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こル・ココる  作者:
第六章 『怒』
37/62

怒られた、そして集められた。

 



 ◆




「なにいつも通り学校に来とるんだ、お前は。え? 普通忘れないだろう……それとも私が間違っているのか? なぁ一円よ」

 一時限目が始まるまでの僅かな時間で僕は天灯先生から怒られている。

 なんとも高圧的でめっちゃ怖い。

 どこぞのヤンキーみたいな絡み方だ。


「いや本当すみませんでしたって」

 僕にはここ職員室で謝るしかない。

 場所が場所だったら土下座しているところだ。


「お前の学習については各担当の教師に聞け。今日の時間割にない科目についても昼休みに尋ねておけよ。お前は本当に遅れに遅れているんだからな。放課後には私と特別授業だ。一人で実験をしてもらうからな、覚悟しておけ」

 僕はとんでもない人を怒らせてしまったのかもしれない。


「もう時間もないから、あと一つだけ」

 先生は僕を招き寄せるように手を払う。

 僕は不審に思いながらも近づいていくと、胸倉を掴まれ強引に引っ張られた。

 息が触れ合うほど顔が近い。

 先生は僕の耳に囁く。


「お前と華村とのことで学校で噂が飛び交っている。気をつけろ」

 言うだけのことを言ってすぐに僕の体を突っぱねる。

 僕はどういうことだと聞きたかったが、これ以上は授業が始まるので何も聞けなかった。


 僕と茜音さんの噂。

 学校では屋上の柵の老朽化のせいで転落したということになっていると聞いていたのだが、どこかから真実が漏れたということなのか。

 火が無いところには煙がたたない。

 あの時は医月に気付いてもらえるように僕は行動した。

 柵を越えて危険を冒す茜音さんを抑えるのと助けを呼ぶために僕も同じように柵を越えた。

 結果、思惑通り医月は先生を連れて来てくれたが医月に発見できるということは他の人にも見つけることはできたはずだ。

 原因はそこだろう。


 表向きは事故で通しているため、アスカも代も白城さんも曜さんも本当のことを教えるわけにもいかない。

 弁明ができない。

 だから噂がたつ。

 僕が入院、茜音さんの自主退学により当事者がいないことでさらにそれを加速させた。

 勝手な話が横行する。


 今日登校した時の僕を見るみんなの奇異な目。

 それは僕が茜音さんと問題を起こしたと思っているからこその現象だった。


「はぁ………」

 気が重い。

 と、思い始めるところで『受け入れる』。

 人の噂も七十五日。

 いつかはそんな話題も消えるだろう。

 気にしなければいい。


 教室にいるときのひそひそ声。

 授業中にチラッと僕を見る不躾な視線。

 廊下を歩いているときの後ろ指。


 その何もかもを僕はすべて『受け入れて』いた―――――のだが。


「向介くん、放課後教室に残っておいてくれませんか?」

 そんなふうに白城さんから話しかけられたのは昼休みに曜さんと弁当を食べていたときのことだった。


「曜さんも一応残っておいてください。話がありますから」


「おう」

 曜さんは食べながら二つ返事でOKする。

 さっぱりし過ぎだろ。


「何か用でもあるの? 白城さん」


「用はありまくりです。私はもう我慢できませんから………、あとでくらくんとまつちゃんも呼んでおきましょう」

 代とアスカも?

