表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こル・ココる  作者:
第六章 『怒』
43/65

暴いた、そして驚いた。

 



 ◆




「いらっしゃいませー!!」

 という声が元気よく行き交うようになったのは二日目のお昼になってからだった。

 医月やあかりちゃんのクラスの協力もあって、元通りとは言えないまでも無事にコスプレ喫茶は再開された。

 順に川霧さん達衣装係によって服が修復されていっている。

 昨日と同じ出来とは全然言えないけれど、顔にはメイクが施されていたり仮装にはなっているのでみんなも生き生きと活気を取り戻していく。


「なんとか形になってきたね」

 お菓子を調理室から運びにきたアスカが僕のところにやってくる。


「うん、みんなのおかげだよ。犯人にもめげずに頑張れたみんなのさ」


「ふーん。一円くんが犯人って呼ぶんだね」

 ぎくっ。

 しまった、犯人なんて具体的な表現を使うべきじゃなかったか?

 いやでも、北方くんだってそう言ってたし、これだけでバレるはずが………。


「一円くんには犯人がもうわかってるんだぁ」

 バレちゃった。


「……隠そうと思ってたんだけどね、このことは」


「無闇にみんなを刺激するから?」

 全くその通りだ。

 朝に白城さんと一緒に話し合って決めたことだ。

 今は僕たちの文化祭を成功させるために頑張るとき。

 犯人探しは後回しにするというのが天灯先生からの言いつけでもある。

 だから、隠そうとしていたのに。


「そんな恨めしい顔されてもさ、一円くんってわかりやすいからねぇ」


「絶対にアスカの察しが良すぎるだけだって」


「そんなことないよ。今朝も心当たりがあるみたいなこと言ってたし、一円くんならすぐに確かめに行くだろうしね」

 その人物の性格を理解しているからこその推理ということだろうか。

 なんとも凄まじいと思うけどなぁ。

 本人は全然大したことない風に言うから、よりそう思う。

 そんなだから僕は憧れる。


「まぁこの際だから言うけど犯人については僕が教室で警戒しておくから、アスカも調理室で気を付けてね。またどんなことをするかわかったもんじゃないから」


「犯人のところには行かないの? その方が手っ取り早いよ」


「いや。それはしたくない」


「ふぅん。どうして?」

 なんだか何かを期待されている気がする。


「せっかくクラスの雰囲気が良くなったからさ。犯人を告発することでまたみんなの憎悪ってやつを起こしたくない」

 僕のそんな答えにアスカは満面の笑みを浮かべる。

 やっぱり僕は何かを試されていたみたいだ。

 どうやら満足いただけたようで。


「一円くん、大分相手の気持ちを理解できるようになったね。なんだか嬉しいよ」


「この文化祭のおかげ、かもね。クラスのみんなと話をすることで成長できた気がする」

 相手の気持ちがわからない、ましてや自分のことでさえも。

 そんなだった僕は、なんてことはない、ただ会話をするだけで良かったんだ。

 それだけで相手も自分も互いに理解ができる。

 それを怠っていた。

 だから、人を余計に傷つけていた。

 美嬉ちゃんとのことだってもっと話をしていればうまくやれていたと思う。

 そんなことを僕は今回の実行委員をやることで気づいた。

 気づけたんだ。

 こんなきっかけをくれたアスカに素直に言いたい。


「ありがとう、アスカ」

 ここは教室、今は喫茶店だ。

 場所も考えず、僕はこれ以上の好意を彼女についつい伝えようとしていた。

 しかし、そんなとき。

 横槍が入った。


「姉ちゃん。それとお兄さん。遊びに来たよ」

 誰かと思えば祈梨ちゃんだった。

 そういえば、この子と会うのは鳴芽との一件があってからだから相当に久しぶりだ。


「おっと、久しぶりだね」


「お兄さんも案外元気そうで何よりだよ」


「祈梨~、来るなら来るって連絡くらい頂戴よ~」

 アスカが突然祈梨ちゃんにデレだした。

 具体的に言うと祈梨ちゃんを後ろから抱きしめ頭に頬ずりをしている。

 なんだこれ。

 ここまで溺愛してたっけ?


