頼まれた、そして頼られた。
◆
結果だけを述べるのならば僕のチームは優勝した。
元々、代がいるということでクラスの運動できる人が集まってできたチームなので不思議ではなかった。
代のポテンシャルの高さは学年でも有名だからな。
僕はカッコつけてまで白城さんの応援を受けたにしては地味な仕事をした。
飛んできたボールはただ拾って、代と打ち合わせした通り代にトスを出しただけだった。
間違いなくMVPは代であり僕は目立つこともなく優勝の喜びを分かち合った。
行事も終わり、白城さんの怪我も大したことはなく僕は普段の通り『ココロ相談室』に顔を出した。
もはや日常となっている医月と二人きりの相談室。
今日も相談者は来ないのだろうか。
「医月は何に出てたの?」
そういえばこの子が何の競技に出ているのか聞いていなかった。
「バスケットです」
これまたいつも通りに本を読みながらの回答。
どうやら今読んでいる本はそこまで面白くないようだ。
ひどいときには僕の話すら聞こえていないほど、どっぷり本の世界に入っていることもある。
「へぇ……医月がバスケねぇ」
全く想像できないな。
というよりも彼女はスポーツそのものが似合っていない。
今みたいに座って静かに本を読んでいるほうが断然相応しい。
「失礼なことを思わないでください」
………気にしているようだ。
しかし暇だ。
雑談をしようにもほぼ毎日こうして顔を合わせているから医月と話す話題もなくなってくる。
たった今タイムリーなことを話したけどそれも終わった感じだ。
花壇にでも行って草取りの続きでもしようかな。
いよいよ考え方が園芸部染みてきた僕だった。
「医月、僕ちょっと花壇に行っ―――――」
「失礼するわ」
「―――てくる、よ?」
僕が立ち上がろうかという時にタイミング悪く誰かが来た。
その誰かとはシューズの色からして二年生の女子生徒。
あざといと思われるくらい見事なツインテールになんだか気の強そうな顔立ち。
もちろん僕の交友関係の程度は知れていてこの人のことは知らない。
「相談しに来たわよ」
見た目を裏切らず強い語気でそう言う彼女のようなタイプは僕の周りにはいなかった。
一言、二言聞いただけでわかる。
彼女は小学校では女子の代表的ポジションだ。
◇
いつものごとく僕は相談者と向かい合いその両者の横ぐらいに医月は座る。
軽く自己紹介をしながら。
「ワタシは華村茜音よ。部活は茶道部で趣味は………まぁ、いいわ」
茶道部ねぇ。
まったく想像できないな、この人の和服姿。
どっちかていうとドレスのほうが幾分似合ってそうだ。
おそらく部の中では相当浮いてるんじゃないか?
「先輩、失礼なことを思わないでください」
………ごめんなさい。
そこはかとなくデジャヴを感じる僕でもあった。
「しっかしホントなの?」
「え、なにが?」
「ホントにアンタ達なんかがアテになるのかって聞いてんのよ」
「そりゃあ………」
正直疑わしい。
特に僕。
「私たちの活動は生徒会が責任を持って管轄していますので、もしも私たちに不備があった場合は閑谷会長がことにあたりますので心配は無用だと思います」
「あら、そうなの。なら安心よね」
ふん、と鼻を鳴らして足を組んで、どうにも言葉とは反対に不満げだった。
噛みついたら返り討ちにあったようなものだから当たり前か。
それにしても、いつから生徒会は『ココロ相談室』の管理をしていたのだろう。
確かに直属の部活であるし、閑谷会長もゲームに負けて協力体制に入るとは言っていたが。
「………………」
横目にちらりと医月を見る。
事も無げに静かに佇む彼女。
真か嘘かどっちつかずなことを言って年上の人間を諌めた医月はやはり恐ろしい子だった。
こちらが笑ってられないほどに。
「それで相談があるからここに来たんだよね?」
「当たり前でしょ」
「なら、そろそろ話を聞かせてもらっても?」
「いいわ。けど、アンタにじゃないわよ?」
「え?」
