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こル・ココる  作者:
第七章 『悲』
46/65

ケンカした、そして殴られた。

 



 ◆




「そうか……。気づいちゃったんだねお兄さん」


「その口ぶり……、やっぱり祈梨ちゃんは知ってたんだ」

 文化祭が終わり、今日は振替休日だ。

 だけど僕はなぜか何もする気にはなれなくて、ずっとボーっと過ごしていた気がする。

 学校が終わる頃を見計らってメールで祈梨ちゃんに昨日見たことへの確認をとろうと思いついた。


 僕が確認したいこと。

 それは僕の親友と好きな人が付き合ったのかとかそういうことだった。


「このことは昨日のうちに話したかったんだけどね。実は姉ちゃん、前からその人のことが気になっていたみたいなんだ」


「どれくらい前?」


「夏休み前……お兄さんが飛び込みをやるよりも前だったと思う」


「転落、ね。ダイビングをやった覚えはない」

 僕が屋上から落ちるよりも前というと六月あたりか。


「だから病院でお兄さんの告白を聞いたときは驚いたよ」


「あのとき様子がおかしかったのはそんな理由だったんだね」


「………それだけじゃないけど」


「え?」

 ここでメールは途切れた。

 もう一つ、祈梨りゃんには報告しないといけないことがあったんだけど、連投はマナー違反だと聞いたし、僕もここでケータイを仕舞う。


 もうすっかり夕方も過ぎ、外はもはや真っ暗だ。

 十一月だから当たり前だけど。

 そんなときにハルが学校から帰ってくる。


「そうだ……、ハルに言わなくちゃいけないのかな」

 それは代にはもう恋人ができたこと。

 ハルは代に好意を寄せているはずだ。

 だけど。


 抱いている恋がすでに失恋であると知らせた方が本当にいいのか?


「………………」

 僕はしばらく考える。

 どうすることがハルにとっての幸せか足りない頭で考えてみる。


 そもそも僕はどうだったんだ?


 アスカが代と恋人になったと知って。

 加えて祈梨ちゃんにも裏をとって。


 僕はショックを受けているのか?


「……ショックな、はずだ。だからこんなにも気分が晴れないんだよな………、そのはずだ」

 半ば言い聞かせるように僕は僕の気持ちを定めた。

 こうあるべきだと自分を縛りあげるように。


「…………あ」

 気づけばハルの部屋の前にいた。

 この向こうにハルがいる。


 言ってしまおう。


 こんな気持ちになるくらいなら、早めに伝えてた方がハルの心の傷も浅くて済むだろう。

 意を決して。


「ハル、話がある。入ってもいい?」

 二回ノックした後、僕は声を掛ける。

 ハルがこっちに居候になってから習慣付いたマナーだ。


「どうぞー」

 ドアの向こうから了承の声をしっかりと確認して、僕は覚悟を決めて部屋の中に入った。


「ちょっと大事な……って! ハル!?」


「え? わわわ、きゃあぁあああ!!」


 ハルの叫び声からただならぬことが起きていると予想ができるだろう。

 ただ安心してほしい。

 ここにきてベタな展開。

 異性と同じ家で住むような物語ならば一度はあるであろうありきたりなイベント。


 そう。


 僕はハルの着替えに遭遇してしまった。


「え、あ、う、え、あうぅ、~~~~~~~ッ」

 言葉になっていない。

 ハルの内心を察するに、僕が部屋に入ることをうっかり許可してしまったことで、着替えを見られるという普通であれば被害者なのはこっち! というこの状況で全くの文句も非難も僕に浴びせることができないことに気づき、なにを言っていいのか、この恥ずかしさをどこにぶつければいいのかわからずに混乱中といったところか。


