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こル・ココる  作者:
第四章 『愛』
28/65

談後いつつめ 失敗からの心意気。


 ◆




「わたしのこと好きじゃなかったんだね」


 これは遠い過去の記憶。

 とは言ってもほんの二年前の話。

 彼女の名前はこうじろ

 引っ込み思案な性格をしていてとても大人しい。

 そんな彼女がある日突然僕に告白をしてきたことには相当驚いたものだった。

 元々、いじめを受けていた彼女を僕と代が協力して助けたことがきっかけだったのだろうか。

 なんであれ、僕を好きになってくれる奇特な方もいるもんだと当時は思っていた。

 そのうちすぐに愛想を尽かすだろうとも。

 結果そうなった。

 僕はただ彼女の心を弄んだだけだった。

『好き』という言葉に込められた想いに気づけずに、僕はそれに相応しい態度で応えていなかった。

 最低だった。

 屑の極みだ。

 もう一度やり直せるならやり直したい。

 神代の想いに真剣に応えたい。


「無理ですよー、せんぱいにはー、」


 そんなことない。


「またー、傷つけるー、だけー、ですよー、」


 そんなことないって。


「こー、かいしますよー、」


 そんなことないってば。


「そー、です、よねー、せんぱいはー、こー、かい、したことないー、ですもんねー、」


 そんなことないっていってるだろ!!



 ◇



「………………」


 目が覚めるとまず聞こえてきたのは男性と女性の話し声だった。

 久しぶりに目を開けたことで眼球に入ってくる蛍光灯と陽の光が痛い。

 ぼやけていた視界が定まると右には白衣を着た医者と左には独特の白い衣装に身をつつむ看護師がいた。

 つまり、僕は病院のベッドで眠っていたのだと理解する。

 僕の意識が戻ったことに気付いた女性の看護師が顔をのぞいてくる。

 身じろぎひとつ出来ないでいる僕はただされるがままに眼の状態を確認される。

 それで意識に問題がないことを医者に伝え、その医者が僕に大まかな状況説明をしてくれた。


 学校の屋上から落ちたこと。

 しかし、一命はとりとめたこと。

 全治三カ月の怪我を全身で負ったこと。

 家族には明日から会わせること。

 そして。

 僕が十日間も意識を失っていたこと。


 今後の入院についてのあれこれを簡単に説明を受けて、その日はまた眠りについた。

 なにせ十日も意識不明だったのでひどく衰弱しているらしい。

 目を覚ましたその日に家族に会えないのもそのせいだった。

 あんな高いところから落ちてよく生きているものだな、僕って。

 運が良いのか、はたまた悪いのか。

 しばらく僕は悪夢を見そうだった。



 ◇



 次の日になると午前中には両親が顔を見せた。

 僕が無事に目を覚ましたというのに涙ひとつ見せず、軽快に笑っては「夏休み潰れたな」と僕のことをおちょくってきた。


「心配なんて二日で飽きた」


 そう言われたときはあまりにも両親の人間性をよく表してたので思わず笑ってしまった。

 三十分も経たないうちに僕がしばらく世話になる病室から出て行き、その間際にハルが死ぬほど気を揉んでいるということを聞き、僕は対応をどうするか悩むこととなった。


 その日の午後。

 件の人物であるハルことももかどはるが僕のもとへとやってきた。


「コウ…………」


「ハ、ハル………?」


「っ…………コウ!!」

 ハルは病室に入ってくるなり僕の名前を呼んでは嗚咽を漏らしながら泣いてくれた。

 いつも明るいハルが僕のために泣いてくれていることに罪悪感を覚えるとともに、心のどこかでは嬉しくもあった。


「ひぐっ、ひっぐ、ひっ、っ、ひぐっ………コウぅ……」

 ハルは泣くだけ泣いてその日の面会時間が終わった。


 ………泣き過ぎじゃない?



