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こル・ココる  作者:
第一章 『憎』
4/62

始まった、そして始めた。

 



 ◆




 奇妙な後輩女子との出会いから一週間。

 つまり、僕がこの『生徒お悩み相談室』の教室に入り浸ってから一週間が経ったというわけだ。

 一応はこの組織の宣伝はしてある。

 全校集会で生徒会からのお知らせかなんかで体育館のステージに登り、全生徒の前での宣伝だ。

 もちろん僕以外の部員はいないので僕が宣伝をした。

 ただ宣伝とは言っても、生徒会室の隣の教室で放課後に相談を受け付けますよ~的なこと述べただけなのだが。

 そのおかげなのか現在までの相談者はゼロだ。

 数字に直してみよう0人だ。

 この成果を顧問である天灯先生に伝えたら、

「なにが成果だ」

 と、怒られてしまった。


 これでも僕はここ一週間の放課後の間は部室に籠っていたのだが、誰一人として部室のドアを開く者はいなかった。

 今日も現れなかった。

 窓を見れば日は大分傾いている。

 今日は諦めて、明日に期待しようと現状を打破しようとは露ほども思っていない僕は鞄を持って帰り支度をする。

 部室を出て今ではもう慣れてしまった戸締りをする。

 天灯先生から貰い受けた僕用の鍵だ。

 本当は減給並みの規定違反なのだけど、バレなきゃいい精神の先生には糠に釘だった。


「おい」

 鍵を閉めたばかりの僕の後ろからやけに低く粗暴な声で呼ばれる。


「ここが『生徒なんたら』って、ところか?」


「はい。『生徒お悩み相談室』ですけど……」

 若干の修正をしつつ、僕は振り返る。

 太陽の光で顔つきはよく見えないけど、随分と背が高い。

 僕の友達である倉河代くらいの背丈だ。


「えっと……。なにか用ですか?」


「ああ」

 尋ねた僕に対し、面倒臭そうに答える男子。

 態度がでかいから先輩かもしれない。


「天灯っつう先公から言われて来たんだけどよぉ、無駄足だったか?」

 面倒臭そうなのは相変わらずで、多少機嫌が悪くなる。

 そんなこと僕に言われても……。

 というか天灯と言ったか、この人。ということはもしかして……。


「相談者ですか……?」

 おずおずとそう尋ねる僕。


「……そうだよ」

 これまた不機嫌そうにチッと舌打ちをしながら答える。

 どうしよう。



 ホントに来ちゃったよ……。


 ◇


 それから閉めた鍵を再び開けて僕以外で初めての来訪者である彼を部屋に入れる。

 今は備え付けの長机を挟んでお互いに向かい合ってパイプ椅子に座っている。

 この態勢は初めの先生と僕のようではあるが、あの時よりも張りつめた空気が漂っている。


「えーっと、それで相談とはなんでしょうか?」

 ここらへんはさぐりさぐりだ。


「………………」

 彼はしばらく考えたあと、諦めたように息を吐く。


「……どっかの誰かに、狙われている」


「?」

 わけが分からないというのが率直な感想だった。

 狙われるとは時期としては遅いが部活の勧誘のことだろうか。

 彼の体格ならばさぞかし運動部からの熱烈な誘いがあっただろうが、なにぶん人相が暴力団みたい悪くて恐いのでその心配は杞憂に終わっているだろう。

 代あたりはそれでも勧誘しそうだが……。


「えーっと。狙われているって、なぜ、どこの誰に、どんな場所で、どのように?」


「いっぺんに訊いてくんじゃねぇよ。クソが」


「………ごめんなさい」

 初めてということで、不慣れな感じが出てしまったが何も汚物呼ばわりしなくても……。

 かの後輩女子といい、なにかと罵倒されるなー最近。

 しみじみと思うことでもないけれど。シューズの色を見て分かったのだが、この男子も後輩だった。


「狙われているっつうか、まぁ付け狙われているって感じだ。校舎前あたりでわざわざ俺が出てくんのを待ち伏せしてたり、そっから俺が人気のないとこに行ったらすぐに攻撃を仕掛けてくる。そんな感じだ」


「それ完璧に襲われてるじゃん」

 どんな生活を送っているんだ。


「それで襲ってくるのは同一犯なのかな?」


「いんや。毎回違うし、たまに違うグループがブッキングすることもあったな」


「グループって……」

 話の印象では犯人は一人か二人組の犯行かと思ったけど、グループと言ったらそれ以上か。

 けろっとしてるけれどよく無事だな。


「君はいつも一人のときに襲われたりするのかな?」


「まあ、他人を巻き込むわけにもいかねぇし、もう校外でも派手なケンカするわけにもいかねぇから、最初はひとりふたりくらいぶっ潰して済ませてたが…………」


「ちょっと待って!!ひとりふたりぶっ潰してる時点でもう派手派手だよ!?」

 深夜に花火を打ち上げるくらい派手派手だよ!!


