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こル・ココる  作者:
第三章 『恩』
18/63

怒らせた、そして安心した。

 



 ◆




「世知原くんは昨日も来ていたの?」


 相談を終えた世知原くんが帰って行った後、ずっと本ばかりを読んでいた医月に尋ねた。

 最初は無視しているのかと思ったけれど、区切りのいいところまで読み進めたのかトン、と音を立て本をとじた。


「ええ、まあ」

 たっぷりと人を待たせたにしては素っ気ない答えだった。

 結構、マイペースなところがあるよなこの子……。

 世知原くんが自分の過去について話しているときも変わらず本を読んでいたし。


「私はあの話を聞くのは二度目だったので、聞いてなくても良かったんです」

 それにしたってなあ。

 もうちょっと気を遣ってもいいのではないだろうか。

 自分が真剣な話をしているときに、その場に片手間の人がいたら良い気はしないのに。


「部活を休むことを伝えない気遣いの足りない人に言われたくないです」

 ぐ。

 痛いとこ突いてくるよね、僕に優しくしてくれる白城さんと接するようになってから医月のこの容赦の無さはホントに身に染みる。

 白城さんの爪の垢を煎じて飲んでほしいくらいだ。

 僕がそんな益体もないことを考えていると医月が僕の右腕を見ているのに気付く。


「包帯」


「え?」


「とれたんですね」


「ん?ああ、昨日とったんだよ。傷跡が残るくらいにまでは回復したから」


「そうですか」

 良かったです。

 最後に呟いた言葉は医月にしてはらしくもなく本当にそう言ったかは定かではないが少なくとも僕にはそう聞こえた。


「ところで―――」

 世知原くんは昔自分のことを助けてくれた『あの人』を探して欲しいという依頼とその理由を話したら再びどこかへと探しに行った。


 世知原くんがどれだけ『あの人』に会いたいのかはわかった。

 彼が件の『あの人』から感じている恩は相当なものだったのだろう。

 今では離れ離れになっている父親からの『強さ』を求める自縛から解き放ってくれたのだから。

 更生し、改心し、正気に戻してくれた。

 その恩を返すべく『あの人』を探しているのだと言う。

 世知原くんの話によると『あの人』は世知原くんが報復を受けているところにたまたま通りかかっただけで彼とは全くの見ず知らずの無関係な人だったらしい。

『あの人』を『あの人』と表現しているあたり名前すら聞くことはままならなかった。

 でも、手掛かりが全然ないというわけではない。

 らしい。

 まだ僕はその手掛かりについて知らされておらず、それについては医月から教えてもらえることになっている。

 昨日、僕がいない間に世知原くんからそのあたりまで聞いていた医月は少しでも効率を上げようとその時点で世知原くんと打ち合わせをし、僕の協力を仰ぐにあたって依頼とその理由はさすがに本人からでないといけないから最初は『ココロ相談室』の部室に寄って最低限の話をしたあと探しに行き、その間に最低限ではない本人がいないくても構わない話すなわち手掛かりについては医月が僕に話すということにしたみたいだった。

 こういった合理的に事を進めるあたりが流石医月らしい。

 せっかくなので僕も急ぎめに医月に話を促す。


「手掛かりっていうのは『あの人』に関することなんだろうけど、具体的には?」


「特徴ですよ。簡潔に順番にいうと身長は先輩よりちょい低めで、痩せ型というよりスレンダー、髪は短めで肩にもかからないくらい」


「ちょっと待って。表現の仕方がなんていうんだろ、女の人のような………」


「何を言っているんですか。世知原くんが探して欲しい『あの人』は女性ですよ?」


「女性って………」

 話からすると世知原くんの報復に参加したのは十数人で、そんな人達をほぼ一人で倒したんじゃなかったっけ?

