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こル・ココる  作者:
第七章 『悲』
48/65

遊んだ、そして打ち明けた。

 



 ◆




「元気がねぇな」


「………そんなことないよ」


 今日は日曜日。

 約束した通り、本日は曜さんをある人に紹介するために電車に揺られている。


「なんかこないだからずっとそんな感じだよな」


「………………」


「悩みでもあんのかよ? お前は相談室なんかやってるが、たまにゃお前も相談してもいいんじゃないか?」


「そう、だね……うん、そのうち甘えさせてもらうよ」

 できるわけがなかった。

 僕のこの胸の中にあるもやもやを誰にも相談なんてできない。


 実は代とアスカの関係はあっさりとクラス内で広まった。

 どころか、科目の先生によってはそのことについてイジったりして、冷やかしたりもしている。

 クラス公認のカップル。

 というのが彼らの名札となってしまっている。


 そのことが代の非公式ファンクラブを牽制する役割にもなっているので、悪いものではない。

 が。

 僕にとってはそれが誰にも相談ができない理由になっている。


「………私はお前の力になりたいんだがな」


「なにか言った?」


「なんも」

 独り言に反応してしまったか。

 いけないな、しゃきっとしないと。

 ハルと仲直りもしないといけないのに、こんなことじゃ駄目だよな。


「あ、この駅で降りるよ」

 目的地についた。

 僕はもう何度かここに来ているから見慣れたものだった。

 昼前の少し混んだ電車を降り、僕たちは普段では滅多に来ない隣の隣の町にやってきた。


「しっかし、こんな近そうで遠いところまで連れて来られるなんて思わなかった」


「ごめんね、せっかくの休日をさ」


「なぁに、デートだと思えば得した気分だぜ」


「………できる限りなんでも奢るよ」

 得したと言えば僕も、かな。

 曜さんは美人だし、私服姿はクール系のモデルみたいだ。

 周りの人の何人かも見惚れているように思う。


「それで、お前が会わせたいって人ってどんな奴なんだよ」


「……言ってなかったっけ?」


「言ってねぇよ。いつ説明してくれんのかこっちはずっと待ってたよ。よくそれで人を紹介しようとしていたな」

 ぐ、ぐうの音も出ない。


「女の子だよ、一つ年が下の」


「へぇ、お前の女か」


「違うよ。仮にそうだとしてなんで曜さんに紹介するんだよ」


「そういえばなんで私なんだ?」


「ある事情で強い人じゃないとちょっとダメなんだよね」


「強い? ほうぅ、腕がなるな」


「精神的にだよ?」

 そもそも強いと聞いてなんですぐに戦おうとするんだよ。

 よくそれで自分のことを文化系とか言ったな。


「その女の子とやらと待ち合わせでもしてんのか?」


「そう、なんだけど、この駅で。どこにも見当たんないな……」

 あの子の場合、何か起きている可能性もあるので、待ち合わせ時間にいないとなると心配になる。


「もう一つ聞いてもいいか? 向介」


「なに?」

 僕は目的の人物を探すために駅の前や辺りをきょろきょろと見まわしていた。


「後ろにいる奴は誰だ?」


「後ろ? ………って、うわっ!」


「………やっと気づいた」


「いるならいるって言ってよ―――鳴芽!」


 今さら明かすのもなんだという感じだが。

 僕が曜さんに紹介したい人物というのは何を隠そう空森鳴芽だった。


「アンタが向介が言っていた女の子か。初めまして、私は渡葉曜だ。今日はよろしく」


「空森鳴芽。……忘れてもいいよ」


「いいわけあるか」



 ◇



 とりあえずの自己紹介も済んだところで、どこかで落ち着いて話ができる場所に移動することになった。

 適当な喫茶店を見つけて、そこで色々鳴芽について曜さんに説明する。


「記憶喪失……ねぇ。本当にそんな病気があったんだな。フィクションじゃありがちだが、実際にその患者と会うのは初めてだ」


「しかも鳴芽の記憶喪失はちょっと特殊なんだよね」

 加えて僕は詳らかに語る。

 鳴芽の記憶喪失は発作のようなもので突然起こること。

