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こル・ココる  作者:
第五章 『恋』
34/65

混乱した、そして出来た。

 



 ◆




 試合が終了した。

 ハルさんのスリーポイントからも調子を崩すこともなく、白粉の攻撃は続く。

 露草はそれに負けることもなく、反撃を繰り返してはいたが、流れに乗ったハルさんたちに対抗するための決定打が今一つ欠けていたため惜しくも敗れてしまった。

 これで練習も終わっただろうと私は思っていると今度は交流練習だと言って、さらなる練習が始まった。

 バスケ部の練習はいつも昼までやっているわけで、まだ一試合が終わっただけで解散するわけもなかった。

 なんやかんやでそれから二時間半。

 私は熱気によってサウナのようになっている体育館でひたすらに待ち続けたのだった。

 憧れのハルさんから何かを教えてもらって嬉しそうにするあかりさんを眺めたり、普段は見れない練習風景を見れて良い経験になった。


 そろそろかと思い、私は再び外に出てあかりさんが出てくるのを待つ。

 先に帰る白粉の方々がお見えになり、ハルさんと少しだけ話せた。


 あなたの活躍のおかげで決心がついたこと。

 本当にかっこ良かったこと。

 試合の感想を伝えると、ハルさんから連絡先を交換しようと提案された。

 当然、拒否する理由もなく、「滅多に会えないだろうからメル友になってしまうね」とハルさんは最後に言いながら部活の仲間と共に帰って行った。


 それから三十分後。

 一年生は体育館の掃除もあって先輩方よりも遅れて、制服姿のあかりさんがやっとやってきた。

 私がいることに気付くと、昨日のことなど忘れているのか初めに花壇で会ったときと同じように元気な笑顔で、


「やっほー! 沙織ちゃん。あれ? 学校にはしばらく来ないんじゃなかったっけ?」

 そういえば私は彼女にそんな嘘を吐いていた。

 まずはそこから謝らないと。


「ごめんなさい。あれは嘘なんです。私はあなたに会いたくなくてそんなことを言いました」

 なぜだ。

 なぜ、こうも正直に私は言っているんだ。

 こんなことを言えば流石のあかりさんだって怒って………、


「ま! そんな日もあるよね!」

 なかった。


「むしろそんな日しかありません」

 私は調子に乗って、ついいつものように毒舌で返してしまった。

 だから、自重をどうか。


「ひどいな~、沙織ちゃん。あ、そうだ! あたしね、これからよく行く銭湯で汗を流そうと思うんだけど、一緒にどうかな?」


「え、え?」

 なんだろう、展開に着いていけない。

 私は彼女に謝って仲直りをしようと思って来たというのに、彼女はいかにもけろっとしていて。

 そして、銭湯だって?

 戦闘で汗をかこうとかではなく?


