助けられた、そして救われた。
◆
情けないことだと思う。
私は少なくとも先輩よりも悩み相談には向いていると思っていた。
だというのに、一番やってはいけないことを私はやってしまった。
そして、私はあかりさんを拒絶したその日に先輩に会いに来てしまった。
認めたくはない。
けれど認めざるを得ない。
私は一円先輩に助けをもらいに来た。
怪我でボロボロの先輩に。
本当に―――情けないことだと思う。
「先輩、相談をしに来ました」
◇
少しの間来ないだけで、なぜこうも病室が漫画だらけになるのだろう。
妙に整頓されているし。
まさか看護師とかに片付けてもらっているのだろうか。
まぁ、今はどうでもいいか。
「そんなことがあったんだね」
今日やってしまったことを話し終えて部屋をジロジロと見ていたら先輩はしみじみとそう言った。
まるで自分が不在であることを申し訳なさそうな感じで。
割とそういうところは本当に嫌いだ。
「なんで医月はそのあかりさんのことを突き放したのかな?」
うっ。
いきなり核心をついてくる。
さっきまでの申し訳なさそうな顔からは想像もできないような容赦の無さだ。
「言いたく……ありません」
相談を持ちかけている手前、隠し事をするのは相手への不義理に値する。
しかし、わかってはいてもやはり言いたくなんてない。
これは私が一番他人に知られたくない汚い部分であり弱い部分だ。
決して一円先輩を信用していないわけではない。
おそらくこの人は私のそんな部分をも等しく『受け入れて』くれるのだろう。
これもまたわかっていても言いたくないことだ。
どこかでそのような部分が自分の中にあることを認めたくない自分がいて、口に出すことで再び思い知ることを恐れている。
本当にずるい人間だ、私って。
「そっか。それならそれでもいいよ」
「それでもいいって……、本当にそう思っているんですか?」
これもわかっていたことだろう。
先輩はなんでも『受け入れて』くれる。
だから、たとえ私が自分の相談において隠し事をしたとしてもなんなく承知してくれる。
私ならばどうだろうか、先輩のようにできるだろうか。
「そう思うよ。医月、君は僕に相談しに来たんだろう? なら好きなように相談すればいいさ。僕にできることなんて今じゃ聞くことしかできないんだから。多くができないからこそ、やれることに尽力するとするよ」
本来ならばそれが本当の悩み相談の形なのだと飛鳥田先輩は言っていた。
聞くだけで十分だと。
その意味が今なら少しだけわかる気がする。
改めて相談者として身を置いてみて初めて気づいた。
話すことで自分の中で心の整理がなされ、問題に対してきちんとした向き合いができることで希望が見えてくる。
話すだけで解決はしないけれど、楽にはなる。
そうなのかと思う。
あの人はなんとも見透かしたことを言うものだな。
私は飛鳥田先輩に言われたことも先輩に言ってみた。
どうやら私たちのやり方は間違ってないが正しくはなかったことを二人で反省するために。
「へぇ、アスカがそんなことを」
なんだか嬉しそうに先輩は声を漏らす。
本当、心底嬉しそうに。
「でも、これだと今までの相談は解決なんてできなかったですよね」
「世知原くんとか、曜さんとか、茜音さんのこと? あれはすでに自分でどうにかしようとして結果解決できなかったからだと思うよ」
先輩は指折り数えてそう言った。
「それだったらもう他の人に頼らないと解決なんてできない。そういう段階まで来ていた人達ばかりが相談室に来たものだから、僕も医月もなんだか悩み相談のことを履き違えちゃったのかな」
「なるほど、ですね」
そりゃそうなのか。
聞くだけで悩み相談は十分だ、だけれどこちらが行動しないと解決できない悩みもあるということ。
おそらくこれが飛鳥田先輩が言いたかったことのすべて。
だけどこれは同時にこちらが動いても解決しない悩みだってあるということを暗に示している。
そういったときにどうすればいいのかと聞くのは流石に答えを求め過ぎているか。
この先輩ならそういったときどうするのだろう。
自分たちでもどうすることのできない問題に向き合ったとき、「仕方ないか」と言ってやはり『受け入れる』のだろうか。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
なぜ、そうじゃないかもしれないと思ったのかはわからない。
ただ先輩は諦めが悪い気がする。
『すべてを受け入れる』という『性質』を持っている癖に。
「どうしたんだよ、僕をそんなに見つめて」
