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こル・ココる  作者:
第四章 『愛』
22/65

応援した、そして応援された。

 



 ◆




 六月の下旬に露草高校では球技大会がある。

 一日かけて。

 学校全体の行事としては始めにある行事である。

 この行事が終わるとあとは期末試験を経て夏休みに入る。

 進学校であるためか八月から休みになり三週間も経てばまた学校が始まる。

 たまにテレビの話題と噛み合わないのが草高あるあるだ。


 それで、球技大会はもちろん男女別に種目が四種目ある。

 室内がバレーとバスケ、屋外がフットサルとドッヂボール。


 クラス単位で張り合うのは初めてとなるのでなかなかに盛り上がる。

 それぞれの競技にクラスの中で話し合い選手を決めていくが、そこで戦略的にやるか、やりたい人にやらせるか、それはクラスの特色によるだろう。

 ちなみに僕のクラスであるニ年一組では学級委員長が白城さんなので後者だった。

 ただひとつだけ球技大会にルールがあるとすれば出場する種目の部活動に所属していることを禁止するくらいか。

 つまり、球技大会でバレー部はバレーに出れないしバスケ部はバスケに出れないしサッカー部はフットサルに出れないし、ドッヂボール部はそもそもない。


 そんな楽しいイベントが明日にあるぞって時、例によって放課後。

 僕はなじられていた。


 なじられていたんだ。


 誰に?

 決まっている。

 天灯先生に、だ。


 なんでも僕が提出した報告書に不備があったらしく、日頃の鬱憤を晴らすかのように僕をあーだこーだと罵っていた、失礼罵ってらした。

 最後に見せた満足げな顔を僕は一生忘れることはないだろう。


 そんなこんなで僕は鞄をとりに行くべく(HRが終わると真っ先に連れて行かれた)、教室に舞い戻った。

 すでに生徒は部活に行っている時間帯なので、教室には誰もいないかと思っていたが僕ごときの推測などあっさりと裏切られ、一人だけ残っていた。

 今月のあたまくらいから交流を持ち始めた女の子。

 白城さんだった。


「あれ、白城さんどうしたの?」

 自分の席で何やら作業をしていた白城さんは驚いた様子で体をビクッと起き上がらせ素早く僕の方へと振り返る。

 まぁ、存在感の薄い僕なんか気づきもしないのは当たり前か。

 驚いたときにずれた黒縁眼鏡をなおしながら、


「なんだ、向介くんでしたか。てっきり………」


「てっきり?」


「いえ……、なんでも………ありません」

 なんでもあると思うがその反応を見る限り。

 僕のことを妖怪か何かだとでも思うのなら仕方がないけれど、白城さんが顔を真っ赤にさせているのを見るとどうも違うらしい。

 妖怪を見て恥じらう少女。

 ………全然、ちがうな。


 愚にも及ばないことを考えながら、とりあえず僕は自分の席に移動させてもらう。

 机にかけてある学生鞄を手に持って白城さんに改めて尋ねた。


「それで白城さんはこの時間まで何してたの?」

 草高の生徒は大半がなんらかの部活に入っているのでこの時間になっても下校していないのが普通と言えるが、白城さんは確か無所属だったはずだ。

 すでにHRが終わって四十分も過ぎている、………四十分もなじられていたのかよ、僕。

 さっきから思考回路がどことなく卑屈になるのも頷ける異常さだった。


「わたしはですね明日の名簿を作っていたんですよ」

 ほら、と言って見せてきた紙には球技大会で行う四種目とクラスメイトの名前がずらりと書き連ねていた。


「当日、みんなにわかりやすいように内緒で作っていたんですが、バレちゃいましたね」

 そう言って「えへへ」と照れたようにはにかむ白城さん。


 前から思っていたけど、字が綺麗だ。

 授業の板書を任せていた時期から、白城さんの字はなんというかよく見る明朝体のような無機質なうまさではなくてちゃんと白城さんの字としてうまいなぁと思わせてくれるような優しくて綺麗なのだ。

