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こル・ココる  作者:
第六章 『怒』
41/65

再会した、そして変われた。

 



 ◆




 明日から土日を使っての文化祭がいよいよ始まる。

 本番前日ということもあって学校のあちこちは賑やかに準備が進められていた。

 例に漏れず僕たち二年一組も。


「向介……くん、衣装はこんな感じで……その、大丈夫、かな?」


「オッケーだよ。お疲れさま、川霧さん。なんとか前日までに全部完成したね」


「みんなのおかげ、だよ」

 衣装も無事に出来上がり。

 指揮を執っていた川霧さんは準備に関しては一番の功労者だった。

 疲れを見せる彼女を休ませていると、後ろからズンズンと足音を立てて僕に怒鳴ってくる人がひとり。


「おい! 向介! なんで私まで衣装着なきゃなんないんだよ!!」

 振り返れば魔女が被っていそうな三角帽子に黒いワンピースに黒いマント姿の曜さんがいた。


「だって曜さんは給仕係じゃないか」


「でも、一人くらい仮装しなくてもいいって言ってたじゃねぇか!」


「言ってたけど、それが曜さんだとは言ってないよ」


「お前嵌めやがったな!」

 不満を述べつつもちゃんと試着しているあたり満更でもないと思うのだが。

 スタイルいいから妙に似合っているし。


 曜さんは言うだけのことは言って、更衣室へと戻っていった。

 衣装ができたことで給仕係の人には一度そこで着替えてもらっている。

 順々に完成したコスプレ衣装を披露しに教室に入ってくる彼らは普段とは違う装いにテンションが上がっていた。

 川霧さんのおかげで衣装の出来もよく、コスプレ喫茶の名前に負けない色とりどりの見た目に、早計だが明日からの文化祭が成功すると確信させてくれる。


「なぁ一円ー」

 クラスで盛り上がっているそんな中、タキシードに黒マントの北方くん(彼も給仕係だ)が申し訳なさそうにこっちに来る。

 吸血鬼のコスプレかな?


「明日のシフト変えられねぇか? 実はさぁ、バンドの発表の順番が変わっちまって」

 ああ、ライブに出場するんだっけ?

