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こル・ココる  作者:
第六章 『怒』
42/65

対立した、そしてやり直した。

 



 ◆




 事件が起きました。

 それも最悪の。


 クラスのみんなが登校してきて、人数が増えるごとにざわつきが増していきます。

 他のクラスの人までわたし達の教室を見てきたりもしています。

 それくらい大騒ぎです。


 わたしと向介くんが目の当たりにした教室の惨状は具体的に説明すると。

 机はひっくり返されたり、あちらこちらに散らばったり。

 壁や窓に施した飾りつけは全てが剥がされ、修復不可能なほどボロボロになっていました。

 一番の被害は衣装です。

 衣装を教室に置いておいたのが間違いでした。

 これもところどころ引きちぎられていたり、明らかに力任せに破かれていたり、服がただの布きれのようになっています。


「…………あ」

 川霧さんが来てしまいました。

 川霧さんは一瞬で衣装がどうなったのか理解したようでした。

 そして、泣きそうです。

 クラスの女子は彼女を慰めるために彼女の周りを取り囲んで、頭や背中を撫でています。


 やっぱりわかるんですね。

 一目見ただけで、ただの布きれのような無惨なものでも、それが自分たちが一生懸命つくった衣装だとはっきりわかってしまう。

 それだけ愛情を込めたのではないでしょうか。

 そう考えると、無性に腹が立ってきます。

 さっきまで現実を受け入れられなかったですが、今になると自然と怒りがこみ上げてきます。


「一体、誰がこんなことやりやがったんだよ!!」

 北方くんが叫びます。

 まるで、わたしの心を代弁してくれているようでした。


「いや。違う。そうじゃない」

 誰もが北方くんの叫びに同調しようとしていました。

 あと一日残っている二年一組の文化祭を壊した犯人は誰だと、探したり、考えたり、疑ったりしようとしていました。

 しかし。

 ただ一人だけ。

 誰よりも早くこの惨状を見ていた向介くんだけは違いました。


「違うって……なにが違うんだよ! こんなことをしでかした奴を見つけなきゃなんねぇだろうが!」


「だから、違うんだ。今はそんなことを考えるべきじゃない。やるべきじゃないよ」

 激情を見せる北方くんに対して向介くんはただひたすらに冷静でした。

 こんなときなのにいつも通りでした。


「お前、それ、本気で言ってんのか!!?」


「やめてください! 北方くん!」

 平気な顔をしている向介くんに北方くんが掴みかかろうとする、ところをわたしが必死で止める。

 気づいてしまった。

 向介くんは全然いつも通りではありません。

 なんとなく、ただの直感だけど。

 わずかな彼の変化が確信はないけれどそう感じるんです。

 だから、寸でのところで北方くんを止めることができました。


「これ以上の問題を起こすなよ? お前たち」


 このまま教室だけじゃなくクラスまでも壊れるんじゃないかと思っていると、そこに天灯先生が来てくれました。

 どうやら祀梨ちゃんが呼んできてくれたようです。

 まず初めに先生を呼ぶのを忘れていた自分が恥ずかしくなります。


「ほう。確かに酷い荒れようだな」

 先生は揉めそうになっていた二人を横切って教室の現状を見る。


「おい、一円。これの犯人に心当たりは?」


「……あり、ます。おそらくですけど」


「そうか、わかった」

 先生と向介くんが短いやり取りを行った後、先生がクラスみんなの方を振り返ります。

 まさか出し物が中止になるんじゃ……。


「じゃあ一組のみんなにこれからのことを言う。出し物は続行だ」


「え………」

 思っていたのと逆のことを言われてつい言葉が漏れてしまいます。

 他のみんなもそうでした。

 かろうじて北方くんだけが、


「いや、でも先生……それよりも犯人は………」

 と、弱く反論します。


「犯人探しよりもやるべきことは一円が言った通りあるんだよ。昨日と今日は何の日だと思っているんだ?」


「そりゃあ、文化祭、っすけど………」

 歯切れが悪く彼は返します。

 天灯先生の真っ直ぐとした目、そしてぶれることがない態度を目の当たりすれば誰でもこうなってしまいます。


「なら、お前たちは文化祭をやれ。くだらん犯人探しなどするな。今日を楽しむことだけ考えろ。それが今やるべきことなんだよ」


「……でも、こんなことされて………昨日みたいにはできないっすよ」


「無理にでもやれ。この出来事のことは今日だけでいい、忘れておけ。お前たちは文化祭を成功するために今まで準備を頑張って来たんだろう? 違うのか?」


