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こル・ココる  作者:
第四章 『愛』
21/65

手伝った、そして間違えた。

 



 ◆




 六月は半分も過ぎて我が校の部活動はこぞって大会に向けて日々の練習の成果を出し切った。

 部活によっては三年生は引退し、楽しい青春から厳しい将来にシフトチェンジする時期だ。

 いや、受験勉強も人によっては素晴らしい青春の一ページになるかもしれないのでこれでは少し語弊が生じそうだ。

 ともあれ、どの生徒にとっても転換期であるのは間違いない。

 新体制に向けて新たな責任を負うこととなったニ年生。

 自分も部の一員だと自覚する一年生。


 みながみな、新鮮な気持ちで勉強なり練習なりに打ち込んでいるであろう時間つまり放課後。

 我が『ココロ相談室』はそんな一種の新鮮な学校の雰囲気を余所に、"なにも変わらず""いつも通り"生徒会室の隣にある部室で僕と医月は絶賛部活動中だった。

 まぁ、この部活の性質上部員の引退だとかそういうのとは無縁かもしれなかった。


 僕が一応部長となっているが(相談室だから室長か?)、任期とかはどうなっているんだろう。

 案外、卒業するまでさせられそうではある、あの顧問である先生から考えると。

 勉強するにはちょうどいい環境だけどこの部室。

 来訪者は滅多に来ないし(部活的に致命的だ)、僕以外の部員の医月は読書をしているだけで基本静かだ。

 実際、中間テストなんかはここで対策していたから、「卒業=引退」説は濃厚である。

 そう考えると僕の残りの学校生活は天灯先生にこき使われるということがすでに決定していることに僕は気が重くなる―――なんてならなかったけれど、言い知れぬ不安はあった。


 これまでの相談事。

 世知原くんの犯人探しと人探し、横縞くんの問いかけ、白城さんへの協力。

 振り返ってみればどれも一筋縄ではいかなかったものばかりで、しかも僕は大怪我までしている。

 このままいけば僕は本当に死ぬんじゃないかと思わせてくれる二カ月間の出来事だった。

 次から怪我しないように気をつけよう。

 学校に関することだからそうそう無茶で物騒なことにはならないけれど、僕の場合はそれでも無茶で物騒なことになるから諦めるしか、そして『受け入れる』しかない。

 そんなことを思いながら、先日の白城さんと世知原くんの相談を天灯先生からもらった報告書に記し終えた。

 暇になった。


「医月、報告書の役割代わらない?」

 毎日、毎日何を読んでいるのか。

 日が変わるたびに読んでいる本が変わっている気がするので、かなりの活字中毒ではないかと思う。

 今日はとある有名なSF小説、昨日はミステリー、その前は恋愛小説だった。

 どうやら医月はジャンルにはとらわれない乱読派だと最近気づいた。

 その医月は僕の雑談として始めた提案に対して、無視するでもなく区切りの良いところまで読んで僕を待たせるでもなく、珍しくすぐに答えてくれた。


「なぜですか。それは先輩、いえ愚鈍先輩が天灯先生から承った仕事なんですから先輩、いえ愚鈍先輩がやるのが当然の流れでしょう。それに相談内容も『前回』ならばともかく『今回』の先輩、いえ愚鈍先輩の同級生の相談には私は全くの関与もしていませんので、やはり報告書の件は責任者である先輩、いえ愚鈍先輩が受け持つ方が適切で的確で適当だと思います」

 おぉ。

 気軽に振った話題にこうも順序だてて反論され、そしてこちらの反論の余地がないほどのことを言われたのは僕ぐらいではなかろうか。

 それから医月のマイブームか知らないけど僕のことを『愚鈍先輩』と称するのはこの間からだった。

 一度のターンで通算四回も言い直すあたり本人にとって定着していないのか、はたまた僕に精神的ダメージを与えるためなのか、真実はわからない(わかりたくもない)けれど、他の人の前でそれも天灯先生にでも聞かれたらあの先生のことだ僕のことをそう呼ぶ人が二人に増えるだろう。


「愚鈍先輩」

 定着したか……。


「この部ができて二カ月が経ちましたけど、実績はどうなりました?」


「実績って?」


「相談者の人数とか相談の件数とかです」

 ああ、そういうこと。

 前にも曜さんにも言った気がするな。


「僕の中ではこうやって報告書を書いてそれでやっとカウントするから、そうだな……、相談者数は二人で相談件数は三件かな」


「愚鈍先輩の同級生と世知原くんですね。………やっぱり横縞くんはカウントしないんですね」


「あれは結局ウソだったからね。数えるわけにはいかないさ」


「でも愚鈍先輩はあの相談に対する答えは出していたんですよね?」


「まぁ、一応は……」


「ならいいんじゃないですか?相談者数三人、相談件数は四件で」


「医月がそう言うなら………」

 たまに思うことがある。

 僕のことを『愚鈍先輩』と呼んだり、無視したり、ぞんざいな扱いをしたりする医月だが最近は付き合いも長くなってきたせいか、たまに本当にたまにだけど僕に優しいことを言うようになった。

