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こル・ココる  作者:
第一章 『憎』
3/62

承諾した、そして追いかけた。

 



 ◆




 暦は五月。

 ゴールデンウィークを過ぎた頃。

 僕は特に五月病を患うでもなく、日々を過ごしていた。

 クラスメイトにも慣れ、先日の飛鳥田(あすかだ)(まつ)()というおかしな女子とも親交を深めていたりする。

 そんな何事も淀みなく過ごす僕にも心配事がひとつあった。

 それは、生徒会に入るか入らないか問題である。

 新入生次第で僕の運命が決まってしまう案件なので、実は気が気ではなかった。


 そんな折に。

 僕のクラスの担任であり、生徒会顧問でもあり、僕の弱みを握っている、(てん)(とう)(ひかる)先生の下へと参上つかまつった。

 用件は言わずもがなだろう。


 基本的に露草高校の校風が『文武両道』なので勉強の傍らほとんどの生徒がなんらかの部活に入っている。

 どれくらいかというと、生徒のおよそ九割が部活動生といった具合だ。

『文武両道』とは言っても文化部も豊富なのが起因しているのだろう。

 だから、無所属の帰宅部というのは少数派どころか、極少数派である僕なんかが天灯先生みたいな人に目をつけられのだが……。


 話は変わって。

 我が学校はゴールデンウィークまでは新入生の新入部員募集期間である。

 この期間のうちに新入生の大体は部活を決めることとなる。

 それは生徒会も同じのようだ。

 まぁ、そういうわけでゴールデンウィークも過ぎた本日この日に僕はこの先の学校生活がかかった運命の結果発表を先生に訊きに来たのだった。



 放課後、先日と同じように僕と先生は『生徒進路相談室』で向かい合うように椅子に座っている。

 今日は先生のトレンドである瑠璃色の釵が異彩を放っている。


「私としては非常に残念ではあるが今年の生徒会には十分な数の新入生が入ってくれた」


「顧問の先生が残念がっちゃダメでしょう」

 素直に喜べばいいのに……。

 どれだけ僕に入って欲しいんだよ……。


「それじゃあ僕は生徒会には入らなくてもいいんですよね?」

 無事に人が集まったのなら僕は必要ないな

 バイトも辞めなくて済みそうだ。

 脅されたからってそう簡単には更生しない僕だった。


「そうだな生徒会”には”入らなくてもいいぞ」


「えっ?」

 どういうことだ?

 生徒会”には”って……?

 まるで他にも企んでいることがあるような口ぶりだ。

 嫌な予感がぞくりとした。


「そうだよなぁ、一円。生徒会にたくさんの人が所属してくれるというのに顧問がそれを残念がっては駄目だよなぁ」

 厭らしく、本当に厭らしく笑う天灯先生。

 もはや教育に携わる人間のような顔じゃない。

 下僕をいたぶる女王のようだ。

 見たことはないけれど、思わずそう思わせる笑顔だった。


「お前には私がこれから新しく設置する組織に入ってもらう」

 嘘だろ………。

 こんなの詐欺だ。

 それもものすごく性質の悪い。


「まあ、組織とは言っても今のところ構成員はお前ただ一人だがな。言うなれば生徒会直属の部活ということかな」


「そんなの無茶苦茶じゃないですか……」


「無茶だろうとなんだろうとな、私は作らないといけないんだよ……。私はその部を、その存在を必要だと思ったからこそ作るんだよ。それが私の目的……本当の目的だ」

 そう言う先生はこれまでの余裕ぶった態度ではなく、どこか必死さがあった。

 天灯先生からはとても想像できない必死さだった。

 思わず言葉を失ってしまうようなそんな気迫。

 なにがそんなに先生を動かすのか興味が僅かながらに湧いてきた。


「先生がそこまでしてやることってなんですか?」


「『生徒お悩み相談室』。それが私がお前にやらせたい部の名前だ。そこでお前には生徒の悩みを解決していって欲しい」

 僕が……みんなの悩みを解決するだって………?