「…………………」

 先生の問いかけに北方くんは返すことができませんでした。

 それはこの場にいるクラス全員がそうでした。

 みんな確かに頑張ってきました。

 誰一人としてこのコスプレ喫茶に関わっていない人なんていません。

 この二週間、色んな苦悩もあって衝突もあってそして笑顔がありました。

 みんながみんな楽しんでいました。

 それをこんな途中で終わらせてはいけないと先生、それと向介くんは言っているんだと理解しました。


「まだ終わりにはさせないよ、絶対に。ね、北方くん」


「………わかった」

 最後に向介くんが北方くんに頷かせます。

 ここ二週間ですっかり板についた口調で向介くんはクラスをまとめます。


 事件が起きました。

 それも最悪の。


 でもわたしたち二年一組は乗り越えることに決めました。


「自分たちの文化祭を誰かに終わらせてたまるか。自分たちで終わらせよう」




 ◇



 とりあえずのところみんなで役割を決めます。

 文化祭が始まるのは午前九時。

 それまでの一時間を教室の飾りつけやテーブル席の修繕に当てます。


「川霧さんたち衣装係は家庭科室で衣装の修復をお願い。縫い目が破かれているだけだから、また縫い合わせれば直るかもしれない」


「ぐすっ……うん、頑張って………ぐすっ、みる、ね」


「テーマがハロウィンでよかった。多少、いびつでも縫い目が見えても仮装ということで案外映えるかもしれない」

 川霧さんたちに指示を出し終えた向介くんは今をこれからに活かそうと考えているみたいです。


「飲み物や食べ物は調理室で昨日と同じようにつくれるから、教室さえなんとかなれば開けますね」


「うん。だからあとは衣装なんだ」

 そう言って向介くんは考え込みます。

 衣装が直るまでの間、給仕係の装いをどうするのか。

 わたしも考えてみますがいい案が浮かびそうにありません。


「コウ、なにかあったのか?」


「どうしたの?」

 悩んでいると倉河くんと祀梨ちゃんがやってきます。

 二人にも何か考えはないかと協力を仰ぎます。


「衣装がないなら制服でやるしかないだろ。うちの制服は学ランに黒セーラーだから見た目をなんとかしたらそれっぽく見えるかもしれない」


「見た目をなんとかする?」


「例えば……そうだな、お化け屋敷の仕掛人みたいに顔にメイクを施すのもいいな」


「お化け屋敷なら一年でやってるところがあるよね」


「そこにメイクを頼んでみましょうか」

 とりあえずの方針が決まりました。

 こうやって忙しくしていれば、多少は今朝のことが気にならなくなります。

 なんと言ってもクラスの一体感が違います。

 みんなが今日という日を成功させようと、同じ目的を、同じ気持ちで取り組んでいます。

 文化祭を諦めなくて良かった。


「白城さん、これからその一年のクラスに行こうか。多分、僕の後輩のクラスだから大丈夫だと思う。というか都合がいい」


「都合が……?」


「うん。聞きたいことがあったからね、その後輩に」

 向介くんの言葉の真意はわかりません。

 ただ、さっきの天灯先生とのやり取りが関わっているのではと勝手に思いました。


「あれ? そういえば曜さんがどこ行ったか知ってる?」


「あ。曜さんなら先生に何か聞いてましたよ? わたしにも少し用があるからって空けるって言われました」


「へぇ……、ま、何か考えがあるのかもね。それじゃあ、行こうか一年のお化け屋敷に」

 わたしは返事をして出発します。

 それと同時に校内放送が流れます。


『それでは露草高校文化祭の二日目を始めたいと思います』



 ◇



 わたしたちがやらなかったお化け屋敷の出し物をしているクラスというのは一年三組でした。

 なんでも向介くんの後輩がいるという話でしたが。


「………何しに来たんですか、先輩」

 教室の入り口で受付をしていると思われる髪が短めの女子生徒が向介くんに食ってかかるような物言いで、というか半眼で、話しかけてきました。


「ちょうど良かった。ねぇ、医月。君たちのクラスの実行委員って誰か教えてくれる?」


「嫌です」

 にべもありません。

 仮にも向介くんのことを『先輩』と呼ぶ割にきっぱりと断りましたよ、彼女……。


「じゃあ、他の人に聞くよ」

 後輩に冷たくあしらわれたというのに向介くんは向介くんで全く堪えてはいないようです。

 この二人の関係がよくわかりません。


「医月さんですか? もう少し向介くんに対する態度を柔らかくできません―――――」


「あ! そこにいるのはいちえん先輩ではありませんか!」


「―――――か………?」

