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こル・ココる  作者:
第二章 『志』
11/62

仕事した、そして落とされた。

 



 ◆




『人間、志を立てるのに遅すぎるということはない。』

 みたいなことを言った人がいたと思う。


 人が何かを目指すとき時間を言い訳にするな。

 何かを決意するときには『遅すぎる』なんてことはなく前向きになった方が素敵なんだ、という解釈ができる言葉だ。

 この言葉を彼―――横縞巧くんに当てはめてみよう。


 彼は卓球をやっていてその試合で勝てたことがただの一度もないという。

 練習は問題なくでき、真面目に中学から積み重ねてきたらしい。

 それでも勝てない。

 だれにも。

 感覚的にはこうなんだそうだ。

 もしも自分が他人よりも何か、そうだなスポーツやゲームなんかが秀でているとする。

 ここでいうスポーツやゲームと言うのは個人戦であること、卓球だったり格闘ゲームだったり、だ。

 そんな自分が経験が全くない初心者と同じ土俵で戦うとする。

 そんなときみんなならどうするだろうか?


 もちろん自分の実力を相手に知らしめるために、または相手に失礼しないように全力を持って負かす人がいるだろう。

 もしくは初めてだという相手に対して気を遣って、または自分に全然歯が立たないからその競技自体を嫌いなってしまうのではないかと心配し手加減をして負けてあげる人もいるだろう。


 横縞くんはその後者に当てはまる。

 彼は試合中に考えてしまいすぎるのだ。

 例えば仲間との練習試合。

「もしこの試合でぼくが勝ったらぼくは仲間から恨まれたりしないだろうか」

 例えば外部での公式試合。

「もしこの試合でぼくが勝ったら彼は卓球をやめてしまわないだろうか」

 色んなことを、聞く人によってはくだらないと思ってしまうようなことを彼は考えて考えて考えてしまうのだ。


 彼は決して志が無いわけではない。

 冒頭の言葉に戻るけど決意するのが遅いわけでもない。

 ただ、彼は続かないのだ。

 試合の前にはちゃんと「今度こそは勝とう」とは思っている。

 だが試合中に考えすぎてしまって、せっかくの決意が、志が続かない。


 要するに弱いのだ。

 勝利への憧れ、勝利への執着が。


 しかしここまで横縞くんについて語ってきたが、彼が『こういう風』になってしまっていることに関して僕がなんらかの改善を加えることはできない。

 不可能だ。

 なぜ僕がここまで言い切れるかというと僕と横縞くんが中身は違えど同じものを持っているからだ。


『性質』。


 彼の思考回路自体はもうどうしようもない、自分でも他人でも変えようがないものだ。

 ならばどうすればいいか。

 妥協するしかない。

 彼はもう、というか初めから勝てるようにはできていなかった。

 敵に気を遣うようではスポーツマン失格だ。

 横縞くんが『誰にも勝つことができない』という『性質』を拒むというのであれば、彼は勝負事とは無縁の人生を歩むしかない。

 僕はそう結論づけた。

 休日である土日の間に。


 今日は月曜日。

 閑谷会長とのゲームの最終日である。

 僕は今日のうちに閑谷会長と横縞くんの二つの案件を解決するつもりで登校してきた。

 だから未だに閑谷会長からゲームを仕掛けられたとは思っていない僕は今までと同様に授業中だろうと休み時間だろうと何か変わったことがないか警戒していた。

 しかし、待てど待てどもこれといった変化はやはり訪れはしなかった。

 そして放課後。

 みんなが部活へ向かうなか、僕は一人で教室に残りとある作業をしていた。

 というのも久しぶりに天灯先生が僕に絡んできて―――――


「おい一円。すまないが頼まれごとを頼まれてくれないか?」


「なんでしょうか」

 僕は特に悪態をつくこともなくに服従する、じゃなくて付き従う。(あれ?)

 僕って一応は先生に脅されている立場にあるが決して天灯先生に絶対服従というわけではない。

 なのになぜここまで僕が従順なのかっていうと、それは生徒と教師という関係もあると思うけど一番の理由は彼女のカリスマ性にあるだろう。

 閑谷会長とはまた違ったカリスマ。

 決して生徒に甘い先生ではない、むしろ厳しい方である。

 それでも生徒間での評判はピカイチだ。

 天灯先生は何事においても生徒に対して真っ直ぐに取り組んでいる。

 その本気の姿勢が言葉が無くとも全身から滲み出ていて、生徒は信頼するのである。

 つまり僕が言いたいのは別に僕に頼まなくても天灯先生の頼みなら、これから想い人に告白する人も、気になるゲームをしたい人でも、何一つ歯向かうことなく素直に聞き入れてくれるのだからこんな忙しい僕ではなく他に暇そうな人をターゲッティングして欲しい、といことなのだ。


「なぁ一円。お前。今。何か。失礼なことを。考えてないか?」


「そんなことないですよー」

 相変わらず僕の心を読むお人である。

『。』がつく度に僕に迫ってくるのはやめてほしい。


「まぁいい。……お前に頼みたいことというのは、六月に入ったことだし教室の掲示物を張り替えて欲しいんだ」

 そのくらいなら別にいいか。

 時間もそんなにかからないだろう。


「すまないな。こんなことまで頼んでしまって……」

 珍しく先生が謝ってきた。

 空からお星様でも降りまくって、世界が終わるのではなかろうか?