「あ。今の誰にも言うなよ」


「うっかりで人間をぶっ潰しちゃった話する人に言われてもね……」

 勝手に話が広まる可能性がある。そのとき僕のせいにしないでくれよ?


「最初はぶっ潰してたんだけどよ。こう毎回毎回続くとキリねぇから最近じゃあうまく逃げたりしてんだけど、どーも限界感じまって。それで相談したんだ」

 相談したっていうのは天灯先生にってことだな。

 なんであの人に相談なんかしたんだ?

 もっと適任はいるだろうに。 


「つまり君は平和に過ごしたいってことだね?」


「概ねその通りだ」

 ふーむ。


 僕はこうして相談室なんて行っているが、具体的なことは先生から言われていないので自分はどうすればいいのか正直言ってわからない。

 悩み事を解決すればいいのだろうか。

 当たり前だ、何の為の『生徒お悩み相談室』というのか。

 だとしたら、彼の『悩み事』は明らかに僕の手には負えそうにない。


 それでもやってみるということだろう。

 あの人が僕の弱音を素直に聞き入れるとは思わないし。

 そもそも僕は弱音なんて吐かないけれど。


「じゃあこれから、君について色々訊いていくね」

 とりあえず力は尽くしてみよう。


「そういえば君の名前訊いてなかった」


「あん?俺の名前?」


「そうそう。君の名前。僕は二年一組の一円向介だ。君は?」


「俺は…………」


 なぜかそこで答えづらそうにする。

 僕みたいにおかしい名前だったりするのだろうか。

 だったら色々と気が合いそうだけど。



「俺の名前は……ばるせいいちろう。まぁ、その……よろしく頼む」



 せちばるせいいちろう?

 どこかで聞いたことがある。



 どこだっけ?


 ◇


 世知原くんからの相談からの個人情報の収集が終わるころにはすでに夜に近い時間で、本格的な調査に乗り出したのは次の日からだった。

 彼から訊いた彼の普段の行動範囲、行きつけのお店なんかを調べてみた。


 そこで聞き入れた情報は、失礼だけど彼の極悪の見た目からは想像できないほどの評判だった。

 好評だった。

 お店でのマナーは守っているし、よく揉め事なんかを収めてくれていたらしい。

 何度も言うけど、彼の見た目は明らかに悪さ働く不良のそれなのだ。

 しかも自分を襲う複数人を返り討ちにできるほどのケンカの腕前だ。

 結局のところパーソナル的には番長みたいな世知原くんは僕が思うほど素行が悪いということではないとの結論に行きあたった。

 だけど、今回の調査で分かったのはそれだけだった。

 たったそれだけで、彼を襲ってまで恨む人間の情報が出てこなかった。

 計算違いだった。

 この件は、少なくとも原因である『何かしら』はすぐに判明すると思っていたのだが。


 こうして手詰まりの中、調査から二日が経った昼休みのこと。

 僕は購買で買ったパンを食べ終え、今後の策を考えていた。


「どうしたの?一円くん」

 机に座ってただ呆然としていた僕に話しかける人がいた。


「ああ、アスカか」

 僕の隣の席であるすかまつだった。

 彼女とはあの日から今月五月までに多少なりとも、親しくなったので僕は彼女のことを「アスカ」なんて呼んでいる。


「もー、反応薄いなぁ。最近、ぼーっとしてることが多いから心配してるのに」


「……心配?」


「そうそう、隣の席だから一円くんが何かに悩んでるくらいわかるんだよ?授業はちゃんと集中してるみたいだけど、休み時間とかごはん食べた後とか今みたいにボケーっとしてるよ」

