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こル・ココる  作者:
第四章 『愛』
26/65

勉強した、そして呼び出された。

 



 ◆




 期末試験が迫っていることもあり今週から中間テストのときと同じように部活は休止期間に入る。

 一応、露草高校は進学校なのできちんと生徒にテストで良い点を取れるように半ば強制的に部活をさせない。

 だが、『ココロ相談室』は前も言ったように何時相談が来るかわからないのでそれでも活動している。

 まぁ部室でも試験勉強はできるし、これといって学業に支障が出ないという理由でもある。

 つまりは天灯先生曰く「活動する代わりにそこで勉強しとけ」とのことだ。


 茜音さんが告白した次の日、彼女はそのショックから学校に来ないかと思っていたら案外平気な顔で来ていた。

 髪型も元のツインテールに戻っていたりと代のことでのあれこれはどうやら踏ん切りがついたらしい。

 それはそれは良いことなのだけど、そんななかである変化が起きていた。


「向介ー、ここの問題ってどう解くんだっけ?」


「そこはまず硫酸の物質量を求めて………」

 茜音さんが僕のことを名前で呼ぶようになった。

 それどころか僕によく構うようになった。

 今日だって部室で一緒になって勉強しているし、あの日から一週間の間放課後なんかは花壇を耕すのだって手伝ってくれた。

 以前の彼女からすると僕に対する扱いが随分と良くなったのだった。

 彼女も失恋して心境でも変わったのか、それとも僕に自分の過去を話したからなのかわからないけれど、少なくともあのツンツンした雰囲気はなくなっていた。

 僕にしてみれば怖いくらいの変化だったが、それもすべて『受け入れた』。

 好きな人の友人Aから自分の友人Aへと僕は役割を変え、僕らは普通の友達同士になった。


「そういえば茜音さんって理系のクラスだったよね?」


「そうだけど?」


「ならなんで文系クラスの僕に化学の質問してるのさ」


「仕方ないじゃない。ワタシって数学が得意ってだけで理系を選んだんだから。なのに化学まで得意とされるのは今でも納得できないの」

 英語ができるからって国語ができるとか思わないでほしい。

 文系バージョンで訳するとこんな感じか?

 ………なんか違う気がする。


「向介は何か得意な教科でもあるの?」


「うーん、別に。特にそうやって意識したことないかも」

 これも僕の『性質』ゆえに。


「じゃあなんでアンタは文系を選んだのよ」


「これといって理由もなく。単に代がそっちだったからとかそんな理由」

 迂闊に代の名前を出したけれど大丈夫だったろうか。

 腫れものに触れるように僕は茜音さんを窺うと、彼女もそのことに気付いたみたいで薄く笑いながら、


「別に気にしてないわ。今は勉強に集中しないとね。これでもクラスの委員長として無様な点数は出せないわ」

 委員長だったのか。

 白城さんのようにクラスメイトをサポートするんじゃなくて自ら引っ張っていくタイプだろうな。

 学校のイベントとか張り切ってそうだよ。


「そういえば、さ」

 ノートに走らせていたペンを止めておずおずと口を開く茜音さん。


「アンタのクラスに球技大会で怪我した子いなかった?ほらドッヂボールとかで」


「いるけど……それがどうかした?」

 以前ならきっと見せなかったであろう申し訳なさそうな顔をして僕を見る。


「怪我させたのウチのクラスなのよ。ワタシがみんなを焚きつけたせいで少し無茶させたみたいでね。実はずっと気になっていたの」


「気にしないでいいと思うよ」

 自分でも運動が苦手だと言っていた白城さんは球技大会のとき相手ボールから仲間をかばうとき足を挫いたのだ。

 幸い早めに患部を冷やしたおかげもあってか軽い捻挫で済んだのだが、そのことで相手チームを責めるのも無理な話だと思う。

 大事にならなくて良しとするべきなんだ。

 彼女らがやっていたのはスポーツだ。

 誰にだって怪我をする可能性があるし、ましてやその場にいなかった茜音さんが気に病む必要なんてない。

 どれだけ責任感が強くともそれは背負い過ぎというものだ。

 だからなるだけ茜音さんを安心させるために言った。


「白城さんの怪我も治ったし大丈夫だよ」


「白城さん………白城輪花………」

 僕の思惑とは裏腹に茜音さんの顔は曇っていった。

 なにかまずいことでも言ったか?


