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こル・ココる  作者:
第三章 『恩』
14/62

説明した、そして優しくされた。

 


 

  ◆




 ここいらで僕の『性質』について語らせてもらおうと思う。

 今まで幾度となく出てきた単語ではあるが、実は使いだしたのはつい最近のことだった。


『なんでも受け入れてしまう』。


 それが僕が『性質』と呼び、あるいは代が『凶器』と呼び、あるいはアスカが『ずる』と呼び、あるいはハルが『長所』と呼び、あるいは閑谷会長が『不気味』と呼ぶ。

『これ』は。


 そういえば医月はなんと呼んでいたっけ?

 今度聞いてみよう。


 僕は成長をしない。

 自分に足りないものがあろうとなかろうと僕は進歩もしないし、進化もしない。

 生物として落第をくらってもいいくらいに、僕は自分の欠点を『受け入れる』。

 受け入れて甘んじて停滞して、進まない。

『受け入れ』た上で足りないところを他人に補わせる。

 中学時代は代に。

 今では医月に、アスカに。

 僕は色んな人に僕を"支えさせて"生きている。


 さて、それでは語り部は僕なのでこれからも呼称は『性質』ということで話を進めることにする。

 僕の『性質』について語るとは言ったものの『性質』とは僕自身と同義なので語る内に話が逸れてしまうかもしれない。

 そこはご容赦いただきたいところだ。


 まずは"なんでも"とはどこまでの範囲を示すのか。

 これまでの十六年間の人生のなかで僕はこの『性質』を意識することは多分にあった。

 幼いころは人との価値観の違いに戸惑ったりした。

 ドラマなどのフィクションの物語を見聞きしても共感できないでいた。

 そんな僕だったから昔から友達と呼べる人はおらず、ハルくらいしか僕にはなかった。

 空っぽな人間だった。

 今でこそ相談室なんてものをやってはいるが、そんな奴には何も成すことはできないだろう。

 かの有名な愛と勇気だけが友達のヒーローも中身がなければ何もできない。

 そんな空っぽな僕に中身をくれたのが、やはりハルだった。

 今とは少し考えられないくらいにハルがやんちゃだった頃の話だ。


 "男の子は弱い子を助けなきゃいけないんだよ!! 自分をぎせい? にして!!"


 なんかの子供向けのテレビに影響されて言っていたので、言葉の意味も理解していなかった幼いころのハル。

 普通の子供だったら「あたりまえだよっ」とか言って共感したかもしれない。

 でも僕は違った。

 空っぽの僕はハルの誰かの受け売りの言葉をただただ『受け入れる』のだった。

 乾いた大地が水を吸い込むように、パズルのピースがはまるように、自然と僕を満たしてくれた。

 それが転換点だった。

 思えばこれがこの『性質』の一番の良かったところだったかもしれない。

 この時のハルの言葉次第では僕は世知原くんを超える不良になっていた可能性があったとすると喜んでばかりもいられないけど。


 とりあえずはそういうことで僕は弱い人がいると助けるようになった。

 いじめを見つければ止めに入り、困っている人がいれば協力した。

 天灯先生から頼まれたら断れないと評されるのもこれに起因しているのだろう。

 厄介事に頭を突っ込むのが常となっていた中学の頃には親友の代と出会ったこともハルのおかげとも言えた。

 本当にハル様様だった。


 ここまで『性質』の恩恵を賜っているように語った僕だけれど、たまに思うことがある。

 この『性質』を僕なんかが持っていていいのだろうか、と。


 そりゃあ自分の『性質』を他人に渡すことなんてできないけど、例えばこれが冷たい戦場をくぐり抜ける軍人にあればどうだろう?

