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こル・ココる  作者:
第五章 『恋』
30/65

散歩した、そして教えた。

 



 ◆




 八月になってしまった。

 これは僕がとある事情で入院をしてから一カ月が経ったということを意味する。

 最初は包帯にぐるぐる巻きだった体も特に酷い患部だけを残して順調とは言えないまでも快方に向かっていた。

 しかし、寝たきりの状態から起きあがれるようになったのは大きかった。

 僕はすべてを受け入れるという『性質』を持っているけれど、体はそうもいかないようでずっと同じ姿勢になることがかなりのストレスとなっていた。

 まだ体のあちこちは動くと痛みが走るがなんとか松葉杖があれば部屋からも出れるようになった。


 それにしても入院してから色んな人が僕の病室に訪れた。

 心配してくれた人。

 泣いてくれる人。

 励ましてくれる人。

 怒ってくれる人。

 癒してくれる人。

 頼まれてくれる人。

 褒めてくれる人。

 様々だった。


 世知原くんや曜さん、閑谷会長も来てくれた。

 でも。

 当事者であった茜音さんはまだ一度も顔を見せない。

 あの人とは話したいことはいくつもあるんだけど、外出して会いに行けるほどは回復していない僕は彼女が来てくれるのを待つばかりだった。


「お兄さん。はい、あーん」


「………あーん」

 外では蝉がけたたましくも鳴いている夏真っ盛りの今日この頃。

 僕はまだ今年の暑さを味合わないまま、すっかり日常と化した空調の効いた病室で今日も今日とてベッドの上で過ごす。


「………あのね? 祈梨ちゃん。食べさせてもらってから言うのもなんだけど、僕は普通に自分で食べることはできるようになったから、そんなふうにバカップルがしそうなイチャイチャな行為はしなくてもいいんだよ?」


「なにを言ってるんだいお兄さん。これは罰なんだよ。色んな人を心配させて迷惑をかけたお兄さんへ、五歳も年の離れた女の子に食べさせてもらうという屈辱を与えることでお兄さんを懲らしめるための罰でしかないんだよ。別に他意はない」