 だからてっきり僕は『あの人』というのは腕っ節のたつ屈強な男性だと思っていたんだけど。

 世の中そんな身近に強い女の人なんているのかどうか。


「そして決定的なのが『あの人』―――彼女は草高の制服を着ていたそうです。時期で言えばちょうど私が今着ているやつです」


「つまり『あの人』はここの生徒ってことか……」

 だから、なのか。

 世知原くんが露草高校に入学した理由。

『あの人』への手掛かりが乏しいなか、最も確実に見つけられる方法が自分も同じ学校に入ってそれこそしらみ潰しに一人一人と会っていけばいずれは『あの人』に辿りつける。

 そう思ったから世知原くんは難易度の高い方である進学校へとやってきた。

 自分の進路を犠牲にしてまで彼は『あの人』に会うためだけに草高に入った。

 改めて彼の恩の感じ方がわかるというものだ。


「いや、でも『あの人』が草高の生徒ならおかしくないか?」


「愚鈍で有名な先輩にもわかりましたか?そうですよ。決定的な手掛かりがあるにも関わらず世知原くんは未だに見つけることができていないんです」


「愚鈍で有名って………」

 せめてうどんで有名くらいにしてほしかった。

 別に僕は香川県となんの縁もないけどさ。


 くだらないこと考えるのはこのくらいにして、いくら須磨くんというイレギュラーがあったとしても世知原くんぐらいの行動力があれば学校中の生徒に会うことなんて一週間もあれば事足りるだろう。

 それが一カ月半が経ってもまだ見つかっていないのはやっぱりおかしい。


「『あの人』と会ったのが去年ってことは少なくとも一年生じゃなくて、女子生徒ということを考えるとその半分になるから……」


「そのくらいの人数からたった一人の人間を見つけるのはそれほど労力はかかりません。ですが実際にはそうはいかず、もしかしたら欠席しているかもしれないから、確かめるのに時間がかかったみたいです」

 でもそれでも見つかっていない。

 完全に世知原くん的には当てがはずれ、万事休すでどうしようかということで『ココロ相談室』に相談したのが昨日ということなのか。


「ですが今の愚鈍先輩と同じように世知原くんには一つ見落としがありました。愚鈍先輩はともかく世知原くんが見落とすのは仕方がないと言えますけど」


「なにが?」

 愚鈍先輩こと僕は尋ねる。


「なにを見落としていたって言うの?僕にはもう探すところはないと思うんだけど」


「はぁ~」

 盛大にこれ見よがしに今まで見たことないくらいにわざとらしく呆れたように溜息をする医月。

 この仕草は割とよく見るので慣れてはいるんだけど、僕の特技は彼女を呆れさせることなのかもしれない。


「考えてみてもくださいよ、いや考えてみたんですか?それで?………去年、草高の生徒だったのはなにも現在の二、三年生だけではないでしょう?」


「ん?……あ、そっか卒業生………」


「そう。だから私は図書室にある卒業アルバムを見るようにアドバイスしたんです。結果は出なかったみたいですが」


「え!?だったらもうホントに八方塞りじゃん」


「なにを今さら………」

 いや、君からしたら今さらな反応かもしれないけれどさ、教えられたの今だし。

 なら世知原くんは慌ててどこに行ったんだよっていう話なのだが。

 おそらく助けられた、報復を受けた場所にでも行っているかもしれない。

『あの人』は通りすがって世知原くんを助けたのだし、そのあたりを中心に探していけば見つかる可能性はある。

 雀の涙ほどの可能性だろうけど。

 それに賭けるしか今の世知原くんには残されていない。


「じゃあ僕たちは何をすればいいのかな。『ココロ相談室』としては当然だけど、相談にのったからには責任を持たないと」


「さぁ」

 さぁって……。


「聞き込みをするしかないんじゃないですか?世知原くんはあの強面ですからできないですけど」

 地味にひどいこと言うなよ……。

 確かに彼はあの見た目のせいで入学当初ほどではないにしてもいまだに恐れらているけども。

 彼だって好きであの顔に生まれてきたわけじゃないんだ。


「先輩のほうがひどいこと言ってると思いますけど」

 口には出してないから大丈夫。


「…………。手初めの聞き込みとして先輩は心当たりないんですか?今まで学校に通ってきて、滅茶苦茶に腕が立って最低でも今年度の間学校に来ていない女子生徒」


「そんな人そうそういないだろう。そんなケンカが強くて学校に来ていない女子なんて僕は曜さんくらいしか知らないよ」


「……誰ですか?」


「………………」


 そういえば、曜さんなら全ての条件をクリアできるのか?