 ◇



 その次の日。

 昨日と同じような時間にハルはまた面会へとやってきた。


「えへへ……昨日はごめんね。見苦しいところ見せちゃってっ」

 ハルは照れながら僕が寝ているベッドのそばにある椅子に座る。

 現状、僕は首しか動かせるところがないので顔を向けることしかできなかった。


「それは、いいけれど。いいんだけれど。こっちこそごめんな。誕生日祝えなくて」


「へ?あ。ああ!えっと、そんなこと気にしなくてもいいよっ。……えーっと、ほら!あたしにとってはコウが生きてるってだけで嬉しいよ」


「そ、そうか?退院したらちゃんとしたプレゼントあげるからさ」


「だから気にしなくていいって。少なくとも今は、ね」


「そういえば誕生日以前にバスケの試合。応援の約束も守れなかったな。本当にごめんね」


「………………うん、いいよ。『今回』のコウの怪我はコウのせいじゃないんでしょ?だから謝らなくても………いいんだよ?」

 影が差した、ハルの表情に。

 そんな気がした。

 だけど、それに気を配るほどの暇を与えないくらいすぐにハルはいつもの明るい顔に戻る。


「結果はどうだった?」


「それはもう大活躍だったよっ!コウのことで調子を狂わせるあたしではありません!」


「あはは、さすが」

 やっぱり気のせいだったか。


「そういえば聞いときたいんだけど、ハルはなんで僕が"こうなっているか"知っているんだよね?」


「うん、大まかにだけど。確か空に飛んでった風船をキャッチするために屋上から落ちたんだよね」


「うん、全然違うね。大まかに何を聞いてたんだよ」


「あれ?ちがったっけ?あたしってばコウが大怪我したことにばかり目が行っちゃってさ。ダメだねこりゃ」


「そんなんで僕がなんで入院しているか聞かれたときどうなってたんだよ」


「風船が恋人な人?」


「医者も両手を挙げるよ」

 まったく。

 人の心配し出したら変な方向におかしくなるやつだ。

 それはそれでハルらしいと思えてしまうのだから困ったものだ。


「えとえとえとえーと?屋上から落ちそうになった女子生徒を助けようとして代わりに落ちたんだっけ?」


「多分そうだね。あまりその時のことよく思い出せないんけれど。………その後のことは知らない?」


「その後?」


「その女子生徒がどうなったのか何か知らない?」


「うーん、どうだろ。実はコウのこと地方のニュースで流れてたりするんだけど」


「まじで?」


「うん。でもその後のことは分からない。あたし、学校ちがうわけだし」


「それもそうか………」


「そこらへんは代ちゃんとかに聞くしかないでしょ。コウがもう少し元気になったら家族以外にも面会できるようになるって聞いたし」


「………そうだな」

 地方とはいえニュースになるなんて、そこまで大事になるとは、とか思ったけれど実際に大事だったわけだ。

 人が死ぬところだった。

 しかも学校で。

 自分がどれだけ大きな問題に向き合っていたのか今更ながら実感し、一歩間違えれば……と寒気が走ったけれど僕の『性質』がすぐに打ち消した。


「ところで今日って平日だよね。それにしてはハルは制服着てないんだね。一回に家にでも帰った?」


「いやいや何言ってるの、夏休みだからに決まってるじゃん」


「あ」


「まぁ、草高の夏休みは八月からだからまだだろうけど。もうそろそろ七月も終わるからね」


「そっか。なんだかちょっとしたタイムスリップをした気分だ」


「十日も意識失えば仕方ないか。それにしても残念だねー。来年は受験生になるわけだし、最後の夏休みと言っても過言ではない時期に病院で過ごさないといけないなんて」


「全治三カ月って言われたし、最高でもそれくらいは入院しないといけないわけか。別に予定もなにもないから惜しいという気持ちもないや」


「何言ってるの。惜しいに決まってるじゃん。あたしはコウと海とか街とかいろんなとこに遊びに行きたかったのにな~」


「ハルの水着姿か」


「惜しいでしょ?」


「たしかに」

 そう言って笑い合った。

 正直、傷に響くけれど。

 このときのハルとの他愛のないひとときが僕に死ななくて良かったと初めて思わせてくれた。


「ハル。なんか……ありがとう」


「いきなりどうしたの?」


「なんだかお前に言いたくなったんだ。仕方ない」


「あははっ。仕方ないね。それだったら」



 ◇


 それから数日後。

 僕への面会が家族以外にも許されるようになり、久しぶりにそして漸く僕は学校の人と話ができるようになった。

 それで初めて来たのが天灯先生だった。


「よう。死に損ない。もちろんこれは冗談だ」


「さらっと冗談で済まさないでください。事実だけに結構心にキますよ?」

