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こル・ココる  作者:
第六章 『怒』
44/62

約束した、そして楽しかった。

 



 ◆




「で。どういうことか説明してくれるんでしょうね、向介?」


「それはこっちのセリフだよ。なんで茜音さんがここいるんだよ」

 互いが互いに説明を要求し合っている。

 それくらいに今はカオスだった。


 急に襲い掛かった瀬戸津さんは曜さんによって未だに抑えられている。

 凶器となったカッターはすでに回収済みなのでもう放してあげてもいいと思うのだが。


「あ、ああ、アカ……っ、あ、あああ」

 その瀬戸津さんは茜音さんをかろうじて目で捉えながら、名前を呼ぼうとするもうまく発音ができていない。

 それくらいに目の前に茜音さんがいるのが信じ難いのか、それとも曜さんの関節技のせいなのか。

 なんにしても、そんな彼女のそばへと茜音さんは近づいていく。

 自分ために他人に嫌がらせをし、クラスの出し物を台無しにし、今では這いつくばっている無惨な、友達の元へと近寄っていく。


「アオイ。色々と言うことはあるけれど、まずは……そうね。心配かけてごめんなさい」

 茜音さんは座りこんでほぼ土下座に近い姿勢で瀬戸津さんに謝った。

 曜さんはもう必要はないと判断したのかゆっくりと拘束を解いて、僕のところへとやってきた。


「ここからは野暮だ。席をはずそう」

 曜さんの提案に乗り、茜音さんと瀬戸津さんの二人を残して僕たちは屋上から去った。

 校舎に入ったところで僕たちは僕たちで互いの状況を説明し合う。


「はぁ、なるほど。だからお前、紅茶くせぇのか」

 まず僕たちが曜さんに説明すると、返って来た感想がそれだった。

 確かにタオルで拭いただけで、特に着替えていないのでそう思われても仕方ない。

 紅茶が嫌いだという曜さんにしてみれば尚更か。


「それで曜さんは今まで何してたの?」

 これは朝から思っていたことだ。

 いつの間にか姿が見えないから、不思議だった。


「私は敷元から全部聞いたんだよ。それで一緒に茜音を学校に連れてくるのを手伝ってくれって頼まれた」


「なんで曜さんに頼んだんだろ。茜音さんと面識ないのに」


「向介のことを知ってるやつが行かないといけないしな。輪花はお前と喫茶店を立て直さないといけねぇし、アスカも調理係だし。それに私は女だからな」

 男だけだと茜音さんに警戒されるから連れて行ったってことなのか。


「ま、学校行っていないっていう点では通じるものがあったしな。自分で言うのもなんだが、適任だったと思うぜ」


「本当、自分で言うのもなんだよ、だよ」

 あまり学校に通っていないことで仲間意識を持つのはやめてほしい。


「屋上に来たのはなんでなんですか?」


「それは代から聞いた。アイツってすげぇな。私と茜音見ただけですべて察したように教えてくれた」

 確かに屋上に行くことは代にだけは伝えていた。

 穏便に事を済ませようとしていることもあったし、アイツなら信用できる。

 それが良い方向に効を奏したようで良かった。


 他にも敷元くんは今、実行委員がいない一組を仕切っていることや茜音さんとは気が合ってメアドを交換したことを聞いた。

 そんなところで、屋上への扉が開いた。

 そこにいたのは瀬戸津さんで、彼女だけが入って来た。


「ごめん、なさい……一円………それからあなたも」

 彼女は泣いていた。

 泣きながら僕と白城さんに謝った。

 まるで憑き物が落ちたかのようにその姿はか弱かった。

 今までの強気で挑発的な態度、狂ったような怒りはそこには見受けられない。

 正気に戻ったんだ。

 茜音さんとしたい話をすることで、知るべき真実を知ることで、彼女の中の不満や憤怒が消え去った。


「一円……アカネが呼んでるわ。行ってあげて」


「……わかった」

 瀬戸津さんと入れ替わるように僕が外に出ようとする。


「向介くん!」

 が、白城さんから呼び止められる。

 振り返ると彼女は不安そうな表情でこちらを見ていた。


「……大丈夫だよ。今度は『失敗』しない」

 状況は僕が校舎から転落する前と同じだ。

 あの日のやり直し。

 違うところはあの日から様々な経験をしたこと。


 もう起きないよ、あんなことは。


 屋上に足を踏み入れたとき、ふと中学のときのことを思い出す。

 美嬉ちゃんとのこともこうやってやり直せたらよかったなぁ。


「………向介」