 わかりずらいよね、すみません。


「そんなことまでしてくれるなんてやっぱり白城さんは優しいね」

 と言いながら僕は白城さんの持っていた名簿を眺める。


「へぇー僕ってバレーに出るんだー」


「知らなかったんですか!?」

 驚き気味の白城さんは初めてかもしれない。

 ちょっとしたレアだ。


「だって種目決めのとき適当になんでもいいかなって思ってさ、代と一緒でいいよなんて言ったのを覚えている」


「だとしても知らないって………」

 信じられないといった感じで呟きを漏らす。

 まぁ、クラス一丸となって取り組むイベントだし、自分の出る種目を人任せにするのは僕くらいのものだろう。

 そもそも僕のような矮小な一市民が"選ぶ"という上目線なことをさせてもらえるわけもない。

 頭が高いというものだ。

 ………思考が卑屈になり過ぎて過去の自分までもへりくだってきたぞ。


「白城さんは……ドッヂボールか」


「はい。わたしって運動神経悪いですからね。どれもできないんですけど、一番迷惑をかけないと思ってこれにしました」

 それでも瞬殺でしょけどね、と力なく言う。


「そんなこと言わずにさ、頑張ってよ。僕応援に行くから」

 もちろん僕ごときの応援など白城さんの力に一ミクロンもならないことを承知の上での発言だ。

 僕が変に思いあがっているなどと勘違いしないで欲しい。


「本当ですか?それなら頑張らないといけませんね。向介くんにかっこ悪いところは見せられません」

 張りきって見せる白城さんは少し元気を取り戻したようだ。

 よかった。


「………ところで」


「ん?」


「向介くんはくらくんと仲良いですよね」


「代と?そりゃまぁ同じ中学だったし、自然と一緒につるむことは多いかな」

 言われてみれば中学から考えてアイツとはずっと同じクラスではないか。

 アイツを話しだしてのって中学ニ年の後半くらいだったからそんな感じがしなかった。

 一般的に言えば腐れ縁というやつなのだろう。

 本気で僕とそんな関係にある代は少しだけ可哀相だと思った。


「失礼ですけど倉河くんって恐くて話しかけづらいんですよね。向介くんの友達だからわたしも仲良くなりたいんですけど」


「確かにアイツは無愛想だからね。初めての人にはとっつき難い相手ではあるよね」


「でも女の子には人気ですよね」


「世の中ってわからないなぁ」


 代の話から世を憂いて僕達は二人してなぜかため息をした。

 それがなんだかおかしくって今度は一緒に笑いあった。

 この和んだ雰囲気が僕には恐れ多くて、それから気に入った。

 ずっと続けば良いのに、こんな幸せが。


 ◇


 それから次の日。

 日を跨いだことで僕の卑屈な思考は回復を見せた。

 逆に言うと一日かかった。


 まぁ、そんなこんなで球技大会当日。

 これでもかっていうくらいの晴れ晴れとした晴れ模様。

 熱中症が危ぶまれるほどの晴天の中、無事実施された。


 この日はみんな学校指定の赤いハーフパンツに白のスポーツウェアを着ている。

 自分の出番が来るまで友達と一緒にそれぞれのクラスの応援をしたり、試合はそっちのけで談笑したりとなんとも和気藹々としている。


 かくいう僕も例に洩れず代と共に昨日言った通り白城さん率いる(?)ドッヂボールの応援に来ていた。

 サッカー場ほどの広さを誇る草高の運動場は半分に分けてドッヂボールとフットサルが行われている。

 今見ているドッヂボールは十人構成で主に白城さんのような運動に自信のない子達のための種目である。

 なので白熱するバトルを期待できそうにない。

 しかし、だ。

 先ほど述べた運動に自信のない所謂「文化系」の生徒達が参加することを逆手にとって敢えて「体育会系」の生徒達でチームを構成するクラスが出てくる。

 優勝を目指すクラスの残酷な戦略は今まで伝統的にこの学校ではとられていた。

 この球技大会では総当たり戦を採用しているが、より面白い試合を見るのならば「体育会系」のチームが勝ち残る終盤が見どころだ。

 残念ながら我がニ年一組は「文化系」で構成しており、さらに残念なことに初戦は「体育会系」にぶち当たってしまった。

 運がないよ、白城さん……。


 まだまだ序盤ということもあり観戦している人が少なく適当に日陰を見つけられて白城さんの雄姿をミーハーのごとく観ていたのだが、開始時には内野だった彼女は真っ先に敵チームからの洗礼を浴びて瞬く間に外野に追いやられた。

