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こル・ココる  作者:
第六章 『怒』
40/65

行った、そして怒れた。

 



 ◆




 文化祭まであと二週間。

 正式に僕たち二年一組の出し物がコスプレ喫茶に決まって、これからクラスで役割を決めて準備に取り掛かりたいところだ。

 とりあえずのところコスプレのテーマであるハロウィンを意識してどんな衣装をつくるかを決めるところまではやった。

 あとは衣装づくりの担当を川霧さんを筆頭に何人かの女子に任せてある。

 他にやるべきことは実際にコスプレをすることになる給仕係とメニューや調理係も決めないといけないし、教室の内装にもこだわりたい。

 まだまだやるべきことは山積みで、僕は初めてクラスを仕切ることに四苦八苦していた。

 そんなときに同じ実行委員である白城さんが僕にある提案をしてきた。


「向介くん、今度の日曜は空いていますか?」


「図書館で勉強でもしようかなって思ってたけど……どうしたの?」


「あ、実はわたしがよく行く喫茶店があって、文化祭の参考になるものがあるかもしれないので一緒に行きたいなぁなんて思いまして」


「へぇそうなんだ。僕、喫茶店に行ったことないから良いかもしれないね」


「勉強ならそこでしましょうよ」


 と、そんな誘いを受けたりして僕にとって良いことづくめで断る理由なんて当然なく。

 そんなこんなで日曜の昼前に駅前で白城さんと待ち合わせすることに相成ったわけである。


「………………」

 今はまさにその待ち合わせ場所である駅前に僕はいる。

 なんでも白城さんの言う喫茶店はこの近くにあるらしく、あまりこのあたりに来ない僕は街の変わり具合を以前と比べて暇を潰していた。

 考えてみればこんなふうに女の子と待ち合わせをしてまでどこかに行くということはなかった。

 いや、あったな、そういえば。

 中学の頃にも神代美嬉と遊びに出かけたことがあった。

 この場合はデートか?