 最近ではすっかりハルの特等席となったベッド横に備えられている椅子に先生は腰を落ち着かせる。


「やっとお前に会えるようになったんだ、これくらい言わせろ。お前に会えない間、私がどれだけ辛い思いをしたかわかっているのか」


「単純にストレスの捌け口を失って辛いだけですよね」


「………………」


「否定しろよ」


「しかし、本音を言わせてもらうとだな心底ほっとしているぞ、私は」


「それはまた何の冗談ですか?」


「生徒がまた死ぬかと思った」


「…………え」

 このときばかり、先生の顔が悲しさに歪むことがあるのかと信じられない瞬間はなかった。


「それはそれとして。お前が数カ月学校に来れないとなるとクラス全員がそろう日はまたもや遠くなったということだな」


「………ああ、曜さんが通い出すのは二学期からでしたっけ。僕は文化祭にならないと無理だからそれまでは我慢してもらわないとですね」


「九月の体育祭は無理だろうしな」


「行事については追々話すとして、『今回』のことは学校ではどういうことになっているんですか?」


「なんだ気にしてるのか?そんな大したことにはならんよ。差し詰め屋上封鎖、フェンスの改築くらいだよ。変わることといったらな」


「茜音さんは?」


「………………」

 僕が気になることはまさにそれだった。

 茜音さんの行動によって学校側は対応を余儀なくされ、僕のことはニュースになっている。

 そして、僕は意識不明だったがために茜音さんを庇うことできなかった。

 彼女がどういった処置をとられたのか、気にならないわけがなかった。


「退学したよ」

 先生から発せられた言葉は信じがたいものであったが、僕はすんなり飲み込んだ。


「学校がそう処分したんですか?」


「違う。自主的に華村がそうした。『今回』のことは確かに問題になっているが、それは学校側の設備の問題であり華村に責任を負うものではなかった」


「だけど退学したんですね」


「お前らのことは医月と華村の話から大体ことは理解している。お前が華村の相談を受け、その後仲良くなり、屋上で告白され、今に至る、と」


「大体そんな感じですね」


「だから一応止めたんだ。そこまでしなくていいって。だが、アイツは聞かずに学校をやめていった。当人にしかわからない、気持ちというものがあったのだと思うが、………お前にはわかるか?」


「…………いいえ」


「だろうな」

 お前はそんなやつだよ、と先生は続けた。


「やはりお前には荷が重かったのかもしれないな、悩み相談なんて」


「それは………正直、否めません」


「お前は他人の気持ちを考えてやれる奴だ。だが、お前には『心』というものがわかっていない。考えてやれるが、わかってやれない。『今回』はそんなお前のボロが出たと言ったところかな」


「『心』。そう、僕にはわからない。必死になって理解しようとしても僕はいつも失敗するんです。何かを見落として、何もかもを見逃して、何度も失敗するんです」

 さながらイカロスのようだった。

 翼を求め、紛いものを身につけ羽ばたくも、落ちていく。

 僕だった。


「『今回』が初めてじゃない。相手の『心』を見誤って、気持ちを蔑ろにしたのは。………ねぇ先生。ずっと思っていたんですが、僕に『ココロ相談室』は相応しくないんじゃないですか?『心』もわからない僕なんかでは」

 いい加減うんざりしたのかもしれなかった。

 相手の『心』に近づいて、身も心も傷つくのは。

 いくら僕の『性質』と言えど、とっくに懲りてもいいくらいの酷い目には過去何度も遭ってきた。

 疲れたと言ってもいいかもしれない。

 曖昧な言葉でしか表現できないのは、自分自身の『心』でさえもわからないから。

 本当。

 僕は何がしたいのだろうか。

 どうかこんな僕を見限ってほしい。

 天灯先生から「お前には向いていない」とそう言ってほしい。

 どうか。


「だからこそ、だよ。一円」


「え?」


「だからこそお前なんだよ。それだけ真剣に相手の『心』と向き合おうとしているお前だからこそ荷が重かろうと『ココロ相談室』に相応しいんじゃないか」


「………………」

 僕が望む言葉をこの先生が言うはずもなかった。

 まったく正反対じゃないか。

 それなのに、なぜこうも。

 胸がじわっと熱くなるのだろう。


「『心』なんてものは理解できるものではないんだよ。気持ちを履き違えて、想いがすれ違って、言葉を間違えて、互いに私たちは傷つけあうものだよ。私が一度でも『心』を理解しろなんて言ったか?違うだろ。私は"お前に"やってほしいと頼んだだろう?難しいことを考えるな。お前の悩みなんて当たり前のこと、なんだからな」