 いい加減混乱してきた私は長時間の暑さにやられ、冷静な思考ができなくなっていた。

 そんな私はこう考える。

 あかりさんとは話をしないといけないのだし、誘われたのはむしろ好都合ではないか。

 ほら、裸の付き合いと言うし。


 ………………。

 何が裸の付き合いだ。

 話なら相談室でも良いじゃないか。

 後になってみると私は思わずにはいられない。

 銭湯にだけは行くべきではなかったと後悔する。

 しかし、今の私はそんなことなど知る由もなく、


「わかりました。一緒に行きましょう」

 と、簡単に承諾してしまったのだった。



 ◇



 あかりさんの案内で割と近くにその行きつけの銭湯というのはあった。

 よくある大衆向けのこじんまりとしたお店だったが、私はそんなところが気に入り、昼時というのもあり、お客はそう多くなく混んでいなかった。

 これならゆっくり話もできるだろうと少しだけホッとして、準備なんて当然していない私はお店からタオルなどを借りてあかりさんより遅れて浴場に赴いた。

 私は肩にかからない程度の髪の長さだが、あかりさんはそれよりも短いのですでに頭は洗い終わっていて、体を入念に洗っていた。

 私も洗おうと彼女の隣に座り、シャンプーとか借りながらあかりさんの後を追う。

 先に体を洗い終わったあかりさんは私の裸をまじまじと見ては、


「いい体をしてるねぇ」

 と、オヤジ臭い口調で言った。

 最近は花の世話もあって外に出ることが多くて、例年よりも少し肌は焼けているが基本的には色白だと私は思っている。

 対するあかりさんは室内スポーツとは言え健康的に小麦色に焼けている。

 また、バスケをしているためか良い感じに引き締まった体をしていて彼女も彼女で良い体ではなかろうか。


「あなたこそ、良い体ですよ」

 セクハラを受けた仕返しだ。

 本心でもありながら、そう言い返してみる。

 すると、彼女は、


「…………ッ」

 なぜか顔を真っ赤にさせたと思ったら、立ちあがり湯船の方へと足早に向かってしまった。

 なにか変なことを言っただろうか。

 彼女がおかしいのはいつも通りだけれど(だから自重を)、不可解と言った意味でのおかしいではなかったはずだ。

 さっきのはまるで、そう。

 乙女のようだった。


「沙織ちゃんも洗い終わったんならこっちに来なよ。ホント、気持ちいいから」

 彼女の異変も一瞬のことで、すぐにいつも通りに戻っていた。

 私の気のせいだったのか……?

 最後に全身にシャワーを浴びて、泡を洗い流す。

 しかし、私はこう広い水場というのがどうも苦手だ。

 小学校の頃のプールの授業で尻もちを着いてから、こんな過って滑りやすそうな場所は幾ばくかの恐怖を感じる。

 私は弱みを握られないよう努めて平気な顔で、しかし慎重にあかりさんがいる湯船に向かう。

 まず手をお湯の中に入れて温度を確かめて、そっと片足から入る。


「とりゃあ!!」

 私が頑張って水場で片足でバランスをとっているというのに、あかりさんが私の手を引っ張って無理矢理に引きずり込まれる。


「きゃっ」

 万全ではない私は当然、湯船にダイブしてしまう。


「ちょっと! 一応、公共の場なんですからこんなことはしないでください」

 公共の場でなくともするな。


「あっはははは! いつもは冷静な沙織ちゃんが『きゃっ』だって! たっのしいー」


「他のお客さんの迷惑になりますから反省してください」


「大丈夫だよ、あたしたち以外にそんなに人がいないから。貸切状態だよ」

 本当に貸し切っていないのだから好き勝手をするんじゃないと大声で言いたい。

 でも、ムキになればなるほど今はあかりさんを喜ばせるだけだ。

 全く一体この子は何才児なんだか。


「私はあなたに話があるんです。いい加減にさせてください」

 改めて私は彼女に寄り添って座る。

 こうして見ると体格差が明らかになって自分はやはり小柄だと思い知る。

 まぁそれはさておき。


「昨日のことについて謝りたいんですよ」


「昨日のこと………、いやでもあれってあたしが何か沙織ちゃんを傷つけるようなこと言ったんでしょ? だったらむしろ謝るのはあたしの方で……」


「ちがうんです。私はただ頑張るあなたに……、あまりにも真っ直ぐなあなたに勝手に嫉妬をしただけなんです」

 あかりさんは何にも悪くはない。

 悪いのは全て私だ。

 頑張らずに逃げた過去を言い訳にあかりさんを拒絶した私が紛うことなき悪だ。


「私には中学のときに友達がいたんです。ある一人の友達が」

 話さなければならないだろう。

 嫌な過去を。

 汚い自分を。

 醜い心を。

 あかりさんに。

 私にはその義務がある。


「その友達にはある病気がありました。というよりも脳の障害ですかね」

 お湯が流れている音がする。

 普段よりも解放感のある広い浴場。

 そのおかげか思ったよりも話しやすい。

 ここに来たのは案外よかったかもしれない。


「私はそれを知った上でその子と友達になりました。だって脳の障害を持っているというだけで他は普通の女の子でしたし、何もおかしいところはなかったんですよ? なのに周りは腫れものを扱うように彼女に近づこうとしなかった」