 確かそのことで当時彼女から注意を受けたことがあったような気がする。

 大分、過去になっているんだな、僕の中で。

 連絡なんてとっていないけれど彼女は今も元気にやっていけているのだろうか。


「…………くん!」


「………………」


「向介くん!」


「………あ」


「やっと気づきましたね。ボーっとして大丈夫ですか? なんだか随分待たせたようでごめんなさい」

 思わず考え込んでいたら、待ち人が到着していることに気づかなかった。

 設定した時間より五分早い。

 僕も待たせたら悪いと思って早めに出たけれど、白城さんもやはり早く来てしまうか。


「ううん。今来たところだよ」

 こういうときのテンプレな台詞を言って、なんだかおかしくて少し笑ってしまう。


「それでは行きましょうか」

 彼女の案内で駅前の人の流れに乗る。

 日曜ということもあってか、割かし人が多い。

 はぐれないように気を付けないと。


「白城さんも髪型変えたりするんだね」


「え? あ、そうですね。お出かけのときはよくいじったりしますよ?」

 彼女はいつも肩に届くくらいの黒髪を下しているが、今はベージュのシュシュでひとつにまとめている。

 普段と雰囲気が違ってドギマギしてしまう。

 彼女も休日ということで制服ではなく私服でいつもの黒縁眼鏡はもちろん、白いワンピースに淡いピンクのカーティガンを羽織っているのもその要因の一つだ。

 あんまり見ないからなぁ、女子の私服って。

 ハルのは見慣れているから新鮮味もないし。


「……どこかおかしかったりしますか?」


「いやいや! そんなことはないよ。似合ってる似合ってる。似合い過ぎているくらいだ」

 慌ててフォローしているとなんだか嘘っぽいが、白城さんは俯いて照れてしまったのでその心配はないようだ。


「今、考えると思うんですけど大分クラスのみんなと仲良くなりましたよね、向介くん」


「ん、まぁそうだよね。本当、アスカの思惑通りというかなんというか。見事に打ち解けてきたよ」


「わたし、みんなを集めて話し合いをしたこと、実は少し後悔してたんですよ?」


「なんでさ」

 あれが僕が助かるきっかけに十分になっている。

 僕の悪い癖を未然に防ぐことにもなったわけだし、感謝しているんだけど。


「大きなお世話かな~なんて。お節介が過ぎるとたまに思ってしまうんです。人の役に立ちたいと思って行動をしてもその人にとっては迷惑にしかならないんじゃないかって」


「それでも白城さんはよく人に親切にしてるじゃない」


「だから、いつも怖いんですよね。拒絶されたらどうしようとか、かえって困らせたらどうしようとか」

 考え過ぎとも思えるけれど。


「でも、怖いと思っていても、拒まれるかもしれないと思っても、困っている人を見て見ぬ振りがどうしてもできない。こんな自分を嫌いになるときがあります」


「だけどそういうところは僕は好きだよ」

 腕を怪我した人のためにノートをつくり、不登校の生徒の家に行ったり、誤解されている人のために解決策を探したり。

 友達を裏切ったり他人を平気で傷つける人が多いけれど。

 僕はそうやって人のために何かをしてくれている彼女を見て、いつも救われている。

 良い人だっているじゃんか、と。


「ありがとうございます。そうですね、嫌いと言いましたが、わたしもやっぱりそんな自分が好きなのかもしれません」

 相手が喜んでくれたときに報われて。

 その度に『やって良かった』って思える。

 白城さんはそんなふうに自分を語った。

 多分、そうやって恐怖を抑えて人に優しさを与えてしまうのが彼女の『性質』なんだと思う。

 僕はそう、思う。

 彼女の人間性はきっといつまでも変わらないものだと、思うと言うよりも信じている。

 これは願望を押し付けているだけなんだろうな。


「あ、だから白城さんってよく眼鏡を両手で抑えるんだね」

 確か前にそれをやることで自分自身を抑えていると言っていた。

 誰かに親切にするときに感じる恐怖を抑えるために代わりに眼鏡を抑えている。

 僕に初めて話かけたときにもそうしていたのはそういう意味があったのか。


「この眼鏡だからというのもありますけどね」


「特別なんだね、その眼鏡」


「はいっ、大切なものなんですよ」


 と、そんな会話をしているうちに随分と人も少なくなっていた。

 様々な店が立ち並ぶ街から、静かな住宅街へといつの間にか足を運んでいたようだ。


「あそこですよ。わたしがよく行く喫茶店は」

 彼女が指さすその建物は周りの一軒家に紛れていて、案内されていないとそこが喫茶店であることにもしかしたら気づかなかったかもしれない。

 古びてはいるが周囲の建物に溶け込むそのお店はなんとも落ちついた雰囲気で、そういった外装もひとつの味となっている。

 入ってみればカウンター席とテーブル席があり、ちらほらと客がいる。

 流れているBGMは静かなジャズで、まさに僕が思う喫茶店そのものだったので少しだけ感動した。


「良かった、わたしがいつも座る席が空いてます」

 そう言って白城さんは奥の方へと行くので僕はそれについていく。

 丸テーブルの二人席に腰を落ち着かせて、昼食をとりあえずとることにする。


「メニューはっと……、おお、案外種類が豊富だね」


「そうですね。オムライスにナポリタンにカレーもありますよ?」


「サンドイッチとか、パン系の料理もおいしそうだなぁ。……おすすめとかある?」


「実はわたし、ここではコーヒーしか頼んだことないのでご飯を頼むの初めてなんです」

 勉強をするのによく使うらしい。

 確かにしーんとしている図書館よりも、軽快なリズムの曲が流れるここの方が捗りそうだ。

 結局、文化祭でやる喫茶店では軽食を提供しようと考えていたので、卵サンドとツナサンドを店員さんに頼んでお互いにシェアしようということになった。