 そんなこと――――。


 僕は先生を見る。

 目が本気だ。

 とてもふざけているようには見えない。


「…………それで、僕は何をすればいいんですか?」


「だから言っただろう、私が作った部活に入って私に協力してくれ。これは脅しを使った頼みでも命令でもない、”お願い”だ」

 お願い。

 先生が僕にやらせたいことは分からないけれど、確かに先生は”お願い”と言った。

 教師が生徒に願いを託すのはそう珍しいことではないと思う。

『こうあって欲しい』『これをやって欲しい』という願いを教師が生徒に願うのは当然だろう。

 だってそれは生徒のためを想っての願いなのだから。

 でも。

 この天灯先生の場合の”お願い”は違う。

 確かに生徒の悩みを解決してあげるのは生徒のためを想っている。

 天灯先生は生徒のためを限りなく、この上なく、最大限に考えてくれているだろう。


 だけど『僕』のことは?


 僕のことはその生徒の限りには入ってはいない。

 だって僕は先生と同じ立場になるのだから。

 悩みを解決する側に先生は僕に求めている。

 それはすなわち、天灯先生は僕を生徒として諦めたということになる。

 そしてそれを僕自身に委ねている。

「私はお前を生徒として大事にしないが、私に協力してくれ」という願いを聞き入れるかどうかを。

 僕に委ねている。


「はあぁーーーー」

 静かにゆっくりと空気を精いっぱいに肺から押し出す。

 それから、目いっぱい酸素を吸い込む。

 そうやって心を落ち着かせる。

 心を決める。

 決心する。


「わかりましたよ、天灯先生」


「?」


「先生の”お願い”、僕が『受け入れます』」


 結局、僕はバイトを辞めなければならないらしい。


 ◇


 あの天灯先生との密度の濃い昼休みから時間が経って今は放課後。

 さっそくというか例の『生徒お悩み相談室』の部室へと向かうこととなった。

 なんだかトントン拍子にことが進んでいるようで一抹の不安があるけれど、これも自分の『性質』、つまりは自分の責任なので納得することにする。

 先生から部室は生徒会室の隣の空き部屋らしいので、まずはその生徒会室を目指しているのだが。


「………迷った」

 出だしから最悪である。

 生徒会室がどこにあるのか分からない。

 こんなことなら誰かに訊いておくべきだったと後悔はしない。

 何せ僕はどんなことでも『受け入れる性質』だ。

 後悔なんてもっての外だ。


 かといって誰かに道を尋ねない事には何も始まらない。

 冒頭の昼休みはなんだったのかという話だ。

 先生の前でカッコつけたけれど今から道を訊きに行くのは普通の人なら恥ずかしくてできないかもしれないが僕としては全然アリだ。

 しかしここで先生の自分への評価を自分で下げるのは今後のためにも良くないと思うし。

 幸い、迷ったと言っても一年間も通ってきた学校で校舎だ、廊下の窓からの景色で大体の位置情報はわかる。

 このまま虱潰しに探し回るのもいいかもしれない。

 今は五月で校内見学をするには遅いだろうし、僕は二年生なので尚のこと遅いだろうが。

 なんとかなるだろう。


 と思いつつも誰か人はいないか探してはいるけれど、放課後のせいなのか、元々人があまりこないエリアに自分はいるせいなのか分からないけれど、とにかく誰とも会わない。

 もしかして僕以外の生徒及び先生方はもう帰ってしまっているのではないのか。

 なんて大袈裟な考えはすぐに打ち砕かれた。


 人がいた。

 そりゃいるだろう、なにが僕以外の人は帰ってしまった、だ。

 我ながらバカだと呆れた。


 とはいえ、僕の今いる廊下の先に人――女子がいるのは間違いない。

 どうやら彼女が履いているシューズの色からピカピカの一年生らしい。

 上級生の僕が下級生の彼女に校内の道を訊くことに全くの抵抗がないのが実に僕らしい。


「あのーすみません」

 僕は彼女と何歩か分、離れたところで話しかける

 前からやってくる後輩に対して話しかけるにはやや遜り過ぎかな。


「………………」

 無視された、完膚無きまでに。

 後輩女子はそのまま歩くペースを微塵を乱さず、僕の横を通り過ぎる。

 難聴なのかと疑ってしまうほどのシカトっぷりだった。


「ねえ!君のことなんだけど!?」

 少し強引かもしれないけれど彼女の肩を掴んでこちらに体を向けさせた。

 だけど、顔だけは自分が進んでいた方向をいまだに向いていた。