「向介、その白城輪花とは仲がいいの?」

 どうしたんだ、いきなり。

 怒っているわけではないようだけど言い知れぬ不安が募る。

 それくらい不穏な雰囲気だった。


「う、ん。仲は良いと思う、よ?」

 戸惑いながらなんだかしどろもどろな答え方になってしまった。


「そう」

 と、呟いただけで再び彼女のペンが動きだす。

 どうやらそれで会話が終わったらしく、勉強に集中しだした。


「………………」

 なんだったんだろう、今のは。

 それまで申し訳なさそうにしていた茜音さんが僕が白城さんの名前を出した途端に変わった。

 いや、豹変したと言ったほうがいいかもしれない。

 だってあの時の茜音さんの顔は………。


 ともかく今はわからないことが多い。

 単に茜音さんと白城さんの仲が良くないだけかもしれない。

 今後彼女の前で白城さんの名前を出さないようにしよう。

 慎重にいくしかない。

 そう思えるくらい豹変した茜音さんは"怖かった"。


 それからというもの僕は別にそんな茜音さんに怖気づいたわけではないけれど黙々と勉強を進めているうちにそろそろ下校時間が迫っていた。

 下校時間とは実は口実でお互いの勉強が切りの良いところまでいったので今日はもう解散ということになった。

 別れ際、帰り支度をしているとき。


「向介さ、そろそろ決めた?」

 先ほどの豹変は鳴りをひそめ普段の茜音さんに戻っていた。


「なにが?」

 なんのことかさっぱりわからなかった僕はなんとも気の抜けた応答になってしまった。


「花壇の花のことよ。何を植えるか考えてるかって聞いてるの。事務の澤田さんから好きなやつ育てていいって言われてるんでしょ?」


「まぁそうなんだけど……。僕ってあんまり花とかに興味がなくてさ、実際に育てるってなるとどうもね」


「はぁ呆れた。あれだけ苦労して花壇元通りにしたってのに。選ぶのは向介の特権なんだからしっかりやりなさい」

 と言われてもなー。

 僕なんて花に関してはズブのど素人で、最後に育てたのだって小学校の夏休みの宿題だった朝顔くらいだ。

 あれも結局は枯らしちゃったし。

 一体どんなのが育ちやすくて育てやすいのかその方面に明るくなければわかりっこない。

 いっそのことその昔、園芸部がまだ健在だった頃の活動記録でも探してみるか。

 いくら廃部したといってもそれくらいは残っているはずだ。

 なにも僕一人で考えることでもない、参考意見としてそこのところを調べるは定石か。

 手短に彼女に聞くか。

 手伝ってもらったっていうのもあるし。


「前にも言ったけどワタシが好きな花は桜なの。忘れないで」

 そういえばそんな話もしたっけな。

 樹木を植えるなんて難易度が高すぎて参考にならない。

 なにも知らない子供にメタモンを育てさせるくらい難しい。

 そもそもあのポケモンはなにを食って生きているのかまるで想像できない。

 動く姿さえも僕には想像できない。


「なにも思い浮かばない向介にひとつリクエストするわ。これを参考にしなさい」

 生物の神秘について考えそうになった僕の胸に指を立て茜音さんは言う。


「屋上から………ワタシが振られたあの屋上から実は花壇が見えるの。ちょうど真下くらいの位置にね」

 次にビシッと鼻あたりまで自分の人差し指を上げて。


