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こル・ココる  作者:
第五章 『恋』
31/65

読んだ、そして拒絶した。

 



 ◆




 私は知識欲がある方だと思っている。

 知的好奇心。

 何かを知ろうとする欲求が人一倍強いのだ。


 気になることがあればすぐに調べていた。

 ネットでは信憑性が薄いこともあるので、大抵は本だった。

 本が友達。

 そう言ってもいいくらいに私は本ばかりを幼い時から読んでいた。

 だから、私は友人と呼べる者が極端に少ない。

 その分、友人になれば強い繋がりを持つことになる。


 親友はいないが友達が多いタイプ。

 友達は少ないが親友がいるタイプ。


 私は後者だった。

 一円先輩もおそらくそのタイプだろう。

 どうでもいいけれど。


 私がなぜ、知的好奇心が旺盛な人間になったかと言えば、それは両親のせいだろう。

 私の両親はどちらも所謂、専門家というやつだった。

 父が理系、母が文系のとある専門家。

 なので、日常で出会う大体の疑問はこの二人によって解消されるのだ。


 訊けばなんでも答えをくれた。

 疑問をぶつければ両親が自分にかまってくれるからという理由も多分にしてあったのだろう。


 そんな二人を私は尊敬しているし、家族愛というやつも人並み以上に持っている。

 一円先輩が聞いたら意外に思うだろうが、私はそんな人間なのだ。


 しかし。

 専門家であるが故に両親は忙しい身の上だった。

 ”なんでも”答えてはくれるが、”いつでも”というわけにはいかなかった。

 だから、私は本を読む。

 本で調べる。

 学校の図書室に、町の図書館に通い詰める。

 わからないままになっている問題もあるけれど、ほとんどは解決していった。


 なんだか世界のあれこれが理解できていくうちに人間的に強くなっていくような気がした。

 他人がなんでだろうと思っていることを私はすでに調べて答えを知っている。

 優越感というやつだった。

 それがさらに私のモチベーションを上げさせた。

 ぐんぐんと。


 だけど。


 良い気になっていた中学時代に私は意味不明な現象に襲われる。


『あなたは誰?』


 今の時点ではこのくらいしか語らないが、私はこれを言われて進学先を露草高校にして、そしてあんなにあらゆる分野の本を読んでいた私は”あること”に関する書籍だけを読むようになる。

 この一言で私は私がどんなに小さな人間であるか、それからどんなに無知だったかを理解することになる。

 でも、思い知れてよかったのかもしれない。

 それは紛れもなく私という人間の感情で、私という人間が如何に脆くて弱いのか思い”知れた”のだから。

 世界を知ろうとはしてきた私だったが、自分のことを知ろうとは思わなかった。


 これが医月沙織という取るに足らない臆病者のざっくりした中身だ。



 ◇



「蝉ってそんなに早くに死ぬの!?」

 今日も元気いっぱいに大袈裟に私が教えた蝉のうんちくに驚いて見せる竺雲寺あかりさん。

 あまりにも急に叫び出すものだから、こっちこそ驚いてしまう。

 なんとまぁ心臓に悪いクラスメイトだった。


「蝉はそれで幸せなのかなぁ……」

 初めてこの子が相談室に来てからなんだかんだで一週間が経つ。

 毎日毎日、私も彼女もこの部室に来ては他愛もないことをしている。

 まるで、そう友達みたいに………。


「虫の気持ちなんて考えたこともないですけど、別に普通なんじゃないですか」

 あかりさんは部活が午前中に終わるということで、午後からは私に会いに来るようになった。

 恋愛相談があるというから『ココロ相談室』を利用しようとしていた割に未だその肝心な相談事の内容については私は実は聞いていない。

 本人曰く、覚悟ができていないからだと言っているが、ならできてから来ればいいのにと思う。

 しかし、『前回』も恋愛相談で相談者を理解していなかったためにあんなことになったのだから、じっくりとこの『竺雲寺あかり』という人物を知るには良い機会なのかもしれない。

 慎重に行きたかったのだから、むしろ好都合。

 夏休みすべてをかけるつもりで『今回』は臨もうじゃないか。


「普通って言ってもどーいうことなんだよー」

 さすがの彼女も扇風機しかないこの部屋の暑さにやられたのか、急に気怠い感じで机に突っ伏して応える。


「だから蝉にとっての地上での七日間だか十日間は私たちで言えば平均寿命である七十年と同じ感覚なんでしょう。早く死ぬもなんでもない。蝉にとってはその時間は当たり前にある生命の限界としてとらえていると私は思います」