 日々の厳しい現実や仲間が死にゆく辛い現状を乗り越えずに『受け入れて』、絶望するでもなく生きていけるかもしれない。

 少し発想が突飛すぎたか。

 なら身近な例を出すことにしよう。

 先ほどいじめをを止めていたと言ったが僕はその度に思ったものだ。

 顔を歪ませて涙を呑む被害者を見て、思ったものだ。


「必死に苦痛に耐えている彼らになくてなんで僕にあるんだろう、『これ』は」


 僕は彼らを見て尊敬し、羨望していた。

 僕にはできない"耐える"という崇高な行為をする彼らを羨んでいた。

 彼らと比べれば僕はずるをしているようなものだ。


『ずる』


 僕の『性質』をそう呼ぶアスカは本当に本質が見えている。


 ずるをする僕のことを僕は、

 憎々しく―――受け入れて

 忌々しく―――受け入れて

 恨めしく―――受け入れて。

 自己嫌悪にも陥れない僕は『今回』も思うのだった。


 なんであるんだろう。

 僕なんかに。


 ◇


「だめだぁ」


 四限目も終わりこれから待ちに待ったお昼の時間。

 この前受けた中間テストが次々に返されているこの頃。

 最後に英語の答案が返ってきたのがつい先ほどのことで、合計点を割り出して結果に満足する者、普通の者、危機感を覚える者など各々様々な様子で友達とお弁当を広げたりしている中で。

 僕は一人情けない声を出していた。


「どうしたの?」

 そんな僕に隣の席でお馴染みのアスカこと飛鳥田祀梨が何事かと訊いてくる。

 彼女はテストの結果には満足なようでボクシング部のマネージャーをやって忙しそうにしていたのに大したものだと思う。


「そんなに点数悪かったかな?」

 訊きにくいことを純粋なまなざしで訊いてくる女子だった。

 別に悪くなかったから良いけれど。


「いや……さっきの授業もそうだけどノートが全くとれなくてまいってるんだよ、この怪我のせいで」

 そう言って僕は昨日、怪我したての右腕を見せる。

 この怪我だけでなく体中にも打僕なり頭にはたんこぶをつくって見た目では結構痛々しいので代と天灯先生以外は心配してくれた。

 心配しない人の中に担任の先生が入っていることに僕はちっとも驚かない。

 あまりこんなことを言いたくないけれど、僕が今こうして苦しんでいる責任の一端は先生にあると思う。

 それなのにあの女史は仕事を要求してくるのだから、その容赦のなさに感服するばかりだ。

 皮肉ではなく。

 逆にあの先生が心配でもしようものならまたもや階段から落ちかねないから僕はホッとするべきなのだ。

 胸をなでおろすべき、なのだ。


 それで。

 話を戻すと右腕の怪我は手の平まで及んでいるのでペンを持つどころか箸だって持てない。


「箸も持てないって……ごはんはどうしてたの?」


「昨日はカレーだったから……左手でもスプーン使えるしね」

 最初はハルが食べさせようとしたから相当に焦ったものだ。

 この歳で"あーん"は僕は恥ずかしさを覚えないけど、後々ハルの方が卒倒しそうなので頑張って慣れない左手で食べた。

 ハルはさっぱりした性格をしているが意外と引きずるタイプで、そういう羞恥プレイをその時のテンションでやってしまって冷静になって思い出すと悶え苦しむという面白キャラである。