「連絡したってしょうがないでしょ。それよりも姉ちゃん、呼ばれているけどいいの?」

 一方的なアスカの愛に全く動じていない祈梨ちゃん。

 彼女が言う通り教室の扉のところで他の調理係の人がアスカを呼んでいた。


「むぅ。じゃあちょっと行ってくるから、一円くんと遊んでてね」

 この上なく名残惜しそうにしながら祈梨ちゃんから離れ、調理室に戻っていった。


「久しぶり、お兄さん」

 改めて僕に向き直ってそう言う。

 そこには笑顔があった。

 あれ以来。

 鳴芽のことがあって、ちゃんと立ち直れているか心配だったがそれも杞憂のようだ。

 こうでないと困るけども、僕にとって。

 彼女のことは任せてほしいと言った手前。


「ボクに会えなくて寂しかったかな?」


「そうだね。寂しかったよ」

 一か月以上も会っていなかったから、これは本当の気持ちだ。

 しかし、なぜか祈梨ちゃんは悲しそうな顔をする。

 それについて訊こうと思ったがすぐに話題が切り替わる。


「仮装している人が何人もいるけどお兄さんは何もしないの?」


「昨日したよ。メイド服をね!」


「なんで威張るのさ……」

 テンションを上げないとやっていけないこともあるのだ。


「楽しそうだなぁ、ボクも着てみたい」


「意外だね。こういうの興味あるんだ?」


「ボクもこんななりしてるけど、一応女子だからね。かわいい服は着てみたくなるのさ」

 そう言って眺めているのはミイラ男だった。

 意外でもなんでもなかった。

 祈梨ちゃんは祈梨ちゃんだった。


「あ! 頼めば着させてもらえるかも。ちょっと待っててね」

 僕は祈梨ちゃんから離れ、教室の隣にある控室に行って衣装係になんとか彼女に衣装を合わせられるか尋ねてみた。

 川霧さんは事件のことを気にしているようだったので、少し心苦しかったけれど祈梨ちゃんを見せたら快諾してくれた。


「こんなに可愛い娘に……着てもらえるなら………うん、いいよ」

 と、いうことで。

 包帯まみれになった美少女が出来上がった。


「………………」

 どうやら祈梨ちゃんはご満悦のようだ。

 彼女の新たな一面が見れて嬉しいけれど、こんなところで子どもっぽさを出さないでほしい。


「きゃーかわいい! この子! 写真いい!?」

「ずるーい。私も私も!」

「こういうポーズとってほしいんだけど……」

「ちょっとあっちの部屋でお話しようか」

「黙れ! 男子!!」


 喫茶店に祈梨ちゃん(verミイラ)で入ったところ、女子たちによる騒ぎが起こった。

 一部、邪なる者が発生したが……。

 当の本人はというとさっきまでの嬉しそうな顔から憔悴しきった顔になっている。

 君みたいな眉目が整った子がなぜ男の子の格好をしていたのか忘れるからそうなるのだ。

 別に女の子の格好をしているわけではないけれど。

 やはり人は原点を心に刻むことを怠ってはいけない。


「お兄さん……助けて………」

 という心の声がありありと聞こえてくるが、クラスのみんなが元気になるのなら犠牲になってくれ。

 せめてもの情けとして僕は手を合わせた。


「………向介くん」

 もはやお客も給仕係も関係なく祈梨ちゃんの虜になっているときに白城さんが僕の肩をそっと叩く。


「"彼女"が来ましたよ……どうしますか………?」

 そう言って控えめに彼女が指さした先はこの教室の一番に奥になる席。

 そこには三人の女子グループが座っていた。

 すでに何かを注文をしたらしく、三つのカップが湯気を立てている。

 その三人は楽しく浮かれる祈梨ちゃんの周りにいる群衆をじっと見ていた。

 一人は苦痛に歪んでいて、一人は心底どうでも良さそうで、そしてもう一人は。


「ちょっと! 向介くん! 行くんですか!?」

 そんな白城さんの驚きを背に僕はその三人席に向かう。

 立ち向かう。


「………っ!?」

 あちらも僕に気づいたようだ。

 グループのうち二人はあたふたとし出すがもう一人は怒りを込めてただ睨んでいた。

 睨むだけで何も言わない。

 まるで蛙と対峙する蛇のようだった。

 もちろん、この場合は僕が蛙なわけだけども僕は臆することもなく、まずは言った。


「瀬戸津さんだよね? こんにちは」

 瞬間。

 彼女はまだ熱いであろう紅茶が入ったカップを勢い任せに掴み、そのまま中身をぶちまけた。

 僕に向けて。


「向介くん!!?」

 白城さんの大きな声に騒いでいた人たちが注目する。

 駆け寄る彼女を手で制しながら、僕は濡れた髪をかき上げる。