「見つめてません」
「………どうしたんだよ、僕をそんなに睨んで」
「なんでもありません」
「そこは否定しないんだ」
でも、医月らしいな。
そんなふうに先輩は笑った。
なんだか少し疲れているようにも見えるし、私もそろそろ帰ろうと思う。
「それでは先輩、またです」
「もういいのかい?」
「もういいです。やらないといけないことにも気づけました。こういった悩み相談もあるんですね」
だったら認めてもいいかもしれない。
私には向いていないけれど、この先輩なら。
「頑張れよ、医月」
◇
明くる日。
私はいつも通りに学校に来て、花の世話をしていた。
昨日の相談で気づいたこと。
私のやりたいこと。
それはあかりさんと仲直りをして、彼女の悩みを聞くことだ。
たったそれだけだ。
それだけのために私は頼りたくもなかった(今思えば)先輩を頼ってしまっていた。
何のことはない、今時の小説では端折られてもいいくらいに私の葛藤は、私の悩みはちっぽけなものだった。
気づけたのなら、今度は向き合うことだ。
逃げてしまった過去があるため、私はそれ相応の覚悟を決めてきた。
初めて仲直りをする小学生のように今、私の心の中はそれでも不安で一杯だった。
相談室には来ないでくれと言っている手前、あかりさんと会うには部活が終わるまで体育館で待ち伏せるしかなかった。
私は心を落ち着かせるために体育館の外側で座れそうなところを探し、昨日の続き、『失われた時を求めて』を読む。
が、やはり頭に入らない。
いつもと違って、部活のかけ声などのざわついた環境のせいだけではない。
こんなにそわそわするのは久しぶりだ。
私は諦めて、じっと待つことにした。
それにしてもというか気のせいだろうか。
なんだか人が多い気がする。
見慣れない制服の女子が何人もいるような。
うちの学校の制服はセーラー服のはずでブレザー制服の人が十五人くらいか、いる。
練習試合か何かだろうと思い当たった瞬間、思い出した。
確か昨日、あかりさんが言っていた白粉女子学園との練習試合って今日だったのか。
話では強豪だと言っていたが、中の様子まで見る勇気は私にはないのでなんとも言えない。
私が座っているすぐそばで彼女らは荷物を置いている。
体育館も広くはないので他の部活との折り合いもあってか、彼女らの荷物のスペースまではとれなかったみたいでそうしているみたいだ。
そんなことはよくあるみたいで、見ていると慣れているという感じがした。
決して体育会系ではない私には、不用心なその慣習がなんだか新鮮ではあった。
ふと、こんな会話が聞こえてくる。
「あっちゃ~。ドリンク忘れてきちゃった」
「え!? どうするの、晴夏! 後輩に買いに行かせよっか?」
「え? いいよいいよ! それぐらい自分で買ってくるから。先に着替えてアップさせといて。すぐに戻るから」
そう言って一人だけ別行動でどこへやらとこの場合スポーツドリンクを買いに出かけた。
頼まれた周りよりも小柄な女子は他のメンバーを引き連れて体育館の中へと入って行く。
瞬間、「「「お願いします!!!」」」と大声が聞こえてくるものだからなかなかに驚いた。
観察するものがなくなって手持ち無沙汰を感じている頃、気づいたら先ほど飲み物を買いに行ったはずの人が私の近くにいた。
これにも驚く。
「すみません。自販機ってどこにありますか?」
どうやら見つけられなかったらしい。
よくもそんなですぐに戻ると言ったものだ。
「案内しますよ。暇なので」
口では説明しずらいところにあるし、言葉通りの意味でもあった。
他に草高の生徒はいなかったらしく、私に白羽の矢が立ってしまった。
まさか白粉の生徒と一緒に出歩くことがあるとは思わなかったな。
「いやー、一緒に暮らしてるいとこが通ってるからって適当にぶらつき過ぎちゃってねぇ」
「来たことはなかったんですか?」
互いの学年がなんとなくわかったことで自然とタメ口と敬語になる。
「なかったね。だから、アイツが通ってる学校に自分がいるのが不思議なんだけどなんだろうな……懐かしい気分がするの」
校舎を見たり、地面を見たり、色んな設備を見て、そんなことをこの人は―――って名前を聞いてなかった。
別にいいかな。
案内するだけの関係だし。
「ねぇ! 名前はなんていうの?」
あちらから聞かれてしまった。
「医月沙織です」
「医月ちゃんかー。あたしは百角晴夏。そのいとこからはハルって呼ばれてる」
どっかの誰かさんのように初対面でも下の名前で呼ぶことはなかった。
よかった、常識人のようで。
ん?
