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こル・ココる  作者:
第五章 『恋』
35/65

談後むっつめ 愚鈍な男の愚かしい好意と鈍い行為。

 



 ◆




 伝え聞いた話によると、医月の問題は無事に解決できたらしい。

 彼女の物語はめでたしで終わった。

 けれど、こっちは違う。


「そっか。そうだよね。ボクに関して言えばそんなに嬉しいことが続けて起きることもないか」


 看護師さんに頼んで僕は鳴芽の記憶の中に僕や祈梨ちゃんがいるのかどうか確かめてもらった。

 しかし、結果は予想していたよりも悪く、鳴芽は一円向介という怪我人も飛鳥田祈梨という小学生もどちらも知らないと答えたらしい。

 あの発作が起きてから一週間。

 僕は鳴芽に関するあれこれを祈梨ちゃんにすべて話した。

 せっかくできた友達から忘れられているなんてこと知るはずもない祈梨ちゃんは里帰りから帰ってきて早々、冷たい現実を突きつけられた。


「祈梨ちゃん……、鳴芽とは会ってみる?」


「止めておく。これ以上自分を傷つけたくない」

 言葉だけを受け取ればなんとも身勝手なことを言っているように伝わるかもしれない。

 だけど、言っている本人は本当に寂しそうな顔で俯いて、泣きそうなくらい辛そうだった。

 いつの日かラブレターを受け取った日もそういった顔をしていたが、その比にもならなかった。


「お兄さんは会いに行ったの?」


「行ったよ。忘れられていると聞いてからすぐに」


「でも、結局は………」


「うん、忘れられてた。あの日、散歩に出かけた日と同じ顔されたよ」


「なんでそんなに平気そうなのさ……」

 それは『受け入れている』から。

 僕はこういうときに自分自身の異常さを思い知る。

 本当であれば今の祈梨ちゃんのように泣きそうなくらいに悲しんで当たり前なのだ。

 縁を切ったわけでもないのに突然、理不尽に、一方的に、友達のなかでの僕たちは消滅した。

 悲しむべきだ。

 もちろん僕だって悲しいし、辛い。

 でも、僕が生まれ持った『性質』はそれを簡単に飲み込み、乗り越えて行く。

 医月のようなあるべき葛藤も、また心の傷を癒すための時間も僕には必要がない。

 それが祈梨ちゃんのように普通の人から見れば異常なのだ。

 だから祈梨ちゃんは僕のことを、


「『残酷』だよ」

 と、呼ぶのだった。


「あんなに楽しそうにしてたのに、仲良くしてたのに……、それ、なのに。それはボクだけが感じてたのか? 病気で簡単に失くしてしまうほど、簡単に『受け入れられる』ほどの時間だったのかい………ねぇ、おにいさん」

 口調こそは静かなものだったが、祈梨ちゃんは感情を露わにしていた。

 泣いて、そして怒っている。

 僕と鳴芽に対して。


「楽しかったよ。楽しかったさ。この部屋でバカみたいに漫画を読んで、感想を言い合って、意見を戦わせて、本当に……"忘れられない"かけがえのない時間だった」


「そう思うならなんで……!」


「ごめんよ、祈梨ちゃん。僕は実はこういうやつで、君の友達でいる資格のない人間なんだ。こんな気持ちの悪い人間なんだよ」


「ち、ちがっ……」


「でもね。鳴芽のことは簡単に諦めたらダメだよ。彼女は悲しい病気を抱えている。それを僕たち『友達』が助けてあげないでどうするんだ」


「………………」

 祈梨ちゃんは黙りこくって、流した涙を袖で拭う。

 目を真っ赤に腫らしながら、中身は大人びていてもやはり子供だなと思う。

 それがなんとも愛おしくて、たとえこの子と友達ではなくなったとしても僕はこの子のために全力を尽くすのだろう。

 それもまた僕で、それもまた僕の『性質』だ。

 友達のためならなんでもやる。


「大丈夫。心配しないで。時間がかかってしまうと思うけど、僕がきっと鳴芽のことをなんとかするから」


「なんとかって………」

 なんとも不安げに見詰める。

 肝心なところが頼りないなぁ、僕は。


「ま! 頑張るよ」

 ポンッと祈梨ちゃんの頭に手を乗せる。


「だから、待っててね。あの楽しかった時間を僕が必ず取り戻すから」


「………うん」

 祈梨ちゃんは僕にされるがままにされ、泣きやんだ後に返事をした。

 もしも妹がいたらこんな気持ちなんだろうか。

 僕は確かめられないものを抱いた。


「ごめん、お兄さん。らしくもなく八つ当たりしちゃった」


「いいよ。それだけ君が鳴芽を大切に思ってたってことなんだから」


「ありがとう。でも、ひとつだけ訂正してほしいかなって」


「ん?」


「友達でいる資格がないなんて言わないでよ。ボクはボクの意思でお兄さんをボクの友達にしたんだ。だから、その………さ、寂しいことを言わないでくれ。………好きな人にそう言われると傷つく」


「……ああ、ごめん。でもうれしいよ。そんなふうに想ってもらえて」


「あくまで友達としてだから。友達としての好意だから。履き違えないように」


「う、うん」

 祈梨ちゃんにとってそれは重要なことのようで強く言い含められた。

 なんだか普通の女の子みたいに言うので、気づかれないように笑ったのは内緒だ。


「ところで。お兄さんのその好きな人というのは一体、誰なんだ?」

 話が急に変ったと思ったが、鳴芽と最後にした話題に食いついた。

 鳴芽のことを伝えるときに何もかもを話し過ぎたのかもしれない。


「祈梨ちゃんには言いにくいな」


「え……それって………」


「アスカなんだ」


「………………」

 初めてだった。

 僕にあんなふうに願ってくれる人は。


 初めて会ったときから、彼女はどこか普通の人とは違っていて。

 僕にはわからない人の心というものを理解していた。

 頼ったりした、助けられたりした。

 そして、こんな僕もわかってくれた。

 それが何よりも不思議で、いつの間にか憧れていた。

 一時期、口も利いてくれないときはなんだか胸が苦しかった。

 なぜだろうとか思った。


 なにせ初めてだったから。


 誰かを好きになったのは。


 一円向介は飛鳥田祀梨のことが好きであり、生まれて初めての恋をしていた。

 祈梨ちゃんから借りていた恋愛漫画のおかげでアスカに対して抱いている気持ちの正体に僕は気づけた。


「…………そっか。お兄さんは姉ちゃんのことが好きなんだ」


「祈梨ちゃん?」

 なんでそんな顔をするんだろう。


「頑張らないとね。ボクの姉ちゃんは強いから」


「別に倒さないよ!?」

 それじゃあと言って祈梨ちゃんは顔を近づける。


「応援してるよ」

 そう耳元で囁いて、それから僕に笑顔を向ける。


 なんだか。

 その笑った顔はとても、途轍もなく。


 悲しそうだった。


 そんなことあるはずないのに僕にはそう見えた。





 ◆





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