「いたッ!」

 殴られた。

 グーで。

 殴られた。

 教師から。

 頼むから黙って心を読んで黙って殴らないでほしい。


「ところでお前は最近おかし……いや、違うな」


「?」


「ところでお前は最近いつにも増しておかしいようだが、何かあったのか?」


「言いなおしてまで言うことですか?それ………」

 なんでだろう。

 医月も先生も僕に対して毒舌キャラである、というのが定着している気がする。

 部活から元々なかった僕の平穏が消え去ってしまっている。

 ないものが消えるというのも変な話だが。


「今まで暇だった分、忙しくなったんですよ『相談室』。それについて考えているだけですから心配は無用ですよ」

 実を言えばその相談室が壊滅の危機だが、今それを先生に言っても詮なきことだろう。

 心配という表現をしたことに何か言われるのではないかと身構えた僕だったけれど、特段そんなことはなく、


「ふむ」

 と先生は頷くばかりだった。


 なんだかおかしい。

 天灯先生がらしくない気がする。

 確か誰かがらしくないことをするというのは良くないことが起きる前兆だというのが相場が決まっている。

 堅物だった軍人が死地に赴く際に「この戦争が終わったら結婚するんだ」と言って結果、戦死するというのが良い例だ。

 つまり先生に『不幸なフラグ』が立っている……?


「気をつけてくださいね、天灯先生」


「いきなりどうした?気持ち悪い」

 急に先生の身を案じた僕なのであった。


 こんなこともあり、いつもお世話になっている教室で深く壁に突き刺さっている画鋲と格闘しているのである。

 掲示物に生徒会長のコラムなんかあってそれを流し読みしながら胡散臭い気持ちになった。


 仕事を終えて部室に行こうと身支度をしていると教室にまたもや天灯先生が現れ、受験用の掲示物があるとか言って三年の校舎にも行ってくれと追加注文があった。

『ココロ相談室』が危機に瀕していると言っておけば良かったなとか少しだけ思いながらも渡されていた画鋲のケースと一枚の掲示物を携え三年の廊下に向かった。

 貼るように頼まれたのは三年の校舎の誰でも一日に一度は通るであろう階段の踊り場だった。


 露草高校は一応は進学校として名を知られていることもあり、受験勉強に専念できるように三年生と一、ニ年生の校舎は別れている。

 だからこの踊り場に辿り着くのに多少の時間がかかってしまった。

 軽い気持ちで引き受けた仕事がこんなにも面倒だとは……でも今更嘆くことでもないか。

 そう思い込むことにし預かっていた掲示物を広げる。

 その掲示物というのは巻物だった。

 巻物。

 よもや時代劇のように巻物を手渡される日が来ようとは思わなかった。

 その巻物をしゅるしゅると音をたてて広げていくとそこには『克己』と大きく筆で書かれた和紙が挿まれてあった。

 達筆であると言う他ないほどの腕前である。

 書道家が書いたのかと思って隅々まで見てみると一番左端に朱色の印鑑が押されてあるのを見つけたが、名前からして草高の校長がこの見事な書をしたためたらしい。

 この品を感じさせる作品を破らないよう細心の注意を払い踊り場の掲示板に持ってきた画鋲で貼り付けた。


「ところで『克己』ってどう読むんだ……?」

 受験とは言ってもまだまだ三年生は部活を引退していない時分でありこの校舎に居るのは僕くらいだろう。

 だから僕のこの呟きに答えをくれる人はいない。

 貼った紙に歪みがないか確認して、その場をさっさと立ち去る。


 三階から二階に降りる階段の踊り場から二階へと降りて、次に二階から一階へと降りる踊り場へと一歩足を降ろしたときだった。


「あれって『コッキ』と読むんですよ」


 僕の後ろからいきなりそんな声がした。

 その声がした方へと振り返ろうとした。

 が、叶わない。


 なんで?


 なんで僕は今、宙を舞っているんだろう。


 後ろに向けていた顔を前へ向けるともうすでに階段の角が目の前に迫っていた。


 ガシャン!!バタバタ!!


 そう大きく音が響いたと思う。

 僕が階段を転がる音だ。

 先述したようにその音に反応する人はこの校舎には残っていない。

 僕を突き落とした人物以外には―――――


「がぁっ……ぁ………ああぁ……はぁ……はぁ……」

 痛い。

 痛いのに階段から踊り場にかけて無様に倒れている僕は呻くことしかできない。

 階段の角のひとつひとつが僕の体を強くて鈍い痛みを与えくる。


「はぁ……はぁ………ッ痛!?」

 全身の鈍痛とは別に右の腕や手のひらに突き刺すような鋭い痛みもあることに気づいた。


「ッ!!」

 確認するといくつかの画鋲がまるで釘バットのように右腕に刺さっていた。

 倒れる拍子に画鋲が入ったケースを落として中身をぶちまけた結果らしい。

 傷口から流れる真っ赤な血がじわじわと踊り場を汚していく。

 どうやら頭も打ったようだ、ぼんやりと意識が遠のいていく。

 気絶する前に僕を突き落とした犯人を見ようと、さっきまで僕が立っていた場所を確かめる。


 しかし、そこには誰もいなかった。


 畜生。

『不幸なフラグ』は天灯先生ではなく僕に立っていたのか………。

 そんな間の抜けたことを考えながら僕は意識を暗い暗い闇の中へと手離した。




 ◆




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