 そう言って爪楊枝に刺したリンゴ(祈梨ちゃんが剥いてくれた)を僕の口に向ける。


「もぐもぐ。それにしても祈梨ちゃんって夏休みに入ってからほとんど毎日来てくれるよね。宿題とか大丈夫なの?」


「ボクは宿題は先にやってしまう派でほぼ終わってるよ。あとは自由研究くらいかな」


「なにをテーマに?」


「人の怪我がどのようにして治っていくのか」


「いつの間にか研究されていた!?」

 冗談だよ、と愉快そうに笑う祈梨ちゃん。

 本当は何をテーマにしているのか気になるけれども、それはともかくとして。


 祈梨ちゃんは本当に毎日のように僕に会いに来てくれている。

 なにも予定がないわけでもないらしい。

 お盆には両親の実家のほうに行くらしいし、先月の友達との問題も無事に解決したようでその子と遊んだりしているみたいだ。

 宿題も粗方終わっているのだから、暇で来てくれているだけなんだろう。

 それでもありがたいと言えばありがたい。


「病室って快適だよね。こんな時期だから尚更思う」


「外はそんなに暑いんだ?」


「暑いなんてものじゃないよ。皮膚ガンになるんじゃないかってくらい」


「それは確かに暑いなんてものじゃないね……」

 僕が入院している間に世界はどうなってしまっているのか。


「ここからでもミンミンと人々が泣いているのが聞こえるでしょ?」


「これって蝉じゃなかったの!?」

 これを夏の風物詩と思ってしまった僕の人間性とは如何に。


 祈梨ちゃんはこういった突飛な冗談が好きみたいだった。

 原因かどうかはわからないけれど、彼女は意外にも漫画が趣味だそうだ。

 僕に会いに来るたびにお気に入りのコミックスを何冊か持ってきては勧めてくる。

 少し油断してそれを読まなかったらすっかり病室は単行本だらけになってしまった。

 そのうち僕の怪我が今よりもうんと良くなったら個室から移動するだろうから、早めに片付けておきたいところだ。


「外に出てみようかな」


「今の話の流れでよく言えたね」

 全くだけれど、人類が日光で苦しむくらい太陽の活動が活発になるのはとても遠い未来ではあり得る話らしい。

 しかしそれは今じゃないのは確かだ。

 窓を見れば気温が高いとはいえ庭を散歩している人がいないわけでもないし、もちろん悶え苦しんでもいない。


 これは挑戦だ。

 担当医師からは外に出るくらいなら構わないとは言われていたが、実際に出たことはなかった。

 一か月もベッドの上で生活していると自分が外を出歩くというごく当たり前だったことがとてもじゃないができるとは思えなくなっていた。

 明日から明日からとずるずると先延ばしにしながら今日まで生活していた。

 きっかけなんてものはなかったけれど、せっかく祈梨ちゃんが来てくれているのだ、やってみるのも良いと思う。


「祈梨ちゃん、散歩しに行こうよ」


「正直言って暑いから嫌だよ」

 僕の決心がボロボロと崩れていく音が蝉の鳴き声と共に聞こえた気がした。



 ◇



「暑い。暑い。暑すぎる」


「だから言ったじゃないか。さぁ。早く戻ろう。皮膚ガンになる前に」

 松葉杖を駆使して祈梨ちゃんを従えてコツコツと頑張ってやってきた外。

 といっても病院から一歩でた緑溢れる庭なんだけど、なんだこれ……。

 はっきり言って地獄だった。

 焦熱地獄だった。

 冗談じゃなくこんなにもじりじりと太陽の光に照らされていたら祈梨ちゃんの言った通りになるんじゃないか?

 こんな環境で人類が生き延びているわけないじゃないか。

 僕はなんて思い違いをしていたんだ。

 外になんか出てくるべきじゃなかった。

 わざわざ安全地帯から危険を冒しにくるとはなんと無謀。

 すぐさまあの快適な病室に戻りたい!

 と、暑さにやられた頭で馬鹿なことを考えてみた。


 ここの庭は割と広く、何本も広葉樹が植えられていてそばに三人掛けのベンチもあった。

 とりあえずは木陰で休もうといつかの公園のときみたいに僕と祈梨ちゃんは並んで座る。


「これは別に大袈裟に言うつもりはないんだけどさ、こんな炎天下のなか散歩なんかしたらお兄さんの体の調子が悪くなるんじゃないかって心配なんだけど」


「それは過保護も良いところだよ。実際に外の空気を吸えたのは気分的に悪くない。今日は風もあるし、病室より快適ってわけにもいかないけれど………うん、悪くない」


「それならいいんだけどさ……」

 所在なさげに両足をぷらぷらと交互に揺らしている様は可愛らしいものがあったが、祈梨ちゃんの心配はハルにも匹敵するほど度が過ぎているかもしれない。

 おそらくそれは彼女には親しい人間がそんなにいないからだと思う。

 数が少ないからこそより強く大切にしてしまう。

 希少価値。

 それを祈梨ちゃんは友達に対して見出している。

 想いが重くならないかがとても心配だ。

 そこらへん、この子は茜音さんと似たような危うさがある。


「結構気が早い話なんだけどさ。祈梨ちゃんは次の三月で小学校を卒業するわけでしょ?」


「うん。小6だからね。当たり前だよ」


「じゃあ中学でもその……服はどうするの?」


「ん? ああ……そういうこと………」

 祈梨ちゃんは誰もが目が眩むような美少女だ。

 この子が頻繁に僕の見舞いをするものだから看護師の人から質問攻めを受けたことがある。

 つまりはこの病院で祈梨ちゃんの人気が密かに出始めているのだ。

 それくらいの美少女。

 そんな彼女は容姿でもてはやされたくなくて敢えて少年のような服装をしている。

 今もボーイッシュに黒の短パンに白シャツ、日射病対策のためか野球帽のようなものを被っている。

 髪型もできるだけ短くしているが、その努力はどうやら実っていないらしく相も変わらず愛の告白を受けているみたいだ。

 僕は見事に美少年だと勘違いしたという過去は流して、中学からはさすがに学校指定の制服になるはずだ。

 私服の学校もあるだろうがこの近辺にそんな学校がないことはさすがの僕でも把握している。

 僕が言いたいことを要約すると、ついに祈梨ちゃんがスカートを穿くことになるのかということである。


「そんなにボクが女装することに興味があるのかい?」


「女子が女子の格好をすることを女装って言っていいものかどうか」

『女装』という単語の意味を考えれば合っているんだけど………?

