいないんですよ(笑?)」
「困った笑顔みたい」
『あいつって友達がいないんだぜ? 信じられるか?』的なニュアンスになってしまっている。
無理矢理、冗談っぽく言っているみたいな。
「実は一円先輩には友達がいないんですよ(……笑)」
「なんか厭らしいな」
嫌われてるのかな。
「このように記号を付け足すことで感情を細部まで伝えることができます。それを先輩は言いたかったんですよね?」
「君が言いたいことは確実に伝わった気がするけどね……」
一体、何の話をしていたのか忘れてしまうほど話が脱線してしまった。
というかさせられた。
流石は医月だな。
「僕に友達がいるのか問題は一端横に置いておこうか」
「ちゃんと向き合ってくださいね」
そう言う君には友達がいるのか? とは言わないでおく。
ここで口論してもしょうがない。
「それで? 医月はなんでケータイを見ながら悩んでいたの?」
「……言ってどうにかなるものではないでしょう?」
「聞くことしかできないかもね」
「なら………、いえ、ここはしつこい先輩の顔を立てておきましょうか」
一瞬だけ考えた末に医月は観念して僕に話す。
おそらく自分だけではどうすることもできないと悟ったのかもしれなかった。
「これは……友人の話です。先輩にはいない友人の」
「しつこいのは君じゃないか」
「どうもその友人は親しい人と喧嘩をしてしまって、一週間以上口を利いていないそうです。私はどうしたら仲直りができるのかを相談されています」
相談を受けていたから悩ましげな顔をしていたのか。
というかその医月の友人とやらの悩みは丸っきり僕の今の悩みと同じだ。
ケンカして以来全く会話を交わしていない。
ごはんを食べるのも別、家を出るのも別だ。
流石に一週間も経ったから僕の方から仲直りのアプローチをかけてはいるのだが、何かとハルは部屋に籠ったりしてそれが戸惑われていた。
心が晴れない日々が最近続いていた。
「ケンカの原因は何だったの?」
「さぁ。そこまで詳しくは聞いていません。しかし、その友人は相手にひどいことを言ってしまったと言っています。そのことを謝れれば良いと思うんですけどね」
「なかなか言い出せないって感じかな」
「こういうときの気持ちはよくわかります。どうしようもなく自己嫌悪に陥って、自分が何をしたらいいのか見つけられない……。だからこの人は……」
「医月にもそういう経験があるの?」
「…………失言でした」
このときの医月は悲しそうな顔をしていた。
普段、表情を変えない彼女だからこそ僕はその変化に気付いてしまった。
彼女もまた後悔みたいなものがあるのかもしれない。
彼女に相談を持ち掛けた人くらいには。
医月の過去に踏み込む機会とは思ったが、僕の理性が止めてくれた。
この子が自分のことをそう簡単に他人に話すとも思えない。
時が来れば自然と話してくれるだろう。
あの助けを求めてきた夏休みのときのように。
「とりあえず、さ」
僕は医月の言う失言を聞き流す。
そして、自分のことを棚に上げて言った。
「素直に謝るのが難しいって言うならさ、誰か仲介してくれる人を探すっていうのも一つの方法かもしれないね。ケンカしてるなら、第三者がいたほうが変にこじれたりしないだろうし」
「そのあたりが妥当ですかね」
「随分と不服そうだね」
「…………いえ。先輩の案に乗ってしまうのがただ癪というだけです」
やっぱり不服なんじゃないか。
「じゃあ医月ならどうする?」
「………あくまで理想ですけど」
頭に置いたこの注釈に、どこまでの実感が伴っていたのかこのときの僕にはわかっていなかった。
「早めの和解が大事だと思います。第三者を置くことは確かに妥当です。……ですけど、最適ではないと思います」
「妥当だけれど最適じゃない?」
「時間がもたらすのは決して事態の解決だけではないということですよ。第三者を用意するのには時間がかかります、どうしても。その時間が致命的にならなければいいのですが……」
「なら君は時間を置かずにすぐに謝った方が良いと思ってるんだね」
医月が言うことも尤もだと思った。
彼女がどんな思いを"これまで"にしてきたのか想像もできないが、なるほど確かにそれが"最適"だ。
こじれないための僕の第三者を置く案はもうすでにこじれた後のことは考えていなかった。
時間。
これほど強大で途方もない『敵』はいない。
一週間と少し。
これが僕とハルがケンカしてから経った時間だ。
もしかしたらもう取返しのつかないところまで来ているのかもしれない。
仲直りが叶わないことへの恐怖にかられ僕は医月に尋ねた。
"最適"を示した彼女へと。
「―――――それなら君はどっちを選ぶの?」