 十数人の人間を倒せるほど強いかは分からないけど、学校なんて今年度どころか一年間通っていない。

 もちろん卒業アルバムになんて載っているわけもない。


 そうか。


『あの人』はあの人なのか。


 決め付けるのは早いけれど直感するのだ。

 曜さんならやりかねない、僕を助けてくれたように。


「医月、明日世知原くんに『あの人』は見つかった。けど、少し待って欲しいって伝えてくれないかな」


「それは、嫌々ながらわかりましたが……」


「嫌々ながらわかるな」

 どんな了承の仕方だよ、それ。


 ともかく世知原くんの相談は解決しそうだけど、もうひとつの相談がまだだ。

 白城さんの『曜さんに学校に来て欲しい』という相談っていうか願いが。

 僕としてはこのまま世知原くんの相談も白城さんの相談も一気に解決したい気もするがどうしたものか。


「ねぇ医月、実はもうひとつ相談を受けているんだけどどうしたらいいと思う?」

 なんとも情けないことを後輩に訊く僕。


 前回の横縞くんの件から何も学んでいないともとれるような質問だ。

 先日では僕はほとんど医月に頼りっきりで僕がやること成すこと全てが空回りしていた。

『ココロ相談室』は僕と医月がいて機能していると表向きは思われているが、僕自身の活躍がなんらかのプラスに転じたことなんてほとんどないんじゃないか、そう思えてくることがある。

 まだまだ『ココロ相談室』が発足して間もないけれど、早めに僕がどれだけこの部にとって"役に立たない"かを自覚し、そして邪魔にならないよう退部した方が良いとさえ思うこともある。

 人の悩みを取り扱う荷の重い仕事だけに。


 "すべてを受け入れてしまう"という『性質』はこの『ココロ相談室』に適していない。


「………先輩のことだから考えてもわからないことってあるんですよね」

 ごもっとも。


「それでも考えてください。先輩は考えるのが下手ですが、先輩の考えは誰にもが思いつくそれとは少し違います。少しだけですが。それでも考えてください。その『少し』で救われる人は………、いると、思います」