 わたしが後輩女子の態度を改めさせようとしていると、突然一年三組の教室の扉が開きます。

 開いたと思えば、中から元気の良いこれまた女子生徒が向介くんの名前を呼びます。


「あかりちゃん、おはよう」


「はい! おはようございます!」

 唐突な登場にも関わらず向介くんは臆することなく呑気に挨拶をしています。

 わたしも慌ててお辞儀をします。


「何しに来たんですか? うちはまだ準備中なんですけど?」


「いやーちょっと実行委員に用があってさ」


「このクラスの実行委員はあたしですよ?」


「それは都合がいい。……白城さん、ちょっと例の件のことこの子に頼んでてもらえる?」


「え。それはいいですけど……、向介くんがした方がいいのでは?」

 知り合いのようですし。

 わたしが交渉するより成功すると思うんですけど。


「僕はこの後輩に聞きたいことがあるから」

 そう言って医月さんの方を指さします。


「………………」

 睨んでますよ、彼女。

 ……教えてくれるんでしょうか。

 心配です。


「では! しらしろ先輩! あたしの名前は竺雲寺あかりって言います! よろしくです!」


「あ、ご丁寧にどうも。わたしは白城輪花と言います」

 話を聞くということで向介くんと医月さんを余所にわたしたちはわたしたちでお互いに自己紹介をします。

 教室の奥を見ると確かにまだ準備中のようで色んな仕掛けを何人かで作っています。


「忙しいところにすみません。実は頼みたいことがあって」


「いいですよ!」


「え?!」

 なにが『いいですよ』なんでしょう。

 とにかくわたしとこの子とでは会話のリズムが全然違う気がして、なんというか噛み合いません。


「それは頼み事を了承してくれたってことなんでしょうか?」

 自然とおずおずと尋ねてしまいます。

 これでは先輩としての威厳なんてありません。


「そうですよ!」


「なんでそんなに簡単に引き受けるんですか? まだ内容も言っていないのに」

 わたしのこの疑問は当然だと思います。

 こんなに安請け合いしていては苦労ばかりしてしまうと一年長く生きている者として教えなくてはいけないし。

 わたしが密かにそう考えていると、彼女はなんとも嬉しそうに口を開きます。


「だって先輩が可愛いですから!」


「………………」


「というのもあるんですがー」

 よかった。

 他の理由もあったみたいです。

 対処に困るところでした。


「先輩たちのクラスが大変なのは聞いていますから、協力は惜しみません」


「一年生にまで伝わっていたんですね」

 それもそうです。

 一つのクラスの出し物が荒らされているんです、注意ぐらいは学校中に行き渡っているはずです。

 もうすでに二日目の文化祭が始まったというのにまだお化け屋敷を開いていないのも、自分達のクラスも何かされていないか点検をしているからかもしれません。

 わたしが考えているよりも、今回起きた事件はいかに重大かを再確認します。


「邪魔されたのにまだ全然諦めていないのがわかって良かったです! 励みになります! 負けてられません! 展示部門のライバルとして!」


「あ、そうでしたね」

 今日は特に大変なので忘れていました。

 この学校の文化祭では優秀だった出し物には表彰がされるのでした。

 展示部門と発表部門の二つの部門でそれぞれ生徒にアンケートをとって後日に発表されるという企画が生徒会によって行われるという話です。

 これだけ頑張ってきたので金賞をみんなでとりたいという欲がわたしの中で生まれます。

 これで事件を起こした犯人には負けられない理由がまた一つできました。


「あかりさん」


「はい?」


「ありがとうございます」

 わたしは様々な意味を込めて感謝の言葉を伝えます。

 わたしにも闘争心があることに驚きます。

 これが犯人を憎む思いからくるものでしょうが、それと同時に元気が出てきました。

 あかりさんと出会えてよかったです。


 それからわたしは彼女にメイクについて頼み、係の人にも承諾をもらいました。

 とりあえずコスプレ喫茶はなんとかなりそうで、改めて息をつくと向介くんと合流します。


「話はどうでしたか?」

 本当だったら、「ちゃんと聞き出せましたか?」と尋ねたかったです。


「ごめんね。白城さん」


「なんで謝るんですか?」


「やっぱり僕のせいだったよ」

 向介くんは今まで見たことない顔を見せます。

 まるで自分に対して怒っているようでした。


「犯人がわかった」




 ◆





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