 体育館のステージ発表の演目に有志によるバンド演奏があったな。

 北方くんも出るのか、ロックとか似合いそうだ。


「いいよ、代わりに僕が入るから」


「すまん!」

 実行委員をやっている僕だけれど本番では実は何もやることがない。

 不測の事態が起きたときのために自由に動ける人間がいた方が便利だという代の意見があったからだ。

 実際、不測の事態なんて起きるのか甚だ疑問だったが役に立ったようでよかった。

 用が済んだ彼を見送ると入れ違いにアスカがやってきた。


「やっほー、一円くん」


「お菓子づくりは問題なかった?」

 調理家電は彼女の持ち物なので使い方を調理係に教えるように頼んでいた。

 ま、彼女も一応は調理係だが。


「大丈夫だよー。みんな料理上手でね、機械の操作を教えたらやることなくなっちゃった。あ、これが明日出そうとしているお菓子ね」


「ん! おいしいね! この出来なら十分喫茶店のメニューとして出せるよ」


「ふふっ、よかったぁ。じゃあ、また調理室に戻るね」

 手を振りながらすぐに持ち場に戻っていった。

 順調そうでよかった。


「向介くん、向介くん」


「おっと、ごめんね」

 色々と係から報告を受けていて、今している仕事を白城さんに任せてしまっていた。

 これから喫茶店を開くにあたって僕と白城さんと他クラスメイトで教室をレイアウトを担当している。

 花を置いたり、机を合わせてテーブルにしたり、それにテーブルクロスを敷いたり、色々だ。


「壁や窓の飾りつけはこのくらいで良いでしょうか?」


「うん、計画通りだね。でも、テーブル席はもう一つ増やしてもいいかも」


「五つでも、まだスペースがありますね」


「おーい、代」


「なんだよ」

 ちょうど良いところにでかい奴を見つけた。


「テーブル、もう一セット作ってよ」


「もう机は空き教室に移動させたぞ」


「だからお願い」


「……ったく、しょうがねぇな」

 なんだかんだ言ってちゃんとやるところは素直じゃない奴だ。


 と、ここまでが準備の風景。

 ここ二週間僕への嫌がらせは収まってなどいない。

 むしろエスカレートしていて、自分の持ち物がなくなることもあった。

 だけど、僕は日々の忙しさにそっちの対処をすることができないでいた。


 だから気づけなかった。

 こんなにもかつてないほど充実した日常を妬むものがいたことを。



 ◇



 十一月にも突入して、すっかり秋になった文化祭当日。

 クラス四十人の頑張りのおかげで、我が二年一組のコスプレ喫茶は見事に繁盛している。

 曜さんの魔女や北方くんの吸血鬼の他にジャック・オー・ランタンをモチーフにしたオレンジ色の衣装やカボチャの被り物まである始末だ。

 骸骨に見えるようにプリントした上下のスウェットやただ全身包帯を巻いただけのミイラ男などの手抜きなものまで評判になるほどのお祭り騒ぎだ。

 写真撮影をお願いされたりと、その衣装の製作者である川霧さんはとても嬉しそうに喜んでいた。

 ただひとつ不満を挙げるとするならば、それは―――――


「うっはっはっは! おい一円! お前似合い過ぎだろっ!」


「なんで僕がこんな格好………」


「い、いや、でもほら! ホントに似合ってますから向介くん。そんなに気を落とさないで……」


「そうだよ? どっからどう見ても一円くんが男の子だって気づかないって」


「二人とも励まし方を間違えてるよ」

 昨日の準備のときに北方くんとシフトを代わることを約束して、当然僕もコスプレをすることになったのだが。


「………………」

 これはどこからどう見てもメイド服だった。

 フリルのたくさんついた!

 ミニスカの!


「あのぉ、ごめんね、一円くん……、この衣装………一番初めに作って露出が多いからって生徒会の人から却下されたんだけど、……どうしても、誰かに着てほしくて」

 誰かが着てくれるならそれが男でもよかったのか。

 黒髪のウィッグが用意されているあたり、最初から僕に着せようとしていたのではと邪推をしてしまう。

 北方くんとシフトを代わったのが昨日。

 十分に考えられる。


「………もういいよ。僕はなんでも『受け入れる』ってキャラ設定だから。このくらいの現実……受け入れるさ」

 僕の『性質』上、女装くらいすんなりと『受け入れる』べきなんだけど、僕たちが今いるのは二年一組の教室の隣にある空き教室だ。

 二年一組の教室を喫茶店として使っているため、この空き教室がみんなの荷物や道具を置いたり休憩したりと控室のようになっている。

 当然、僕や衣装の着替えを手伝った川霧さん、メイクをしてくれたアスカや白城さん、大笑いをした元凶の北方くんがいる他に何人かクラスの人間もいる。

 ここで何の抵抗もなくミニスカメイドの黒長髪にコスプレを、したらしたでそれは問題だ。

 せっかくクラスの誤解を解いたというのに新たな誤解を生むことになる。

 誤解の厄介さというのはもう十二分に思い知っているつもりだ。


「そんじゃ! 俺は体育館に行かせてもらうぜ。もったいねぇけど!」


「……頑張ってきなよ」

 北方くんはまだ笑いながら言っていたライブの準備でこの教室から出ていくのを目で追いながら僕は気づいてしまった。

 教室の入り口に代がいた。

 奴は無言で携帯のカメラを僕に向けていた。


「おい! 代!!」

 僕は思わず叫んだ。

 アイツ、僕のこの姿を無表情でただ撮っていやがった。

 僕の声に特段慌てるでもなく、無様な人間にくれるような嘲笑を顔に浮かべ静かにどこかへと逃げていった。


「あっ、代くん! 私にもその写真ちょうだい!」

 言いながら、アスカは代の後を追う。

 どうやら僕に救いの手を差し伸べる人はいないみたいだ。


「じゃ、じゃあ一円くん! さっそく働きましょうか!」

 沈む僕を無理矢理にでも元気づけようとしてくれる白城さんは本当に天使だと思った。


「そ、それと、あとでわたしと一緒に写真を撮ってくださいね」

 いつになく顔を真っ赤にさせながら白城さんは言った。


「その……今の一円くんは本当に………かわいいですから……」


「………………」

 天使は死んだ。

 白城さんと川霧さんは二人してくっつき合いながらおそらく僕のことで盛り上がっている。

 そんな彼女らを背に、僕は。

 せめて知り合いにだけは会いたくないなと思いながら、何か大切なものを失くした気がした。


「………え、」

 空き教室を出た瞬間、誰かの驚いた声がした。

 まぁ、いきなり教室から女装男子 (しかもミニスカの)が出てくれば誰だった驚くだろう。

 ただ、その声は僕のよく知っている声だと思った。

 まさかとは思い、その声がした方を見てみると、案の定だった。


「もしかして……コウ、なの………?」

 神も死んだ。


 なぜこのタイミングでハルが来てしまうんだ!