 一体、白城さんは何をしようというのだろう。


 アポは無事に取れたからか、白城さんは軽く会釈して「お食事の邪魔してごめんなさい」と言ってどこかへと教室を出て行った。

 もしかしたら、代とアスカがいる武道場に向かったのかもしれない。


「ねぇ、曜さん。白城さんの用事に心当たりってある?」

 がつがつと弁当をかっ食らう曜さんにとりあえず尋ねてみる。

 というかそんな食べ方で決して下品に見えないからこの人もこの人で器用だな。


「ん? まぁ、心当たりしかないけどな。ここでお前に教えたところでどうせ意味なんてないだろうし」


「どういうこと?」


「ま。いつも通り"気にせず"に放課後まで待ってろよってことだ」

 そう言うのであれば、『そうする』けど。

 僕は微妙に釈然としないまま、昼休みも午後の授業も過ごした。


 勉強に着いていけなさ過ぎて笑えもしない。

 放課後になると、僕は机にうつ伏せていた。

 そうだ相談室に行かないとな、と思っていると昼休みと同じように白城さんから声をかけられる。


「なんで帰ろうとしているんですか! 今朝のことといい、忘れっぽいですよ」

 確かに健忘症かってぐらい僕は白城さんとの用事を忘れていた。

 逆に言えばそれくらい授業がきつかったのだが。


「ごめんごめん。いやでも曜さんもいないけど?」


「すでに隣の空き教室にいますから。さあ、来てください」

 そう言って白城さんは僕の手を引っ張って、教室から隣の教室まで連れて行く。


 教室に入ると、まるでグループワークでもするみたいに机が人数分寄せ集められていた。

 それぞれの席に代とアスカ、そして曜さんが座っている。


「向介くんはそこに座ってください」

 人数的には白城さんと僕を含め五人なので、必然一つだけ他四つとは違う向きで設置された机がある。

 彼女はそこに座れと言う。

 僕は席についてから、


「おい代……これってどんな集まり? というか何が始まるの? それよりも部活は?」


「一番最後だけに答えると、白城のやつが昼休み突然来て俺達に放課後時間をくれって拝み倒すもんだから………はぁ、コイがすぐに折れて今に至る」


「えっへへ」

 代に指を差されたアスカはバツが悪そうに笑う。


「だってあんなに必死にお願いするからさ。まぁ輪花ちゃんの気持ちは『わかる』から、是非もないって感じだよ」


「俺はありありだけどな」

 代がいつもと同じでぶっきらぼうにそう言ったのを見計らってから白城さんはまず席に着く前に今回の集まりについて説明する。


「さて、これから話し合いをしたいと思います。議題は"クラスの向介くんへのイメージをどうやって改善するか"です」

 それは本職の委員長であるからか、慣れたように彼女はこの話し合いの開始を宣言し、席につく。

 やっと何がしたいのかはわかったけれど、僕のイメージを改善するだって?


「白城さん。なにもそこまでする必要はないよ。僕が気にしなければいいだけだし」

 僕のためにこんなみんなの時間を割いてまで、代とアスカに至っては部活を潰してまで、してもらうことはない。

 僕の遠慮の意見を白城さんは首を横に振る。


「いいえ。これは私……私たちのための話し合いなんです」


「お前は―――――」

 白城さんの説明に代が割り込む。


「お前は我慢できるだろうよ、どんなにクラスの連中から白い目で見られようともな。だが、事情を知ってるこっちとしちゃあ居心地が悪すぎて耐えきれないんだよ。お前を腫れ物みたいに扱って、触れず、避ける。そのくせ興味津々ときてるもんだから気持ちが悪い。白城はそう言いたいんだ」

 ぶっきらぼうなコイツだが、僕よりも白城さんを気遣っている。

 僕なんかよりも心が解かる。


 またもや僕の悪いところが出た。

 自分が平気だからって周りも平気だとは限らない。

 僕はあの事故から何を学んでいたのか。


 "死なずに済んだから良かったじゃないか"

 見舞いに来た代に言った僕の言葉だ。

 代はそれを聞いてハルのために怒っていた。

 周りがどれだけ自分のことを想ってくれていたのか無自覚だった僕はなんとも身勝手な振る舞いをしていた。

 それを改めようと。

 そうあのときに反省したはずなのに、僕はまた同じ過ちを犯そうとしている。

 そんな僕を代はいさめた。


「ごめん。辛い思いさせちゃったね白城さん。そして……ありがとう、代」


「わかればいい」

 ため息交じりに代は返す。

 コイツは昔から優しい奴だ。

 間違えそうになる僕をいつも正してくれる。

 だから僕はコイツを親友だと思える。


「んじゃ! 気を取り直して考えていこうじゃねぇか。どうすれば向介がクラスにとけ込めるのか」

 手を叩いて軌道修正してくれる曜さん。

 しかし、クラスにとけ込むということをクラスに入って一カ月の曜さんに言われるとはこれ如何に。


「そもそも向介の交友関係に問題があると私は思うんだが……。話し合いの人数にしてもそう、お前がちゃんとクラスメイトと関係を築いていればこんなことにはならないんじゃないのか?」