でも、百角晴夏って聞いたことあるような?
「今日はうちの学校と練習試合なんですよね?」
「うん、そうだよー」
「レギュラーだったり?」
「まぁ……ね」
「すごいですね」
と、言いながらやっぱりかと思う。
この人があかりさんが言っていた憧れの選手。
百角晴夏。
しかし、彼女は私からの称賛に対してあまり嬉しそうではなかった。
最近は調子を崩していたとあかりさんは言っていたが、それが原因なのだろうか。
「その、百角さん」
今までの私ではこんなことは絶対にしなかったことだ。
こんな他人の深いところに入ろうとするのは。
「なんでそんな申し訳ない顔をするんですか?」
影響を受けている。
昨日の一円先輩への相談から。
私も誰かの力になりたいと。
不意に私は、
思いあがってしまった。
「そんな顔してたかな。だとしたらまだ引きずってるのかもね」
「最近、何かあったんですか? 不調だと聞いていましたけれど」
「えっ、あたしのこと実は知ってたの?!」
「私の………、いえ、知り合いから名前だけは聞いてて、それで……」
次の次の角を曲がれば自販機のある購買だ。
少し遠回りをして時間をつくってみる。
案内を任せる以上はこちらの道順に従ってもらおう。
どうせゴールは一緒だ。
「あたしの不調が他校にまで知られてるのはびっくりだな。そんな大した理由でも……なくはなくはないかもしれないでもないんだから」
「一体、どっちなんですか」
そんなないない言われてもよくわからない。
「先月の県大会であたし、レギュラーだったのに試合に出なかったの」
「出なかった、ですか?」
出られなかったではなく?
「うん。さっき言ったいとこがちょっと大怪我してさ。それがショックっていうのもあってあたしのワガママで試合には出なかった」
あかりさんが憧れるほどのすごく実力がある選手。
強豪だと聞く白粉のレギュラーである彼女。
そんな人が試合に出なかったというのは、つまり、
「負けたんだ」
一緒に歩く彼女は悲愴な面持ちでそう言った。
それを私は横目で見る。
「あたしのせいで負けたとかそんな自惚れたことは言わないけど、でもなんだろうな……。引退してしまう先輩の力になれなかったことや仲間と一緒に悔しがれなかったことが許せないんだと思う」
自分で自分を許せない。
きっとこの人にとってその大怪我したいとこというのはとても大切な人なのだろう。
そんな人が命の危機に瀕していれば、普段の自分を保てないのは当たり前だと思う。
タイミングが悪かったのだ。
先ほどの彼女とチームメイトのやり取りを見る限り、少なくともチームメイトのほうは気にしていないのだろう。
でも、この人はまだしこりのようなものを残している。
あかりさんのためにもこの人には晴れやかな気持ちで試合に臨んでいて欲しい。
そのために赤の他人である私はこの人のために何ができるだろうか。
話を聞く以外に。
「これからを考えましょう」
「え?」
ついに自販機にたどり着いてしまった。
けれど、私たちは立ち止まるだけだった。
「あなた自身がそのことを罪だと思うのであれば、これから仲間のために自分が満足するまで自分を捧げたらいいじゃないですか」
私は立ち向かうことを提案する。
逃げた私にとってこれほど皮肉なことがあろうか。
しかし、それでも。
だからこそ、私は言える。
ずっと後悔してきたことだから。
そんな生き方ができたらとどんなに憧れたことか。
「自分勝手な自己満足で良いと私は思います。それでみんな幸せじゃないですか?」
幸せ。
そんな言葉が私から出るとは思わなかった。
「ぷっ、あはははははっ!!!」
……笑われるし。
「あははー、そんな恨めしい顔しないでよ。でも、医月ちゃんって良い子なんだね」
「い、良い子………」
なんだか子供扱いされているようで恥ずかしい。