 ◇



「どうもお待たせしました。できたて淹れたてクッキー・紅茶セットになります」


「わぁおいしそう! アヤちゃん、さっそくいただこうよ! ………ってなるかぁ!」


「うわお、晴夏のノリツッコミが見れるとは……。これはレアだね」

 改めてハルとその友達であるかけあやさんが遊びに来てくれた。

 しかし、身内の恥を見られているハルは荒れに荒れていて、そんなハルとは対照的に文さんの方はなんとも落ち着いている。

 こんな見苦しい僕を目の前にして。


「いやいやぁ、似合ってるよ~。こうすけ君、だっけ? まさか久しぶりに出会ったら変態さんになっているとは驚いたものだ」

 全然そんなふうに見えないが。


「……誤解だよ」


「妙に落ち着いているからそう思ったんだけど?」


「『受け入れた』からね」


「ふ~ん、潔いねぇ。今はぷるぷると小刻みに震えてるハルを弄った方が面白そうだ」

 そう言って身近な教師を思わせるような嗜虐的な笑みをハルに対して浮かべる。

 こんな人だったんだ、この娘……。

 二人とも制服姿だから部活帰りに寄ってくれたみたいだ。

 彼女たちの通う白粉学園はこのあいだ文化祭があったようだが、女子高ということもあってか保護者しか招待されないのでそっちの方には遊びに行けなかった。

 一体、ハルが何をしたのか気になるところではあるけれど。


「ねぇ晴夏、今どんな気持ち? ねぇねぇ?」

 煽るなぁ。

 本当、最初の印象と大分違う。


「うわぁああん、もう!! コウのばかぁ!!」

 頭を抱えてハルは叫んで、机に突っ伏す。

 紅茶が入ったカップにぶつけそうになってかなりひやひやした。


「うふふ」

 そんなハルのみっともない(僕が言えたことではないが)姿を見ながら文さんはクッキーをかじる。

 なんだ、これ。


「………………」

 僕も面白くなってきた。


「はいはい、ごめんねぇ晴夏。これくらいあなたを虐めないと割に合わないからさ」


「もう絶対にアヤちゃんに無理なお願いなんてしない……」


「無理なお願い?」

 どういうことだ?


「あ~、説明するとね、今日部活が終わったら晴夏が草高の文化祭に付き合ってほしいって頼まれてね。でも私って……うーん、この学校に会いたくないやつがいるから行きたくなくてさ。でも晴夏がどうしてもって言うからねぇ」


「なんで一人で来なかったんだよ」

 そういえば前にハルから文さんには世知原くんに対する恨みがあると聞いた。

 だから、この学校に来たがらないのもわかる。

 僕でもわかる。ハルならなおさらだろう。

 それなのにどうして。


「……気持ちの、問題が………あって……」


「え? なに?」


「うー、色々あるの! あたしにも!」

 こんなにも子どもっぽいハルは懐かしい。

 小学校の頃みたいだ。

 それからのハルは何か吹っ切れたみたいに、ぱくぱくとクッキーを頬張る。

 なんだかもう大丈夫そうなので、僕も他のテーブルの対応に向かおうとする。

 向かおうとするところで、白城さんがやってきた。


「向介くん、あちらのお客様が写真を撮らせてほしいみたいですけど……」


「えー……」


「ダメ、ですか?」


「……わかったよ。そう心配しなくても白城さんにも撮らせてあげるから」


「……わぁい」

 なんだろう。

 祭りだからってみんなキャラ崩壊が激しくないか? 僕も含めて。

 僕は嫌々な態度を形だけでもとって白城さんと一緒にその写真を撮らせてほしいというお客様のところに行こうとすると、ハルがこちらを見ていることに気づく。


「どうしたの?」


「………いや、別に」

 突然、そっけなくなるハルだった。

 それからハルは残っていた紅茶を飲み干すと、もうどこかに行くようだった。


「おいしかったよ、コウ。あたし、ここの一年生に知り合いがいるから会ってくる。それじゃあね」

 あまりにいきなりだったので文さんも戸惑っているようだ。

 なんだろう、急いでいるのかな。


「うん、それじゃあ。来てくれてありがとう」


「………うまくやりなよ」


「え?」

 何を? と訊く前にハルはすでに会計を済ませて教室からいなくなっていた。

 取り残された文さんはどういうことかわかったみたいで、ハルを追いかけながら最後に僕に「ちょっとは晴夏に気をかけてね」と言って出て行った。

 なんだったんだ?