「文化祭でもサンドイッチは出すとして他に何をしようか?」


「クッキーとか、パンケーキ……あ! せっかくハロウィンをテーマにするのでパンプキンケーキにしましょう」


「いいね、それ。コーヒメーカーとか必要な調理家電はアスカが持ってきてくれるって言うし、一度試食会をやってみんなの感想を聞いてみようか」


「そういえば祀梨ちゃんが持ってくるんでしたね」


「あれで意外と家電大好きだから」

 履歴書の趣味の欄に家電って書けるレベルだ。

 そんな女子高生がいるもんだなー、近くに。


 それから注文の品が目の前に並べられて、今までに食べたことないくらい優しい味でとてもおいしいサンドイッチだった。

 食後のコーヒーを飲んで一息ついたあと、僕の勉強会が始まった。

 学校に再び通いだして一週間だけでは、なかなか勉強に追いつけるわけもなく日々周りの人たちから助けてもらってばっかりの生活が続いている。

 さっきの白城さんとの会話じゃないけど人の親切が身に染みる一方で、ここ毎日僕の下駄箱には脅迫にも似た紙が入っていた。

 うまくいっていることばかりではない。

 僕を恨む人間が学校にいることは確かだ。

 たとえクラスメイトと打ち解けようと、誤解が解けようと、それは変わらなかった。


 ふと、思い立った。

 僕が問題を解いてわからないところがあれば白城さんに聞くというスタイルをとっているので、質問がないうちは彼女は時間潰しに本を読んでいた。

 そんな彼女に聞いてみる。


「白城さんは誰かを恨んだことある?」

 突拍子もない問いだったけれど、僕が恨まれているらしいということは適当に誤魔化し、白城さんは答えずらいようなことに答えてくれた。


「誰かを恨んだことは……おそらくある、でしょうね」

 他人のために一所懸命になれる彼女でもあるんだ。

 意外。

 しかし、他人のために頑張れるからこそ強い感情を持つこともあるかもしれない。


「わたしが今かけているこの眼鏡って実は叔父からもらったものなんです」


「叔父?」


「はい。もらったというか譲り受けたというか。……形見、と呼ぶべきなんですかね」


「それって………」

 つまり、その白城さんの叔父さんは………。


「そんな顔しなくても大丈夫ですよ。何年も前のことですし。………それに、向介くんに話しておきたいと思っていました」

 彼女は悲しそうな顔をしていた。

 それと口では言っているが、話そうかどうかまだ迷っているようにも見えた。

 話す勇気が出ないとかそんな感じの。


「昔、わたしはいじめられてしました」

 持っていたペンが手から離れる。

 僕は白城さんの思いがけない意を決した告白にただ驚いて、なぜだか胸の奥がざわついた。


「中学の頃のわたしはとても内向的でした。碌に人と話すこともできないような、そんなレベルの。そんなわたしはある日いじめの現場を目撃したんです」

 彼女は一旦言葉を止め、コーヒーを一口飲む。


「一人の男子を五人で殴ったり蹴ったり、ときに悪口を言いながら………。彼らはみんなクラスメイトで、驚いたのがそのいじめを行っている五人が男女だったことです」

 男女。

 同性だけでなく異性にまで。

 そのいじめられていた男子というのはどんな気持ちだっただろう。

 男からも女からもいじめを受けるということは相当の孤立感をクラスの中で感じていたのではないか。

 助けを求めてもいじめグループの誰かに伝わる可能性がある。

 僕には理解してくれている人がいたから、先週の僕と同じような孤立とは言えまい。

 でも、だからだろうか。

 白城さんが僕のクラスへの問題を解決しようとしたのは。


「わたしはすぐに先生に言いました。先生はとても熱心な方で、すぐにいじめは明るみに出ました。良かった! って思った矢先に今度はわたしがいじめを受けるようになりました」


「白城さんが次のターゲットにされたんだね」


「ただ暴力がなかったことが不幸中の幸いですね。いじめのグループとは言っても男子だけでしたし」


「だからって……」


「………そうですね。だからって辛くないわけじゃない。少なくともわたしがいじめられていると感じるくらいのことはされました」

 例えばどんなことを?

 そんなことを聞くわけにもいかないだろう。

 傷口を無駄に広げることだ。

 全ては過ぎたこと。過去のことだ。

 しかし、白城さんはこちらから尋ねるまでもなく何をされたのかその一部を話した。


「物を隠されたことが一番困りました」


「困りましたって……そんな軽く」

 いや、わざと軽く言っているのか。


「文房具や教科書、借りてた図書室の本だとか、色々ありましたけど………、やはり……一番は」

 そう言って白城さんはおもむろにその小さな顔にかけている眼鏡をはずす。

 眼鏡をはずした彼女の素顔を初めて見たけれど、綺麗な顔立ちをしていると不謹慎にも思ってしまった。


「わたしのこの大事な眼鏡を隠されたことが何よりも耐え難かった」

 綺麗だと思った彼女のその素顔は悔しさに歪む。

 白城さんでもそんな表情をするのかとそれだけで僕は驚く。

 そんなにもその黒縁の眼鏡が大事なのか。

 または、彼女の叔父か。


「叔父は後天的に盲目になったそうです。わたしの記憶では眼鏡をかけているところも、目を開けたところも見たことがないのでかなり昔からなんでしょう。そんな叔父がいつも言っていました」


 ”目が見えなくなって他人の親切が見えるようになった”


 白城さんは目を閉じ、情感たっぷりにそう言った。


「目が見えなくなって人に迷惑ばかりをかけてしまうことに心苦しさを感じているようでしたが、あの人は不自由になったことで人の優しさや温かみというものを感じていたようです。叔父がわたしに自分の眼鏡を譲るときも”人はひどいときもあるけど、そればかりじゃない”と言っていました。だから、わたしもそういうふうに他人を見てきました。そう言ったあの人の眼鏡を通して」