「そこの一年生に頼みたいの。ワタシがするのは恋愛相談だから」
◇
意味がわからないうちに部室の外へと追い出されてしまった。
なんでも見ず知らずの人間に恋の相談をすること自体に抵抗を感じるみたいで、せめて同性にということで僕は席を外された。
抵抗を感じるくらいなら『ココロ相談室』を利用しなくてもいいのにと思ってしまう。
廊下に出た僕はやることもなく隣の生徒会室から漏れてくる会話を聞いてみる。
どうやら今日の球技大会について反省会をしているみたいだった。
学校をより良いものにしていこうとする向上心は流石閑谷会長だ。
本格的に暇なので窓の外でも見ていると、
「やぁ一円君、こんにちは」
と、人のよさそうなご老人から声をかけられる。
「ああ、こんにちは澤田さん」
この人はこの学校の事務員をしている澤田さんだ。
元々は教師をやっていたらしいのだが定年を迎えて一度は退職し、でも何もやることがないからと今度は事務という仕事で学校に携わっている。
僕が校庭の花壇の手入れをしている話はしたと思うが、その依頼をしてきたのが何を隠そうこの澤田さんだった。
うちの学校は部活が盛んに行われているが残念ながら園芸部がない。
何年か前にはあったらしく立派な広さの花壇があるのもそれに起因しているのだが、部員不足で廃部。
それからは完全に花壇は放置され、手入れする人がいなくなりどんどん荒れていった。
そのことに心を痛めていた澤田さんは僕に依頼した。
『時間があるときでいいから、あそこの草を取ってくれないかい?』
これは医月が入部して間もないときに言われたから一ヶ月間ずっと僕は時間を見つけては草をむしった。
たまに澤田さんと一緒に取り組んでそろそろそれも終わるころだ。
確か前に花を植えるみたいなことを言っていたような。
「澤田さんはこんなところで何しているんですか?」
事務員はあまり学校内を歩かないイメージがあったからつい聞いてみた。
「いやね。学校の設備に不備がないか見て回っているんだよ。階段から転ぶ生徒がいるからちゃんと点検しないと危ないからねぇ」
その階段から転ぶ生徒が誰だかわからないが(そんな間抜けがいるのか?)、日頃からこうやって澤田さんのように影から生徒を守っている人がいるのはありがたいことだ。
教師ほどに事務員は生徒と関わりがないのであまり意識していないけれど、僕たちが普通に学校生活を送れているのは一重に彼らのおかげなのだから、僕だけでも感謝の気持ちを伝えよう。
「仕事なんだからいいんだよ、ふぁっはっは」
見ているこちらがあったかい気持ちなれるような笑顔でそう答えた。
「ときに一円君」
「なんでしょうか」
「花壇で使う肥料が先日届いたんだ。悪いが………」
「わかりました。それを使って耕しておきますね」
「助かるよ。道具はいつもの倉庫にあるからの」
「はい」
それから二、三、世間話をして僕たちは別れた。
やることができてしまい、暇だしこれから行こうかと思ったら部室のドアが静かに開いた。
「………………」
出てきたのは浮かない顔をした医月だった。
「……先輩、助けてください」
「ッ!?」
驚天動地だった。
そもそもこの四字熟語は世間をひどく驚かせるという意味なのだが、この際言わせてほしい。
医月が僕に助けを求めてきた!
世界を巻き込んでの大騒動になるぞ、これは!
普段は僕を蔑んで軽んじて罵ってきた彼女がなんということか。
天灯先生に引き続きらしくないこと言わないでくれ。
キャラを忘れないでくれ。
死亡フラグが発生するじゃないか。
僕に!
「……私には茜音先輩のことを『受け入れる』のは無理でした。悔しいですが………ここは先輩に任せるしかないみたいです」
部室の扉を閉め相談者に聞こえないよう声を抑える医月。
何がこの子をここまでさせるのか。
失礼だが、たかが恋愛相談だろ?
人が人を想う悩みだ。
これまでの相談と比べて大人しい方だと言える。
なのに。
なんで。
こんなにも。
「………………」
怯えているんだ?