 茜音さんはフェンスのそばにいた。

 ちょうど僕が落ちたところだと思う。

 そこで彼女は申し訳なさそうな顔だった。


「髪」


「なによ?」


「切ったんだね」

 あの日と近い状況だからついその時との違いが浮き彫りになる。


「最初はもっと短かったんだけどね。切ってから四か月も経つから……」

 四か月。

 ということは七月に髪を切ったということ。

 七月と言えばそう、あの日だ。


「学校辞めてから、ワタシ、ここの通信制に入ったの」


「通信制?」


「そう。自宅で課題やったり、たまに学校に来なくちゃいけないけど、気楽なものよ。……人と、あまり会わなくて済むから」

 彼女が言うには、少し人間関係から離れたかったようだ。

 だから友達である瀬戸津さんにも何も話していなかった。

 人との繋がりを一度切って改めて考えたかった、らしかった。


「だから、向介。……今まで謝りに行けなくてごめんなさい。お見舞いにも行けなくて、本当に………」

 途端に泣きそうになって顔を歪ませる。

 僕はこの顔を知っていた。

 代に告白した後もこんな感じだった。


「今の君を見ればわかるよ。いっぱい、考えたと思う。葛藤もなにもかもしたんだろうね。僕はね、なにも恨んじゃいないし、怒ってもいないよ」


「で、でもアオイがしたことは……」


「うん、そうだね。それについては怒ってる。怒っている、んだろうね、僕は」

 怒り、というものを瀬戸津さんに対して持っている。

 彼女が僕に対して抱いていたように。


「そう……怒るのね、向介でも。変わったわね」


「君のおかげ、かもね」

 皮肉っぽく聞こえるけど、決してそうじゃない。

 これが僕の本心だ。


「アオイのことは責めないで……って言うのは無理な話かしら?」


「可能な話だよ。"今は"もう怒ってないから。強いて罰と言えば断罪しないことなのかな」

 おそらく彼女はやったことへの反省はしているんだろう。

 しかし、だ。

 僕と白城さんは彼女の罪を表に出さないことに決めた。

 彼女にはこれから先、後ろ暗い思いをしなければならない。

 罰を与えられるよりも与えられないことがずっと罰になる。

 贖罪をさせない。

 一番残酷な罰を僕は選んだ。


「ワタシにも罰はくれないの?」


「罰なら自分で与えたじゃないか」

 学校を辞めた。

 それが彼女の人生にどんな影響を及ぼすのか想像に難くない。


「やさしく……ない、わね」

 ついに茜音さんは涙をこぼした。

 これで彼女の涙を見るのは二度目になる。


「よかった……、向介が生きてて、ほんとうに、……よかったぁ………っ」

 フェンスに体を預け、崩れ落ちる。

 もう泣き顔を隠すことはない。

 強気で勝気なあのころの茜音さんの面影なんてなかった。


 僕が変えてしまった。


 と、言うには烏滸がましいのかな。


「ほら、茜音さん見てみなよ」

 フェンスが建てられたせいでもう見えないんじゃないかと心配したがそれも杞憂だった。

 茜音さんをなんとか立ち上がらせて、階下を見下ろすように仕向ける。


「僕は約束を果たしたよ。自分だけの力じゃ無理だったけど」

 そこに見えるのは鮮やかな紫色だった。

 決して一つ一つの主張は激しくはないが、風に揺れながらもしっかりとそれは咲いていた。


秋桜コスモス……?」


「うん、綺麗だよね」

 これは約束だった。

 屋上から見て綺麗だと思えるような花を植えること。


 この場所は茜音さんが失恋した場所だ。

 ここから見て辛い記憶が消えるくらいとびっきりの花を僕はリクエストされていた。

 桜は無理だけど、これなら育てることができた。


 もう、見せることはできないと思っていた。

 だけど、やっと、だ。

 やっと見せてあげることができた。


「あの花は僕の人との繋がりであそこまで育ったんだ」

 一番世話をしてくれたのは医月だった。

 同じ部活だからというのもあるけど、おそらくあの子は僕への償いのつもりなんだろう。

 そして彼女の友達であるあかりちゃんも手伝ってくれたようだ。

 それから代とアスカはボクシング部のついでにやってほしいと頼んだし、二学期が始まってからは白城さんや曜さんもやってくれていた。


 僕の知らないところで、みんながあの花たちを育ててくれていた。

 初めは僕ひとりで草むしりしていたのが、今ではもう昔のよう。


 あの花を見て僕は思う。

 自分は支えられているんだって。