 クラスでいつも一人だったあの子は私には寂しそうに映った。

 それが同情から来ているのか判然とはしなかった。

 けれど、一緒にいて、普通に話をして、なにもおかしくなかった。

 私たちと何ひとつ変わったことなんてなかったのだ。

 人とあまり喋ったことがないのか大人しくて、漫画が好きで、世間知らずで、好奇心が旺盛で、笑った顔が可愛らしかった。

 大好きだった。


 大好きだったはずなのに。


「私はその友達に誓いました。たとえ何があったとしても私は変わらず友達でいると」

 たまに大事な人がいなくなる夢を見ると、それがどんな人だったか思い出せないと、ある日泣きながら彼女が私に告白してきた。

 私はその時彼女を慰めるためにもそのような誓いをした。

 決してその場しのぎの言葉ではなかった。

 私にはきっとできるだろうと思って言ったはずだった。

 でも、覚悟が足りていなかった。

 所詮は私はただの弱い人間だということを思い知っただけだった。


「ある日突然、私はその子から忘れられました。それも一度や二度ではありません。何度も彼女は発作を起こしては彼女の中にいる私は消えて行きました」


「なんでそんな………」


「それが彼女の病気だったんです。でもその度に私は自己紹介をして友達をやり直しました。思い出を何回も繰り返して、初めて友達になったときの彼女をつくりあげることに躍起になっていました」

 彼女と遊びに行った展望台。

 彼女と交わした会話。

 彼女に勧めた本。

 彼女に教えた雑学。

 彼女と過ごした時間。

 思い出を繰り返した。

 元からいた他の友達と疎遠になろうとも私は頑張った。


「それからどうなったの? その子と沙織ちゃんは」


「七回です」


「……え?」


「私は彼女から七回忘れられました。私は何度も忘れられることにとうとう耐えられなくなったんです。知ってますか? 人って忘れられると案外傷つくんですよ」

 胸を抉られたかような痛みが襲いかかる。

 それも、回数を重ねるごとにその痛みは強さを増していく。

 どうにかなってしまいそうだった。

 これ以上、忘れられれば壊れてしまいそうだった。


「七回目のとき、不意に思ってしまったんです。逃げても平気じゃないかって。相手はどうせ私のことを忘れている。誰かからそのことを咎められるわけでもない。諦めてもいいんじゃないか」

 七転び八起きと言うが私に八回起きあがる気力は残っていなかった。

 自分が無力なただ餓鬼だということに気付いたのはこのときだった。

 どれだけ知識を蓄えても、どれだけ世界を知ろうとも、私という人間は強くなったわけでもなんでもない。

 ただの勘違いだったんだ。

 なんてことはない。

 思春期によくある自己中心的な夢から覚めたに過ぎなかった。


「友達との誓いを破り、学校の周りにもなんとなくいたくなくって、高校は家から少し離れた露草高校にしました。逃げまくった結果が今の私なんですよ。だからめげずに頑張ろうとするあなたに嫉妬した。」