 曜さんの件でも励まされたり、初対面のときとは考えられない変化が起きている。


「まぁ草むしりとか花壇の手入れを入れればもっと増えるんですがね」


「………………」


「いっそのこと園芸部にでも改名したらどうですか?私達の活動内容はほぼそれでしょう」


「"達"じゃないよ、僕だけだよ。草むしりと花壇の手入れをしているのは」

 君は作業をする僕を見るだけじゃないか。

 こんな医月だけど変化は起きているんだ、勘違いかもしれないけれど。


「相談が来ないのは仕方ないとは思いますけどね。だって普通こういうのって先生とか保健医がするはずの仕事ですから」

 身も蓋もないことを言いやがった。


「それをこの愚鈍先輩が務めるというのですから納得の現状です」

 前言撤回。

 やっぱりこの後輩は僕に優しくない!


 医月にとってはそれはそれは当たり前のことを再確認しながら、やはり暇なので書き終わった報告書をさっそく天灯先生に届けようと二枚の紙を持ち部室を出た。

 出たところで隣の部屋の生徒会を見る。

 そこでは生徒会役員が来週に行われる球技大会について話し合いをしていることだろう。

 本当は生徒ではなく学校至上主義の生徒会長、しずたにしん会長と僕の敵とも言える横縞巧くんが生徒のために働いていると思うとなんとも滑稽でおかしくなった。

 笑いを抑えてさっさと天灯先生になじられに行こうと足を速める。


 それから。

 案の定、僕でなければトラウマにでもなりそうなことを言われて、職員室から退出する。

 すると、部活中なのか上下とも学校指定のジャージを着たクラスメイトであるまつと出会ってしまった。

 どうでもいいけど、日本人形のように長くて上品な黒髪にジャージとなるとミスマッチ過ぎて変な味わいを放つアスカである。


「あ、一円くん。おつかれー」


「う、うん。おつかれ」

 先生から罵られ、主に精神的におつかれている僕に対してぴったりのセリフを言われた。

 よく見てみるとセリフとは裏腹に急いでいて、かつ困っているようだった。


「何かあったのか?アスカ」


「え?……まぁ、そんなとこだね。ウチの部活で使う道具が届いてたんだけど、その……どうにも重くてさ。顧問の先生に手伝ってもらおうと思って来たんだけどいなくて」

 あまり触れてこなかったけれど、アスカは僕の親友の代が所属しているボクシング部のマネージャーをやっている。

 ちなみにボクシング部は学校敷地内にある武道場で練習している。

 武道場は二階建てであり一階は今言ったボクシング部で二階は剣道部が使っている。

 ボクシング部はともかく剣道部のけたたましく鳴り響くかけ声のせいで校舎から離れたところに武道場は設置されている。

 荷物は当然、武道場ではなく本校舎の事務室に届くのでここから重い荷物を運ぶとなると、なるほど女性ではキツいかもしれない。


「なら他の部員に手伝わせることはできないのか?」


「今、みんなロードワーク中でね。帰ってくるまでにやることもあるしどうしようかと」


「それじゃあ僕が手伝うよ」


「えっ?」

 注釈しておくとここでのアスカの驚きは「えっ?してくれるの?」ではなく「えっ?できるの?」のほうでの驚きだった。

 いや、顧問の先生に頼むところをみると法外に重い荷物ってわけでもないし僕でも十分に運べると思うのだが。

 まさかアスカも僕のことを曜さんと同じように『ひょろっちぃ奴』だと思っているのだろうか。

 だとしら相当に傷つくぞ。

 天灯先生の罵倒をいくらされても匹敵しないほどに。


「………二人で頑張ろっか」


「………………うん」

 大袈裟でもなんでもなく涙を隠して荷物があるであろう事務室に向かってアスカに追従する僕だった。


 情けない。

 珍しく僕はそう思った。

 別に体型とかで言えば身長は平均的であり、体重も適性体重を下回るくらいの痩せ型な僕なのだけど。

 いっそのこと努力家であるハルの自主トレにでも付き合おうか。

 まさか僕が自発的に何かをしようと思う日が来るとは思わなんだ。

 ハルだって驚くし代だって驚くだろう。

 他でもない僕ですら驚いているのだから世話ないのだが。


 密かに決意する僕を余所に事務室の隣にある本玄関―――生徒ではなく外部の大人が出入りする玄関―――に置かれている人一人が一抱えできるほどの大きさの段ボールをチェックするアスカ。