「淹れたてだからやっぱり熱いね。でも、火傷するほどじゃない。まぁ、なんにしても―――――」

 周りには聞こえないように小さくちいさく僕は言った。

 言ってやった。


「―――やっと僕にしてくれたね」


 さっきとは違った意味で騒然となる教室で僕は。


 笑っていたと思う。



 ◇



 推理小説じゃあるまいし。

 犯人、犯人と表現していたがあっさりと正体を明かそう。

 今朝、喫茶店として利用していた二年一組の教室を荒らしたのは五組の瀬戸津さんという女子だ。


 二週間前。

 僕が実行委員として生徒会に出し物の報告をしたその後。

 瀬戸津さんは相談室に来ていた。

 これは僕が実際に会ったわけじゃなくて、医月がそう言っていた。

 曰く、「先輩は瀬戸津さんという方を知っていますか?」

 彼女は医月に僕のことを根掘り葉掘り聞いたようだが、医月のことだから僕のことを悪態を織り交ぜながら説明したんだろう。

 それにより瀬戸津さんの中の「一円向介像」が悪い方向に出来上がったのではないかと個人的には思うのだが。


 なにはともあれ。

 無事に彼女に白状させた。

 言質をとったのだ。

 これにて一件落着!


 とは、いかないもので。


「なんでわざわざ屋上まで来ないといけなかったのよ」


「今はここでしか、内密に落ち着いて話せるところはないからね」

 そうここは屋上だ。

 僕がここから転落してからというもの背の高いフェンスは建てられ、立ち入り禁止となった場所だ。

 以前は自由に出入りできたが、今では鍵がかかっていて誰も入ることはできない。


 ではなぜ僕たち、具体的に言うと僕と白城さん、そして瀬戸津さんの三人はここにいるか。

 それは天灯先生にひたすらに頼み込んだ。

 意外にもあっさり願いは聞き入れられたが、その条件として二年の間はクラスで一番の成績を修めろと言われてしまった。

 それくらいで済んで良かった。

 屋上が現状のようになった原因たる人物が屋上を使おうというのだから。


「一円。アンタってどういうつもりなの? 教室の騒ぎを事故ってことにしてからこんなとこに連れてきてさ。アンタの考えがよくわからない」

 白状してもなお怒りを治めるつもりもないようで、ずっと彼女は僕のことを睨みっぱなしだ。

 親の仇のように。

 いや、この場合は友達の仇なのかな。


「僕は今回のことは穏便に済ませたいだけだよ。事件の犯人は明らかにならないまま……このまま文化祭を成功させたいだけだ」

 これは朝の内に白城さんと決めたことだ。

 瀬戸津さんとは後で決着をつけて、クラスのみんなには黙っておく。

 あとは先生たちと協力して、みんなの記憶からなくそうと計画していた。

 あまりにも一組にとって悲しいことが起きたのだ。

 これ以上、憎しみをつくりたくはない。

 そのためにも、紅茶をかけられたこともこれは事故だとその場をやり過ごした。


「大層なことを言うのね、一円って。いやぁ立派立派、だわ」


「あなた………っ!!」

 こちらを挑発するような言動に白城さんは我慢できないようだ。


「ここは僕に任せてね」

 僕は白城さんを手で制す。

 そうなんだよ。

 あんなことされて穏便に済まそうなんて綺麗事、異常なんだよな。

 だから、僕がしないとね。

 これは今まで放っておいた僕の責任だから。


「今朝、僕たちの教室を荒らしたのは君だけっていうのは間違いないんだよね?」


「ええ、そうよ。ユウコもリカも関係ないわ。まぁ? アンタへの嫌がらせは三人でやってたけどねぇ?」

 さっきの教室での他二人の様子を見る限り、瀬戸津さんが事件を起こしたのは知っているってことか。


「あれも、やっぱり君たちの仕業だったか」


「どうだった? 私たちからの毎日心を込めたラブレターは」


「そうだね。とても処理に困ったよ」


「はぁ? それだけなの?」


「それだけだけど?」


「ちっ、舐めやがって……」

 あ、やばい。

 素で答えていたらさらなる怒りを買ってしまった。

 隣の白城さんが心配そうにこちらを見ているぞ。


「どうしてあのようなことをしたんですか?」

 僕には任せられないと判断したのか、白城さんは瀬戸津さんに問いかける。

 悲しい限りだが、今朝のような事件を起こす動機を知りたいのは当然だ。


「そんなこともわからないの? 一円からは何も聞いてないのかしら」


「はい。向介くんへの嫌がらせについても今知りました。わたしは今回あなたに対して一生分の怒りを感じていますが、それは向介くんにも同様です」


「え?」

 僕、白城さんを怒らせてるの………?