「……終わったら呼んで?」

 そんなハルを目の当たりにした僕は逆に平常。

 とても落ち着いていた。


 五分後。


 着替えをするだけならば長いこと待たされたが、気持ちの整理をつけていたんだろうとまたまた察する。


「…………んん」

 顔を真っ赤にさせながら普段着に着替えたハルは無言で僕の服を引っ張り部屋の中へと連れ込む。

 僕はもう何のためにハルの部屋を訪ねたのか忘れそうになりながら、されるがまま部屋の真ん中に座り込む。


「それで………! なんの話かな?!」


「そんなに恥ずかしがらなくても、ハルの体は綺麗だったよ?」

 枕を投げられた。


「人がせっかくなかったことにしようとしてるのにーっ! セクハラだよ?!」


「……枕からいい匂いする」


「この変態っ! 返して!」

 罵倒しながら僕に寄越したというのに奪い返す。

 にしても変態ときたか。

 初期の医月のようなことを言われてしまった。


「もうコウなんて嫌いだよっ」

 そう言ってこちらに背を向け枕を抱えベッドに座りこむ。


「嫌いになったついでに聞いてほしい。……………代に、彼女ができた。その相手っていうのもどうも僕の好きな人みたい」

 ピクッと反応するハル。

 ちゃんと聞いてくれているようだ。


「昨日わかったんだ。偶然、知っちゃったというか……、だからアイツは僕に知られていることを知らない。こんなふうに伝える形になってごめんな」

 ついに言った。

 言ってしまった。

 怒って顔を隠していたハルはゆっくり僕の方に向き直る。


「………………なんでコウが謝るの?」


 そして、予想に反してそんなに悲しそうな顔をしていなかった。

 むしろ、こっちを気遣うようなそんな様子だった。


「だって、こんな………自分からハルを傷つけようとしているから……」


「あはは、だったらね。気に病む必要なんかないよ。代くんのことは友達としては好きだけど、そういうのじゃないから」


「は? いや、でも中学の時に代のことが好きって言ったのはハルだろ?」


「あ………」

 しまった、というようにハルは口を開ける。

 それから誤魔化すように再び僕から背を向ける。


「ハル? どうしたん………」


「二年前でしょ! あたしが代くんのことを好きって言ったのは!」

 僕からの追及を拒むようにハルは強く声を張った。

 なぜかわからないが焦っている。

 それに丸まった背中を見ているとまるで何かを隠すように殻に閉じこもっているようだった。


「二年も経てば好きだった気持ちもなくなるよ! コウにはわかんないでしょ?」


「どういう意味?」


「そのままの意味だよ。コウは恋なんてしたことないじゃん」


「忘れた? 僕に好きな人ができたって言ったことあったよね?」


「覚えてるよ。でも、その好きな人を取られたんでしょ? 誰でもなく代くんにさ」


「そう、だね」


「だったらさ! なんでそんなに"いつも通り"なの? コウはその人のことホントに、本当に好きだったの?」


「好き、だったさ……!」

 ああ。

 ダメだ。

 なんかお互い熱くなっている気がする。

 ここは早々に引き下がって頭を冷やした方がいい。


「ハル、もうこのへんに……」



「ちがう……コウは恋なんてしてないんだ。ただのそれは―――――思い込みなんだよ!」



「………ッ!」

 僕は立ち上がった。

 前までの僕ならこんな感覚に陥ることはなかったんだろう。

 こんな……感情に任せて。


「ハル、やめよう。やっぱり言うべきじゃなかったのかもな。また今度話そう」


「………………」

 小さな背中に向かって僕は言ったはずだったが、返事はなかった。

 でも必要ない。


 このとき、僕の声はこれまでにないくらい無機質だったことだろう。

 それこそ医月に負けないくらい。


 僕は飲み込み、そして『受け入れた』。

 それは僕は感情であり、受け入れたとき感じた事がないくらい"心"が熱くなった。


「それじゃあ………」

 僕はハルの部屋を出る。


 なんでこうなったんだろう。

 こんなこと今までハルと過ごしてきてなかったのに。


 僕は閉めたハルの部屋のドアを見つめる。

 向こうにいる彼女は一体、何を考えているんだろう。

 それから僕も。


「はぁ……、ままならないなぁ、『心』って………」


 僕とハルは今日、ケンカをした。




 ◇



『あなたがコウスケ?』


『………そ、そうだけど』


『はじめまして! あたしはハルカっていうのっ。あたしたちっていとこらしいね!』


『………そうなんだ』


『でもいとこってどういういみなのかな?』


『……とおい、かぞく………みたいな』


『そっか! かぞくかぁ!』


『………こえ、おおきい……』


『じゃあさ、コウスケってたんじょうびいつなの?』


『三月……九日………』


『ここのか? ってなんにちだっけ』


『9だよ』


『そうなんだ! 三月生まれならあたしがおねえちゃんだねっ』


『………なんで?』


『あたしって七月生まれだから! だからあたしがコウスケのおねえちゃん!』


『でも………』


『おねえちゃんってよんでね!』


『………じゃあ、ハル』


『むし!?』


『ぼくが……そうよびたいんだ………。いい、かな?』


『んー、わかった! あたしはおねえちゃんだもん! とくべつにきょかします! あ! でもあたしがおねえちゃんってことはわすれないでね?』


『………わかったよ』


『それじゃあ、あたしはコウスケのことコウってよぶね』


『………うん』


『これからなかよくしてね!』


『うん』


『だってわたしたちかぞくだもんねっ!』



 ◇



 夢を見た。

 というより思い出したに近いか。


 あれは僕とハルがまだ五歳のころのことだ。

 気づけば初めて会ってからもう十年以上も経っている。

 その時間の中で、少なくとも僕の記憶ではハルとケンカをしたことなんてなかった。


 ハルはよく笑っていた。


 そんなことばかりを覚えている。

 でも。

 昨日は怒らせてしまった。


 怒っていた?


 どうしてハルが怒るんだ?