「そこから見て綺麗と思えるような花にしなさい。ワタシの思い出を消すくらいにとびっきりのやつをね」


「…………わかったよ」

 ハードルは上がったけれど方向は決まった。

 花なんてどれも綺麗だと思うけど、なるだけ彼女の辛い思いを打ち消せるように。


 一先ずは頑張ろう。



 ◇


 六月の夏至が過ぎてからというもの日に日に陽が落ちるが遅くなっている。

 冬だとすでに真っ暗な時間帯だといってもこの季節だとまだまだ薄ら明るい。

 だからと言って小学生が一人で公園にいる時間ではないはずだ。


「祈梨ちゃん。こんな時間になにしてるの?」

 先日、ここで会ったときと同じようにベンチに一人座ってなんだかぼーっとしていた。

 僕の声で目の焦点が僕に合わさる。

 いつもの綺麗な顔立ちで、感情を表にださない医月のような表情を向ける。

 無表情。

 とは言ってもこの子の場合は気持ちを表さなくても姉のアスカが心をくみ取って色々世話を焼いたせいだと思うけど。

 環境がこの子をこのようにさせた。

 そう思うと、途端に不憫に思えてしまう。

 祈梨ちゃんも年相応に無邪気に笑っているという可能性を考えると。

 勝手ながら。


「お兄さんを待ってたんだ。ここで待ってれば見つけてくれるかなって」


「僕が来なかったらどうするんだ」


「来てほしかった……。実際に来たんだし、安心した」

 僕に対する答えになっていない。

 見るところ学校帰りのようだしこの暑い中ずっと待っていたのか?

 会う約束をしていたわけでもない、祈梨ちゃんが勝手にしたことなのに、僕はそんな彼女に申し訳ないと思って近くの自販機でジュースを買ってあげた。

 脱水症にでもなってもらったら敵わない。

 アスカと絶交する羽目になる。


「祈梨ちゃん、話があるなら帰りながらにしよう。時間も遅くなるし、送って行くよ」

 それから僕は祈梨ちゃんから大体の家の場所を聞き、二人並んで歩きだす。

 僕は道路側で自転車を押しながらになってしまった。


「それで、なにがあったの?」

 下を向いて歩く祈梨ちゃんに投げかける。

 鞄を握りしめて歩くその姿は落ち込んでいるように見えた。


「ボクとお兄さんは友達だよね?」


「う、うん。友達だよ?」

 予想してなかったことを聞かれてしまって戸惑ってしまった。


「本当にどうしたんだよ、そんなこと聞いてさ」


「『そんなこと』でもないんだけどね、ボクにとっては」

 ははっと自嘲気味に力なく笑う彼女はあまりらしくなかった。

 学校で何かあったのか、と僕が聞くと、


「この前お兄さんに恋文見せたよね、覚えてる?」


「うん」

 覚えている。


「その相手にね返事したんだ。ごめんなさいって。その男子は悲しい顔してたけど、納得してくれてた。………だけどね、周りはそうじゃなかった」

 不意に僕の服を掴む。

 強く。震えるほど強く。

 顔には出さないけれど行動に祈梨ちゃんの気持ちが表れていた。


「告白してきた男子は人気者だったんだって。優しくて頼りがいのある、そんな男の子みたい。誰からも好かれる子を振ったボクは悪者で、クラスメイトから無視されるようになった」


「ッ……!?」

 思わず立ち止まってしまう僕。

 それにつられ祈梨ちゃんも立ち止まる。


 それはよくある『いじめ』ではないのか。

 そのことをこの子の口から言わせてしまった……僕は!