「…………は、」

『はい』と返事がしたかったのに、このときの僕はなぜかそれができなかった。

 何かが喉の奥に突っかかって、何かが溢れそうになる。


 僕は当たり前のことをやっていたんだ。

 そう思うだけで僕は嬉しくてたまらなくなった。



 ◇



 先生からそのうちクラスの人も見舞いに来させるとのことで真っ先に来たのは代だった。

 思えば事の発端は代であったなぁとか呑気に僕はアイツとの面会に構えていた。

 甘い考えだった。


「お前ふざけるなよ」


「…………ッ」

 久しぶりに会う親友の顔は怒りに染まっていた。

 いつも無愛想なだけに感情がここまで露わになるのは初めて出会ったとき以来かもしれない。


「俺はあれだけ言ったよな?無茶すんなって!それがなんだこの体たらくは!少しは身の程ってもんを考えやがれ!!」


「…………もちろん、ここまで大怪我をするなんて僕も思わなかった。けれどなんとか死なずに済んだから良かったじゃないか」


「『良かった』なんて言葉使うんじゃねぇ。今度そんなこと言ったらぶっ殺すからな」


「な、なにをそんなに怒ってるんだよ。お前はハルみたいに僕のために泣いてくれないのか?」

 代が怒るなんて珍しいから僕はこのとき戸惑っていたのかもしれなかった。

 こんな茶化すようなこと言うなどもってのほかだった。


「その晴夏がどれだけ………ッ!お前が目を覚まさない間、どれだけ晴夏が酷かったのか知らねぇのかよ!」


「酷かったなんて………。ハルは僕と会った日はそれはもう泣いて、泣いてばかりだったけど、次の日には元のハルだった」


「お前が屋上から落ちてから二日ぐらいだ。二日でアイツは見違えるほどに変わっていたんだぞ!!目は真っ赤に腫れて、見た目からは生気がなくなっていた……、あの元気で明るい晴夏がだぞ!?お前はそれでも死なずに済んで『良かった』なんてほざけんのか?あぁ?!」

 二日で。

 親の言っていた"心配は二日で飽きた"という言葉は僕よりも側にいたハルのことを心配したという意味かもしれなかった。


「え………あ……いや…………」

 そして言えるはずもなかった。

 僕にとってはハルは大事な人で。

 名前の通り、夏の晴れた日のように遮りたくなるくらい明るく僕を照らしてくれている。

 そんなハルに対して言えるはずも、ない。

 死ぬほど心配をかけた相手に向かって『死んでないから良いだろ』みたいな言葉を、なんて。


 恩人に対する罪悪だ。


「代………、ひとつ聞いてもいい?」


「なんだよ」


「ハルの……バスケの試合はどうだったか知ってるか」


「………………」

 あれだけ熱く怒鳴り散らしていた代が急に黙りこむ。

 言うべきかどうか考えあぐねているようだった。

 一度冷静に落ち着いたせいか代は元の調子でぶっきらぼうに答えた。


「出られなかったようだ」


 "再来週の日曜に県大会が近くであるから絶対に応援に来てよ!!"


「お前が原因で明らかにハルの部活への熱心さはなくなって………」


 "おーどんとこい"


「メンタルの状態も芳しくないってことでレギュラーを降ろされたらしい」


 "それはもう大活躍だったよっ!コウのことで調子を狂わせるあたしではありません!"