 愚かにも答えを尋ねた僕に医月は意外にもそんなことを言った。

 そんな励ましを。

 そういえばアスカが言っていた「一円向介がやることの意味」と似ている気がする。

性質こんなもの』を持っている僕にも意味があるのかやっぱり僕にはわからないけれど、医月やアスカが言うことを信じてみることが今、やるべきことかもしれない。

 なにもかも『受け入れ』ながら。


「とりあえずは頑張ってみてはどうですか?」

 本読みながら医月はそう言った。



 ◇


 今日は土曜日だ。

 私―――渡葉曜はこの曜日だけはなんのバイトも入れないようにしている。

 たまにどうしようもない時は働いているが、基本的には休みにしている。

 休みはちゃんと摂らないと人間はすぐにダメになる。

 私の母親のように。


 私までもが倒れたりしたら私の家では働く人がいなくなってしまう。

 私が最後の砦だ。

 母親の入院代や家の家賃そして私自身の生活費、それらを賄うには生半可なことでは生きてはいけない。

 収入の良い深夜のバイトやパート、家でもできるデータ入力などの仕事をやってギリギリだけどやっていけている。

 これを一年間も続けてきた。

 そう一年も。

 将来に対しては貪欲にやっていたつもりだったけど、現実に対しては甘かったあの頃の自分。

 今ではなんだかあの頃とは別人になったような気がする。

 父親も弟もまだいたあの頃。

 渡葉曜として大事な何かが抜け落ちてしまっているようなそんな感覚。

 今更、そんなセンチな心になっているのはおそらくこの前に私を訪ねてきたあの二人のせいだろう。

 輪花と向介。

 あの二人のせいで私は捨てたはずの夢について思いを馳せることがある。

 去年のあの時、教師を殴ったあの時の事件が無ければ私はまだセーラー服を身に纏い誰からも話しかけられないが不思議と満更でもない学校生活を送れていたのだろうか、と。

 でも、あの事件があってもなかろうと私はやっぱりこんな風に頑張って家計を支えていただろうということが分かっていてもそれでも何度も何度も思うのだった。

 もし。

 もし去年のクラスのなかに輪花や向介、やつらの友達がいたらもしかしたら私は少なくとも孤独ではなかったんじゃないか。

 いつも誰の温もりも感じられない我が家に帰っても辛くも寂しくもないんじゃないかと思う日々が続いた。


 なにはともあれ。

 私は学校には行っていないし、今日は週に一度の母親を見舞う日だ。

 精神科の病棟で治療を受けているが、家族の喪失に未だに立ち直れていない彼女を見舞うのだ。

 瞳に光を灯していない彼女を励ますのが私の日課だった。

「いつか帰ってくるよ」とか、「元気出せよ」とか。

 そんな言葉を並べるだけのつまらない日課ではあるけれど、それでも私はこの日課だけは欠かしたことはなかった。


 そして今はその帰り。

 太陽がてっぺんよりも少し傾き、梅雨とは思えないほど晴れていて熱い日差しを浴びようと街で一番デカいいつもの病院から出ると最近見知ったやつがいた。

 女にしては背が高い方である私よりも少し高い背丈、痩せ型で私から見ればひょろそうな身体をしてカッターシャツの制服を着た男子。

 一円向介だった。


「やぁ曜さん。会いに来たよ」

 そう言って手を振りながら挨拶をしてきた。


「こんなとこで会うものなんだな。というかアンタ、学校でもあったのかよ。土曜日だろ?」


「うちの学校は土曜日だろうと授業はあるよ?知ってるでしょ」

 ああ、そうかそうだったな。

 たった一年通ってないだけでそんなことまで忘れるものかよ。

 私は自分自身に呆れ自嘲する。


「で。私がなんでここにいるのがわかったんだよ」

 まさか偶然こんなところで会ったわけでもないだろう。

 私に会いに来たと言うのなら明確な根拠でもあるのか。


「天灯先生から聞いたんだよ。あなたは土曜日にはこの病院に来るって」


「そんなことまで話したか?まったく覚えがないんだが」


「家庭訪問が土曜日だったとかで知ったって言ってたよ」

 これも、そういえばそうだった、だ。

 意識しないで漏らした情報だから覚えていないとしても納得できる。


 それで、コイツはなんのために来た?