「うー。難しくて、わかんないねー」

 訊いてきておいて結果それか。

 どうもここまで彼女と雑談のようなものしていて気付いたのだが、この子は馬鹿だ。

 病気なんて気合でなんとかなるとか言いそうな馬鹿だ。

 元気だけが取り柄とかそんな物語に一人はいそうな明るいだけのキャラ。

 そんな人とは一生とは言わないまでも、私とは縁のない人間だと思っていた。

 見ていてなんだか、もやもやする。

 なぜだろう?


「沙織ちゃんってさーそれにしてもいつも本読んでるよねー。そんなに楽しいものなのかな」


「楽しいというより、読書をしないと落ち着かないんですよ」

 うわーかつじちゅうどくだー、となぜか棒読みで揶揄される。

 なんとなくだか漢字表記されていないセリフのように思った。


「本を読むと具合が悪くなってくるから、苦手なんだよね」

 それはそれは。

 夏休みの課題に読書感想文があるというのに、可哀相な体質だ。

 というかこの子は課題はやっているのだろうか。


「夏休みの宿題はね、夏休みの間でならいつやったっていいと思うんだよー」

 つまり、最終日にまとめてやる派ということか。

 最終的に恋愛相談ではなくて課題についての相談になりそうな気もしてくる。

 それならそれで私としては大歓迎なのだが。


「しっかし、あたしと一緒にいるというのにいつも本を読むとは何事かーっ」

 これまた唐突に怒ったふりをしてあかりさんは手を伸ばしては私から本を奪う。

 暑さにやられ過ぎて変なテンションになっている。

 本当に面倒くさいな。


「むむむ…………」

 彼女は難しい顔をして私から取り上げた本を開いて見ている。

 ここで読んでいるなどと間違っても表現はしない。


「………んきゅー」

 しばらくすると彼女の目はぐるぐると回り出し、がくりとその場にへたり込む。

 へたり込んだ先に椅子があったから、机に突っ伏すという先ほどと同じ姿勢になり、頭をぶつけたものの大事にはならなかった。


 それにしても本当に本で倒れたぞ、この子。

 おバカなキャラは確かに本を読むとこうなりそうだが、現実にいたら普通に病気だ。

 でも馬鹿に効く薬はないというし、きっと不治の病だろうから病院に連れて行っても無駄だろう。

 私は立ち上がって意識を失う彼女を放っておいて本を取り返す。

 勝手にやって勝手に倒れるとは、なんとも騒がしい人だ。

 クラスではみんなから愛されるようなポジションにいるようだし、私なんかとは違ってさぞ友達も多いことだろう。

 私はしばらくあかりさんを見下ろしたのちに元の定位置に戻り読書に耽る。

 ちなみに私が読んでいるのはマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』。

 フランス文学だが、翻訳もされていて今は第二編の『花咲く乙女たちのかげに』を読んでいる。

 今まさに、花も恥じらう乙女が卒倒したけれどやはり気にしないでおく。


 半刻も経てばさすがの私も心配になってくる。

 そのうち起きると思ったが、その気配もなかったので私は彼女の後ろから起きるように肩を揺らした。

 すると、彼女は案外普通に目を覚ました。

 肩すかしをくらった気分で私はまた元の席に戻る。


「あれ? なんであたし寝てたの?」


「………部活の疲れでも出たんでしょう」


「ふーん、そっか」

 私の嘘に簡単に納得する。

 なんともちょろい。

 何かあれば彼女に本を読ませて記憶を………いや、やめておこう。


「今度ね、白粉女子学園と練習試合するんだけど、言っちゃえばあっちのほうが全然強くってさ! いやーもう気合入りまくり!」

 一回寝たことにより、暑さによる怠さは抜け元の元気なあかりさんに戻ってしまった。

 あかりさんはバスケ部だったはずで、そう言えばそういった話はしていなかった。


「あかりさんはバスケは上手い方ですか?」


「ん? いや? 全然。ずっと補欠だし」


「………………」


「正直、三年が引退しても同学年であたしよりも上手な子は何人もいるし、後輩にだってレギュラー争いで負けそうな勢いだよ」

 そんな「才能がない」みたいなことをあっけからんと言うあかりさんに私の心は少しだけざわついた。

 補欠ということならば試合に出られないんじゃないか?