「僕は…………」

 ハルに嘘を吐かせてしまった。


 ハルがどれだけ部活に対して真摯に頑張っているのか僕が一番知っているはずなのに。

 その僕がハルに部活のことで嘘を吐かせてしまった。

 僕が気に病まないように気を遣ってくれた。

 本当は自分が辛いはずなのに。

 それなのに―――――。


「代」


「なんだよ、コウ」


「僕には後輩がいてさ。その子は僕のことを『愚鈍先輩』って呼ぶんだ」


「………………」


「愚かしいほどに鈍い。まったくその通りだね。僕は反省するよ。これまでのことを。どれだけ自分が周りに影響を与えるかなんて考えてもみなかった」


「………………」


「僕のせいで僕の知る人が不幸になるなんて嫌だからさ、僕は変わることにするよ」


「………………」


「僕は『僕』を大事にする。そこから始めようと思うんだ。どうかな、代」


「…………いいんじゃねぇの」

 素っ気ない答えはいつものことだけれど、顔は満更でもないといったふうだった。


「精々、俺や晴夏を不幸にするんじゃねぇよ」


 そういえばそうだった。

 茜音さんに代のことで教えていなかったことがひとつあった。


 僕の親友は素直じゃない。



 ◇



「死んでませんよね!?」

 第一声にそう言ったのは白城さんだった。


「そうじゃないから入院しているんだよ?」

 僕の親友とは違ってこちらが引くくらい心配をしていたような様子で僕の病室へとやってきた。

 本来のお見舞いって普通はこうだよなとか思ったりして僕は白城さんを落ち着かせる。


「ごめんね、白城さん。ホント驚かせたよね、色々と」


「まったくですよ………。屋上から落ちたって聞いたときは泣きそうになりましたし、それから一命を取り留めたと聞いたときも泣きそうになりましたもん」


「結局、泣いてないんだね」


「え?あ、いえいえ、泣きました泣きました!それはもう盛大に」


「そ、そう………、それは、とてもありがとう………」


「?……どういたしまして?」

 首をかしげる白城さん。


「倉河くんはもう来ましたか?」


「うん」


「怒られたんじゃないですか?向介くんが入院してからずっとピリピリしていましたから」


「お察しの通りだよ。初めてあんなに怒られちゃった。まぁ僕の不徳の致すところだったし、こんな僕を叱ってくれるアイツには感謝だよ」


「なんだか良いですね……、男の子の友情って」


「そんな大層なものなのかな」


「向介くん。それにしても体中包帯でぐるぐるです」


「そうだね。両足の骨は片方は折れているし、もう片方はひびが入ってて、肋骨も何本か。左腕の肘は脱臼していて、他にも打撲やら何やらがいろいろ……。今無事なのは右腕くらいかな」


「怪我しまくりですね。………無理もありませんが」


「四階から地面に打ち付けられれば当然………いや、全然当然じゃないや。よく生きてるな。そこまで頑丈な体はしてないはずだよ、僕」

 頭を打たなければその高さから落ちても死なないものだろうか。

 もしそうだったら自殺未遂も多分にして起きそうだけれども。


「え?聞いてないんですか?向介くんが助かったのって落ちた先が比較的柔らかい花壇の土だったからなんですけど………」


「な、なんだって!」

 そういえば茜音さんと屋上で最初に話したことが、

『ここから花壇が見えるんだね。ほぼ真下になるけど』だった。

 そうか、僕は自分で自分の命を救ったみたいなものなのか。

 あるいは僕と茜音さんの二人で。

 滑稽と言うか皮肉と言うか、どんな運命の悪戯だ。


「倉河くんの気持ちなんだかわかりますね」

「え?」と僕は声を上げる。


「まるで他人事みたいですよね、向介くんって。他ならぬ自分のことなのに。そんなだと心配するこちらとしては拍子抜けというか空振りしたような妙な虚しさを感じます。もっと自分を思い遣ってくださいね」


「う、うん、ごめん、わかった」

 行動の理由を他人に求める、他人本位な僕には耳が痛くなるような言葉だった。


「だからといことでもないんですけど、向介くんの気持ちを聞かせてもらってもいいですか?」


「僕の気持ち……?」


「はい。こちらが向介くんを心配したように、向介くんにも心配事や悩んでいることがあると思いまして」


「それは………、でもそんなこと白城さんに言っていいものか」


「言ってもいいんですよ―――逆に言わなくてもいいんですが。向介くんはわたしのことを友達だと思ってくれているんですよね?」


「もちろんだよ」


「それはわたしも同じですよ」

 そう言って彼女は唯一無事である僕の右手を両手でぎゅっと包み込んで自分の方へと寄せる。

 祈るように目を瞑りながら。


「友達だから言ってもいい。友達だからそれを強要もしない。どうぞ。お好きに」


「ぼ、僕は―――――」

 僕は本音を呟く。


「僕は茜音さんのことを助けられなかった。それが心残りかもしれない。こんな僕が"心残り"だなんておかしな話だけどね」

 白城さんは黙って聞いてくれる。

 なにも偽らなくてもいいんだという安心感にも似た何かが僕をおかしくさせた。


「考え出すとわからなくなる。茜音さんを間違った方向へと導いてしまったのかもしれない。僕は"きちんと"助けられなかったんだよ。あんなに辛く苦しんでいたのに。僕は彼女が助けを求める手を振り払った。自分は人を傷つける人間だから、と言い訳をして僕は彼女を拒絶した」