「……とりあえず、支度しよう」

 なんだかいつもと違う朝のような気がする。

 それは僕の気持ちがひどく落ち込んでいるからなんだろう。


 洗面所で顔を洗って、制服に着替えて、気が付く。

 ハルがもう家を出たことを。

 いつも部活の朝練があって、確かに朝は早いがここまで早くはなかったばずだ。


「避けられている……んだろうなぁ」

 しばらくはこんな日々なのかな。

 一緒の家に住んでいるのに。


 親はまた当分仕事で家を空けるみたいだし、そういえば朝ごはんはどうしよう。

 いつもは朝が早いハルが用意してくれていた。

 別にしなくてもと言っているのだが、居候している身だからこれくらいと言って聞かなかった。


「…………はは」

 用意してくれいるはずがない。

 そう思っていた。

 なにせ今はケンカ中だ。


「もう、わからないよ………ねぇ、ハル? お前はどんな気持ちなんだよ……」


 食卓に行くと、そこだけはいつもの朝と変わらなかった。



 ◇



「なんだよ、朝からしけた面してるな」

 そう言われたのは学校に登校して自分の席で呆けていたときだった。

 前の席の曜さんからそう言われるのも仕方がないか。


「いつもこんな顔だよ」


「それもそうか」

 それもそう、なのか……。


「文化祭も終わって肩の荷でも下りたかい?」


「……そう、かもしれないね。急にやることがなくなっちゃったって感じだよ」


「ま、これで遅れた分の勉強に専念するといい。忙しくてあんまりできていないんだろ?」


「やることが全くないというわけでもないけどね。……最近は文化祭のせいで会いに行けなかったし」


「なんの話だ?」


「なんでもないよ」

 曜さんに言っても仕方ないことだ。

 ……いや、知らない人に会わせるのも良い刺激になるかもしれない。

 言ってもみようかな。

 でも、祈梨ちゃんみたいに傷つけたくないし………、


「………おらっ」


「痛い!?」


「人と話してんのに急に黙り込みやがって」


「だからって殴らないでよ」

 腕っぷしが強いと暴力的になるものなのかな。


「曜さんに会わせたい人がいるんだけど……土日はバイトなんだっけ?」


「日曜は空いてるぜ。なんだよ、かしこまって」


「こっちにも事情がね?」

 と、そうこう話していると代が朝練から戻り、教室に入ってくる。

 僕はそれに気づいて、そして僕が気づいたことに曜さんも気づいた。


「代はいつもいつも精が出るねぇ。私は部活なんてやったことないからな、そんなに打ち込めるものなんかね」


「朝も夕方も平日も休日も関係なく練習しているからそうなんだろうね。僕のいとこも……」

 ………………。


「……同じように頑張っているしね。それだけスポーツっていうのは、勝負っていうのは魅力的なんだろう」


「私たち文化系には体育会系の考えはわかんねぇな」


「………そうだね」

 ここは大人しく頷いておくとしよう。

 また拳が飛んできては敵わない。


「で、アスカも登校っと……前から思ってたんだけどさぁ」


「なに?」


「あの二人……代とアスカって仲良いのか?」


「良い、んじゃないの?」

 でなければ付き合ったりしないだろう。


「同じ部活で同じクラスなのに別々に教室に来るし」


「……ほら、なにかとやることがあるんじゃない? アスカはマネージャーなわけだし」