 僕は様子のおかしいハルに疑問を覚える。


「ハイ、チーズ」

 白城さんの掛け声に写真を撮られながら、僕はハルのことを考えていた。

 だけど、この後の出来事ですっかり先ほどのことを忘れてしまった。

 それはあまりに衝撃的なだった。


 僕との写真を頼んだのは同じ年くらい一人の女の子だ。

 ハルや文さんと同じブレザーの制服だったが白粉とはまた違ったデザインで、どこかで見覚えがあるような顔立ちだった。


「写真、ありがとうございます」

 その女の子はそうお礼を言ってくる。


「いや、僕のこんな格好で良ければどうぞ」


「ふふっ」

 彼女は笑う。

 本当、心底楽しそうに。

 何がそんなにおかしいのかな。


「どうしたんですか?」


「ふふふっ、まだわからない? コウ君」

 コウ君。

 僕をそんなふうに呼ぶ人物がかつていた。

 だけど、えっ、そんなことって。


「……美嬉、ちゃん?」


「そうだよ、コウ君。やっと気づいてくれたっ」


 ただのお客様だと思っていた女の子は実は知り合いだった。

 いや、知り合いと表現したらまた昔のように怒られるかもしれない。

 僕が僕自身に『例外』をつくらせた張本人。

 僕の元恋人の神代美嬉。

 彼女が今、目の前に、約二年ぶりに現れた。


「えっと、二人はどういった関係なんでしょう……」

 戸惑う白城さんに構ってやれる余裕は残念ながら僕には残っていなかった。



 ◇



「ごめん! 待たせた!」

 僕は北方くんと代わったシフトが終わる時間に体育館の前で美嬉ちゃんと待ち合わせをした。

 体育館なら演劇などの催しがあるから時間まで暇が潰せると思ったから待ち合わせ場所に指定した。


「ううん、大丈夫だよ」

 思えば似たようなやり取りをこの前白城さんとしたな。


「コウ君に話があるんだ。どこか落ち着いて話せる場所ってない?」

 今はもう夕方になろうとしている時間帯だが、まだまだ学校には人がたくさん行き交っている。

 こんなざわざわしたところではできない話というわけだ。

 二年ぶりに再会したとは言っても相手は元恋人だ。

 これから文化祭を楽しむような上手な別れ方は残念ながらしていない。


「わかった。ついてきて」

 僕は彼女を『ココロ相談室』の部室へと案内する。

 もしかしたら、医月がいるかもしれなかったが流石にいなかった。

 美嬉ちゃんの望み通り、僕たちは二人きりになった。


「そういえば」

 落ち着いたところで疑問に思うことがある。


「よく僕のクラスがわかったね」

 僕に会いに来たと言う彼女とは連絡など取り合っていない。

 まさか虱潰しにクラスを見て、探したのだろうか。


「代君にばったり会ったんだよ。学校の玄関でね。コウ君と同じですっごくビックリしてた」


「そりゃあ、驚くよ。昔と見た目が変わっているからさ」


「髪伸ばしただけなのに……、そんなに違うの?」


「違うよ。着てる制服だって違うんだしさ。一目じゃわからないね」


「驚くならわたしもだよ? コウ君があんな格好するなんてさ。もしかして……変態さん?」


「君もそう言うのか……」

 もちろん勤務が終われば、メイド服も今は脱いでいる。

 ハルだけでなく美嬉ちゃんにもあの姿を見られたというのは予想だにしないことだ。

 まぁ、医月や天灯先生に見られなかっただけ良しとしよう。


「なんだか懐かしいね、コウ君」

 感慨深げに目を細めて美嬉ちゃんはしみじみとそう言った。


「わたし、とても嬉しいよ。会いに来てよかった。まるで昔みたいにコウ君と話ができてるのが……ホント、夢みたい」


「そんなの大袈裟だよ」


「ううん。ちっとも大袈裟なんかじゃないんだよ? わたしにとっては、ね」

 不意に昔の記憶が蘇る。

 それは彼女の悲しそうな顔をしているからだろうか。

 あの日の学校の屋上でのことを。


「わたしの身勝手な気持ちのせいで、コウ君に……いじめから助けてくれた恩人に辛いことをさせてしまったって今でも思う。でも、またコウ君に会うと想いが溢れそうでなかなか会いに行けなかったよ。謝りたかったんだぁ、ずっと」

 謝る?

 謝るならむしろ―――――


「僕の方だよ」

 そう。僕なんだよ。謝るべきは。


「あの日言えなかったことを言うよ。僕のせいで、君を傷つけてしまったんだ。僕の………」

『性質』のせいで。

 そう言おうとして僕は寸でのところで口を閉じる。


 今までの僕は間違っていたんじゃないか?