「………わかった。この相談は僕が引き受ける。荷物取ってきてあげるからもう帰っていいよ。詳しいことはまた明日で」
僕は気を遣ってそう言った。
彼女がこんな状態になるなんて思ってもいなかったから動揺しているのかもしれない。
このときだけ一際大人びていた医月が年相応に見た目通りの女の子に見えてしまっていた。
小さな背中を見送って僕は部室に戻る。
医月をああまでさせたのだ一体、何があるのか身構えながら華村茜音の正面に座る。
彼女も彼女で浮かない顔をしていた。
失敗した。
そんな顔だった。
「えーっとね、茜音さん。さっきの子―――医月っていうんだけど―――急に体調が悪くなったみたいで、嫌かもしれないけれど僕が相談を請け負うことになったんだ。よろしくね」
僕は医月へのフォローを入れる。
僕のそのセリフをきっかけに茜音さんは暗い表情から元の気の強そうなつり目がちな顔に戻った。
「ええ、よろしく。………本当だったら始めからアンタに相談するつもりだったのよ」
「なんで?」
「アンタ、一円向介なんでしょ?」
「うん。よく知ってるね、こんな僕のことを」
「辛気臭いこと言うんじゃないわよ………、とにかくワタシは人からアンタのことを聞いてここに来たのよ」
人から聞いた?
誰がそんなこと言うんだ?
威張ることではないがこの学校で僕と顔見知りの人間なんて本当に数えるほどしかいない。
そんな僕がよもや紹介されて、『ココロ相談室』の利用に繋がるとは夢にも思わなかった。
「アンタ、代くんと知り合いらしいじゃない」
「代くんってもしかして倉河代のこと?……確かに僕は代とは中学から一緒だけど。それがどうしたの?」
夢にも思わないついでにここで代の名前が出るのも意外だ。
つまり、彼女は僕と代が友達同士だということで僕に相談しようとしていたってことなのか?
と、いうことは―――――
「ワタシはその倉河代のことが好きみたいなの」
険しいとも言える顔を紅らめながら、なかなか魅力的な表情で彼女は告白した。
別に珍しくもないことだ。
代はモテる。
それは白城さんとも話していたことでもある。
無愛想で仏頂面が代名詞の代と言われているくらい(僕しか言っていない)アイツは誰かに媚へつらうこともないし、自分を取り繕うこともしない。
そんなアイツがなぜ女子受けするのか不思議で不思議でたまらないが、実際ファンクラブまであるという噂が流れるくらいだから、僕のその疑問はマイノリティの域を出ない。
そして。
茜音さんは代が好きなのだという。
でも、僕に相談するよりもっとやりようはあるんじゃないか?
あるかどうか定かじゃないファンクラブに入るとか。
「ファンクラブはダメよ。あそこには代くんに想いを伝えるのを禁止するような不文律が出来上がってるみたい。だからワタシは独自の力で彼を振り返らせる必要があるのよ」
どうやら代ファンクラブは実在するというどうでもいい情報を更新させながら、納得する。
代も代で交友関係は広くない。
唯一、近しい人物を協力させるにあたって僕に白羽の矢が立ったのか。
「それで?僕は具体的にどうすればいいのかな」
「はぁ?そんなこともわからないの?」
全く、信じられないといった様子で聞き返してくる。
「アンタはね、ワタシが代くんと恋人になれるようにアシストしてくれればいいの!代くんの好きなものとかそういった情報を教えるのを当たり前としてね!」
すごい勢いで捲し立てくれているところ申し訳ないけど、僕にはそんなに代のことは知らない。
もちろん、アイツがどういう奴でどんな人間かは分かっているが、基本的なことはなにも知らないに等しい。
僕とアイツが親友としてやっていけているのは親友として当たり前な距離感から外れていることにある。
普通からも外れている僕と心に一物を抱える代の関係性は一般では理解し難いものかもしれないけれど、奇妙なことに成り立っている。
「だから、僕はあまり役に立てないと思うよ?」
「立てないじゃなくて立ちなさいよ!相談を請け負うってんならそれくらい頑張りなさい!」
「…………ごもっともで」
「いーい?アンタは代くんの情報と代くんにワタシを売り込むこと。そのほかの協力もしてもらうわよ!」
かくして僕は親友のことが好きだという気の強い女の子から、押しつけられたように頼まれたのだった。
そして、僕は愚かなことをするのだった。
あの僕に頼るくらいだったら地獄に落ちたほうがマシだと思っていそうな医月がこの相談者から逃げてしまっている事実に僕はそれほど深刻に考えていればよかった。
考えていれば"あんなこと"にはならなかったかもしれないのに。
だけど。
『すべてを受け入れる』僕はそういった後悔を未来永劫することはないだろうな。
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