 なぜ、僕がそのことを知っているかというとそういうことが昔あったからだ。


「まぁごはんの問題よりも、板書を記録できないことのほうがなぁ」


「書けるようになったらノート貸してあげるよ………って言っても選択科目は無理だけどね」


「そうなんだよ。僕が日本史でアスカが地理だっけ?」


「そうだよ、私って人の名前読むの苦手で世界史なら大丈夫なんだけど」


「最初僕の名前も読めなかったもんな。単純に漢字が苦手とか?」

 それって僕たち文系にとっては重大な欠点になり得るが……。


「ちがうの。漢字は得意だよ?漢検一級持ってるし。ただ人の名前になると途端にわからなくって」

 確かに特殊な読み方をする名前も多い。

 先ほど出したハルの苗字である『百角』なんかは教えてもらわないと無理かも。

 最近ではキラキラネームというものもある。

 "火星"と書いて"まあず"、"七音"書いて"どれみ"と呼ぶものがあると聞いたことがある。

 そういう子供たちが社会に出てくるとますますアスカは苦労するかもしれないな。

 他人事でもないから恐ろしい。


「それじゃあ一円くん、友達と食べる約束してるから。またね」


「ああ……うん」


「頑張ってね~」

 弁当箱を持って手を振りながら教室から出て行ってしまったアスカ。

 人の気も知らずにお気楽なものだ。

 午後からもただ先生の話を聞くだけの時間になると少しげんなりする。

 ノートをとらなければやることがなくて授業がいつもよりも長く感じるし、中間テストが終わったとはいえあと一カ月もしないうちに期末テストだってやってくる。

 聞くだけで記憶できるような才能なんて持ち合わせない平凡な僕は今日から数日間あるいは数週間の授業は諦めたほうがいいのかもしれない。

 精々、赤点をとらないように対処法を考えないと。


「僕も食べるか……」

 思えばクラス大半はもう食事時。

 食べ始めていないのは僕くらいだった。

 そう思いいつも通り鞄から弁当をだしていつも通り開いてみるといつもと同じようなラインナップだった。


「………………」

 僕は特段パン派というわけでもないし、アメリカンな趣向をしているわけでもないのでもちろん弁当の主食はお米だ。

 日の丸弁当だ。

 もちろん、箸を使う。

 ということは今の僕では食べられない。

 母親に素手でも食べられるものを頼むのを忘れていた。


「はぁ………」


「―――――あの、一円………君?」

 絶望している僕のところに見覚えのない女の子がやってきて僕の名前を躊躇いがちに呼んだ。


「え?」

 見覚えのないとは失礼なことを思ったものだった。

 だって。

 だって彼女は我が二年一組の一員であり僕とはクラスメイトで、しかもクラス委員長だったから。


「えっと……しらしろりんさん、だよね?」

 さりげなく名前を確認する僕。


「はい、そうなんですけど……」

 なんだか困った様子で黒縁メガネを両手でかけなおす。

 同じクラスとは言っても目立った接点のない僕ら。

 うちのクラスは学期毎に席替えをするので席が近くもなければ話したことも数えるほどしかない。

 彼女が委員長ということもありちょっとした雑談を交わした程度だ。

 こうやってわざわざ僕の席にまで来て話かけるような仲ではない。

 誤解しないでもらいたいのだが、別に彼女のことを迷惑だとは思っていない。

 僕だって彼女と同じように困惑しているのだ。

 昨日殺されかけた身としては警戒しないわけにもいかないし。


「………………」

 黙りこむ僕にさらに困った白城さんはメガネを両手で抑えながら俯いてしまった。

 それでも僕は椅子に座っているし、彼女は立った状態なので表情は窺えてしまうけれど。


「何か用かな?白城さん」

 このままじっとしていても埒が明かないので僕から切り出してみる。


「用といいますか、その………、尋ねたいことがありまして……」


「なに?」


「右腕、不便じゃありませんか?」


「不便かと訊かれれば不便だけど」

 先ほどアスカともそういう話をしていたところだ。

 ここで変な見栄をはる必要もない。


「授業中気になってたんです……一円君のこと………。ノートとれなくて困ってるんじゃないかって」

 へぇ。

 見られてたのか、それはお見苦しいところを見せてしまって申し訳ないといった感じだ。


「ちょっと待っててください」

 そう言って彼女は翻って自分の席から何枚かの紙を持って戻ってきた。

 よく見ればそれはB5のルーズリーフのようだが。


「これ、どうぞ」


「どうぞって……」


「良ければ使ってください。午前の授業の板書を写してますから役に立つと思います」