 合っているかな? あとで調べてみよう。


「普通な事を言わせてもらうけど、そりゃあ女子の制服を着るだろうさ。女の子が男子制服を着れるのは漫画やアニメだけだって。普通に怒られるよ、そんなことしたら」

 まぁ、そうだよな。

 でも、僕の中でどっちの祈梨ちゃんも見てみたいという謎の欲求が生まれつつあるのは僕が本当に変態になってしまったからだろうか。

 まさかの医月が言っていたことが伏線だったとでもいうのか。


「そんなに見たいなら見せてあげるよ」


「学ラン姿を?」


「あ、そっちなんだ……」

 若干、引かれている気がするのはきっと気のせいなんかじゃないんだろうな。

 なんだか居た堪れなくなり気を紛らわせるために辺りを見まわす。


 なんとなく視線を木に移す。

 なんとも立派な木だった。

 この木は落葉樹でもあるらしく葉がはらはらと舞い落ちている。

 確か落葉樹を植えるのは建物の南側だったか。

 夏には葉が生い茂って陽を遮ることに適していて、冬には葉が落ちて温かい陽の光が入ってくるからよくこういうふうに植えられいるとどこかで聞いたことがある。

 どこだったかと思い出そうとしていると木の側に、僕からだと少し死角になるところに人影を見つける。


 よく見ると白いワンピースに麦わら帽子を被った小柄な少女だった。

 その子は木のそばにただうずくまって一心不乱に地面を見ていた。

 じーーっと見ていた。

 何をしているんだとなんとなく好奇心が湧いてくる。


「どうしたの? お兄さん」


「いや、ちょっと………」

 僕は祈梨ちゃんを制止してその地面を見つめる少女のところに松葉杖をついて寄っていく。

 後ろからその子を覗きこむと何を見ていたのかがすぐにわかった。

 虫を見ているわけではなかった、彼女は穴を見ていた。

 木の近くの地面に小さな直径5ミリくらいの穴がいくつかあった。

 なんだこれを見ていたのかと僕の好奇心は満たされる。


 後ろで覗き込む僕に気付いたのか、少女は振り返りそして、


「………………」

 何も言わなかった。

 先ほどまでそうしていたように僕のこともじーーっと見る。

 それから立ち上がったと思ったらやはり見つめてきてから、


「…………なに?」

 散々観察した後、わけがわからないといったふうに疑問符を浮かべる。


「えっと、こんなところで何してるのかなって思って見てたんだよ。ごめんね、驚かせて……」


「………それより、あなたは……誰?」


「あ、ああ、僕は一円向介。ここの病院に入院しているんだ。君の名前は?」

 彼女は僕の自己紹介でなにか納得するものがあったのか「なんだ……知らない人か………」と呟いてから、


からもりなる。……忘れてもいいよ」

 どんな自己の紹介の仕方だ。

 そうツッコみたいのを抑え、僕は尋ねる。


「ここで何していたのかな、空森ちゃん」


「”鳴芽”で良い………」


「鳴芽ちゃん」


「”ちゃん”もいらない………」


「………鳴芽」

 あれよあれよの間に呼び捨てになってしまった。


「……向介。これ。なんだか………わかる?」

 あちらも呼び捨てらしい。

 別に良いけれど。

 鳴芽は元の姿勢に戻り地面に空いた小さな穴を指さす。

 やっぱりこの穴が何なのか興味本位で見つめていたのか。


「あーこれはね―――――」


「―――なんだよ、お兄さん。ボクを置いてナンパしてるなんて良い度胸じゃないか」

 僕が教えようとした瞬間にベンチで置いてけぼりをくらった祈梨ちゃんがさすがに割り込んできた。

 鳴芽からしたら答えを邪魔されたのでそんな祈梨ちゃんをジトっと睨む。

 見た目よりも精神年齢が低いらしい。

 大人しいせいもあって落ち着いている印象だったが、案外欲望に忠実なのかも。


「あっと、鳴芽、この子は僕の友達の……」


「それより……、この穴の真実を………」

 そんなに大層なものでもないんだけどなぁ。

 僕は鳴芽に側の木の幹を見るように指をさす。

 つられて祈梨ちゃんも見るが、そこにはまさにミンミンと鳴いている蝉がいた。

 この穴の正体はこうだった。

 よく蟻の巣の出入り口かと思われるけれど、この時期であれば成長した蝉が地上に出てくるためにできた穴なのだ。

 そのことを二人に伝えると、


「「へぇ………」」

 と、感心していた。


 大体の蝉は七年間地中で生息し、夏に地上に出てわずか十日くらいで天寿を全うする。

 この十日くらいで生殖をしないといけないのだから本当に大変だろうなとこれを知った時に思ったものだ。

 しかし、僕はなんでこうも蝉に詳しいのか。

 先ほどの落葉樹の知識だってそうだ、なんだか同じ人に教えられた気がしないでもないんだけど。

 はて誰だったか……。

 僕がうんうん唸っていると服をつんつんと引っ張られていることに気づく。

 祈梨ちゃんと鳴芽の両方から。


「決めたよ。ボクは蝉について研究する」

 目をキラキラさせて言う祈梨ちゃん。


「………ありがとう」

 疑問が解決できてすっきりした顔をしている鳴芽。


 女の子がこんなことでこうも食いついて興味を持つなんて意外以外の何物でもなかった。

 鳴芽は用は済んだとそんな感じで「………さよなら」と言って、僕たち二人に背を向けておもむろに病院のなかへと戻って(?)いった。


「一体、なんだったんだろうね、あの子」


「全くだよ」

 取り残された僕と祈梨ちゃんは顔を見合わせ同じことを思う。


「僕たちも戻ろうか」


「うん」


 これが空森鳴芽との出会いだった。

 僕が関わりを持とうとしなければ、出会うはずのなかった少女。

 運命的だと言えば陳腐が過ぎるけれど、このとき出会ってて本当に良かったと心から思う。


 思う日がきっと来る。

 半年もしないうちに。


「あ。思い出した」

 僕に落葉樹と蝉について教えてくれた人物を僕はやっと思い当たる。


 そうだった。


 医月が教えてくれたんじゃないか。





 ◆





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