 なのになぜそんなに嬉しそうにその白粉女子学園との練習試合のことを話すのだろう。


「いやー、白粉には好きな選手がいてね。中学の頃から憧れてるんだぁ。名前はももかどはるさんって言ってね! 最近は調子を落としてたみたいだけど、もう完全復活しててね! それはもう―――――」


「あかりさん」

 憧れの選手について興奮気味に話しだそうとするあかりさんは私は遮った。

 これもなぜだか分からない。

 私はこの子に対してどんな感情を抱いてしまっているのだろうか。

 嫌な気分だ。

 この前の飛鳥田先輩と話した時のような気分の悪さ。

 自分の醜く、歪で、脆い、中身を見せつけてくるようで実に。


「あかりさん、あなたは………」

 やめておいた方がいい。

 これ以上自分を追い込むのは。

 医月沙織という人間は決して強くない。

 劣等感を『受け入れられる』ほど私は強くない。

 あの先輩のようには絶対になれない。


 だから。


 これ以上はやめておいた方がいい―――――


「あなたはバスケが好きですか?」


「もっちろんだねっ!」


「下手でも?」


「それでも!」


「試合に出られなくても?」


「そ! れ! で! も!」


「憧れの選手のようになれなくても?」


「いつかなってみせるよ―――――」

 眩しいくらいの笑顔で彼女は言うのだった。

 私にとっては決定的に致命的な言葉を。


「―――だってあたし頑張ってるからさっ」


「………そうですか」

 駄目だった。

 やっぱり私には耐えられない。

 何かを目指して、何かを成そうとして、諦めずに頑張っている人を見るのは。

 消えてしまいそうになる。


 私は逃げてきた人間だ。

 辛すぎる現実から、後悔をしながら、自分押し殺しながら。

 ここに、露草高校に逃げてきた人間なのだ。

 ふいに思い出したくもない記憶が頭を過ぎってくる。


『あなたは誰?』


 私は諦めたんだ。

 大事な親友を捨てたんだ。


 なんて弱いのだろう。

 なんて弱々しいのだろう。


 だから嫌いだ。


 こんな私なんて。


 死んじゃえばいいのに。


「どうしたの!? 沙織ちゃん!!」


「えっ……」


「泣いてるよ!?」

 目を擦ると本当だ、濡れている。

 ここまで弱りきっていると思わなかった。


 ただ目の当たりにしただけでこれだ。

 救いようがないな、私は。


「あかりさん、もう帰りましょうか」


「え!? でも……大丈夫なの? 突然、泣いたりして……どこか痛いところでもあるの?」

 やめてよ、優しくしないで。

 これ以上私に惨めな思いをさせないでくれ。


「大丈夫です。あと、しばらくは私は学校に来れないのでそのつもりで」


「それよりも、どうしたの? 何かあったんなら相談に乗るから、それともあたしなんか傷つけるようなこと言ったかな……」

 相談、ね。

 できないよ、あなたなんかに。

 友達でもない……あなたなんかに。


「ねぇ、沙織ちゃん………」


「いいですから。もう今日は帰ってください」

 私は冷たく言い放つ。

 あまりにも冷たすぎて機械の声かと自分でも思うくらいに。


「………………」

 もう何を言っても駄目だと思ったのかあかりさんはそれからは黙って、自分の荷物を持って相談室から出て行こうとする。

 扉を閉める前に一度私のほうを振り返っては俯いて、それから、


「……ごめんね」

 謝った。


 扉が閉まる音がしたあと、静寂に包まれる。

 蝉も鳴いてくれない。

 こんな最低な私を軽蔑してるように。


 私はまた逃げたんだ。

 彼女と私を比べることに耐えかねて私は彼女を拒絶した。

 ここは『ココロ相談室』だ。

 相談者を追い出すなんてことは絶対に許されない。


 やっていけないことをやってしまった。

 なるほど、理解する。

 一学期が終わってやっと気づくなんて、私もつくづく馬鹿だ。

 あかりさんのことをとやかく言えない。


「私も悩み相談には向いていないんだ」





 ◆





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