 もちろん私にまた学校に来て欲しくて来たんだとは思うが、向介からそういうことを言われたことは思えばなかった。

 言ったのは輪花のほうで、コイツはただ付き添いでそこにいるという感じだった。

 一緒に飯を食べたときもコイツは私に学校に来て欲しい云々は言ってこなかった。


「そんなアンタが私に一体なんの用なのかね」


「もちろん説得だよ。あなたが僕達と仲良く学校生活を送るようにね」

 これには少し驚いた。

 私は向介のことを自分から何かするような能動的なやつには見えなかったからだ。

 誰かに頼まれでもしなければ、流されなければ何もできないやつだと。


「それで合ってるよ。僕は、僕のやることはほとんどが頼まれごとだ。頼まれて乞われて縋われる毎日だよ。まぁそこらへんが『ココロ相談室』に向いているってことなのかな」


「こころそうだんしつ?」


「そう『ココロ相談室』。曜さんが学校に来ない間にできた新しい部活だよ。悩みに悩む生徒の力になるためにつくられた部活に僕は所属している」


「アンタがそんな部活に?」

 似合わないと反射的に思ってしまったけれど、私の向介への評価からしてみれば向介の言う通り向いているのか。

 なぜ私が似合わないと思ったのは単純に頼りないというのが向介の印象だからだと気づいた。

 こんなやつに悩みを相談するやつなんているのか?と疑ってしまう。

 いや、でもあれだけ自信たっぷりに所属しているとのたまったのだその『相談室』はさぞかし盛況なのだろう。


「いいや?今まで相談してきたのは二人………、じゃないか前回のはノーカウントだろうし。うーん………」

 そうやって首を傾げ唸りだす向介だが、すでに"二人"と言ってしまっている時点で底が知れていた。


「うん!そうだね。実質、一人だよ」

 考え出した結果、最初に言った数字より一人減ってしまった。

 大したことないことをなぜ気後れせずに私は感心してしまう。


「あっははははっ。やっぱりアンタは変な奴だよ」


「そうだねみんなからよく言われるよ」

 褒め言葉ではないだろうに謎の誇らしげな顔をする。

 やっぱり変な奴。


「それで今回の相談者である白城さんに協力して僕は今こうやって曜さんの前に立っているわけだ。この前の訪問も含めて僕の意志はない―――はずだった」

 今までの穏やかな雰囲気から一変、向介は真面目な表情になる。

 突然、風でも吹いてきたのかと思うくらいの驚きがあった。

 まぁそよ風程度のやはり穏やかな風ではあるが。


「どういうことだよ?」

 私も真面目になるのが礼儀だと思い笑わないで訊く。


「僕はね曜さん……、別に曜さんには学校に無理に来させなくてもいいと思っていたんだよ。お金の問題なんだから仕方ない、と。でもね、あなたの話を聞いて考えが変わったんだ」


「それは違うだろ。私は見てたぜ。あの日話をしてもアンタはまるっきり変化はなかった」

 言葉に困った様子ではあったけど、やっぱり"仕方ないよな"って顔をしていた。

 そんなやつがよくもいけしゃあしゃあと言ったものだ。


「そうかもね。だったら意見が変わった原因は白城さんにあるのかもしれない。最初は恩に報いるためだけのつもりだったのにいつの間にか白城さんの必死さに感化したのかな」


「そうだとしたら一体なんだって言うんだよ。別にアンタが意見を変えようと私が学校に来たいなんて思わない」

 大袈裟かもしれないが敵が増えたところでどうってことない。

 そんな簡単な問題じゃないはずだ。


「僕が感化されたってことは曜さんだって感化されたんじゃないのかなって。学校にまた行ってみたいって思ってるんじゃないかって。僕はそう思うよ」


「全然、そんなことない」

 ウソだ。

 ここ最近、学校のことばっかり考えているくせに。

 こんな安い見栄を張るなんて、以前はしなかった。

 向介の言う通り感化され変わってきているのかもしれない。


「もういいんじゃないの?何も知らない僕が言うのもなんだけど曜さんは十分頑張ったと思う。捨てた夢をまた拾って一緒に行こうよ学校へ」


「だからそんな簡単な問題じゃねぇんだよ!ああ、そうだよ私は今学校のことばっかり考えてるよ!アンタらと一緒に学校生活を送りたいよ!でも……、無理なんだよ………ッ!!」


 私は今誰に対して怒鳴っている?

 何に対して怒っている?

 目の前にいる向介にではない。

 思い通りにいかない私の心とどうしようもない現実に、だ。

 どんなに欲してもどんなに望んでもどんなに願っても、家族は帰ってこないし夢は叶わない。

 世界がこんなに冷たいとは知らなかった。

 現実がこんなに厳しいとは知らなかった。

 夢がこんなにも儚いとは知らなかった。

 無知な私がいけないのならもう思い知った。

 だから。

 だからどうか―――――


「―――私だって学校に行きたいよ!」


「すきあり」


 は?