 自分が他人を傷つける度に逃げていたんじゃないか?

 僕は人とは違う。

 そう思い込むことで自分を守っていたんじゃないか?


 他ならぬ僕のこの『性質』という言い訳で、自分のことなのに自分のことを他人事のように思い込んではいなかったか。

 誰かを、例えば目の前にいる彼女を傷つけたことを『受け入れた』ことにして平気な顔をしていなかったか。

 抱くべき感情を、するべき反省を、放棄してはいなかったか。


 僕は今、謝るべきだと思った。

 彼女に謝るべきだと思ったんだ。


 それだというのに。

 僕は二年前から今の今まで彼女とのことを『性質』のせいにしていた。

 自分と『性質』を切り離して、いた。


「こんな僕じゃ、謝る意味ないよね」

 僕はここで気づく。


『すべてを受け入れる』という『性質』を僕はどこかで『受け入れて』はいなかった。


 僕は僕のことに責任を持てていなかった。

 すべてを『性質』を利用して逃げていただけだったんだ。


「コウ、君………?」

 黙りこくっている僕を心配そうに見つめる美嬉ちゃん。

 そんな彼女に向かって、僕は生まれて初めて"心"からの言葉を吐き出す。


「ごめん、君の気持ちを軽く考えて。ごめん、君にきちんと向き合えなくて。ごめん、こんな僕で。最後に―――――」

 僕は別れたあの日とそれよりもずっと前に、彼女に伝えるべきだったセリフを出し尽くす。


「―――――ごめん、君のことを……好きになれなくて」


 これをあの時言えればこんなに遠回りせずに長い時間苦しむ必要なんてなかったんだ。

 本当に。

 僕はどこまでいっても、どうしようもないな。


「………………」

 彼女は長い沈黙のあとちゃんと僕の言葉を、そして気持ちを受け取ってくれた。


「………わかった、……そうだったんだね。わたしは謝りたくてコウ君に会いに来たんじゃなかったんだ。ただ………」

 "ありがとう"が言いたかっただけなんだ。


 美嬉ちゃんも美嬉ちゃんで僕のように何かに気づいたみたいだ。

 彼女は真っ直ぐに僕を見つめて、少し動けば触れ合いそうなほど近くに体を寄せる。

 身じろぎひとつもできないまま僕は固まってしまう。

 覚悟を決めた彼女に動けなくなる。


「ありがとう、わたしのことを助けてくれて。ありがとう、わたしのことを考えてくれて。ありがとう、わたしのことを変えてくれて。最後に―――――」

 何かがこみ上げる。


「―――――ありがとう、あなたのこと……大好き、だったよ」


 これでやっと終わった気がする。

 過去のこと。僕の過ちを。


 "ごめん"と"ありがとう"を繰り返して。

 僕らは前に進む。


「ふふっ、それにしても」

 最後に美嬉ちゃんは微笑む。

 昔と比べてよく笑うようになった。

 それだけ今が幸せなんだろうな。


「コウ君も泣くんだね」


 気づけば涙を流していた。

 初めて泣いたかもしれない。

 そう思うくらい僕は泣いたことはなかった。


 この涙が『自分』を『受け入れた』ことへの証のように思えた。


「僕を変えてくれて、ありがとう。美嬉ちゃん」




 ◇



 文化祭の一日目は終了した。

 残るは日曜日。

 新しく生まれ変わった気分の僕は、朝一番に教室に入る。


 高揚とした気持ちはハルへの疑問も僕への嫌がらせも忘れさせて、今日一日のことだけを考えさせてくれた。

 またメイド服でも着ようかと思うほど舞い上がっていた。


 しかし。


「なんだよ……これ………」


 誰もいない教室。

 僕だけがいる教室。


 そこは昨日のままのはずだった。

 次の日も使うから頑張って喫茶店の雰囲気を出せるようにした飾りつけも、机も椅子もなにもかも、そのままにしていたはずなのに。


「なんで………」


「あっ、向介くん! おはよう、ござ……い、ます………」


「し、白城さん」

 僕の次に教室に来た白城さんが驚いて、言葉も出せないでいる。

 それもそうだ。


 だって。


 こんなにも滅茶苦茶に。


 教室が、ハロウィンの衣装が、荒らされていれば。


 誰だって驚く。


「いやぁぁああああああああああ」

 白城さんが悲鳴をあげる。

 それを聞きながら僕は思い知る。


 僕たちの文化祭はここから本番だということを。





 ◆





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