 または例外だからと言い訳した。


「僕はまだまだ未熟なんだ。そう思い知らされた」


 僕たちは神様じゃない。

 そんなのはわかっているけれど、ついつい欲張りになってしまう。

 最善を尽くし最高を求める。

 力不足のくせに。

 だから悔しさが残ってしまう。

 後悔が生まれる。


「未熟なのはみんな同じですよ」

 白城さんは目を閉じたそのままの姿勢で言う。


「どれだけ年をとっても、知識をつけても、経験しても、偉くなっても、失敗して反省しても、成功しても、未熟のまま生きて未熟のまま死んでいく。生涯未熟。わたしはそれが人間だと思います」


「未熟なのが………当たり前」


「自分で思うよりも向介くんは人間してますよ。どこにでもいる普通の人間を」


 僕が考えていることは大したことでもないのだとともすれば言われているかもしれない。

 いや、それでもいい。


 僕がなぜ他人本位になるのか。

 単純に憧れているからなのかもしれなかった。

 僕には無いものをいくつも持っている彼ら彼女だから、羨ましい。

『心』が、うらやましい。

 そう思う僕が普通と言われて嬉しくないわけがない。

 白城さんは僕のことを『普通』と呼んでくれる。

『凶器』とも『ずる』とも『長所』とも『不気味』とも呼ばれる『性質』を持つ僕をそう呼んでくれる。


 ありがとう。


「こんな僕のためにありがとう、白城さん」


「『こんな僕』じゃないですよ向介くんは。みんな向介くんのことが好きなんですよ。『受け入れて』くれることがどれだけ相手を安心させるか覚えておいた方がいいですよ?」

 話を聞いてもらったときに感じた安心。

 それを僕がみんなに与えられているのだとしたら。

 だとしたら、いいな。


「あとひとつだけ」


「ん?」


「向介くんは誇ってもいいです。身を挺して人を"助ける"なんて誰にでもできることじゃありませんよ」

 これは球技大会のときに僕が白城さんにかけた言葉だった。

 なるほど。

 僕は助けられたんじゃないか。

 少なくとも命だけは。

 生きていればいつかは前を向ける。

 そう思うと僕の中での落とし所が見つかり、なんだか心が晴れた気分になる。

 ここで初めて気づく。

 なんだ僕は励まされていたのか。


「向介くん。『はやく良くなってくださいね』」



 ◇



「死んでいないんですか、残念です。これはもちろん冗談です」


「だから冗談に聞こえないんだってば、医月」

 次に備え付けの椅子に座るのは満を持して我が『ココロ相談室』の唯一の部員と呼ぶべき僕の後輩。

 すなわち医月沙織だった。


「なんだよ、医月的には僕は死んでいたほうが良かったのかい?」


「………………」


「だから否定しろよ」


「それで。これからおちゃらけた会話を少し繰り広げた後、シリアスな話に持っていくのが定石なんですよね」


「そうかもしれないけど、いざそれを言葉に出されるとやり難いことこの上ないよ」


「ただし私はここであろうことか先輩に謝ります。感謝してください」


「ありがとう…………じゃなくて、謝るって、どうして医月がそんなことしなくちゃいけないんだよ」


「私は『今回』に関してほぼ全部先輩に丸投げしたからですよ」


「それは…………」


「ほぼじゃないですね。私は華村先輩が相談に来たあの日からずっとあの人を避けてきました。あの人どころか先輩のことも、です」


「君は最初に聞いたのかい?茜音さんの『あれ』のことを」


「はい」

 飾りもせず素直にうなずく。


「正直言って気持ちが悪かったです、本当に。あそこまで詳細に人の行動について書き込まれているなんて、そしてそんな犯罪染みたことをしている人に協力させられそうになるのがとにかく怖かったです」