「………………」

 初めて他人にこんな話をした。

 同じクラスと言えど、彼女と接するようになってから一週間しか経っていない。

 それでも話すべきだと思ってしまった。


 一円先輩に相談したときにはもう覚悟を決めていた。

 自分を知ってもらうにはこれが一番だと。

 ハルさんに元気をもらったときにはその覚悟はできあがっていた。

 今回こそは逃げないと。

 あかりさんにはその上で考えてほしい。

 私との付き合い方を。


「沙織ちゃんは……その友達と今、それともこれから先の未来で仲直りするつもりとかあったりするのかな………」

 今まで隣り合っていたので、あかりさんは私の前に移動してなんだか不安そうにそう言った。


「現時点では無理ですね。また自分を傷つけてしまうのがオチです」


「そっか。そうだよね」

 私の答えに安心したのか、決して小さくない胸を押さえてホッと息をつく。

 どうやらあかりさんは私が無闇に傷ついて苦しむのを心配してくれているようだ。

 まったく、私にはもったいないくらい良い人だな。

 だから、私は。


「仲直りなら、今はあかりさんとしたいです。昨日のことは心から謝ります。なので許して………もらえないでしょうか」

 これが私の精いっぱいの素直な姿だ。

 体の震えがお湯で伝わってしまわないか気にかけるのは、素っ裸の私たちにとっては今更なのかもしれない。


「うん。あたしは気にしないよ。……ん? いや、やっぱなし!!」


「え!?」

 ダメだったか。

 やっぱり私は許してもらえるわけもないのか。

 嫌な考えばかりが脳裏を過ぎる。

 私は居た堪れなくなり、すぐにでもお風呂から上がろうとするときあかりさんから腕を掴まれた。


「許してほしいんだよね、沙織ちゃん。なら、あたしから一つだけ条件があります!」


「な、なんでしょうか」

 このまま男湯に行けと言うのなら早く言ってくれ。


「友達になってください! それで今回のことはチャラにしてあげましょう!」

 これぞ名案! といった感じであかりさんは所謂ドヤ顔でふんぞり返る。

 いつもの私ならば冷たくあしらうのだろうが、今回ばかりはそうもいかなかった。

 なぜなら―――――


「あなたがそれでいいのなら是非もないです。その条件を受け入れます」

 ―――うれしかったから。


「そうと決まればお祝いだ! 抱きついちゃうっ」


「いや、ちょっ、いやぁあ!」


「今度からなんて呼ぼうかな?! さおりん? さっちゃん? さおさおでもいいかもーっ」


「やだ、ちょっと!? どこ触ってるんですか!!」

 ここは何度も言うが公共の場だってば!!


「いやー堪能したぁ。すべすべのもっちもち♪」


「はぁ、はぁ……友達になってしまったことを後悔しそうになる………」

 寸でのところで踏みとどまった私を褒めてあげたい。

 今日の目的はまだ終わっていない。

 仲直りもして、あかりさんとも友達に(かろうじて)なった。

 あとひとつだけ。


「ふぅ、そろそろ良いんじゃないですか? あかりさんの悩み相談を聞かせてください」

 そう。

 なんだかんだで未だに当初の目的である悩み相談ができていない。

 これを今のうちに済まして置かなければ今後チャンスは残っていない。

 私のことだからまた問題が起きないとも限らない。


「えーっと、ま、まだいいんじゃないかなぁーとか思ったり思わなかったりしちゃったりしちゃって……」


「なぜですか? 友達ならするものじゃないですか、悩み相談」


「いやー友達だからこそできないというか………。あたしとしては沙織ちゃんと仲良くなれればそれで十分なんだけど………」


「恋愛相談とか確か言ってましたよね。なら、あれは嘘だったんですか?」


「う、ウソではないよ、ウソでは」

 なんだか煮え切らない。

 というかあたふたしている。

 何が彼女をそうさせるのか。

 あかりさんはどんどん奥の方へと後ずさっていくので、私はそれを追う。

 ついに壁際まで逃げられないところまで来てしまった。


「友達というなら沙織ちゃん! あ、あなたは未だにあたしに対して丁寧語なのはいかがでしょうか!?」


「そう言うなら、やめるわ。ごめんね、気づかなくて。これでいい?」

 あっさりと口調を変えた私にあかりさんは目を見開いて魚みたいに口をぱくぱくさせている。

 そんなに丁寧語ではない私が驚きなのだろうか。


「うぐぅ………」

 呻き始めた。

 どこまで追い詰められているんだ。

 そろそろ罪悪感を感じ始めていると、あかりさんは意を決したように立ちあがって私の方を指でさし、信じられないことを大声で言った。


「ああ、もうっ!! わかったよ! 言うよ! あたしは沙織ちゃんのことが好きなんだけどどうすればいいですかーッ!!!」


「………………ん?」

 どういうことなのだろう。

 私のことが好き?