 なにが悲しくて、失恋した相手をフォローしないといけないのだ。

 というかなんでフォローしてるんだ僕は。


「………………」

 そもそもそうだ。

 祈梨ちゃんに確認をとるとかそんなことをする前に代に直接聞けば良かったじゃないか。

『二人は付き合っているのか』って。

 よし、そうしよう。


「せいっ」


「躊躇なし!?」

 また曜さんに頭を殴られた。

 というかなんで?


「もうHRだぞ、なに立とうとしているんだよ」

 いつの間にか天灯先生も教室にいた。

 出鼻を挫かれたようで、遣る瀬ないが先生を怒らせてなんの得にもならないことは重々承知しているので、素直に座りなおした。


「………今日の連絡事項は以上だ。それからお前ら。文化祭お疲れさま。よく頑張ったな」

 こんなにも真っ直ぐにクラスを労わるのは先生にしては珍しい。


「行事が終わって早々だが、三週間後には―――修学旅行がある」

 "修学旅行"という単語に俄かに教室が色めきだす。


「行事続きだからって文化祭での成果を台無しにしないよう、落ち着いた生活を送れよ」

 最後に騒ぎ出しそうなクラスのみんなに釘を刺して朝のHRは終了した。


「修学旅行かぁ………」

 たしか行先は京都だったかな。

 定番っちゃあ定番だ。

 中学の頃もそこだったし。


「待ちに待ったぜ修学旅行っ」

「同じ班になろうね♪」

「どこ周ろっか!」

「いやー、京都とか行き飽きたっつうの」

「とか言って楽しみなくせにー」


 釘を刺されようと修学旅行と言ったら学校生活一大イベントだ、騒がないわけがない。

 文化祭を経たおかげか、分け隔てなくみんなで楽しめているようでよかった。

 中学のときはそうでもなかったけど、僕も楽しみにしてみようかな。


「あー、修学旅行かぁ。私は行けるのかねぇ」


「え、ああ、費用とかそういうの?」


「それと私だけが年が一つ上っていうのもな。……なんていうか気が引ける」

 まぁ、なんだかんだで集団行動だ。

 そんな中、周りに一人も自分と同い年がいないっていうのもなかなか心にくるものがあるのかもしれない。


「じゃあ、一緒の班になろうよ。白城さんもできたら誘おう」


「いや、悪いって。高校の修学旅行って貴重な思い出になるんだぜ、きっと。なのに付き合ってもらうなんて申し訳ねぇよ。輪花だって他の友達がいるだろうし……」


「関係ないね。貴重な思い出になるから一緒に行こうよ」


「…………ッ」


「何のために僕と白城さんが曜さんを学校に連れ戻したと思っているんだよ。言っておくけど、白城さんも同じこと言うからね」

 あの日の病院で、精神を患う母親を引き出してまで曜さんを復帰させたんだ。

 家庭の事情を知ったうえで学校に連れ戻したんだ。

 曜さんにちゃんとした学校生活を送らせるための責任が僕と白城さんにはある。

 なくても一緒に楽しみたい。


「は、……はは、まったくとんだお人好しに世話になっちまってるなぁ……」

 顔を背けて、右手の拳だけを僕の頭にぶつけた。


「ありがとよ」


 本日三度目となるが、優しく触れられたその拳には痛みを感じる要素はなかった。


 でも、痛いくらい気持ちが伝わった。

 そんな気がした。





 ◆





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