 言葉では伝わりづらい、実際に目の当たりにするからこそその『狂気』を味わえる。

 おそらく医月の中にある倫理観や常識が茜音さんを拒否した。

 それが一般的な反応で、だから僕は茜音さんに告白された。


「先輩は平気そうでした。だからいつものように『受け入れた』んだと思いました。でも、それを知ったのは後になってからなんですよね」


「うん、あの日の屋上でメモ帳を見させられたよ。ああ、だから医月はああも怯えていたのかとその時思った。らしくもなくね」


「ええ。そして私は先輩があんなことになったとき後悔しました。もっと早く先輩に華村先輩のことを教えていれば、と」


「教えていれば?」


「少なくとも先輩はこんな有様にはならなかったかも、と。私は後悔しているんですよ」


「それにしては坦々と話すよね。やっぱり冗談なのかな」


「冗談じゃないですよ」

 医月は真っ直ぐに僕を見つめる。

 何を思ってかはわからないけれど。


「何日も後悔していれば立ち直りもします。それくらいわかってください」

 愚鈍先輩もここに極まれり。

 それもそうか、医月はもう立ち直って前を向いているのか。

 後悔をあまりしてこなかった僕は、だからよくわかっていなかった。


「浅はかだった、ごめん」


「いえいえ」

 今日の医月はなんだか優しく僕に対して毒を吐くことはなかった。


「それで、これからのことなんですが」


「これから?ああ、部活のことね。可能な限りでいいから部室にいてくれないかな。夏休みになるとは言っても相談者は来るかもだし」


「それよりも。シリアスな話は終わったのでこれからおちゃらけた話をしましょう」


「どこまでもおちゃらけてるのは君だから」


「なぜ人間は自分たちの首を絞めるかのように環境や同族を破壊し殺すのか話しましょう」


「妙に現実的で妙に重たくなる話題だな」


「ロリとはどこまでを言って熟女とはどこからを言うのかについてが先輩にとっては良かったですか?」


「興味ないよ、そんなこと」


「つまり、なんでもイケると。………これ以上私に近づかないでください」

 やっぱり優しくなんてないかも。


「私は先輩がロリコンか熟女専門かだと思っていたから、安心していたのに」


「人生を走馬灯のように振りかえってみたけど、全くそんな素振りはみせていないはずだ。君は何を根拠にそんなふうに思ったのか教えてよ。改善するから」


「名前が…………」


「どうしようもない!?」


 なんということか見事に医月の言う通りにおちゃらけてしまった。

 ここが病室ではなくいつもの学校の部室であるかのような錯覚をしてしまってなんだか楽しかった。

 最後に、


「先輩、それはそうと花壇には何を植えるんですか?ずっと保留にしていましたよね」


「決まったよ。入院してると暇で暇でしょうがないから」


 "ワタシが好きな花は桜なの"


 さすがに桜は無理だけれど、もう屋上から見ることもないかもしれないけれど。

 僕はやはりあの人のためにあの花壇を綺麗な色で彩りたかった。

 嫌な思い出を吹き飛ばせるようなそんな綺麗な花を、今はもう去ってしまった茜音さんに送りたい。


「秋桜。コスモスをあそこには植えたい」


 結局、何もしてあげられなかった代わりにせめてこれくらいはしたいと思う。

 とは言っても今の僕はこんな状態でやはり代理を頼むしかないけれど。


「医月。頼んでもいいかな」


「いいも何もありませんよ」


 つまりは了解、と。

 今度は白城さんにも頼んでみよう。

 代もいいかもしれない。


 これだけは何がなんでもやり遂げるんだ。

 なんとしても。



 ◇



「なんだかこうやって話すのって久しぶりだねー」

 無理矢理、平気な様子を見せながら僕の見舞いにやってきたのはアスカだった。

 彼女の妹で美少女である祈梨ちゃんのことを僕はあろうことか弟だと間違ったことから、シスコンであるアスカはそのことを怒って僕とはその日以来口を利いてくれなかった。

 僕が思うことではないが、そのことに怒るのはやや常軌を逸しているのではないか。

 まぁ、所詮は愛するべき兄弟姉妹を持たない一人っ子が思うことだから持つ者からすると常識なのかも。

 ………常識であってほしいな。


「いいのか、こんな僕と話していて」


「死にかけた相手に対してまで意地を張るほど頑固者ではないよ」


「………………」

 二週間くらい意地張っている人は頑固者ではないと僕はこのとき初めて知った。


「祈梨からも言われたしねー、割とキツく」


「それはそれは………」

 ご愁傷様です。

 実際にその時のことを思いだいたのかなんだか落ち込んでいる。

 どれだけご執心なのかと。


「今日はその子と来るつもりだったんだけど『ボクに頼ってないで、自分でなんとかしてよ』と言われまして」


「………よろしく言っといてよ、僕は元気だって」

 祈梨ちゃんの方が姉なんじゃないか?