 それはもちろん友達としてとかクラスメイトとしてだと普通に思った。

 だけど、そんなことをこんなに時間をかけて言うはずもなく、


「わからないよね? でも、あたしは本気だよ。本気であたしは沙織ちゃんのことが好きなんだから」


「…………えっと、誤解のないように確認しておくけれど、あなたの言っている好きというのはラヴのほうなの?」


「そうだよ!」

 これ以上ない強い肯定だった。

 そして、真剣だった。

 とても冗談やこちらをからかってのことではない。

 友達だからこそ言えないというのは言ってしまったら友達として終わってしまうということなのか。

 ラヴとしての好き。ライクではなく。

 聞いた私が言うのもなんだが、とんだカミングアウトだった。

 つまり、状況の整理をするとあかりさんは同性愛者で、その好意を寄せる相手というのは私で、そして私は告白を受けているのか?

 なぜこうなった。

 そう易々と受け入れられるものではない。

 そういえば『失われた時を求めて』の作者であるプルーストも同性愛者だったなとか現実逃避をするくらい私の許容を超えている。

 どうしたものか。


「沙織ちゃんの返事、聞かせてもらえないかな」


「返事もなにも私は戸惑うばかりで、正直どうしたらいいのか……」


「沙織ちゃんの素直な気持ちでいいから。それでいいから聞かせてほしい」

 ただならぬ覚悟を感じる。

 それだけあかりさんは必死だということだ。

 なら私もできるだけ答えよう。

 私も立ちあがり、お互い何も纏わない生まれたままの姿で相対する。

 不安げな彼女の目を真っ直ぐに見て私は言った。


「友達としてお願いします」


 再び丁寧語に戻ったそのセリフはなんとも言いやすく、広い銭湯に静かに響き渡った。



 ◇



 後日談として最後に。

 あの後、私の答えを聞いたあかりさんはいつもみたいに笑っていた。


 どうも彼女は入学してから、ほとんど一人で静かに過ごしていた私の誰にも取り繕うことのない姿に惚れてしまったらしく(自分で言っていて恥ずかしい)、それからどうにか仲良くできないものか考えていたそうだ。

 しかし、あっという間に一学期は終わり夏休みになってしまった。

 さてどうしようかと思っていたときに私が作った相談室の張り紙を見つけ、相談者としてなら話ができると思い、即行動したらしい。

 アプローチとしてあの花壇での出来事は強引だったと思うのだが、そんなことは気にしないのがあかりさんだ。


 昔から男子より女子の方に胸の高鳴りを感じていたが、自分で自分のことを異常だということは理解していたみたいだ。

 だから、もしも想いを伝えるとしたらその人との関係を終わらせる覚悟でやろうと彼女は決めていた。

 そして、銭湯での告白だ。

 正直のところ、私の返事はあかりさんにとっては予想外のことだった。

 異常な自分を知られてしまってはとてもじゃないが、友達という関係は壊れてしまうと、だから彼女はあんなにも言い淀んでいた。

 だけれど私は言った。

 友達でいてくれと。

 それに彼女は少なからず救われて、それから益々私のことが好きになったらしい。


 ………………。

 まぁ、いいだろう。

 これからの付き合い方を考えれば頑張れるはずだ。

 少なくとも今後一切、彼女とは一緒の風呂には入らない。


 その日、家に帰って一日を思い返してみると自分のことを恋愛対象として見ている相手にあれだけ体中を触られるというのは極めて危ない行為だったのではなかったのか。

 私は貞操の危険を感じ、一緒に銭湯に行ったことを死ぬほど後悔した。


 なにはともあれ。

 私にはもう出来ないと思っていた友達ができてしまった。

 他人に深く関わりを持たないように、高校からは気をつけていたというのに。

 クラスでも一人を求め、一円先輩に初めて会ったときも関わりを持つまいとしてきた。

 けれど。

 それはやっぱり無理な話だった。

 だって、私は。


 親に見てもらいたくて必死に頑張るただの寂しがり屋だから。


 今回は私に新しい友達が一人できたというたったそれだけの話だった。

 そう思うと考えずにはいられない。


 いつになるのかわからない。

 何年後になるかもしれない。

 それでもいつの日かまた、あの子

 ―――空森鳴芽と過ごせる日々が来るのだろうか。


 今の私ではそれは到底想像もできないことだった。




 ◆





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