「そっかー、自分勝手な自己満足、ね。コウが言いそうなことだ」
ひとしきり笑い終えて、彼女は独り言を呟く。
コウというのがおそらく彼女のいとこの名前かなとなんとなく思った。
「ありがとう、医月ちゃん。なんかふっきれた気がする」
そう言う彼女は本当に晴れやかな笑顔だった。
同性だというのに思わずこちらが見惚れそうな、そんな素敵な笑顔だった。
「私のことはハルって呼んでね、沙織ちゃん。友達になろう!」
右手をこちらに差し出してくる。
あまりらしくないことをし過ぎて、面映ゆい限りなのだが。
私はここで初めて素直になってみようと思った。
「はい。ハルさん」
◇
無事に飲み物を買えたということで、遅れて練習に向かうハルさんは最後に、
「試合、よかったら見ていって! 沙織ちゃんも悩みが吹き飛ぶような活躍見せるから、応援してね!」
と言って体育館に戻って行った。
なんだ。
私が悩んでいることはバレていたのか。
あとハルさんは忘れているようだけど、私は敵チームの生徒なのだが。
「………………」
こんな私を友達にしてくれたハルさんのためにも、あかりさんに見つかったら気まずいと思いながらも観戦させてもらおうと思う。
数十分後。
私は体育館の二階のギャラリーから初の試合観戦をする。
両チームを見下ろすとコートにはユニフォーム姿に着替えたハルさん、そしてベンチには普通のスポーツウェアに身を包むあかりさんがいた。
いざ試合が始まるとあかりさん他ベンチメンバーは声援を精を出している。
しかし、確かに見てみるとあかりさんは憧れと言うだけあってずっとハルさんのことを見ていた。
どうやら見つかる心配もないようだ。
と、安心していると露草にポイントが入る。
うちも強豪相手にやれるんだなぁとかぼんやり思っていると、たった二回のパスでコートの半分にまでボールが運ばれる。
私も球技大会ではバスケをしていたが、やはりというか当然というかレベルが違う。
目まぐるしく展開が繰り広げられる中、ハルさんにボールが行きわたる。
どうやら彼女はフォワードらしく、二人がかりでマークをされてしまうが華麗な身のこなしと高いドリブル技術であっという間に抜けて行った。
しかしまた他のディフェンスに行く手を阻まれる。
ハルさんが今いるのはちょうどスリーポイントライン。
このまま時間を食っていると、せっかく躱した選手も追い付いてくる。
パスを出すしかないだろうとこの場の誰もが思っている中、彼女は予想とは違った動きをする。
「まさか!」
思わず声を出してしまった。
ハルさんはボールを両手に持ちかえそのまま真上に飛ぶ。
あのフォームはそのままシュートをする気だ。
おそろしく綺麗なその姿に私は感動を覚えた。
話に聞いただけではわからない、ハルさんの実力がそこから窺えた。
まだ手からボールが離れていないというのに私は確信する。
「これは……入る!」
ハルさんから放たれるボールは見事な軌道を描き、まるでゴールに吸い込まれるかのようにリングに一切触れることもなく入っていった。
瞬間、チームのちょっとした歓声と審判の笛の音で室内は一気に盛り上がる。
そんな中で私は彼女の集中した顔とその姿にただただ見入ってしまっていた。
すごい。
これが白粉の百角晴夏。
あんなすごい人にさっき偉そうなことを言っていたのか、私は。
そして、本当に思いあがっていた。
助けようと思っていた相手から助けられてしまった。
たった一回のプレイを見ただけで私の中の底知れなかった不安はどこかへと消えていた。
本当に吹き飛んでしまったのだ。
ハルさんは突然、何かを探すように辺りを見回す。
すると私と目が合い、先ほどのような笑顔を向けてきた。
ありがとう、ハルさん。
これで私も―――――
「これからに向き合える」
◆