「どんだけあっちに行きたいんだよ!」

 怒鳴るみたいな言い方になってしまった。

 これから道を尋ねる人間のそれではないが、彼女もまたこれから道を尋ねられるそれではなかった。

 誠に勝手だが。


「………さっきからなんなんですか。……鬱陶しい」

 年齢の割に可憐さがにじみ出てない、抑揚のない平坦な声だった。


「やっと振り向いてくれたか……」

 っていうか反応的に気づいてはいたのか………。


「あなたは誰ですか?」


「えっと、それは………」


「見る限り変態のようですけど………」


「そんなわかりやすい変態がこの学校にいるかよ」

 もちろん僕は変態じゃない。

 そもそも僕のどこを見て変態だと判断したのか、非常に気になるところだ。


「……………………………………………」

 なぜか、長い沈黙が僕と彼女の間で流れる。

 僕が彼女を呼びとめて、それに彼女が振り向いた状態での沈黙なので自然と見つめ合う形になってしまう。

 よく見てみるとショートカットのせいか幼く見える彼女の顔立ちは、目とか鼻とかすっきりしていて綺麗だと思うが、ただひとつ欠点を挙げるとすれば、それは彼女が表情を全く崩さないことにあるだろう。


「……………………………………………」

 何秒経ったか判然としない間、なにやら考え込んでいた謎の後輩女子はくるっと僕に華奢な背中を向けて再び廊下を歩きだす。

 僕を置いて。


「ちょ、ちょっと待って!僕は君に訊きたいことが………」


「私にはありません」

 そりゃそうだろうけど……。

 とにかく僕は彼女を追いかける。


「なんで逃げるんだよ?」


「知らない人から話しかけられたら逃げるのは当たり前です」


「それはさぞかし苦労する人生だね」

 知り合う前は誰だって知らない人だろうに。

 まさかとは思うけど、僕以外にもこんな対応していないだろうな。

 会ったばかりだというのに少しこの子が心配になってきた。


「とりあえず、名前でも教えればいいのかな?僕の名前は一円向介、二年一組だ」

 背を向けた女子を追いかけながら自己紹介をする日が来るとは思わなかった。


「下の名前で呼んでくれたら嬉しい」


「そうですか。それでは変態先輩」


「話聞いてた?」


「ちゃんと聞いてましたよ、失礼ですね。へんたい先輩」


「どんなルビの振り方だっ。どれだけ僕を変態扱いしたいんだよ」


「向介先輩(変態)」


「意味深だな!」

 どうしよう、話が全く進まない。

 名前を教えるだけでこの苦労だ。

 なんだか彼女の方がこちらを拒んでいるように思う。

 だけどただの拒絶ではなく、徹底されていない拒絶だ。


 これは僕の予想なんだけど、何やらこの子は迷っている。

 他人を撥ねつけようとはしているけれど、それがうまくいっていないようなそんな感じだった。

 こういう人を天灯先生は助けたいのではないか、となぜかこの時の僕は思ってしまった。


「どこまで付いてくる気なんですか、いい加減にしてください」


「どこまでって………。僕はただ君に訊きたいことがあるだけなんだ。別に君に迷惑をかけようとか、困らせようとは思っていないよ」

 だけど、階段でも廊下でもどこまでも彼女を追い回している時点で迷惑はかけているのかもしれない。


「はぁ………、分かりました。先輩の質問を聞いてあげます。私の微力でなんとかできるかは分かりませんが」


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、それでも足は止めないんだな」

 そんな苦情を出したらいきなり彼女はピタッと止まった。

 僕は彼女のすぐ後ろを歩いていたのでぶつかりそうになる。


「………………」

 黙っているということは質問を受け付けるということなのかな。


「僕は生徒会室に行きたいんだ。どこにあるのか知ってる?」

 念願の質問ができたとき僕は彼女がどんな顔をしたのか分からない、なぜなら彼女は依然として僕に背を向けたままだったからだ。

 だからここからは僕の想像でしかない。


 彼女は呆れながら人差し指を立てながらすぐそばにある教室を示す。

 そして、今まで通り平坦な口調で僕にこう言うのだった。


「ここですよ?」


 どうやら僕は迷惑をかけてしまったし、困らせてしまったようだ。

 名も知らない女の子を。




 ◆




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