「だからさ、茜音さん……今は無理でも、いつかまた人と関わってね」

 繋がりを切ったつもりでも、友達はまだ友達だと思ってくれている。

 茜音さんはまだ、独りなんかじゃない。


「そうね」

 短く答える茜音さんは下に見えるコスモスから目を離さない。

 フェンスの網にしがみついて、顔を涙で濡らしながらずっとそうしていた。


「約束と違うわ……。忘れるなんて嘘。だってこんなにも………頭に焼き付いて離れない。一生忘れられそうに、ない……」


「もっと違う花が良かった?」


「いいえ、そんなことない。ホントに綺麗。これまでのどんなものよりも」

 僕の隣で泣いていた彼女は突然、抱き着いてきた。

 紅茶が染み込んだ僕の服に顔を埋めてくる。

 震える彼女を抱きしめることはできなかった。

 けれど、『受け入れる』ことならできる。


「茜音さん」


「なに?」


「僕は君に言わなければならないことがあるんだ」

 それは僕のアスカへの気持ちだった。

 紛い形にも僕に告白してくれた彼女には、どうしても言っておかなければならないと思った。

 また茜音さんを辛い気持ちにさせるかもしれない。

 それでも僕は、アスカが好きだと彼女に伝えた。


「…………そう、なのね。多分今でもワタシには向介が必要だと思う。でも、……向介の言う通りこれは恋じゃなかったのかもってあの日から思い始めているわ」

 僕を抱きしめる力が一層強くなる。


「だから大丈夫よ、ワタシは大丈夫。いつか向介が必要じゃなくなるように……、誰かに嫌われることを怖がらないようにする」


「怖がることは別に悪いことじゃないから、ほどほどにね」


「ふふっ、そうね。……また、会いに来てもいいかしら?」


「いいよ。今度は笑って話をしよう。笑って、ね」


 新たな約束とともに茜音さんはまた泣いた。

 溢れる涙を僕の服で拭いている。


 まるでそれは一番初めの屋上での出来事のようだった。



 ◇



 その後は事後処理だ。

 無事に何事もなく屋上の鍵を天灯先生に返すことができたことが一番、安堵した瞬間だった。


 そういえば祈梨ちゃんの相手をあまりしてやれなかったな。

 せっかく遊びに来てくれたのに。

 教室に戻るともう帰ったみたいだった。

 この日、祈梨ちゃんのコスプレ写真が密かに流通したことは本人には黙っておいたほうがいいだろう。


「これにて露草高校の文化祭の全日程を終了いたします」

 という放送が流れたのは五時を回ったときだった。


 それからは教室で細やかな打ち上げが催された。

 下校時間までの二時間。

 その間は学校側も目を瞑ってくれる。


「おーい、一円くん。クッキー。また作ったから協力してくれた一年生のところに持って行ってくれる?」

 アスカからの仰せの通りに焼きたてのクッキーを受け取り、医月とあかりちゃんのクラスに届けた。

 その際に、事件の顛末を茜音さんのことも含めて医月に話した。


「そうですか。華村先輩が」


「うん。彼女も頑張っているみたいだからさ。医月もそんなに怒らないでよ」


「別に怒ってませんが」

 アスカがそう言ってたんだけどな。

 まぁ、この子がそう正直に自分の気持ちを教えるわけもないか。


「先輩はこれで良かったんですか?」


「なにが?」


「事件の解決が、ですよ。もっと怒りをぶつけてもいいと思いますし、その権利が先輩にはあると思います」

 確かにあの教室の惨状を見たとき、そういった衝動はあった。

 悲しむ川霧さんを見ているとさらにそれが強くなった。


 でも、怒りで我を忘れなかったのは美嬉ちゃんとのことがあったからだ。

 あのときから自分の中で何かが変わった。

 まるでもう一人の自分が自分のことを客観的に見ているかのようなそんな感覚。

 妙に冷静でいられる。

 そんな感じ。


「先輩でも変わることができるんですね」


「久々にバカにされた気がする」


「先輩ですら」


「明確に見下したね」

 まぁ、こんな人間でも変われるというのは何かの励みにはなるかもしれない。

 変わらないものはないとは言うけれど、実際望む形には人はなれないもので。

 僕は今の"僕"を割と気に入っているので、そういう意味では幸運だった。


「先輩の変化が『良い』かどうかはわからないですけどね」


「どういう意味?」


「………忘れてください」

 失言でした。

 そういって医月は自分の教室に戻っていった。

 何か思うところがありそうだったが、深く踏み込んで彼女が素直に教えてくれるはずもない。