「友達は……友達はいるよね!?」


「たった一人だけ、こんなボクのことを相手してくれる人がいたけど………」

 言い淀むことでそこから先は聞かなくても伝わってしまった。


 つまり、友達も一緒になって祈梨ちゃんのことを無視している。

 この子が落ち込んでいるのも多分、クラスメイトに無視されたことじゃなくて、その友達が原因だ。

 普段大人びた口調で年不相応の考え方や価値観を持っていて、友達も一人しかつくっていない彼女がクラスでシカトされたくらいで僕に会いにきたとは思えない。


『なんで人って恋をするんだろうね』


 そんなことを言う彼女のことだ、周りの心の機微に関心があるとは考えにくい。

 問題はその彼女の友達だ。

 唯一、学校で信頼を置いている相手からも無視されたとなるとさすがの祈梨ちゃんでも耐えきれなかったとみえる。

 だからこその確認だった。


『ボクとお兄さんは友達だよね?』


 僕はほぼその時の条件反射のように返したけれど、彼女にとっては重要で必要な確認だった。

 それをなにもわかっていない頭で答えた自分が恥ずかしい。

 だから僕は―――――


「なんで僕に話したの?」


「姉ちゃんには心配かけたくないんだ、これ以上」

 そうか、と思ってしまう。

 シスコンだというアスカならば友達が一人しかいないという妹のことをこの上なく気にかけていることだろう。

 そんな姉にこのことを話せば学校まで乗り込みに行きそうだ。

 それは嫌だろう。

 だったら今回は僕がこの子の支えになってあげよう。

 悲しいくらいに不器用で、普通とは変わったこの子のために。


「祈梨ちゃん。僕と君は友達だよ」

 震えて見える少女の目を見つめ僕は言う。


「のどが渇いていたらジュースを買ってあげるし、会いたくなったら会いに行く。笑いたかったら一緒に笑うし、話を聞いて欲しかったらちゃんと聞くよ」

 僕は祈梨ちゃんの頭に手を置く。

 中身は大人びていても、やはり子供な頭を撫でてやる。

 僕は彼女の理解者になってあげたい。

 アスカに心配をかけたくないのなら僕が代わりにかけてやる。

 ほっとけない友達なら当たり前だ。


「僕は君を見てるよ。いない者みたいに扱わない。君をちゃんと『祈梨ちゃん』として仲良くしていく」

 今度は手を掴んで引っ張っていく。

 早く安心できる家に帰してあげたかった。

 心配をかけたくはないとはいってもやっぱり家族なのだから。


「学校がどうした。君は全然一人なんかじゃないよ」


 それから僕たちは飛鳥田家に着くまで言葉を交わさなかった。

 祈梨ちゃんには考えることはまだまだあるし、そっとしておくのが一番だと思ったからだ。

 ただ手を引いたままの帰り道になってしまって、僕は片手に自転車片手に女の子な状況だったので足取りは不安定だった。

 交番の前を通ったときの警官の目には凹むものがあったけど無事送り届けることに成功した。

 最後に、


「祈梨ちゃん、学校のその友達とはきちんと話してみるんだよ?友達は友達なんだから仲直りできると思うからさ」


「うん、わかった。………それと、お兄さん」


「ん?」

 来た道を引き返そうと自転車に跨る僕を引きとめる。


「ケータイ、持ってる?」


「うん、苦手だけど持ってるよ」

 機械に弱い僕も今の時代持ってないと将来的にも不便なるということで親に持たされた。

 あの時ばかりは抵抗を見せた僕だけれど、押しに弱くあっさりと負けたのは別の話だ。


「連絡先教えて。友達なら、これが普通なんでしょ?」


「あはは、そうかもね」

 柄にないことを言っている自覚はあるのかなんともしおらしく頼む祈梨ちゃんはなんだかおかしかった。

 笑う僕に機嫌を損ねたのか、赤外線で連絡先を交換したらなにも言わずに自宅へと帰って行った。

 子供っぽいところもあるんだなと新しい発見を胸に僕も家へと帰る。


 家に着いて祈梨ちゃんからさっそくメールが来ていることに気付いた僕は、その内容に一安心した。


「今日はありがとう。明日頑張ってみる」


 絵文字も顔文字も使われていないというのに僕はその文面だけで彼女の気持ちが伝わってきた気がした。


 返信。

「がんばれ」



 ◇


 数日後。

 期末テストが終わり、放課後の茜音さんとの勉強が功を奏したのかなかなか充実した解答を書けたと思う。

 僕にしては珍しく上機嫌で『相談室』に行くとそこにはすでに医月がいた。


「やあ、医月。なんだか久しぶ―――――」


「愚鈍先輩。華村先輩が屋上に来てほしいそうです」

 愚鈍先輩こと僕の言葉を遮って医月は茜音さんからの伝言を僕に言ってきた。

 僕は上り始めていたご機嫌パラメーターをデフォルトに戻しながら、荷物だけ置いて言われた通り屋上へと向かう。


「気をつけてくださいね」

 最後に聞いた医月の言葉をよく考えないまま。





 ◆




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