 妹の話になるとどんどんアスカのイメージが崩れていきそうなので話題を変えよう。


「学校でなにか変ったことない?」


「変わったこと?うーん、変わったことねぇ」


「いや、別になければいいんだけど」


「ううーん、強いて言えば茜音ちゃんのクラス―――五組がね、なんだか元気ないみたいで」


「元気がない?」


「元気というか、活気というか。前よりマシにはなったけど、なんだかちょっと物足りないって感じなのかな」


「それはやっぱり茜音さんの退学が原因で?」


「まー、それしかないんだろうけど。茜音ちゃんって学級委員長だったからね」

 そうだった。

 彼女はクラスのリーダー的立場で球技大会だろうとテストだろうと率先して頑張っていた。

 そんな引っ張ってくれていた人間を突然失くしたクラスが立ち直るには時間がかかるだろう。

 友達だって当然いたはずで、唐突な別れになってしまっているはずだ。

 それなのに、僕は。


「また何か考え込んでる?」


「そうだね、考え込むよ。それが僕みたいなところがあるし」


「考え過ぎだと思うけどなー」


「………………」


「そして抱え込みすぎだとも思う。実際、一円くんは被害者でしょ?」


「それは………」


「ちがう?」


「被害者とか加害者とかじゃないと思うよ。僕はこんな大怪我してるけれど、茜音さんを恨むどころか心配さえしてるくらいだ」


「本来なら恨むべきだと思うだけどな、私は」


「………………」


「本当に一ミリもそんな気持ちない?こんな不自由な生活を強いられているし、後遺症だって実は残るんでしょう?」


「………………」

 後遺症は確かに残る。

 柔らかい土とはいえ四階から落ちたんだ、それも当然と言える。

 怖いくらい僕のことを真顔で見つめるアスカはなんだか僕を試すかのようだった。

 あるいは観察か。


「怒りはないの?私が一円くんに対して抱いていていたような『怒り』は」


「ないよ」

 それははっきりと言える。


「僕は悔いているんだよ、茜音さんを助けることができなくて。むしろ申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ。無茶したと怒られたし、未熟だと認めさせられたけれど、でもやっぱり僕は助けたかった。それが僕の気持ちだよ」


「ふぅーん、そっか」

 心なし笑いながら僕への観察は終えたみたいだった。


「一円くんは優しいね。身を滅ぼすくらい優しすぎるね」


「…………うん」


「だけど、そんな一円くんが私は好きだなっ」


 なぜだろう。

 茜音さんから言ってもらったそれと音は同じはずなのに。

 彼女のそれは友達としてのライクとしての好きだろうに。

 なぜだか、僕の心に深く深く沈みこむように染みわたっていく。

 なんで?


「初めて一円くんとしゃべったとき、私って一円玉好きって言ったと思うんだけど」

 思い出すとそれはもう四カ月前のことだった。


「あれね、なんでかっていうと、よくお店とかで置いてあったりする募金箱の中身って大体が一円玉なの」


「………………」


「ただお釣りを財布に入れるのが面倒で入れてる人もいると思うけどね。そうだとしても、あれはみんなの小さな善意みたいなものかなって思うの」


「………………」


「その小さな善意で助かる人は確かにいるわけで。だから私は一円玉好きだよ。小さいけれどそれは善意の象徴だと私は思うから」


「………………」


「だからね、一円くんはせっかくそんな素敵な名前なんだから、そうあってほしい。これからもずっとね」


「わかった」

 僕はアスカの願いを『受け入れる』。

 僕の名前をからかったり戸惑う人はいても、そんなふうに褒めてくれる人はいなかった。

 だからということでもないが、素直にそこは友達だからでいいのかな?


「僕は君の好きな一円玉のような人間であり続けるよ」


 なんとも滑稽なことを言っている気がする。

 でも、それが。


 僕らしい。





 ◆




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