 この愚鈍先輩に。



 ◇



 医月のクラスへのお礼も済ませ、僕は打ち上げが行われている自分の教室に戻る。

 教室に足を踏み入れた瞬間、パンッと大きな破裂音が鳴り響いた。

 今日はもう一生分、屋上で驚いたので特段ペースを崩されることもなく辺りを見回した。


「ちっ。もうちっと驚いたらどうなんだよー、一円よー」

 そう文句を言うのは鳴らし終わったクラッカーを持つ北方くんだった。


「いやもう疲れちゃってさ。勘弁してよ」


「なぁに言ってんだ、こっから騒がねぇと損だろ?」

 大分、彼はテンションが上がっているみたいだ。

 他のクラスメイトも大体そうで、にこやかな顔で皆一様に笑っている。


「………よかった」

 つい本音が漏れてしまう。

 僕はこの光景を守りたかった。

 憎むとか怒るとか、そういうのはこの場には似合わない。

 文化祭なんだ、祭りなんだ、こうでなくては。


「はーい! みーんなちゅーもーくっ!!」

 北方くんが僕を前へと押す。

 それによって談笑していたみんなが僕へと意識を向ける。


「さぁ! 文化祭実行委員からの一言をもらいまーす!」

 北方くんの進行にみんなが盛り上がる。

 何か僕に期待していないか?

 そんな振りをされても、こんなクラスメイトの前で話すことなんて何もないぞ。


「えーっと……みんなは文化祭を楽しめましたか?」

 しかし、気持ちとは裏腹に言葉が自然と出てくる。

 それは紛れもない僕の気持ちだった。


「僕はみんなと話をして、みんなのことを知ることができた。問題が起きれば、みんなで解決していった。だから僕は楽しかったって言える。僕にとっての文化祭は大成功! としか思えないや」

 今までこんなに行事に取り組んだことはない。

 おそらくこれが僕の学校生活の中で一番の思い出だ。

 それくらいの強い気持ちを込めて最後に僕は言った。


「ありがとう」


 その後一礼した。


 北方くんから、

「真面目かっ!」

 と叩かれた。


 これをきっかけに笑いが起きる。

 その笑い声は他のクラスにも負けないくらいの大きなものとなったんじゃないかな。

 そう思うくらい僕は浮かれていた。


「よっしゃ! 改めて一円も来たことだしクラスみんなで乾杯するか!」


「あ! 待ってください! 倉河くんと祀梨ちゃんがまだ揃ってません!」


「マジかよ……。何してんだまったくよぉ」


「僕が呼んでくるよ」

 その二人なら十中八九、武道場で間違いないだろう。

 白城さんが言うには部活で用事があるとかなんとか。

 まったくせっかくの打ち上げなのにいないというのはどこまでボクシングに打ち込んでいるんだか。


 校舎を出て運動場の少し離れた場所。

 あまり立ち入らないところではあるので新鮮な気分を味わいながら向かう。

 すると案の定二人を発見。

 すぐさま声をかけようとするが、期せずして二人の会話が聞こえてくる。


「…………じゃ、いいんだな?」


「……うん、いいよ」


「そうか。それじゃ、これからもよろしくな」


「なんだか実感湧かないね、こういうの」

 何を話しているんだろう。

 二人はまだ僕には気づいていないみたいだけど、なんだか邪魔できない雰囲気がする。


「俺もだ。まさか受けてもらえるなんて思わなかったしな」


「代くんはかっこいいもん。間近でそれを見てきたわけだしね、私」


 突然、剣で体を貫かれたような感覚に陥る。

 体が言うことを聞かない。

 盗み聞きしているという罪悪感に駆られて逃げたいと思っているわけじゃない。

 ただ。

 目の前の出来事を脳が処理したくないと訴えている。

 そんな、感じが、する。


 僕はもう察してしまっていた。

 彼と彼女の姿を見て。

 やり取りを聞いて。


 そっか。

 そうなんだ。

 そうなるんだ。


 ハルから好きな人とどうなりたいのかを聞かれて僕は答えられなかった。

 でも、好きだと意識してアスカと接していくうちにそれはわかった。


 僕は告白して。

 そして恋人になりたかった。


 アスカの隣にいたかった。


 だが。

 そうはならない。


 今、このとき、この瞬間。

 僕の好きな人と僕の親友は恋人となった。


 そう、僕は確信する。



 僕は失恋した。



「好きになってくれて、ありがとうな。祀梨」





 ◆





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