「いやでも、白城さんの分は?」


「わたしのはちゃんととってありますから気にしないでください」

 ニコッとここで初めて彼女は笑った。

 名前の通り小さな花が咲いたような可憐で可愛らしい笑顔だった。


 良い人だ。

 素直にそう思った。

 あまり話したことのないただのクラスメイトにここまでのことをしてくれるなんて。

 最近良いことなんてなかったから妙にこの優しさが心に染みる気がする。

 この学校って僕のことを悪く言う人が多いから尚のことだ。

『性質』だなんだとは言っても僕の心は傷ついていたのかもしれない。

 主に医月や天灯先生の毒舌によって。

 だから変に気分が良くなった僕は柄にもなくこんなことを言うのだった。


「一緒にご飯食べない?」

 いつもは代と食べているんだけど席を見たら奴の姿はすでに無く、どうせなら接点を持った白城さんと仲を深めたいと思った。

 彼女も今日は一人で食べる予定だったらしく快く僕の誘いを受けてくれた。

 普通だったら彼女の席の近くに僕が座るのがあるべき紳士の姿なのだろうけど、怪我人ということで白城さんがアスカの席に座ることになった。


「自分で誘っておいてなんだけど、不思議だね。あまり喋ったことないのにこうして一緒にご飯を食べるなんて」


「そうですね。わたしって男の子自体あまり話したことがないから尚更不思議です」


「なんで話したことないの?」


「えっと、昔から男の子が何を考えてるかわからなくて怖くて話せずに、そのまま生活していたらさっきみたいに緊張するようになってしまって………」


「そんななのによく委員長なんてやっているね」


「努力はしないといけませんから。これでもマシになった方なんですよ?」

 微笑みながら言う白城さん。

 そういう顔を見せていれば世の男はほっとかないと思うんだけどな。


 持ってきた鞄から小ぶりな弁当箱を取り出し、器用にそぼろご飯を食べ始めた。

 僕はというと箸が使えないこの状況をどうするか悩んでいる。

 いっそのこと主食の白米は諦めて箸で刺せそうなおかずだけを食べるか?

 そう考えた僕は早速、箸を慣れない左手に持ち替え手初めに卵焼きをぶすっと刺して口に運ぶ。

 うん、食べれなくはない。

 これ幸いと次はから揚げに手を、もとい箸を伸ばすと―――


「行儀わるいですよ」

 叱られた。

 悪いことした子供を宥める保育士のように優しく。

 なんか気恥かしい。


「でもこうやらないと食べれないし……」


「食べさせましょうか?」


「平気な顔して何言ってんの……」

 昔のハルと同じ過ちは犯したくないし、世話になってしまった白城さんに迷惑もかけらないからお断りする。

 というか彼女は『人に食べさせる』ということがどういうことかわかっているのだろうか。


「…………」


「………………」

 わかっていなさそうだ……。

 純粋過ぎて危ういなぁこの子。

 もっとこう警戒心というものを持った方が良い。


「あまりそういうこと男子に言わないほうがいいよ」


「なんでですか?」


「なんでって、勘違いする人が出てくるからだよ。『あれ、もしかしてこの子俺のこと好きなんじゃね?』的な感じでさ」


「ふふ、一円君って冗談が面白いです」


「……冗談じゃないんだけど」

 思春期の男子はみんなそうなんだと聞いたことがあるんだけど。

 僕はあまりそんなこと思ったことないから強く本当だと言え難いのが辛い。


「誰にでもこんなことしませんよ」


「え?」

 どういう意味だろうか。


「ところでお礼しないといけないね」


「なんのですか?」


「このルーズリーフの、さ」

 二人分の板書を写すていうのがどれくらいの手間なのかわかっているつもりだ。

 彼女はあろうことか午前の四時限分をきっちりとしかも分かり易いように書いてくれている。

 その心遣いに対して報いることは自然のことだろう。


「そんな!いいですよ!わたしが勝手にしたお節介なんですから」


「そのお節介が僕には嬉しいって感じたから受け取ってよ」


「そう、ですか?……。なら、怪我が治るまでお節介続けます」


「ははっ、それじゃあちゃんとしたお礼を考えないとだね」


「期待しておきます」


 そんな風なことを言ってお互いに笑い合った。

 こんな時間が僕にとっては珍しく楽しいものだった。


 恩を受けたからそれを返す。


 それができるだけ僕はまだ幸せだと。

 このときは気付いていなかった。

 気付かなかった。


 そんな僕は馬鹿なのだろうか。





 ◆





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