◇
突然ですが。
あたし、百角晴夏は情けないやつだ。
そう自分で自分を嫌悪する。
あたしは先日形式上一緒に暮らしている自分の大事な人に酷いことを言った。
言ってしまった。
それがきっかけでもうここ最近口を利いていない。
つまりケンカをしてしまった。
そのことが悩みでそのことばかりを考えていて、ずっともやっとした気分だ。
だけど、それを周りに悟られてはいけない。
あたしは悩みにめげずに学校も部活も元気に振る舞っている。
もうあの夏のようなことを繰り返したくはない。
それだけを胸にここ一週間と少しは頑張っていた。
たぶん、いつも一緒にいるアヤちゃんには気づかれているんだろうなぁ。
気づいてて気づかない振りをしてくれている。
きっと、そうなのだ。
でも。
わかっていてもアヤちゃんに悩みを打ち明けるわけにはいかなかった。
コウのことを中途半端にだが知っているアヤちゃんには言えない。
もし言えばきっとアヤちゃんはコウに何らかの接触を図ると思うのだ。
それはなんだか嫌だ。
アヤちゃんはあたし本位に考える。
だから、コウへの印象がきっと悪くなる。
それが嫌だ、というのが建前ではあるが本音でもある。
「はぁあーあぁ…………」
大きなため息は癖になりそうなくらいしていた。
特に一人になれる自分の部屋では多くなる。
「あぁーあ……沙織ちゃんに迷惑かけちゃったなぁ………」
あたしがあたしを情けないと思うのはそこだ。
あろうことかあたしは自分の悩みを年下の子に相談したのだ。
思えば彼女には初めて会った時も弱いところを見せてしまったなぁ。
あのとき言ってくれた言葉はあたしの中でずっと強く残っている。
『これからを考える』
明るいキャラで通っているあたしだけれど、あたしって結構後ろ向きな考えを持っていたりする。
物事はもっと悪い方向に向かうんじゃないかとつい考えてしまう性格だったりするのだ。
バスケの試合でもだからこそピンチをかいくぐったりしたし、もっと練習しないと勝てないんじゃないかとか考えて頑張ってきたところもあるくらいだ。
そんなあたしへのあの言葉は前向きに自分を変えるきっかけになり得る言葉だった。
だから。
そんな言葉をかけてくれた沙織ちゃんにあたしはついつい甘えてしまっているのかもしれない。
「ほぉーんと、情けないなぁ……」
そう自分の部屋で呟いていると、突然ケータイが震えた。
ベッドでゴロゴロして行儀悪く確認すると、その沙織ちゃんから返事が来ていた。
内容はこうだ。
"夜遅くなってしまってすみません"
"考えたんですけどこうするのが良いと思って言います"
"参考程度にしてくださいね"
"誰かハルさんとその従弟の人と共通の知り合いの方っていますか?"
"いたらその人に仲直りの手伝いをするように頼んでみてはどうでしょうか?"
"その方が一番……"
少しだけ間が空いたけどまたすぐに返信が続く。
"その方が謝りやすいんじゃないかなと思います"
"相談してくれて嬉しかったです"
"あまり思いつめずに頑張ってくださいね"
"うまくいくよう祈っていますので"
"それではおやすみなさい"
あたしはありがとうって何回も送った。
嬉しいのはこっちのほうだよ。
今度ケーキを一緒に食べに行く約束する。
とびっきりおいしいのを食べさせてあげるからね。
「共通の知り合いかぁ………、やっぱり」
代君だよね。
というか適任かもしれない。
代君なら何とかうまくやってくれるだろうし。
「また人に甘えちゃうのかぁ……」
そんな自分をまた嫌いなる。
考えてみれば代君は知っているんだっけ。
あたしが自分に吐き続けている嘘を、その事情を。
気持ちを知っているのは代君ただ一人だった、そういえば。
「そろそろ正直になったほうが……いいのかな………」
でも勇気が出ない。
自分の心を曝け出す勇気が。
とりあえず仲直りだけでもしないと。
二週間もしないうちに修学旅行だってあるし。
このままこの気持ちのまま行きたくない。
さっそく代君に連絡しよう。
まずはそこからだ。
そう思ってケータイを操作していると、これまた突然今度はドアがノックされる。
この家に居候させてもらって初めにできたルールがこのノックだった。
あたしの部屋に入るのはコウぐらいだからそれを律儀にちゃんと守ってくれているのはアイツだけなんだけど。
「………ハル、話があるんだけどいいかな?」
久しぶりに聞いたコウの声だ。
とても優しそうな声。
いつも通りのその声にあたしは安心する。
ほっとする。
だからついついあたしは油断をしてしまって、取り繕うこともなく本心で答えてしまった。
「だめ」
◆