「それはまた後で話すとして」


「………………」

 怖い!


「予想を話させてもらうと華村さんのことで復讐ってところですかね?」


「そうよ! 大当たり! なぁんだ、わかってるんじゃない。ただの真面目ちゃんだと思ってたわ」

 依然として瀬戸津さんは挑発気味の物言いだ。

 僕はそれに対していつ白城さんの怒りが爆発するかヒヤヒヤしている。


「あなたが華村さんとクラスが同じ五組だったことを思い出しました。加えて向介くんを標的にしていたことを聞けば誰でも思いつくことです」

 冷たい風が吹き付ける。

 無理もない、今は十一月だ、周りは未だに文化祭で盛り上がっている声がする。 

 しかし、それとは対照的にかつてないほど静かな白城さんの声に、やっぱり僕が前に出る必要があると感じる。


「そ、それでさ……、君は何か勘違いしてると思うんだよ瀬戸津さん。茜音さんからはあのときのことは聞いていないのかい?」

 僕の苦し紛れの問いかけに瀬戸津さんが答えるには長い沈黙が続いた。

 そこには様々な思いや感情が彼女の中で流れているのだろうか。

 なんにしても、今まで挑戦的だった彼女が悲しみの色に染まるくらいには葛藤があったのだとこのとき思った。


「………聞いたけど、教えてくれなかった。ただアカネは『ごめん』って謝るばっかりで……、何も話してくれないままあの子は学校を辞めたのよ」

 僕の靴箱に嫌がらせの紙を送り付けた犯人。

 一組の出し物を滅茶苦茶にした犯人。

 その彼女が、今まで悪役のように振る舞っていた彼女が、今はただの女の子に見えた。

 友達を想うただの一人の人間だった。

 少なくとも僕にはそう見える。


「ねぇ……一円、アンタが悪いんでしょ? アカネが学校辞めたのも、アカネが私に何も言ってくれないのも、全部アンタのせいなんでしょ?! 全部! 全部! 全部……!!」


「そう、だね。僕のせいだと思うよ。僕の―――」

『失敗』。

 いつか言われた医月の言葉が頭を過ぎる。


「アハハッ、やっぱりそうでしょ! そうなんでしょ! なのになんでアンタが学校にいて、アカネが学校にいないのよ! こんなの間違ってる! 騙されてるわ、みんな!」


「それは違います! あなたは誤解をしているんです! 向介くんは誰も騙してなんかいません!」


「誤解なもんですか。現にアンタも一組のみんなもコイツの味方をしてるじゃない。敷元のやつまで」


「なんでここで敷元くんの名前が出るんですか………?」


「アイツも私たちと一緒に一円いじめに協力してたからさぁ。ホント、アンタって一円から何も聞いてないのね。それでよく騙してないって言えたよ。いや、騙されてるって気づいていないだけかしら?」

 白城さんが信じられないといった感じで僕に目を向ける。

『否定をしてくださいよ、向介くん』と言っているようだった。

 しかし、僕は答えることはできない。


 嫌がらせについては敷元くんに問い詰めたことがある。

 ある日、瀬戸津さん達が書いたという罵詈雑言の手紙を僕の机の中に押し込む敷元くんを見つけたのだ。

 言い逃れができない彼に対して僕は瀬戸津さん達の情報を得ることができた。

 だけど、彼女達のことは放っておいた。

 文化祭、それと勉強に追いつくために僕は実を言うとここ最近疲れていた。

 他にやることがあったからというのも否めない。

 とてもそっちに対応している暇はなかったのだ。


 しかも彼女らは茜音さんのことで僕を目の敵にしていると聞いた。

 これについて僕のせいでもあるので特別どうこうしようとは考えず、いつかやめてくれるだろうと考えていた。

 彼も茜音さんのことが好きで協力してしまった、と言って最後にこう謝っている。


 ”思っているほどお前は悪い奴じゃなかった。だからずっとこんなことするのが後ろめたかった。……ごめん。それから茜音を助けてくれてありがとう”