 ボールを当てられてから「ああ、やっぱりな」的な顔をして僕を見た白城さんを僕はしばらく忘れられそうにない。


「あーあ。お前の想い人やられちまったな」

 隣で地べたに座る代が退屈そうに言った。


「想い人とか変な言い方するなよ。………にしてもエグいな」


「仕方ねーよ。相手はバレー部の新キャプテンだぜ?あれくらいの大きさのボールなんていつも触ってんだろ」


「にしたってなぁ」


「そもそもドッヂボールなんて伝来したときには『円形デッドボール』なんて名前だから、エグくて当然だわな」


「なんだよデッドボールって………。子供たちが無邪気に遊ぶ絵が想像できないよ」

 鬼の遊戯のみたいな名前だ。


「そうこう言っている内にうちのクラスの奴がまたやられたぞ。五分ももたないぞ、このままじゃ」

こっちの内野は残り五人、始めから外野にいた子を合わせるとあと八人だ。

敵チームはまだ攻撃を許していないところをみると代の冷静な推察は妙に現実味を帯びている。


「まぁまともやりあったら怪我しそうで、案外よかったのかもしれない」

また一人やられた。


「ところでボクシングのほうはどうなんだよ」


「なんだよ藪から棒に」


「この前の大会で良いところまでいったらしいじゃんか」


「まだまだこれからって感じだけどな、今だって減量中だしよ」


「先輩が引退したらお前が部長になるのか?」


「なんねぇよ。俺みたいに不純な動機でボクシングやってんだから、他の奴に失礼だ」


「不純な動機、ねぇ……」

中学で初めて会ったときのことを思い出す。


どこにも属さずだれとも接さず、いつも独りで戦ってきたコイツは。

強さを求めるという意味では世知原くんと似ている部分はある。

だけど、代と世知原くんの決定的な違い。

弱さに勝つために強さを求めていた世知原くん。

代は"自分に"勝つための強さを求めている。

僕と出会ってから今もなお。


そんな代が高校に入ってボクシング部に入部したのは納得のいくものだった。

ストイックに自分を追い込み常に自分と戦う競技。

これほどに代にぴったりなものもない。

だから別に代が部長になったからといって不純なやつなのにとか思ったりなんかしない。

本人がそう言うのなら無理強いもしない。


白城さんは僕と代が"仲が良い"と言ったけれど、そんな一般的な評価では足りないかもしれない。

僕達は単に依存し合っていただけなのだから。


「お、おい、コウ………!」


「ん?」

僕が物思いに耽っているといつもは淡白なテンションの代が慌て気味に声をあげる。

代の視線を辿ると応援していた白城さんが足を抑えて倒れているではないか。

なにがあった!?


「白城のやつ、流れ球から味方を守ろうとしたら足を挫いたらしい」

つまり怪我したのか。

そんな白城さんにクラスメイトは駆け寄り、審判をしていた体育委員はどうしたらいいのかとあたふたしている。


「代。僕ちょっと白城さんを保健室まで連れて行くよ」


「………俺達の出番まで三十分もない。わかってるよな?」


「わかっている」

代とは一旦別れ、ちょっとした騒ぎになっている白城さんの下へ人を掻い潜りながら向かった。

この行事の管轄をしている体育委員に彼女を保健室まで連れて行くことを話し、仲間たちから心配の声を受けている白城さんをほぼ抱えながら運動場を去った。


保健室に入ると担当である藤ノ先生はおらず、白城さんを適当な椅子に座らせた。

とりあえず患部を冷やさないとな、氷とかの準備をするか。


しかし、保健室には若干嫌な思い出しかない。

確か横縞くんの正体を知ったのは今月の頭だったっけ。

日が経つのは早いなとか思いながら手頃な大きさのポリ袋に冷蔵庫から氷やら少量の水を入れ、口をしっかり留めてそれをタオルで包む。

ハルがたまにこういったものを作るのを見てるからうまく作れた。

さっそく冷やそうと白城さんの挫いた方の靴下を脱がそうとすると、


「じ、自分でやりますからっ」

と、顔を赤くして止められた。


「………すみません。お世話になっちゃって」

僕から即席アイスパックを受け取り患部を冷やすため前かがみになっている白城さんは申し訳なさそうにそう言った。


「わたし、あまり役に立てませんでしたね」

先ほどの試合のことを言っているのだろう、悔しげだ。


「いやいや大活躍だったでしょ」


「くすっ、皮肉ですか?」


「試合のことはともかく大活躍だよ。君はクラスメイトを守ったんだから」


「そうだといいんですけど………」

なんだか弱気になっている白城さん。

自分が怪我したことでチームメイトに迷惑がかかるのを気にしているみたいだ。

どこまで他人本位なんだか。


「そうだよ!」

なるだけ元気に肯定した。

彼女が挫けたりしないように。


「君は誇りに思っていいと思うよ。誰にでもできることじゃないことをしたんだからさ」


「そう言っていただけると嬉しいですよ、本当に」

いつもかけている眼鏡を外し、滲んでいた涙を拭う。

泣くことじゃないだろと彼女を知らない人は言うかもしれないけど、彼女を知る僕は言わない。

彼女は他人のことを慮り、他人のために必死になれる人だから。

だから、この涙も他人に迷惑をかけてしまった自分の不甲斐なさを嘆いてのことだったと思う。

僕が人の心のことをどうこう言えないけれど、それだけはわかる。

白城さんはそういう人だ。


「なんで」


「ん?」


「なんで向介くんはこんなわたしに優しくしてくれるんですか?」

どうしてかな?

それは白城さんが僕に優しくしてくれたからだと思うけど、でも今回は。


「だって今日は白城さんの応援をするって言ったからね」

僕がそう言うと白城さんはくすくすと笑いだす。

昨日の放課後と同じように僕達は笑い合った。


「じゃあ、僕は行くから」


「あ、今度は向介くんが試合ですか……、この足じゃ応援に行けないですね」


「うん、みんな心配してたから無理せず休んでてね。」

割と時間が迫っている急いで保健室から出ようとすると、白城さんに引きとめられた。


「あの……、応援に行けないですから………ここで…………」


「う、うん」


「がんばれっ」


眼鏡をかけ直し両手で抑えて、恥ずかしさをかみ殺しながら今まで以上に顔を真っ赤にさせながら応援する白城さんは素直にかわいかった。


「うん、がんばるよ」





 ◆





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