 大丈夫?と、言われる。

 正直、僕は少し驚いている。

 からこんなこと言われるなんて一ミリも思わなかった。

 僕は『性質』ゆえに気持ちとか感情とかが顔に出にくい。

 そんな僕に対して彼女は『悩んでいる』と言った。

 これはこれで僕は今、なにか大事な場面に直面している。

 そんな気がした。


「心配かけていたなんて思わなかったよ。僕ってそんなにぼーっとしてたんだね」

 控えめに笑いながら僕は言う。

 彼女の”特別な”感性はあ(・)え(・)て(・)見逃すことにする。

 今は何より世知原くんの問題の解決だ。


「アスカは僕が天灯先生から何をやらされているか知っているだろう?」


「『生徒お悩み相談室』だっけ?」


「そうそれそれ」

 僕と先生とのあれこれはアスカだけが知っている。


「この間、初めて依頼人が来てさ」


「へぇーやっと来たんだ。っていうかホントに来るんだね」


「僕と同じ反応なんだな……」

 それくらい無茶な組織ってことなのかな。


「その依頼ってのがよく分かんないんだよね」

 僕は先日聞いた世知原くんの被害?をアスカに説明した。


「つまり、その子は帰宅途中を何人にも襲われていて、それを返り討ちにしつつもこのままじゃいけないと思っているってことだね」


「そうなんだけど……。どうも、その襲われる原因が分からないんだよな。毎回違う複数の人間に襲われるなんて物騒なことが起こりうる状況なんてのが想像がつかない」


「そうだね。ここら辺の街は治安が良いはずなのにね」


「治安うんぬんは世知原くんの場合は関係なさそうだけどね」

 彼の件は明らかに誰かの作為的な何かを感じざるを得ない。

 それなのに見つからない。

 この状況を作り出している犯人が。


「それはそうと、これしかないってくらい原因を突き止める方法を思いついたんだけど」


「え?」

 そんなあっさり?


「でも、昼休みもそろそろ終わるし、教えるのは後でもいいかな~」

 今まで僕の席の前で彼女は立ちながらの話だったのだが、ようやくというか自分の席に座りながらそう言った。


「教えるくらい今でもいいんじゃないの?」


「いいけど、後でもいいから後でもいいの」

 なんだそりゃ。


「チャイムが鳴る前に一円くんに言っておくことがあるんだ~」

 顔は笑ってはいるけど、声は妙に真剣味を帯びていた。


「私を頼ってくれているのはとても嬉しいんだけどさ、あまり依頼内容とか相談の内容とか他の人に教えない方が良いと思うよ」


「………………」


「プライバシーの問題もあるしさ。それに私が答えを出すのと、一円くんが答えを出すのは全然違うとも思うんだよ」


「どういうこと?」


「うーん。うまくは言えないんだけど天灯先生が一円くんを選んだ理由を考えた方が良いってことかな」

 先生が僕を選んだ理由?

 そんなの決まってる僕の『性質』だ。

 だけど、なんでも受け入れる心が何かを変えることなんてあるのだろうか。

 僕にはとてもそうは思えない。


 でも。


 彼女の見抜く力がそう言うのならそういうことなのだと思う。

 それくらいに僕は彼女の先ほど見せた力を信用している。

 そこに彼女の普通とは違う雰囲気に繋がっている。


「アスカの言う通りかもしれないな。僕は少し軽率だったよ」


「これから気をつけてくれればいいんだよ。一円くんの相談は私じゃなくて相談室の人たちにすればいいってことだけだから」


「相談室にいるのは僕一人なんだけどね……」

 この昼休みのことではっきりした。

 アスカの注意はもっともだし、これは僕以外にも相談室には人間が必要だ。

 今度。先生に相談しようかな。


「あとやっぱり、原因を突き止める方法は今のうちに教えとくね」


 彼女は言う。

 不特定多数が世知原くんを襲うのはその不特定多数が同じ情報を共有していることにあることを。

 そして、それがインターネットなんて言う今時ごくありふれた単語がこの事件の発端なのだと。


 また、先ほどのアスカの台詞に僕はもっと気を向けるべきだった。

 たかが会って数週間、過ごして数週間である僕を、僕の『性質』さえも彼女は見抜いていたということを。

 僕は気付くべきだったんだ。


 まぁ、だからといって何かが変わることはない。

 早いか遅いか。

 ただそれだけのことだ。




 ◆




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