 失くすのは"とある事柄"についてだけだということ。

 そして。

 すでに僕は彼女に何回か忘れられているということ。


「そんなんで鳴芽は学校はどうしてんだよ? かなり支障が出そうだが……」


「……近くに定時制の学校があるから………そこに通ってる」

 定時制というは何かの事情で朝昼の学校に通えない人のための制度だ。

 普通とは違い夕方くらいの時間帯から学校が始まり、また四年かけて高校の課程を修了するので学業も余裕を持って行われる。

 茜音さんが編入したという通信制のように少々特殊な学校の通い方だ。

 曜さんには馴染みがなかったみたいだった。


「……色々検査とかもあるから………その方が都合がいい」


「お前は楽しいのかよ、それで」


「正直………楽しくない」

 曜さんはどこか問い詰めるように彼女に問いかけた。

 鳴芽もそんな曜さんに対し、真っ直ぐに答えた。


「………でも」

 少し間を取って鳴芽は続ける。


「今は……向介がいるから、楽しい………」


 現在、僕と鳴芽が隣り合って曜さんと向かい合って席に座っている。

 その隣にいる鳴芽が僕の服を握りながら、そんな嬉しいことを言ってくれた。


「……突然、電話がかかってきて………最初は怖かったけど、こんなわたしに付き合ってくれる……だから向介には感謝してる」


「へぇ」

 にやにやと僕のことを見てくる曜さんには少しだけうんざりだったけど。

 ここでちゃんと鳴芽には言っておかないといけないことがあった。


「友達との約束だからね。鳴芽と僕の友達の。……また、三人で漫画を読むために」


「………そう」

 今の鳴芽にとってはわからないことだけど、頷いてくれた。

 本当は治すだけじゃなくて、"思い出させる"ことが目的だ。


 どうやら鳴芽にはもっと大事な友達がいたようだし―――――。


「お、ほらお待ちかねのパフェがきたぜ」

 気づけば店員さんがこれでもかというほどお菓子やアイスで盛り付けられた特大パフェを運んでいた。


「遠慮なく食えよ、鳴芽。今日は向介がなんでも奢ってくれるからな」


「これ……三千円するんだよね………」

 しかし、僕は確かに言ってしまっていた。

 "なんでも"奢ると。


「………おいしそう」


「ああ、うまそうだな!」

 豪快に食べる曜さんと物静かだが次々とパフェを口に運ぶ鳴芽の対比は面白いものがあった。

 そういえば何かを食べさせてあげたことはなかったな、鳴芽に。


 こぼれそうなほどあったお菓子もアイスも残すことなく、ペロリと二人は平らげてしまった。


「さ。次に行くぞ、向介!」


「え、どこ行くのさ」


「聞くところによると鳴芽はあんまり遊んだことがないみたいだしな。今日は遊ぶぜー!」


「………あそぶぜー」

 鳴芽もすっかり曜さんに染まってしまっていた。


 二人を会せるだけで何の予定もなかったので、何の支障もないのだが……。


「よし、いっぱい奢らせる!」


 少しだけ目的がずれてやしないですか? 曜さん?



 ◇



 元ヤンキーであらせられる曜さんが連れて行ってくれたのは、ボーリングとかカラオケとか普通に学生が遊ぶようなところだった。

 その方が僕としても、僕の財布としても助かるのだが、妙に身構えていたところがあったのは確かだ。

 極め付けにはゲームセンターに連れて来られたので、クールな見た目とは裏腹に曜さんも曜さんで中学生の頃以来遊んだことがないことを思い知った。


 未だに聞いたことがないけれど、曜さんはとある夢のために進学校である露草高校に来たわけで。

 それから一年間は勉強に専念し、色々あって休学し、働きづめだった曜さん。

 そのことを思えばこのラインナップも当たり前のことだった。


「………はぁ」


「ん? ちょっと疲れちゃった?」


「うん……、こんなにあちこち行ったのは………初めて……」

 鳴芽は自販機前の椅子に座って、充実した顔していた。

 楽しめているのならよかった。

 ちなみに現在、曜さんは格ゲーに興じている。

 ものすごい気迫と集中力に僕たちは気圧されて、少し休もうということになった。


「………………」


「ど、どうしたの? そんなに僕の顔を見て……」

 顔に何かついているのか?