「仰る通りで………」

 この事態は僕が積極的にクラスメイトと関わりを持とうとしていなかったことで起きている。


 どんな噂が囁かれているか知らないが、僕という人間を知っていればその噂の真偽は計れるというものだ。

『アイツはそんなことやる奴じゃない』『彼ならやりそう』といった具合に。

 しかし、実際に僕の人間性を知る人は少ない。

 悲しい事実だが。

 知らない人間の噂であれば、『アイツはそんなことやる奴じゃない』と言ってくれる人が当然いなくなる。

 すると誤解が誤解を呼び、噂に歯止めが利かなくなる。

 そして現状、僕は問題を起こす危ない人間と思われている。

 の、かもしれない。


 そう考えてみると、茜音さんについてはみんなはどう思っているんだろうか。

 彼女は僕とは違って、友達が多いはずだ。

 二年五組の委員長を務めていたくらいだし。

 すると、彼女のことをよく知っている人は僕のことをどうとらえるだろう。

 思考がなんだか重要そうなことに行きついたところで白城さんが議論を進める。

 だから僕はこのことについて考えることをやめてしまった。


「まずは向介くんは友達をつくっていったほうがいいのでしょうか」


「無理だ。コイツにそんなことができるわけがない」


「代、お前は僕をなんだと思っているんだよ。僕は別にコミュニケーションが苦手ってわけじゃないぞ」


「間違えた。"今"コイツにそんなことができるわけがないと言おうとしたんだ」

 絶対、わざとだ。


「確かに。こんなときにいきなり親しくされても普通だったら身がまえますもんね」


「警戒されちゃあ意味ないよな……。要は向介はこんな奴だとクラスのみんなに知らせないといけない、………うーむ、一発ギャグとか?」


「考えた結果がそれなの!?」

 僕はそんな面白人間じゃないぞ。

 でもまぁ、一発ギャグか……。

 例えばこんな状況の僕が教壇に立ってみんなの前でおかしなことをやれば、確かに今の雰囲気は変えらるかもしれない。

 アイツに関わるのは危ないぞ、と二度と僕に近づこうとする人はいなくなるだろう。

 クラスに受け入れてもらうのではなく、逆にとことん拒絶してもらうことで僕を悪く言う人はいなくなるんじゃないか?


「そうだ。それでいこう」


「いけませんよ。何を言っているんですか」

 良い具体案だと思っていたのに白城さんに却下される。


「その方法をとるとわたしたちも向介くんを拒絶しないといけなくなるじゃないですか。そのようになるなら、わたしは今のままでいいです」

 あくまでクラスで仲良くなる方向で考えてください、と白城さんは珍しく怒り気味に僕をたしなめる。

 それでダメとなるとどうしたものか。


 1.一円向介という人間をクラスのみんなに満遍なく知ってもらう。

 2.できれば噂を否定したい。

 3.みんなと仲良く。


 学級会のように黒板に書くとしたらこんなものだろう。

 最低でも白城さんたちが教室で過ごしやすくすればいい。

 だけど、その方法が思いつかない。

 どうしたものかと考え悩んでいると、話し合いが始まってからまだ発言していない人がいることに気づく。


「アスカは……なんか考えとかない?」

 聞くときになぜか胸が高鳴った気がしたが、多分気のせいではないだろう。

 変に意識をするのも馬鹿らしいと努めていつも通りを装った。


「ん? 私?」


「ずっと黙ってたから何か考えているのかなと思ってさ」

 アスカには人の気持ちを見透かすような鋭さがある。

 だから今までも頼りにしてきたところもある。

 アスカは「あはは」と笑ってから、


「いやー、みんな一円くんのことが好きなんだなってこの話し合いで改めて思ったよ。とても素敵だね」


「それは感想だよ。嬉しいけど。僕が聞いたのは何か方法がないかってことで……」


「あるよ」

 事もなげに、あっけらかんとアスカは言う。


「あるの?」


「あるよ」

 馬鹿みたいなやりとりだが。


「輪花ちゃんは一円くんにはクラスのみんなと仲良くしてほしい、んだよね?」


「はい、そうですけど………」


「だったら大丈夫だよ。もちろん一円くんには頑張ってもらわないといけないけどね」


「それで? その方法ってのはなんだよ祀梨」

 代の促しに従ってアスカはその方法を教えてくれる。

 思えば最初からアスカには思いついていたのかもしれない。

 初めからその考えは言わずに聞く側に徹していたのは話し合いを話し合いとして成り立たせるためだったのではないか?


「一円くん」

 アスカはまた僕を助けてくれる。

 白城さんたちを意図せず苦しませている僕を助けてくれる。

 こういうところも好きになった理由なんだろう。


「文化祭の実行委員になりなさい」





 ◆





37話目にしてやっとクラスサイドのメンバー揃いぶみのシーン。

なんて作品だ……。

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