 ニ、三個あるが往復すれば大丈夫だろう。

 そのうちの一個を持とうと手をかける。

 アスカが隣で不安げにそんな僕のことを見つめているが(傷つく)、重いは重いけど案外思ったほどではなかった。

 これならちゃんと運べそうだ。


「おぉ………」

 そんな感嘆の声を漏らすアスカに僕はまた傷つく。


 しかし、この箱の中にはなにが入っているのだろうか。

 持ちあげたときにガチャリと金属音が聞こえた。

 アスカが「よいしょ」と言いながら持とうとしている箱にはどうやら白い粉が入っているみたいだ。

 金属と白い粉。

 これだけ聞くと危険な臭いが仄かに香ってくるが、単にダンベルとプロテインだった。


「あ!あっちまで行くには下履きが必要だね。ちょっと取ってくるよ」

 言うが早いかせっかく抱えた段ボール箱を降ろし、ささっと走って僕ら生徒が使う方の玄関へと向かっていった。

 さすが運動部のマネージャー、フットワークが軽い。

 そう感心しながら僕もガシャンとダンベルの詰まった箱を降ろした。


 なんてことはなく、僕は本玄関から外を窺った。

 普段は常時開放されている本玄関なので、主に教職員や来賓者が利用する学校の正門が自然と目に入った。

 僕は裏門から登校するので正門はあまり見ない。

 そのあまり見ない正門に小さな影を捉えた。

 小さな影はこちらに向かって歩を進めていて、次第に正体がわかる。

 黒のハーフパンツに英語のロゴがはいった白い長袖Tシャツ。

 普通は高校には来ない、小学生くらいの少年だった。

 いや、少女か?

 髪も短めで格好もボーイッシュだけどここからじゃ判断できない。

 その少年だか少女だかわからない子はランドセルではない学生鞄を背負って僕がいる本玄関に辿りついた。


 今まで見たことないくらい顔の造りが整った子供だった。

 息を呑むほどに。


 けれど、誰かに似ている気がする……、気のせいだろうか。

 いや、そもそもなぜこんなところにいることについて考えるべきだ。

 えーっと。


「失礼するよ」

 大御所みたいな感じで話かけられた。

 考えるよりもそのことにツッコむべきか?


「この学校の武道場ってどこかな」

 物怖じせずに目上の人に対してこの態度は子供だから許されることかもしれない(見る人によっては生意気だと思われる)けれど、この言ってしまえば綺麗な子供にされると違和感がなかった。

 僕だからかもしれないけれど。

 尋ねられたことに変な意地悪をするでもなく僕は素直に、


「あっちだよ」

 と、行けば分かると思い方向だけを教えた。


「ありがと」

 軽く会釈程度に頭を下げ武道場の方へとまた歩いて行った。


 なんであの子が真っ直ぐに僕の下へとやってきたのかというと単純に道を聞ける人間が僕以外に周りにいなかったことにある。

 どこまでも謎の子だった。性別も含めて。

 そんなこんなで靴箱から僕と自分の分の靴を両手に持ったアスカがやってきて、予定通り一緒に荷物を運んだ。

 さっきの出来事を話そうかと思ったけれど、なにぶん分かっていないことが多すぎてどう話せばいいか判然としないまま目的地に着いた。

 すると、やっぱりというかあの子がいた。

 今は誰もいない建物の中の様子を窺っているあの子は後からやってきた僕達に気づいて、


「あ。いた」

 と言った。


「姉ちゃん」


 ねえちゃん?

 僕のこと?ではもちろんなくアスカのことだろう。

 アスカは驚いた様子で持っていた箱をその場に置き、件のあの子に駆け寄った。


「イノリ!なんでいるのよ!?」


「ボクは届けに来ただけだよ、姉ちゃんの忘れものをね」

 慌てだすアスカとは対象に淡々とそう言って背負っていた鞄から一冊のノートを取り出す。


「これ、練習で使うんでしょ?忘れるなんてやっぱり姉ちゃんはどこか抜けてるよね」

 やれやれといった感じで歳不相応に呆れた仕草をする。

 それすらもこの子がやると様になっているから顔はやはり重要なのだと思った。

 誰かに似ていると思ったらアスカの弟だったわけだ。

 確かに目とか色々瓜二つのような気がする。


「いやーうっかりしてたよ。わざわざゴメンね、こんなとこまで来させて。お礼にアイス買って帰るね」

 どっちが年上かわからないくらい上下関係がしっかり弟に有利に出来上がっている。

 この場合、アスカがしっかりしていないんじゃなくて弟のほうがしっかりし過ぎている。

 なにがどうなればああなるのか、最近の子供はわからないな。


「そっちは、あー、さっきのお兄さん。姉ちゃんの友達?」

 姉とのやり取りが一段落ついて今度は僕のほうを見る美少年。

 名前はさっきアスカが叫んでたな確か………イノリ?


「そうだよ。君のお姉ちゃんと同じクラスの一円向介っていうんだ―――――イノリくん」


「え?」


「ん?」

 どうした?

 僕なんか失礼なことでも言ったか?

 アスカが戸惑うというか信じられないといった顔をして僕の自己紹介に難色を示した。


「………一円くん、イノリは私の妹だよ?」


「…………え?」



 つい数分前に出会った謎の美少年。

 名前は飛鳥田 いの

 小学六年生。

 しっかりし過ぎで、年上に対して物怖じしない肝が据わった子。


 その子はアスカの妹で実は美少女だった。





 ◆





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