 これでもかってくらい真面目な顔からまたもや一変して笑いながらおどけたように向介は言った。

 まるでしてやったりといった感じで子供ような顔をした。


「なにが……おかしんだよ………」

 今の向介の顔を見ていると私の憤りが逆撫でされている気分になる。

 必死に沈めてきた『本音』をやっとの思いで吐露したというのになんなんだコイツは。


「曜さん言ったよね『怒るとひとつのことにしか集中しなくなって隙ができる』って」

 確かに言った、ファミレスで。

 それが私のケンカでの必勝法でもある、忘れたことなどない。


「やっと怒ってくれたね」


「アンタ、最初から………」


「言質もとったしこれで僕の"役目"は終わりだよね―――白城さん」


「え?」

 向介は私にでもなく私の後ろに向かって言ったので、思わず振り返り病院の入り口の方を見た。

 そこには向介同様見知った顔であるさっきも名前を呼ばれた輪花とそんな彼女に体を支えられながらも佇む誰よりも見知った顔がいた。


「なんで……母さんが………」

 そう私の母親がいた。

 感情という感情をある日を境になくし、さっき見舞って来はずの母親が信じられないことに涙を流しながら私の方に歩み寄ってきて互いに抱き合う形になる。

 本当に信じられなかった。

 仕事中に倒れてから一年間、ほとんど無反応だった母親がまるでそう"昔"みたいだった。

 昔みたいに感情を表している。

 それだけのことで私は夢か現実かわからなくなった。

 それくらいに動揺した。

 一体、この二人はどんな魔法を使ったんだ。


「特別なことなんてしてませんよ。ただ、娘さんのことを大事にしてくださいって言っただけですから」

 事も無げにそういう輪花だが、そんな生易しいものではないはずだ。

 きっとコイツのことだから私のときみたいに必死になって訴えかけたんだろう。

 見ず知らずの人間に対してよくやるよ。


「曜さん、学校に行きたいって言いましたよね?」

 言った、確かに言ったが……。


「あとはお母さんに話してください。自分の気持ちと思いを。きっと今なら届くと思いますから」

 うっ、うっ、と泣きやまない母親を抱きながらどうしようかと悩む。

 いいのか?そんなことして?

 許されるのか?

 家族を苦しませてまで私は学校に通いたいのか?

 夢を叶えたいのか?

 考え込む私に向介は、


「時間をかけてゆっくり始めていけばいいと思うよ。僕達はいくらでも待ってるから」


「………そうだな。ゆっくり家族をやり直すよ」


 母親を強く感じながらそう言ってしまった

 見事にしてやられた、コイツらに。


 しかし皮肉なものだ。

 家族が崩壊したきっかけの始まりだった"この病院"でまた家族をつくり直すことになるとはな。


「いいんじゃないですか?」

 輪花は言う。


「それで幸せになれるのなら」


 見上げると悔しいぐらいに照りつける太陽があった。

 暑いのが苦手な私は憎たらしく思っていた今日の天気だったが。

 最後に私はこう思った。


 晴れてよかった。



 ◇


 それから数日後。

 僕と白城さんは天灯先生から曜さんは夏休みをはさんで二学期から学校に登校することを知らされる。

 母親のリハビリもあるからというのと少しでもお金を稼ぐためだそうだ。

 珍しく僕はこのとき天灯先生から褒められた。

「よくやった」と。

 ほとんどは白城さんのおかげだと思うけれど素直にその言葉は嬉しかった。


 世知原くんの恩返しはまだまだ先になることを伝え僕は一年生の教室を去るときに久しぶりに"彼"に会った。


「やぁ横縞くん。卓球の調子はどうかな?」

 彼は相変わらず目を合わせずに、


「だからあれはウソですってば」

 と、静かに言った。


「君は二重人格なんだよね?」


「そうですね。そうだと思います」

 どうでもいいといった感じの無関心な感情を見せる。

 それで会話を終わらせたつもりなのか僕の横を通り過ぎた。

 もうひとつの人格からは程遠いくらいに掴みどころがないよなぁ。

 そんなこと思っていると後ろからゾクッとするような嫌な声音で横縞くんが、


「『ヘルヘイム』のことはー、気にしないでー、くださいー、ね。もー、先輩のー、ことはー、消しましたからー、」


 それならもう安心だ、もうあんな襲われ方はしないのかとホッとするのも束の間、次の言葉が放たれる。


「つぎはー、死ぬかもねー、先輩ー、?」


 それを最後に今度こそお別れになった。

 物騒で意味深なことを言わないで欲しい。

 せっかくいい気分だったのに。


 なにはともあれ。

 白城さんへの恩から始まってひとつの家庭にまで深く立ち入ることになった今回。

 曜さんの心に僕たちは勝った。

 彼女の敗因は現実を『受け入れ』きれていないことだった。

 夢を、未練を断ち切っていないことだった。

 だが、結果的に幸せになれたのであれば良い敗北だっただろう。

 まだわからないけれど。


 ただ僕の『性質』が彼女になくてよかったという結末を迎えて欲しいものだ。

 世知原くんの恩もいつかは報いることになるといいな。

 そう思いながら僕は歩いていた。

 暢気なことに。


 後日、僕史上最大級の事件が起きるとも知らずに。





 ◆





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