 眼鏡を通して世界を見て。

 叔父を思い出しながら日々を過ごしているからこそ、白城さんは他人に優しいのか。

 今は亡き叔父を助けてくれた人達のように、せめてなろうとしているのか。


「でも。その眼鏡を、……大事な形見を悪戯に利用されたのが許せなかった。こんなことになるなら……いじめられている彼を助けなければ、よかった………と、後悔までしました。………なんというかこんなにも……」


「報われない?」


「そう、報われない。こんな気持ちになるくらいなら他人なんて見捨てればよかった」

 僕にもその報われない気持ちはよくわかる。

 幼き頃のハルの言葉によって弱き人を助けるようになっていた僕も白城さんのようになったことがある。

 いじめを止めようとして、結果自分がいじめられることなどよくあった。

 ときには助けた相手からも痛い思いをしたこともある。

 しかし、僕には『性質』がある。

『すべてを受け入れる』からこそ彼女のような後悔も葛藤もしてこなかった。


 そうか。

 僕はそう感じるべきだったのか。


 白城さんを見て僕はそう思った。


「でも、白城さんは―――――」

 他人を見捨てればよかったという彼女に僕は人間らしさを見た。

 おそらく、これを見せるために白城さんはこんな話をしているんだろう。

『わたしはそんなに良い人じゃないよ』

 と、彼女を良い人だと信じて疑わない僕にそう思わせるために。


「白城さんはそれでも他人を見捨てることはできなかった」

 彼女の話は何度も言うが過去の話だ。

 今の彼女を見れば僕のようなことを誰でも言える。


「そう、ですね。できなかった。目が悪くて何も見えないわたしを、周りの人が助けてくれました」

 本音は早く助けて欲しかったですけどね、と彼女ははにかんだ。


 クラスのいじめグループがやっていたことは他の人もなんとかしないととは思っていたようだ。

 でも、白城さんを例にいじめを止めて今度は自分が標的になることが怖くてなかなかできなかった。

 そこで、眼鏡を隠された白城さんだ。

 彼女は超絶に目が悪いらしい。

 そんな彼女は隠された眼鏡を探すことはおろか教室から出ることもままならなかった。

 そこまで目が悪いとも知らなかったが、しかし、それが周りの人の助けを引き出すきっかけとなった。

 何もできないくらいに弱くなることで白城さんはいじめから抜け出せたのだ。


「また眼鏡をかけたとき、叔父の言っていたことがわかりました」


 ”目が見えなくなって他人の親切が見えるようになった”


 叔父と同じ体験を疑似的にしたことで、彼女は報われない気持ちに負けなかった。

 他人を見捨てるような、そんな人にならずに済んだ。

 不用意な僕の質問のせいで、こんな話になっちゃったよ。


「よかった。白城さんがちゃんと助かって」


「それでも苦い思い出ですけどね。これのせいで男子と話すのが苦手だったりするので。……でも、話せて良かったです。そして嬉しくもありました」


「嬉しい? なんで?」

 苦い思い出を話すのに嬉しいだなんてそんなことあるのか?

 でも、現に眼鏡をかけ直した彼女は喜んで見える。


「だって向介くん。わたしの話を聞いて怒ってくれてたじゃないですか」


「え……、僕が……怒ってた………?」


「無意識でしたか? ずっと強く握り拳をつくっていましたし……」


「ごめん、白城さん。僕、怒ったことないからどんなのが『怒る』なのか教えて」


「え!? 怒ったことないんですか!?」

 急に大声を出すもんだから、周りの客から注目を集める。

 真剣な話をしていて忘れていたのかもしれないがここは喫茶店だ。

 当の本人は顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。


「ねぇ、教えてよ。怒るときってどんなふうになるの?」


「……え? いや、なんていうかこう……頭が真っ白になって、眉が寄って、胸の奥がこうむかむかっとなりませんか?」

 僕の無茶な注文になんとか答えようと白城さんは身振り手振りをして伝えようとする。

 そういえば曜さんを怒らせようとしたことがあったが、あのときの様子を思い浮かべれば分かりやすいのかもしれない。

 確かに白城さんの話を聞いたとき胸がざわついたのは確かだ。

 もしかして、あれが?

 現に僕は無意識に手に力が籠っていたようだし。


「そう、なんだな………」

 僕は怒っていたのか。

 白城さんが昔いじめられていたことを聞いて、僕は怒りを覚えていたのか。


「ははは……」

 僕は今日初めての感情を抱き、そして―――――


 ―――初めて自分を人間っぽいと思った。





 ◆





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