「向介……この前会ったときよりも………元気がない」


「!? そんなことは………」


「………………」

 曜さんにも同じことを言われてそのときは誤魔化した。

 でも、相手は鳴芽だ。

 隠す必要もないか。


「実はさ……僕に好きな人ができたんだけど、どうやら僕の友達と付き合っちゃってるみたいでね」


「…………そう」


「失恋したんだ」

 自分で言ってて、頭がくらっとする。

 そういえば口に出したことなんてなかった。


 失恋。


 頭ではわかってたはずなんだ。

 だけど。

 心でわかってなかった。


 だから『受け入れ』きれてないのかもしれない。


「クラスメイトなんだ、二人とも。クラスでも公認の仲になってる。だから、こういうことを誰にも言えなかった」


「なんで………?」


「知られたくなかったんだ。もし、誰かに相談したらその人は僕とその友達のことを"そういう目"で見ることになる」

 僕と代は友達であり、親友だ。

 僕のことを憐れんだり、代のことをもしかしたらその人は否定的に捉えてしまうかもしれない。

 そんなこともあって、相談した相手に変なストレスを与えてしまう。

 僕の勝手な気持ちの問題で、誰かに気を遣わせたりはさせたくない。

 結果その人が代やアスカの印象が変わってしまうということも。


 ―――僕は好きな二人の邪魔だけはしない。


「誰かが苦しくなるような相談は僕はできない」


 相談っていうのは難しいんだ。

 相談室なんてやっているからよりわかる。

 そうか、と思う。

 悩みを抱えた人はこんな気持ちなんだ。


「急にごめんね、鳴芽。こんなこと話して」

 鳴芽にしかこんなことは言えなかった。

 彼女は目を伏せて、黙って聞いてくれた。

 それだけで、誰かに話せただけでもよかった。


 悩み相談は聞くだけで十分だとアスカが言っていたと医月から聞いたことがあった。

 皮肉なものだ。

 今回のことでそれが身に染みた。


「実はさ……僕は前に鳴芽から好きな人がいるかって聞かれたことがあるんだ」


「そんなの………記憶にない……」


「だろうね。まだ僕のことを忘れる前のことだから」

 "初めて"鳴芽から忘れられた日のことだ。

 あの日は里帰りということで祈梨ちゃんは帰って、二人きりで病室にいた。

 その時に彼女は聞いた。


「僕は答えられなかったんだよ、そのとき。人を好きになるってどういうことなのかよくわかっていなかった。今だからこそ思う。僕の"あれ"は恋だった。誰に何と言われようとも」

 たとえ、ハルが認めなくても。


「恋だった」

 あの僕がこんなに苦しい思いをした。

 あの、『凶器』とも『ずる』とも『長所』とも『不気味』とも『残酷』とも―――『性質』とも呼ばれるものを持つ僕が、だ。

 らしくもなく。

 辛いんだ。


 失って。

 初めて気づいた。

 こんなに好きだったって。


 本当に―――好きだったんだって。


「…………向介」


「ん?」


「目を瞑って………」

 なんだろう。

 怪訝に思いつつも鳴芽のことだから、悪いことにはないだろう。

 そんな信頼の下、僕は言われた通り目を閉じた。


「………………」


「………? ねぇ、鳴――――ッ!?」


 突然だった。

 なにもかも僕にとっては突然で、そして一瞬のことだった。


「鳴芽……、一体僕に、何をしたのかな?」


「キス………」


 間違ってなかった。

 口に残るわずかな余韻。

 ただ単に手の甲とかを押し付けられたのではという一縷の望みがあったのだが、見事に砕かれた。


「なんでこんなことしたんだよ」


「………好きになってもらおうと思った」


「え……?」


「わたしを………好きになってもらおうと思った。………そうすれば向介は……忘れられると思ったから」


「忘れられるって……僕の失恋を………?」


「………そう」

 少し顔が赤いが、いつものように短く彼女は頷いた。

 幸いにも彼女の大胆な行動は周りに見られていないようだった。

 いや、それは希望的観測だ。

 見られていただろう。

 ただ、少なくとも曜さんには見られていないようなので胸を撫で下ろした。


「あのー、鳴芽さん? あまりこういうのはしない方が……」


「………向介だから……してあげた」


「う、うん?」


「………わかった?」


「はぁ……まぁ、はい」

 まだまだ何か言ってやりたかったが、有無を言わせないような雰囲気だった。


「一応僕、初めてだったんだけど……」


「大丈夫……それは………わたしも同じ」

 おいおい。

 つまりそれって。


「………うれしかった?」

う。

それを言わないといけないのか?

肯定と否定、どっちが正しいんだよ、これ。


「何がだよ?」


「うわっ!?」

 心臓に悪いな。

 なんてタイミングでやってきてるんだよ、曜さん……。


 曜さんの登場によってこのことでとやかく言うことはなくなった。

 そして、この先も。


 この楽しくも、僕が色々と気持ちに割り切れることができた日から一週間後。

 鳴芽は発作を起こした。





 ◆





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