 このとき僕は彼を騙していると自覚した。

 嘘は言っていないかもしれない。

 本当のことを言っていないだけ。

 でもそれでも『騙している』と思った。


「今日、朝から敷元くんが君のところに来たんじゃないかな?」


「ええ、来たわね。でも、それだけだったわ。なまじ協力してたから強く言えなかったんでしょうね」

 口ぶりから今朝の事件に敷元くんは関与していないようだ。

 分かったうえで質問したけど。


「話が逸れたりしたけど、事件の動機の確認はできた。そのうえで訊くよ。瀬戸津さんは僕にどうして欲しい?」


「は?」

 僕の言っている意味が分からなかったらしい。

 彼女はイラついたように口を開ける。


「君たちの大切な友達を傷つけたの本当だからね。その償いをしたいから」


「じゃあ死ねよ」

 あっさりと言い放たれた言葉は思いのほか質量を持っていた。

 決して軽はずみで言っているわけではない。

 じゃなきゃここまで心の奥にズシンと響いてこない。


「な―――!」

 白城さんが叫ぼうとする。

 共に学級委員として頑張って来た言わばパートナーが悪事を働いていたことを知らされても、『死ね』という単語に彼女が反応しないなんてことはなかった。

 なので、すぐさま僕が遮らせてもらう。


「―――それは無理だ」

 冗談で相手は要求しているわけではない。

 だから僕も真剣に答えよう。


「僕が死んで悲しんでくれる人がいる。その人たちを悲しませたくない。だから僕は死ねない。だからその願いは聞けない」

 このとき頭に浮かんだのはハルだった。

 病室で子どものように泣きじゃくるハルの顔だった。

 もうあんな思いはさせたくない。

 僕の命は僕がどうこうしていいものじゃないんだ。

 それは誰にでも言えることだ。


「なによ。また騙すってわけ? ………私が"本当"にして、あげましょうかぁ!!」

 言うが早いか、彼女は僕の方に向かって走ってくる。

 幸い距離は空いていたので若干の猶予はあるが、どうすればいい?

 どうすれば正解だ?


「!? 向介くん! 彼女カッターを持ってますよ!?」

 あれは衣装を引き裂いたときに使ったのか……!

 僕の後ろ側には白城さんがいる。

 下手に避けて彼女に危害が及ぶのは避けたい。


 受けて立つしかない。

 もう怪我をするのはうんざりだ。

 うまくやらないと……っ!!


「向介、後ろに下がれ」


 突然、声がした。

 僕はあっけにとられ、言われた通りの動きができなかったが後ろから服を引っ張られ体勢を崩してしまう。

 僕がいた位置に誰かが立っていた。

 その人が、いや"彼女"が声の主だったようだ。

 また助けられちゃったな。


「どいてよ!」

 瀬戸津さんはもう止まれないほど勢いがついてしまっている。

 しかし、"彼女"はそんな瀬戸津さんの顎のあたりに手を構え、そのまま向かってくる相手の鎖骨に掌底を食らわせているように見えた。


「ぐふっ!!」

 食らった瀬戸津さんは仰向けに倒れ、カッターを持つ手はすでに"彼女"によって掴まれており、"彼女"は倒れる瀬戸津さんに合わせて立ちまわっていた。

 仰向けだった瀬戸津さんは腕を回されることであっという間にうつ伏せになり、腕は関節をキめられていた。


 一瞬のことだった。

 理解が何一つ追いつかないまま、僕と白城さんはハトが豆鉄砲食らったようにポカンと口を開けるだけだった。


「グッドタイミング。空手やっててホント、良かったぜ」


「………曜、さん」

 今朝から姿が見えなかった彼女がヒーローのように助けてくれた。

 前にもチンピラに襲われたときにも言ったが、曜さんの技は合気道だと思う。


「なんでここに曜さんが………?」


「私だけじゃねぇよ。後ろ見てみな」

 今度は指示された通りに言うことを聞けた。

 僕は強く引っ張られたせいで尻もちをついているから、見上げる形になる。


「な、んで………」

 またまた驚かされた。

 もう一生分の驚きをこの数秒間で体験した気がする。


「……久しぶりね、向介。会いたかったわ」


 そこにいたのは、茜音さんだった。





 ◆





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